ベッドの影。
「もう、こゆことすんの、やめねぇ?」
そう言ったのは、愛知。俺が大好きな茶色の目を合わせようともしないで、キスをせがんだ俺を避けた。
愛知から、別れようと言われて、だけど、そのぬくもりを手放せずにいた俺は、愛知が強く拒まないから、身体だけの関係をずるずる続けていた。
俺は、まだ愛知が好きで。
いつか、また恋人同士に戻れないかって身勝手な期待も、なくはなかったから。
愛知の、その言葉に、凍りついた。
「いきなり、なんでだよ」
唐突に喉の渇きを覚えて、つばを飲み込もうとするけれど、なかなか喉は潤わなくて。
かすれた声で呟けたのは、それだけで。
ベッドに腰掛けていた愛知は、視線を避けたまま、煙草に火を点けた。
「俺はずっとやめたいって思ってた。言い出せなかっただけで」
体中の血が凍りついたような感覚。衝撃を通り越して、やけに現実感が遠かった。
じゃあなんで今まで身体を重ねてきたんだよとか、聞けるほどアホならよかった。
身体と心は別物だって、常に豪語してる事を知っていたから。
「キスも?」
「オトモダチはんなことしねーだろ」
「抱き締めたりは」
「NG」
すがりつくような俺の声を振り払って、しつこい、と苛立たしげに煙草を灰皿において、愛知がその日初めて俺の目を見た。
その、揺ぎ無い決意に。
涙すら、出なかった。
「単なるオトモダチにもどれねーって言うなら、縁切るしかねーよ」
「……わかった。単なるオトモダチで、いい」
縁を切られる事を、想像しただけでも絶望的になって、俺はそう約束した、のに。
この状況は、何なワケ?
「ん、っちょ、愛知待てってば!! ふ、あっっ」
愛知の部屋、ベッドで押し倒されて、俺はパニックに陥る。
「お友達に戻りましょう」宣言から数ヶ月、俺は何とか愛知の望む「お友達」に戻りつつあった。
キスもしないし、だきついたりもしなくなった。
今日は研究室の連中と飲み会だった。
俺と愛知は大体飲みには二人一組で呼ばれるから、今日もご多分に漏れず二人で参加した。一次会、二次会とおいおいと言いたい位のピッチでジョッキを空けていた愛知が、そろそろ限界に近付いてきた四次会のカラオケへの移動途中、まだ行けると言い張る愛知を引きずって帰って来て。
財布にぶら下がってる鍵で勝手に愛知のアパートに上がりこんで、ベッドに上機嫌の愛知を寝かせようとしたところで、
不意に、押し倒された。
唇を奪われて、服をめくりあげられて、現在に、至る。
「るせぇ。黙れよ」
勝手知ったる指が、一つ一つ俺のウィークポイントを攻めていくから、その度に食いしばった歯の間から声が漏れた。
首筋から、肩口、胸から腹に降りて、そのまま背中を舌と指でなぞられて、
「は、あ……っ」
この数ヶ月、焦がれていたぬくもりに、俺の身体は拒絶できない。
できるわけが、ない。
「ん……っ、く、そぉ……」
荒い息を感じながら、耳を甘噛みされて、不覚にも涙がにじむ。
せっかく、この肌の感触を忘れようとしていたのに。
せっかく、この熱い感覚から逃れる事ができそうだったのに。
「なんで、こんなことすんだよぉ……」
わかっている、相手は泥酔状態で、だからこその行動なんだろう。
きっと明日になれば、忘れろというに違いないのに。
性急にベルトを引き抜かれ、引き抜いたベルトで両手首を拘束される。
下着ごとズボンを下ろされ、反応を隠せない俺自身に、ためらいもなく舌先が、
「あ、ああっ」
ちろと、触れた。
もう滲み始めている俺自身に、満足げに笑った愛知が、茶色の髪をかきあげて唇を寄せた。
「ちょ、やめ、やめろって、く……っ!!」
阻止しようともがく身体は簡単に押さえ込まれて、次の瞬間には生ぬるい感触が俺の背筋に電気を通した。
舌先が、弱いポイントを思い出しながら探っていく。
手は肌を這って、後ろの受け入れ口の周囲をゆるくなぞった。
それだけで、声もあげられなくなるほど感じてしまう。
つま先をピンとはった俺に、一旦唇を離した愛知が、高圧的な目で言った。
「一度イっとけよ」
その囁きに、ぐんと腰に弾みがついた。
「……っ、……っ、ふ、っ、っ、」
腰から下が溶けていきそうな感覚。
太ももに食い込む愛知の指先や、唾液を滴らせて嘗め挙げてくる舌とかが、一気に、
「あ、っっ!!」
俺を頂点に導いた。
反り返った背中と、ピンとはったつま先に触れてから、愛知が掌に飲み込んだものをたらした。
空いたほうの手が、自分のズボンの後ろポケットの財布を探っている。
取り出されたパッケージに、身体が期待して弾んだ。
「引出しまで、取りに行くの、めんどいし」
酔いを漂わせた声で低く呟いて、掌に垂らした俺の白濁した液を、後ろの受け入れ口に、
「い……っっ!!」
塗りこめながら、押し開いた。
数ヶ月使われる事のなかった器官は、だけど、愛知の圧力を期待して感覚を鋭敏にしていて、持ち上げられた脚の陰で俺は悲鳴を噛み殺した。
ゆるゆると進入して押し開いていく愛知の指が、深みでスポットを探してうごめいた。
「愛知、あ、あ、やめ……っ」
あるポイントを強く押されて、びりびりと強烈な感覚が俺を襲う。
久しぶりの感覚に、眩暈を覚えた俺の、唇に噛み付くようなキスを与えておいて、愛知がズボンを脱いだ。
数ヶ月、忘れるよう努力した、愛知の杭が、記憶通りの存在感で、俺は目をそらした。
片手を後ろに埋め込んだまま、パッケージを残りの手で開ける音がして、指が引き抜かれた。
予感して熱く疼きだした腰を持て余していると、愛知が、
「力抜けよ」
にやりと笑んで、脚をぐいっと持ち上げて、
「――――――――っっっ!!!!」
刺し貫かれた俺の身体は、悲鳴にも似た歓喜の声をあげた。
まるで数ヶ月前に戻ったように、俺は眠りこける愛知の腕の中で目覚めた。
体中に唾液や白濁が飛び散って乾いたものがこびりついていて、気持ち悪くてシャワーを浴びた。
シャワーから出て、ジーンズに脚を通した時、愛知がうっすら目を開けた。
「……はよ」
何と声をかければいいかためらった後、そう言うと、頭を抑えながら、低く停滞する声が、おお、と返事を寄越した。
身をおこした裸体が、昨夜のことを思い出させて、俺は目をそらす。
「今日は日曜だし、もっと寝てれば?」
何事もなかったかのように振舞おうとした俺に、背後から沈んだ声が、
「最戸、昨日のこと、」
覚えてるよな。
苦々しく呟いた。
沈黙してから、ああ、と、小さく答えた俺に、
「わりぃ。わりぃけど、たのむ、」
忘れてくれ。
想像通りの言葉が投げかけられて。
「酔って、つっぱしったみてぇ。その気はなかったのに、まじ、わりぃ」
残酷なほど、素直な釈明の言葉。
聞きたくないくらい、現実を突きつける言葉。
別に、よりを戻そうと思ったんじゃないんだと。
酔いのせいだから、忘れろと。
「……お前、ほんと、ひでぇよな」
苦しすぎて、乾いた笑いしか、出てこない。
放心して力なく笑う俺に、愛知がもう一度、わりぃ、と言った。