一日目・山程の洗濯物を片付けた。
   二日目・魚を獲って、燻りだしした。
   三日目・小屋の修繕をした。
   四日目・小屋の掃除をした。
   五日目・竜殿が、何か穴に埋めている。



 六日経った。
 出会って喰われて、使い魔になって、六日だ。しかし、いまだ何がなんだかわかっていない自分がいる事を、アギルは知っていた。
 そうというより、魂を喰われ、下僕としての存在に貶められて、それで結局何が変わったか、少しも掴めていない。
 竜殿の性格だからだろうか。
 竜の心臓を喰って、竜使いになろうとしていたアギルに対して、下僕どころでは甘い扱いといえよう。況してや、今まで精々家事を手伝った程度である。イリの方が主体として働いていた。
 ーーーこんな、人里とも竜の棲息地からも外れた場所では、家事をするしかないのかもしれないが。
 肉汁を滴らせた鳥肉を、均等に焼けるよう、串を回転させながら、どこかへ出かけてしまったイリを待つ。
 ーーー実はまだ、イリの竜の姿さえ知らないのだ。
(……水竜じゃない…ですよね。)
 勝手に仕留めて、勝手に焼いている鳥を見て、今更ながらに気付く。
 池の端に小屋を建てているのだ。水竜の可能性もある。今まで、魚料理しか食べていない事を考え合わせ。
 もし、食べないのであれば、草食主義者のアギルが手をつける筈もないので、捨てなければならない。それは、不殺生の考えを遵奉していないとはいえども、なかなか気の重くなる考えだった。
 野菜スープがあるので、最初から作り直しなどという事はないのだが…。
「なに? とり? 捕まえたの? たべるたべる。」
 いつのまにか背後に来ていたイリの声に、串を落としかけた。



 もぐもぐと粗塩につけた鳥肉を口に詰め込みながら、上目遣いでアギルを見ている竜に気付く。聞くしかない。
(不味い? )
「不味くない。ーーただいま。今先言い忘れていたから、ーーそういや、あいさつのタイミングが忘れてきてたよなー。独りが長かったから。」
 ぽけっとイリを眺めたアギルが、何かに納得したように応える。
(…おかえりなさい。ーーああ、普通ならいうんでしたね、そういえば。)
 変な事を聞いた、そんな顔で対面のアギルを見る。
「ーーーー−兄弟がいるんだろ? え。ああ、いっしょに住んでいないのか。」
(ずっと一緒でしたよ。ただ、家に居続けることが出来なかったので。)
「ふうん。……アギルが獲ったんだ肉食え、肉。ーってえ、野菜しか食べないんだったな、おいしいのに。」
(おいしいですよねー。焼肉、豚が好きなんですよー。)
 一瞬、イリの動きが止まった。
「ああ? 」
 何かまた変な事を聞いた、それはこの鳥肉の所為かも知れない、とでもいうように、手に取った串をみる。
「野菜しか食べないんだよな? 肉が嫌いなんじゃなくて? 病気でとめられているとか? 豚しか食べられないとか? そういう? 」
(肉類全部好きですよ。病気したことないし、アレルギーが出るわけでもないですよ。)
 当然とばかりに、アギルが言い募る。
(草食主義は、ササンが決めたことですから。)
「ああん? 」
(何か、唐突に。肉類を食べるのはやめろと。)
「何だよ。他に理由があるに決まってるじゃないか。」
(あったかもしれませんが、聞いてはいません。ーーそういえば、ササンは肉が好きだったから、自分の分も食べられるとでも思ったのでしょうかね。)
 ンな訳あるか、呆れた目でアギルを見たが、だったら、何だと言うのは、言える筈なく。
 ……アギルを超えて、変な奴だったという可能性しかないかもな。
(羊。)
「あ? 」
(羊にならないといけないそうです。)
 確かに羊は肉を食べはしないが、しかし…。
(メエ。)



(……何です? これ。)
 カップラーメンを手に、しみじみとそれを眺めながら、イリに聞く。
「世の中には、いろいろ不思議なことがあってだなあ。それに時々出会うことがあると知ってればいいんだよ。」
 世の中の不思議な事に分類してはいけない物を持ちつつ、分かっていないだろうに、頷く。
(そうなんですかー。)
 わかってないくせに。
「あー、ところでだなあ…。」
(何でしょう。)
「そろそろ、行こうかと思うんだが。」
(どこに。)
「人里に。ずっとここにいるわけには行かないだろう? おまえにだって、家があるんだろうし、仕事だってあったろうし、……。」
 そこまで言って、イリは言葉を途切らせた。
 ーーそういえば、アギルは荷物を持っていなかった。イリは自分の居場所を詳しく知っている者は、血縁者しか思いつかなかったし、それと接触している筈はない。大体自分が人間好きの異端者だ。
 この森に竜がいる事を知っている者は、種族を問わずこの森付近の者は知っているだろうけど、限定できはしないだろう。竜探索用の呪具の存在は、いまだ聞いた事はない。そして、この森は、一日二日で人型の竜を捜す事が出来るほど、狭くない。そこここの葉っぱを食べていけるほど、森は甘くない。
 ……生きる気があれば、竜に喧嘩を売らない。もしかして、死ぬ覚悟も合わせて、ここに来たんだろうか。見つからなかった場合、死ぬつもりだったのだろうか。
 まだ聞いてない、まだ聞いてない霊寄せの華は、誰の……。
(どの里に下りるか知りませんが、カッカンダに寄ってほしいのですけど。)
「あそこから来たのか。」
(それもありますし、あそこの森の入り口付近に、重いんで荷物を埋めたんですよ。まさか、初日に竜殿に会えるなんて思いもしなかったものでー。)
「……ほんとおまえは、こっちの予想を覆してくれるよ。」
 なんか変な事を言ってしまったんだろぉか、と云う顔で伺っているのを感じる。
 変な事を言われたというのもあるし、…………。
 一日で探れる場所だと断じられたのと。
 ちょっと昔の事を追憶していただけだ。
(来る前に、聞いていたのですよ。)
 沈黙が恐いという性格でないのをこの六日間で知ったが、それなりに気を使えるらしい。
(森の中に、竜殿がいるけども、良い人なので、少しばかりでも傷つけたら、許さないと。)
「…長いこと、人里に下りていないんだがなー。誰だろう。」
 どこからともなく木の枝を拾い、がりがりと地面にアギルの手が地図を広げていく。
(中心地に広場がありましてね、そこの近くの薬を販売したところにいた女性ですけれど。)
 ひととせだ。たかだか過ぎ去った一年前に思えるし、振り返ってもここの地点から距離が測れなくなった一年間だ。
「…ーーああ、そういえば、言葉を教えたことがあったな、そこの子供に。」
 そうでしょうとアギルは頷く。未だ地方の識字率は低く、まして女性となれば確率はがくんと落ちる。カッカンダに入り、筆記のみの会話で竜の居所の確証を得る事が出来るとは思ってなかったアギルは、早々に竜の存在とその善意を予測させられる事になる。
 それがよかった事かまでは知らないが。
(歳をめされた方でしたよ。その子のおばあさんでしょうかね。)
 ゆっくりと思い出す、親友が死んでから、人里に行って一年ほど過ごす、それを片手の数ほどした。親指から折っていって、その小指。
「違うな。言葉を教えた子だろうよ。」
 ふらりと立ち寄って、手を拾い、そこに何を載せてきたのだろう。ペンか剣か。約束は乗せていない筈だが。
 後ろを振り返って、戻れない道を必要なものだったろうかと透かし見れば、矢張、気の使い方を踏みつけたアギルが首を傾げていた。
(思うんですけどね、なんで、わざわざ人間の所に行くんです。竜殿に何の役にも立ちませんよ。竜族の方が、文化度も優れているんですしー。)
「何言ってる、おまえが人間だろう? 人間は人間の所にいなければ、人間にならないじゃないか。おまえが竜のところにいったって、竜にはなれないぞ。ただ絶望するだけだ。」
(いえ、別に修学のためじゃなきゃ、居着こうとか思わないでしょうが。ーー竜殿は竜なのにー。)
「いいんだよ。何時でも帰れるところだ。」
 あんまり帰りたくないしな、そう思いつつアギルに目をやって驚いた。物憂げな顔つきになって、溜め息を吐いたのだ。そんな人間ぽい黄昏を見せるとは、思いもしなかった。
(どうやって、説明しましょうか…ねえ。)
「んん? 」
(これでも、家族はいるんですよ。)
 何となく、アギルはササンを除き、天涯孤独だと思っていた。表情とか、思い出したように言う双子の相手とか、ーーーー依存度とか。
 双子は、特別というしな。
 家族。イリの一族では、群れは家族単位。発情期の一歩手前で蹴り出される。発情してしまえば、区別は、竜かその他。雄か雌か。それだけである。血が似かよるのは、末裔の為には良くない事であるし、特に縄張りの諍いで、同遺伝子の相手を傷付ける事になる。それと、雌は、子供時代、親時代とも家族を持つが、雄は、子供時代だけである。
 家族、ーーーー人間の場合、どの時点で家族を作るんだっけ?
「ふん? 人間の成人はまだなのか? ーーーーいや、家族ってどれだ? 人間か? 」
 馬鹿馬鹿しい、人間で、父親と母親ですよ、その言葉を聞かない内に、自分の馬鹿げた言動に顔が染まってくるのをイリは感じた。ほんとに馬鹿馬鹿しい。
(父親にぼろぼろにされて、監禁された人です。)
 アギルの言葉を受けて、頭を振る。羞恥で思考が浮いた処に、混乱の言葉。
 ーーーー家族って、そんなつくりだったけ? 人間の。
「……おまえの父親は。」
(「くたばりやがり」ました。)


(「お湯を入れて四分」? やき〇ば?? )
「てっきり、うると〇まんだと思っていたのにな。」
(うる〇らまん?)
「気にするな。四分も絶句していたか? 」


「しょうがないな。」
(しょうがないですよね。)
 鸚鵡返しに繰り返したアギルを見て、本当にこいつは何かを考えているだろうか、それとも、全てが演技なのだろうかと内心考える。
(王都に行くんでしたら、家に来てください。いつまでも隠しておけないことですし。)



おしまい



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