O⇔K

「土曜日の雨」

 規則的に響く硬い音で、不意に目が覚めた。

 どうやら椅子に腰掛けたまま眠ってしまっていたらしい。規則的な音は、キッチンのほうから漏れているようだ。そこまで眠気の残る頭で考えた九重(ここのえ)は、一つ大きく伸びをした。

 この音が台所から聞こえてくるということは、また鍵を閉め忘れていたか。

 ジーンズからはみ出したシャツに気にも止めず、彼はリビングとキッチンを隔てるドアを開く。

 ちゃっちゃっちゃっちゃっ。

 軽快な音を響かせながら、鼻歌まじりの来訪者は、想像通り大城(おおき)だった。九重のバイトに使う前掛けをして、大きなボールと泡だて器を抱えて奮闘中だ。その薄茶の髪が揺れて、こちらも見ずに、起きたのか、と言った。

「……いつから来てる」

「さっき」

 ぶぅんという変な音にふと見れば、冷蔵庫の上のオーブンレンジが予熱中になっている。不便だから買えよと強引に買わされた折畳式のサイドテーブルの上に、小麦粉やら型やらココアパウダーやらが散乱している。ストックの覚えのないものだ。わざわざ来る途中に買ってきたのだろう。

「何か作ってんのか」

「包丁研いでるよーにゃあみえねーだろはげ」

「……まぁな」

 笑う口元だけがちらりと見えて、九重はそのままフローリングに座り込んで見物する事にする。床に置いたままだったペットボトルを掴んで、ぬるくなったお茶を喉に流し込む。

「バイトで新しいケーキ考えろって言われてな」

 静かに後姿を見ていると、視線を感じたのか大城が説明を始めた。

「紅茶に合うよなやつってな。ほら俺んとこキッチンせめぇし」

「ああ」

 使わせてもらおうと思ったら爆睡してたからよ。

 不法侵入してみた。

 メレンゲかんせーいと手を休めて、大城がこちらを向いた。

「あっスィーツ作ってる後ろで煙草なんか吸うんじゃねぇ!」

「てめーだって吸うだろ、エセパティシエ」

「料理中はすわねーよ居酒屋の頑固じじい」

「じじいじゃねぇ」

 今日は土曜だ。お互いのバイトが休みの日。

 専門学校に通いながらカフェでバイトする大城はパティシエを目指しているらしい。

 その大城に付き合って社会に出るのを二年、遅らせた九重は、短期大学卒業と同時にバイト先の居酒屋で働く事になっている。

「ほんとおめーんちって広いよな、キッチンもリビングも」

「別に選んだわけじゃねーけどな」

 答えておいて、煙草をもみ消して、引き締まった身体を投げ出して、睡魔とたわむれ始める。うとうとしながら相方の声を聞くのが好きだった。

 九重がメレンゲを生地とあわせながら、笑った。

「知ってるぜ、あれだろ。選ぶのがめんどくせーからって、一番最初に紹介された物件にはんこ押したんだろ」

「……おぅ」

 カフェに出ればそれは女にもてるだろうよといった顔立ちの大城をうとうとしつつ眺めて、生地を型に流し込む姿が綺麗だと思って満足した。

 死んでも本人には言う気はないけれど。

「なんだよ、ねみーのかよ」

「おぅ」

 オーブンレンジに型を放り込んで、ばたばたと大城が近付いてくる。

 すぐ横にあぐらをかいて座り、勝手にこちらのズボンから煙草とジッポを引きずり出して、火をつける。

 短い九重の髪をつまんで、弄繰り回しながら、喉で大城が笑った。

「外、雨だしな」

 その声と柔らかくふってきたキスに未練を感じながら、九重はまた深い眠りに落ちていく。

 きっとケーキの焼きあがる頃に、甘い香りで目覚めるだろうと頭のどこかで考えながら。     

 

 突発的に思いついた二人でございます。これはシリーズ化有力候補。

 タイトルのO⇔Kというのは、「おおき」のOと「ここのえ」のKだけでなく、

「OK」と「KO」の二つの意味をも持っています。なんてこっぱずかしいタイトル。

 彼等のある一日を書いてみました。全然エロじゃないんですけどね。

 九重にはねーちゃんがいます。またその話も書いてみたいなあと。

 つか、この二人のエロ、かきてぇなと。

 

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