例えば、孤独と言うものについて。 これは、客観的なものなのだろうか。それとも、主観的な? 「何とか言えよ。」 何人かの少年に囲まれた子供が居る。 これ以上色を足しても変わらないほど真っ黒な髪に同じほど真っ黒い瞳。顔立ちはどちらかというと東洋風だが、見方によってそれは変わる。同い年と言ったって、つるんでいる者達に囲まれても、目に見えた動揺をしない。それが相手達を苛つかせているのだが、それに気付いていないか、頓着していないか、どちらにしろ、ひともめありそうな雰囲気である。 面倒な事に、子供達の学校は、創立記念とかで休みになっているらしい。周りが平日な所為で、この公園には、殆ど大人は顔を出さないだろう。 例えば、孤独にて。 客観が、孤独を定義するなら、自分は孤独だと人は言う。 親が居ないから。親を覚えていないほど前に失くしたから。独りで居るから。 親の年代の者が、同世代が、老いた者が、自分を知っている者が、自分を知らない者が、 そう言う。 孤独は異質で拒むものだから、と言う。受け入れる自分はおかしいと。 そして、この目に前の子供達も、そう言う。だから、自分達の所に来いと。膝を折れと。 客観的にそれで孤独は埋まるらしい。それが常識らしい。 それで、何が変わる。客観的な孤独が終わるだけだ。 自分の中は変わらない。自分の利益は減ずる。 以上により孤独は、客観的なものではないと、断じないといけない。客観的なものは、客観的なものしか動かないのだから。 「おまえ、聞いてるのかよ! さびしんだろ?! 無視すんなよ、むかつくだろ! 」 論理性を欠いた言葉に、今そこに子供が居る事に気付いたような顔で、相手を見返す。 相手が何を要求しているか、分からない。自分の利益を費やして、付き合っているというのに、それが腹を立てている原因のようだ。 孤独を、主観的なものとすると。 孤独を認識している状態が孤独か、それとも認識してない状態か。 独り、それは、他者と意識を共有できない限り、終わらない。人間でも、『情報交換』なり融合なりすれば、共有できるだろう。しかしまた、それでは、自己と他者の関係をどう捉えるかが問題だろう。 自分というものを強く持っている赦汲牟には、どうしようもない事だった。 今の状態では、自分を殺さないと、孤独というものをどうにかできない。そしてまた、今考える一番の苦痛でもある。 「学校にも行ってないんだろ! 誰も居ないからってそんな勝手な事して良いと思ってんのかよ! 」 赦汲牟にしてみれば、あまりに突飛な話の飛び方にクラリと来た。 この世界中を見渡せば、学校なぞに行ってない子供達はいるし、自分に必要ないものだ。 自分が、魔道士である事を知っている赦汲牟にとって、一般的な学校に通う事は、道を踏破する際に大きな障害になる。 自然法と制定した法は違う。 人間だけの法が罷り通っているそこに通うとして、朱に染まらない可能性は、術を使わず、自分の身体のみで大海を歩き渡れるかと聞かれているようなものだ。 自分が酷く快楽に弱い事を知っている赦汲牟にとっては、これからの道を閉ざせと言われているのと同じ事だ。 孤独は、孤独を感じない者の状態なのだろうか。 独りで居る事を苦にしない者の姿で、多くの者達の中に埋没している魂の形か。 いつもの孤独を埋めるものは何だ。人か物か。 他者の行動なら、どんなものを。言葉か手の暖かさか。 人の多さなら、何人だ。二人か三人か。 孤独でない状態は、どんなものだ。 ーーーーそんなものは、ない! 「つまり、おれが独りなのが、目障りなんでしょー。自分の内の空洞に気付くから。」 アルカイックスマイルを浮かべた赦汲牟に、少年達の内の二人は、違うと返した。それが、自分達の欲しい答えでなかったからか、状況が違うと感じた為か、反射的なものだったかは、さておき。 「三千年生きても、自分が孤独以外の状況にならないんだからしょうがないんだよねー。あ、おれ、まだぴっちぴっちの10歳だ・け・ど。」 くるりと回って、とんとんとつま先で地面を蹴る。 「まー、もの珍しく、おれにめんどくさくも関わる人達だからねー。それなりに応えてあげましょー。」 ますます深くなる、何を意図としているか分からない笑みに、少年達はじりっとあとずさった。 数でも体格でも、凌駕しているのに相手は、軽く両手を広げて、今先の反対周りにくるりと回って見せた。 「さあ、呼んだぞ。さあ、来い。わたしがズウェディン・ズーノ・赦汲牟也。」 術文でなく、唯の呼びかけ。所作は今先の身振りだけ。魔術具を持たず、そこらの子供のように、シャツにGパン。 それでも、魔道士である。 両手で何かを掬い上げるようにして、捧げ持つ。 手の平の内で、何かが蠢いたかと思うまもなく、空に駆け上ったそれは炎。 周りの子供は、ーーーそれを目撃した人々は、竜が現れたかと身体を震わせた。が、赦汲牟に取れば、唯の炎。知れた事。 上昇と共に体積を増して行くそれに、潮騒の音が聞こえた。 否、違う。街がざわめき出しているのだ。 魔術士がおり、魔術というものがまかりとおっているものの、大方の者は関係のない話だ。 体積を広げつつある炎は、上昇を止めたか、それとも肉眼で距離感を計れなくなったか、ある一定の高さで止まったかのように見える。そこまでは良い。だが肥大化を止めない炎は、どんどん空を侵食していく。 「竜? そんなわけないじゃん。ただの炎だよ。」 とうに、空は赤く燃え上がり、時折フレアーを上げている。見渡すばかり赤々と燃えている空を見上げて、ぼそりと呟く。 街は混乱に至っているようで、叫び声と騒動が聞こえる。一番多いのは、竜ではないかという叫びだ。 「賭ける? 」 自分の成果を確かめるように、空を見上げていた赦汲牟が、子供達を見ると一斉にびくりと身体を竦めた。 「賭ける? 誰が呼びかけに応じるか。誰が一番はやく、駆けつけるか。」 一番大きな体躯の赦汲牟に声を掛け続けていた子供は、あんぐりと呆けていて、理解できてないらしい。 「早く! 早く止めろよ! 」 一番後ろの味噌っかすに見えていた細い子供が、がなりたてる。どうやら脂汗をかいてるようで、きちんとこの状況を把握しているらしい。 ほう。 立ち直りが早い。にっこりと赦汲牟が微笑むと、びくりと身体を竦めた。 「何に賭けるか決まった? 」 「何言ってるんだよ! 飛行機とか落ちてきちゃうじゃないか! 」 「ありえないよ。」 きっぱりと言い切った赦汲牟に、他の子供達も同じように、馬鹿にした表情でその子を見る。 「じゃあ、そんなに高い位置まで火は上がってないんだ。そうだろ? あ、幻術とか? 」 他の子供達はうんうんと、どのような状態になってるか、知りもせず、頷く。 「違うって。ばひゅっ、だよ。ばひゅっ。」 「ーーばひゅ? 」 「いくらなんでも、燃えないよー。ばひゅっと、蒸発するだけだよー。だって、あれ、煉獄の炎だし。太陽を召喚しようかとも思ったけど、太陽は魂を滅せるまで燃えないんだよね。」 呆然と、子供達の視線が彷徨う。 「何で、こんなことすんだよ! 」 「もう少し独りが良かったんだけどねー。」 順繰りに、周りに居た子供の顔を見詰める。細い子だけが、ぎりっと、見返してきた。 わーお、かわい。何もを理解して、自分が勝てないのを理解して、それでも立つ子供。帰れないとこまでいぢめたいね。 「これで、誰かがおれを呼びに来る。おれの能力を買いに来る。ーー取り替え児・ズウェディン・ズーノ・赦汲牟の登場てワケ。」 「それを望んだんだろ。キミタチは。」 「空は、三日三晩燃え続く。見つけ出すことが出来なければの話。ーー子供のゲーム。」 かくれんぼーー、基本的な、捜されている者が隠れているという所を満たしてないけれど。 空にある炎は本物。 物質を、解き放ち、魂を、滅する。 余計な重荷は担ぐ気はない。人の不利益を呼ぶ心算はない。ただ、空が燃えているだけだ。 そこで、ふと気付いた。どうやら、この子供の中に、自分はいないらしい。あるのは、燃える空だけ。 ほら、すぐに独りになる。 意識の間隙を汲むのも才能の一種だ。魔術士切りという身体の技を極めた者がいる以上、それなりに恨まれる予定がある者が持って不便はない。 ただ、それを一般の人に適用するのは間違っている。況して、今の状況に意識を統一が出来る者はそういない。 一際大きなフレアーが空を走った。 悲鳴に喚声。空が揺れ動く度にざわめく街から、元凶に意識を集中すれば。 いつの間にか、子供の皮を被った魔道士は姿を消していた。 「てち。ちゃい。」 190gパックのぽてちと、ちょっとしたバケツはあるコップを手の中に呼び寄せて、ごろ寝枕に頭を乗せる。 完璧じゃないか。 コンクリ打ちの部屋の一角だけ、絨毯に毛布にシーツなどで、巣が作られていた。他は無機質なのに対し、ここだけが酷く生活感があるーーというより、汚い。 「あー、めんどくーさーいー。やっぱ、子供なんかの言葉にノるもんじゃないね。」 自分を何者と自覚しているか分からないが、突っぱねた呟きをもらすと、軽く手をひらめかせ、画面を開いていく。ずらりと壁際に並んだそれを投影する結晶体は、一般的な型とはいえ、それでも赦汲牟の自慢である。手ずから作ったそれ達からは、一般的な守護魔法くらいでは被写体を守り通せない。公的守秘義務のあるところや魔術関係の研究所ならいざ知らず、今時点ならこれだけで用は足りる。 ぼんやりと壁に投影される景色を見ながら、思う。確実に見つけてもらうなら、どこか、警戒の高いところを『覗く』か。 壁の中の風景は、勝手に喋り、憶測を述べ、どう対処を進めるか原因の自分をほっといて喋り続けている。 「ていうかさー、やっぱりぃ? 元凶をどうにかしなきゃダメだとおもうんだよねェ〜。」 街の様子を写し続ける画像を排除して、レンジャーのところと警察と軍隊の結晶体を大きく写すように指図する。 街の様子は、今のところ大丈夫だし。 混乱に嵌った人の間で、人が何をするか分かったものでない。強盗・掏り・放火。故意でないものなら交通事故や、避難経路の将棋倒し。 街の騒動は上空の炎だけではなかった。 ゴーレムに使い魔。有象無象が、不意に出現し、また消える。意味を汲み取れる出現があれば、意味をなさない出現がある。 示威行為は、対象だけに分かれば良い。隙を狙っている者達だけに。 意味を汲める行動は、それは、フォローできなかった場合だ。空の炎以外の火事現場に、ノームとウインディーネ。暴走車には、視覚的にジン、シルフは何十体の擬似思考体の為に情報を掻き集めている。 それらがなければ、煉火の範囲は倍になっていただろう。 上空以外は、何も変わってはいない。法側面は。 飛ばそうと思えば、飛行機だって飛ばせるのだ。それを避けて炎は舞うだろう。事実、この状態になる前には、幾つものが飛んでいたのだ。それを避けて炎を走らせた。あれ自体、自分が操っている。機体に触れるような無様な真似はしない。鳥だって一羽も落としては居ない。 簡単な原則。人を害するものは、排除される。動物愛護も自然保護も、人類の次だ。愛護の精神を疑ってはいない。ただ、人は、人としての観点しか、他を見れないのだからしょうがない。 ずぞぞぞと、紅茶を啜りながら、指を振る。くるくると振る度に画面は変わっていく。街の景色、消防署、病院、テレビ画面、テレビを写している場所、公園、学校、海、登山道…。 「?! 」 コップを投げ捨て、懐からチョークを取り出す。 中身が床を侵食するのさえ見ず、叩きつけるように床に直接文字を書く。 人の目、景色が見えない俯瞰図、葉の動脈の中、何かの回路、アングルも取れてない人の後姿、アスファルト…。 意味のなくなった画面を目の端にいれ、鏡文字から象形文字、早送りしているかのようなスピードで、床一面に、文字の模様を作る。 壁の画像は、だんだん入れ替わる速度が速くなっているようだ。ーー指示を与えてもいないのに。 「ーー王の目よ、唯一の主の名の下に従え。王の耳よ、とくわが言葉をひろえ。我の名赦汲牟なり。我が目と耳となりて、ことごとくーー。あー、だめ? じゃ、『喰う』か。」 ごろ寝枕を蹴っ飛ばして、チェストの下段に手をかけたのを待っていたかのように、全ての結晶体が、一つの面を映し出した。 「なんだ、『これ』は。」 赦汲牟が危惧していた魔力の暴走は、余りにあっけない結末を得た。 自分を基点として、魔力が発動している。自分の意識の中で、別と考えている術の連鎖が起こる為、制御のつかないものは、早期排除に限る。また、他者であっても、言葉の連鎖などにより、意外な結果が生まれる。 「てふてふ効果って、たしかにすっごい効果だわ〜。キクぅ〜。」 運が悪ければ、空にまで影響を及ぼすのではないかと思っていたそれは、見た事のない部屋を写すだけにとどまった。十数畳の部屋に、アンティーク風の家具が幾つか。目が引かれるのは、右手の大きな飾り台に中身は現代のフィギュアーーよく分からないものの、漫画辺りの人形だろうーーぐらいで、インテリアなどに興味のない赦汲牟には、どうでも良い事だ。 さっさと、赦汲牟は興味を失った。 これから、空が落ちてくる事も知らずに。 何が関連して、このようなバタフライ効果が生まれたかは後から考察するとして、やはり早めに解呪しなければ。画面から、つまりは起こってしまった暴発から目をそらさずに片手で、魔術具を探る。 できれば亡父のがいい。自分の魔力に引きづられて、これ以上影響が出るのはまずい。 それにしても、初めての暴発がこんなにかわいいものとは。 操る術が、物騒なのが多い事を一応は理解している赦汲牟にとって、今の状況はおいしかった。空の炎がなければ。この先起こしてしまうだろう失敗の素材になる、今現在穏やかなこの状況には、どうしても興味が惹かれてしまう。 不意に、ぐりっと、画面が動いた。 自分の願望どおりに。 「……ッッ!! 」 胃の腑が凍る。 確かに、赦汲牟は今その部屋を見れない事を残念がった。そこに、この現状を説明できる確固とした物はないと知ってても、そう、思った。思っただけだ。ーー術は使ってない。 考えた以上、術が身体に染込んでいる。たぶん感情の揺れでも、何かを起こしてしまうに違いない。 道具は、身体の延長線上だといったのは、誰が書いた言葉だったか。多くの場合、道具から手を離してしまえば、それで終わり。物理的な影響を与えなえれば、それですむ。それなのに、術理論といったら。 動くな、考えるな、揺るがすな。……無茶なコト言うな。 ざわりと、今先以上の興味が沸いた事に、気付かされる。 術なしにーー、赦汲牟の術を紡ぐ速さは並でないが、竜族の速度には負ける。どうやら、自然と一体化しているそれらの一族は、その者の属性なら、最初の音さえ要らないようだ。そして、まさしく今、その境地を味わえるのでないか。 しかしまた、理論に関しては禁欲的な面も発揮できる赦汲牟は、頭振った。 「てふてふちゃん、強力すぎー。」 望むものは、手の内にある。小さい頃から慣れ親しんだ、破呪の形、間違える筈ない。 「でも、ま、責任あるしぃー。」 独鈷杵を真似て作ったと言っていた形見を、結晶体に向ける。 「急くな、赦汲牟。」 赦汲牟が振り向いたと同時に、画面が場面転換したかのように動く。すぐ、さっきの声の当人を見定めたが。 「破呪具がもったいない。使ったところで、動かん。」 呆然と、画面の中の人物を見る。少しばかり、写している所は違うが、まだあの部屋の中だった。 今先の目線から死角になっていたのだろう、艶のある赤茶色の木を使った年代物の机、座り心地のよさそうな革張りの椅子、そしてそこにいた人物は、しっかりと赦汲牟を見ていた。 非・現実だ。非現実的すぎる。 みんな、これまで、見なかったじゃないか。 親の死に取り残された、イカれて、不憫な、社会性のないクソ餓鬼しか、見なかったじゃないか。 自分から声をかけないと気付かないものだろう? そこにあっても見ないものだろう? それなのに、何で、あんた、魔道士のおれをしってる。 ああ、でも、こいつが一番乗りだ。 「さてと、じゃあ、景品だ。何がいい? あの炎を止めることも、燃やしつづけることも? あれに関連しないことでも、いーよー。」 くるりと空に向けて指を動かし、そこで気付いた。空の炎は、この星全てを覆い尽くしてはいない。あんなに落ち着いている相手が、何も知らない可能性はある……、訳がない。 名前を呼んだ。だって、名前を呼んだ。 手にあるものを、破呪具と知ってた。今起こっている事を知ってるフリをした。ーーもしくは知ってる。 「赦汲牟、これから起こす災いを虚無の海にでも流せ。どうせ、面倒事を呼ぶのだろう。おまえにその気がなくとも。」 にやりと、痩身の成人男性が笑って見せた。 「しかし、赦汲牟一人で一生涯かかっても、難しいことだろうな。しからば呼べ。一人で見物とは楽しみも薄れるだろう。」 そうだ、これまでひとりで光景を見てきた。 微かに覚えてるのは、父親一人で、その男は、一人で歩く男だった。 先天的、後天的要素はそいつが多い。母親を思い浮かべる事なく、それのコピーかのように。同類だからといって、相容れない者がある。親と自分との縁は希薄だ。だれが、自分の一部を縁と呼ぶ。 「ーーあんた、誰。おれを、知ってるの。これ、どうすればいい。」 棒読みの台詞が、耳元を過ぎていったかと思ったが、自分の言葉だったらしい。 濃い灰色の長髪と青灰色の目を持った男性は、苦笑した。まさか、権謀策略を昼間から練ってるのが趣味みたいな貌をしてる癖に。どうしようもない奴だとわらうな。同じ意味で笑うなら、突き放せ。 「ズウェディン・ズーノ・赦汲牟。わたしの名が知りたければ、捜せばいい。必要なければほおっておけば。いつもそうしてきただろう? 」 確かに、だから、一般常識についても虚があるのを自覚しているが。 呼べと言うなら、手伝うというなら。 「逃げる気ないの? そんなこといったら、あんた逃げられないよ? 」 喋っている心算はないのに、耳を掠める自分の声は、無視をしよう。 「捜さなくても、空にあんな模様を描いたんだ。動き出したということだろう。捜さなくても、会えるのだろうが。」 ? 捜さないと会えないだろう。まさか、運命でもあるまいに。 「待っていたんだ。」 口端を引き上げて、それはそれは悪役顔で、それでも、なんて言葉を吐くんだこの男は! 「あんたがいい。アンタから。あんたの、名前が聞きたい。」 他の者から、知らない自分に教えられるなんて我慢が出来ない。 『待っていたんだ。』だって?! なんてひどいひどい。これまで、こんなに望んでいたのに、遇えなかったなんて、逢わなかったなんて、なんて非道い! 「終わる前に! はやく! 」 これが終わらない内に、はやく。 「赦汲牟、一応忘れてはないと思うが、この織り方は受信しか出来ないものだろう。まさか、矢継ぎ早に質問を繰り返してはいるまいな。」 そうだ、確かにそうだった。基の術文の織り方からいって、それは無理。逆探知を避ける為に、それは必須で。連鎖を含んでいない暴走だから、元もとの本質は変わらない筈。 ーー魔力から、特定の人物を定める事は可能だ。カモフラージュ技術も上がっているとはいえ、本質を変えることは出来ない。だから、誰かが成した術とは分かっても、この場合、会話は成り立たない筈だ…。 だが、これが、一方通行だなんて信じれるか?! 「ーーおれの性格、分かってるというのか。名前だけじゃなく、どうしてそんなことまで、知ってんだ。」 「空にあんな模様まで描いて、呼ぶべきだったな。」 「あんた、呼んだら応えたのか。このおれが、呼んだとしたら。」 「ひとりで見ているのだろう? こうなった世界を。」 「見れるか? 目の前に立っても、そこにいる者をみてくれるのか? 」 「赦汲牟。」 ぴたり、口を閉ざして相手の言葉を待つ。そんな事も、それを意識したのもこれが始めてだ。 「そろそろ、終わるな。赦汲牟。会えるなら、迎えに来てくれ。人の意図に従うのは、苦手だったな? 」 そう、苦手だ。苦手だけど……。 それと、疑問が。 あんた、俺が作った幻影じゃ、ないよな? おれじゃ、ないよな? 「時が満ちれば、古き約定に遵って、赦汲牟に逢いに行く。あれは、違えれない。満ちた月のように完璧な法だ。」 そうして、笑った。苦笑いでもなく、嘲笑でもなく。 「会えるのか…? 」 「会えるんだな…? 」 約定があるというなら、 あんたは、おれが作り出したものでなく、逢うんだな? 一つだけ古びたビルの前に、七人ほどの男性が立っていた。 空は抜けるように高く、青い。 言葉を交わすでもなく、地下に繋がる階段を見るその者達は、それぞれの年代と格好をしていたが、妙な統一性があった。それは、一定以上の品のある服装をしていたからかもしれないし、余りに雰囲気が平坦だったからかもしれない。特に、気配は一人しかいないと思えるほど、薄い。よくよく見れば、雰囲気だけでなく、揃いの指輪を填めている事に気付くだろう。 誰ともなく、頷き交わすと地下へと続く階段に足をかけた。 「はぁ〜い、ロンゲ様一行ご到着〜。」 気の抜けたような声で、迎え入れられたその事に、表に殆ど表れないものの男性達が緊張したのは確かだった。 昨日の状態は収まりを見せたが、切羽詰った状態で昨日の原因の元を訪れれば、想像と掛け離れていたのだから、よく最小限に気の揺れを抑えたと言っていいだろう。 惑星上の約半分、覆い尽くしていた『彼の涯』の『ブルガトリウスの煉火』は、五時間も経たない内に、収拾をみせた。術者の魔力が底ついたからだろうとは、素人の判断。多分に希望を含んでいたそれは、少し考えれば、混乱を抑えていた四元素の使い魔は炎が視認出来る範囲内で、まだ活動を続けていたし、ーー造り置きしていただろう、と聞きたくなるゴーレムも同様。操縦・運転をしてた者には、炎は見えず、その方面での混乱は、情報交換をした際に出来た齟齬に寄るものであったりする。 まさか、子供達の言い合いで、ぷち、とキレた揚句の騒動とは、誰も思いもしなかったろう。 誰も現れなかったら、三日間続く予定だったという事も。 「おっそいねー、景品出ちゃったよーん。《明けの僧兵》は、二着、と。」 足で引き寄せた紙に、ぐりぐりと鉛筆で書き入れると、さっさと今先の続きを始める。 そんなに広くないそこの中は、一見ガラクタと見紛う物が乱雑に放置されており、昨日の一部分を除き、空き家みたいな状態を知っていたなら、その件でも驚かせる事が出来ただろう。今、部屋の中の子供は、黒い水に筆を浸し、薄い板の上にのびのびと象形じみた文字を描き始めた。 自由意志を持った、30p程のゴーレムが見たところ4体、何か細々したものを持ち運んでいる。 少年が一つ書きあげ、ぽいっと空いてる床に投げたそれを、ゴーレムが拾い、邪魔にならない所に持っていく。筆を走らせる度零れる魔力が、男性達が捜し求めていた人物だと知らしめた。 「2つ目だから、ボーナスはないよん。それとそれ、持って帰って。使い方が分からないなら、庭に置く! 近所の人に言えないオブジェが出来る! やッたね、明日から町内の陰の人気者だー。」 目を眇めてみれば、床にごろごろと置いていびつな球形は、漂う残り香で結界具としれる。 また、札を放り投げた。 それは、意識調整を兼ねる札。それの方向性は“忘却”。恐れを抱き、恐怖と顔を見合わせた者達は、多かれ少なかれそれを求める。少数派の意識は、昨日の状態を受け止めるかもしれないが、意図さえ見えない現象は、不気味としか言いようないものだった。 許容できない認識からは、意識をずらすしかない。そして、それも忘却へと辿る道筋が、その板には書かれている。 TVやラジオで流すだけで、現状は速やかに沈静化に向かうだろう。 ただ、ただ、それが信じられない。 一日も経たぬ内に、ここまで回復するとは。まだ余力があるとは。 赦汲牟がそれを聞いたならば、爆笑した筈だ。 短い髪は、今回の事で切った訳でなく、爪も同じく。ぶったおれる筈もない。こんな短期間で。これからもここで生活を続けようというに、適当にできるか。 「そういえば、あんたら、上に『船』の関係者、いない? 」 振り返りもせず、硯を引き寄せ、出来てる墨汁をちゅーと、足した。 道具に拘る性質でないといえど、世の中の魔術士が眩暈を起こしそうな光景だ。あの丸々とした結界の材料を知りたいような、知りたくないような。 「生臭ぼうずらめ…。じゃ、灰色で、年代モノで、陰の水の属性の情報、おれクラスの。知らん? 」 返事が返らない事を理解しつつも、溜め息を混ぜながら続ける。 「知らんなら、用はないわー。ファターブスの「門」下じゃ、やっぱり無理かー。それを持って、帰れば? 」 それまで、無言の長物の一つが喋った。 「オグドニ総師より、ズーノ殿に招聘が掛かっています。」 「やだ。白いのイヤ。灰色じゃなきゃ、ヤ。」 即答である。 「暇があったらね。おれには、暇がない。捜さなきゃいけない人がいるんだ。」 ぐりんと振り向いて、ぴろぴろと筆を振る。 「ーーひとり、人を調達できるか? 」 魔術士の論理規制は、法によって成される。それは観念であり、明文化されたものでない。僧のーーこの場合、ファターブズの僧兵の法は、観念であるが明文化されている。書き文字は、言葉の影であり、時の楔と多人数を含む事により、どこまでも拡張と縮小できるものだ。 その差が、力の差ともなる。 況して、道徳観念重視の僧兵に、幅広い「調達」を対象物:人間で出来る筈がない。 「どうにもできないだろ? 魔導師クラスじゃ、おれを止めれるはずない。人の法に拘る者に魔道士が負けると思うのか? おれレベルの、孤独癖のある魔道士を揃えれるか? 地獄に突き落とされる前に? 竜でも呼ぶか? 竜を? どうにかしてみろ。これから死ぬものなら、おれはとっくに死んでんじゃん。」 あまりに簡単な事実。 魔術が発達したなら、その内の一つ、予知も発達しなければ嘘だろう。操る多くの者が女性で構成される術師の団体は、穏健派が多い。だからこそ、まだ来てもない『未来』に殺される事は少ないのだが、ーーそうは言っても零ではない。 「まあま、そんな物騒なこと、言うもんじゃありません。」 穏やかな声が、両者を分けた。 不法侵入の老人を呆れた目で、見る。 「おじいちゃん、来るなら早く来ないとー、獲物を前に攻撃差し止められてる狗がかわいそうジャン。髪の毛に気を使っても、もう遅いんだからさー。」 暴言を吐かられた相手は、ぺたりと自分の禿頭を撫でて、へらりとわらう。魔力が溜まるのは、髪と爪、それから骨。厳密な種類の分け方をしなければ、その順だ。補助具もなしに使えば使うだけ、その部分がもろくなる。だから、赦汲牟やオグドニのように魔道士や魔導士で髪や爪が短かったりないものは珍しい。 濃褐色の上着を、しゃんと着た米寿は行ってそうな好々爺然とした老人は、ふんわりと赦汲牟を見る。 「ぼうや、あまりおいたをすると言いつけますよ? 」 言葉にしてみれば、よく聞くフレーズ。だが、その相手が誰かが、問題だ。 大体、機動力重視の《明けの僧兵》と駐屯部隊の《宵の僧兵》を手足に使う、火星の守護を受けた総師だ。何となく、形は分かるが。 「ーー誰に…。」 「昨日やっとこさ会えたんでしょう? わざわざ嫌われるのはどうでしょうね。」 ………………。 「ーー知ってんだ。」 「ないしょですけどね。」 「〜〜知ッてんだーッッ!! ひどいーひどおおいぃ、おれ知らなかったのに何で知ってんの! 」 「自分の友人を知らない人はいないでしょう? 」 「おれ知らないのに! しらなかったのに! なんで!! 」 うんうんと頷いたオグドニは、決定打を打ち明ける。 「来ます? 」 罠にはまった獲物を見る目をしているのに気付きつつ、にんまりと笑う。餌が良ければ、飼い殺しも辞さないのは、赦汲牟の信条だ。 「会える? 」 「あなたは会うんでしょう? 確率は高くなりますよ。」 「んふふふふふ。いくぅ〜。」 これで、決定打。 ズウェディン・ズーノ・赦汲牟、最強(騒動屋)の取替え児が、ファターブズの「門」をくぐる事になる。 「最後の最後まで、アフターケアしてからですよ? 」 「ゲドォォウー!!」 「おやおや、誰が外道ですか。当たり前のことでしょう? 」 ーーこれから幾ばくかの後に。(最初からの予定とはいえ。) オグドニも預かり知らぬ事だが、内々定だった為、これから後の一時、色んな機関からの誘いを断る“高潔な”噂が先行する事になる。 「あ、そうだ。」 早々に帰っていったオグドニの代わりに、当たり前に《明けの僧兵》を手足のように使っていた少年は、当然のように言った。 ーー一応、オグドニとも《明けの僧兵》とも初対面なのだが。 「公園にいた子供達に言っといてくれる? 『煉火』の召喚法と使用上の注意。意味の違い。」 宗教上からみれば、違いによって色々あるだろうが、一般人には殆ど関係ない事だろう。今回のような事が、度々でなくば。 「正確に言ってなかったもんねー。気になるよなー、あの魔剣士。」 イヤ、まて、どこに魔剣士がいた?! 突っ込みをそこにいた七人は、入れたがったが、目の前を確実に大きな藪蛇が横切っていった。 早く、逢いに行かなければ。 それまで孤独だろう。 早く、逢いに行かなければ。 孤独になるために。 おしまい |