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「私、柳さんの為なら何でもします!」 もう少しで昼にさしかかろうとする、山側合宿所の広場にて。 思い起こせば今日は、朝からつぐみとはあまり接してはいない。言葉を交わしたのは朝食の時だけの筈だ。 「いやー、やっぱ女の子が作ってくれた御飯はいいっスねー」 という桃城と忍足の発言が聞こえてきてからというもの、何やら無性に腹が立って仕方が無くなってきて、このままだと試合に負けた時の向日の如く周囲に八つ当たりをしないと気が済まなくなりそうだったので、その後のミーティングが終わって即、走り込みに飛び出したのであった。 「柳さんの為ならどんなことでも出来ます!だから………」 涙目で詰め寄ってくるつぐみに柳が動揺していると、そこに、 「待て待て待てーいっ!そこの二人、待たんかー!!」 まるで威勢の良い岡っ引きの如く、真田が猛ダッシュで駆け込んできた。 「あっ、真田さん、私今………」 そう言って近くの木陰を指差す真田。 「え、でも………」 真田に怒鳴られたつぐみが、木陰へとぼとぼと歩いていく。 「さっきから何なんだ一体、お前達は…」 自分としては不機嫌なのを上手く隠していたつもりだったのだが、どうも態度に出てしまっていたらしい。柳は自分の未熟さを反省した。 「別に、俺は怒ってなどいないし、お前達が原因でもない」 「まさか。お前がそんなことをする筈がなかろう。そうでなくてだな、先程…………」 ・・・ ミーティング終了直後の山側合宿所。 「あれ?柳さんはいないんですか?」 お目当ての人物がいなかったからだろう、少し残念な顔をするつぐみに、赤也が遠慮がちに声をかける。 「その柳先輩なんだけどよ、アンタ、あの人が怒るようなこと何か言ったりしてねーよな?」 神妙な顔で問うつぐみに、真田が腕組みの体勢を崩さぬまま深い溜息をついた。 「今朝の蓮二は、あ奴にしては珍しく機嫌が悪いのを露わにしている様子だったのだが、その原因が解らんのだ」 赤也が疲れた顔でテーブルの上にぐでっと突っ伏すも、『たるんどる!』と怒鳴る気配は今の真田にはない。それ位、親友のことで途方にくれているのだ。 「まあ原因は解らのうても、とびっきりの解決策ならあるんじゃが」 仁王の言葉に、全員が彼の方をバッと向いた。 「マジっスか!?」 いつの間にやらつぐみの隣に移動していた仁王が、人差し指で彼女の額を軽く小突きながら言う。 「嬢ちゃんが柳のところに行って、『何でもするから機嫌を直して』って言えばええんじゃ。そうすりゃ奴さんの不機嫌なんぞ一発KOぜよ」 この時真田・柳生・赤也の脳裏に浮かんだのは、度合いに差はあれど概ね卑猥な妄想だった。 「いかん!いかんぞそれは!!」 少しの間俯き加減で胸の前で両手の指を組んで考え込んでいたつぐみだったが、意を決して顔を上げた。 「柳さんには色々と親切にしてもらいましたし………解りました。私、柳さんの為に一肌脱ぎます!」 ピッタリ揃った真田・柳生・赤也のツッコミに、つぐみがムッとして反論する。 「何でですか!私だって頑張れば、水汲みとか薪割りとか、柳さんの割り当て作業を代わりに自分一人で出来る筈です!」 予想外の返答に、目が点になる赤也と、たじろぐ真田と柳生。 「それじゃあ私、早速柳さんのところに行ってきます!」 気合十分に両手の拳をぎゅっと握るつぐみを、仁王はヒラヒラと手を振って送り出す。 「いーんスか!?真田副部長、いーんスかあ!!?」 柳生と赤也の声援を背に受けて、真田はつぐみを追って駆け出したのだった。 ・・・ 「……………ということがあってな」 俺本人のいないところで随分勝手に盛り上がっていたものだな、と柳は思ったが、口にはしなかった。 「まあお前のことだから大丈夫だとは思ったが、一応、念の為にな」 真田が顎で示した方を見ると、大きな木の下で三角座りでしょぼんとしているつぐみの姿があった。 「そうだな。では行ってくる」 「あっ、柳さん!」 柳が近づいてきたのに気づいたつぐみが、慌てて立ち上がる。 「弦一郎から大体の話は聞いた。俺は怒ってなどいないし、お前が気に病む必要もない」 今日の自分はまるで平静を装えていなかったらしい。柳は自分の未熟さを心底痛感した。今度忍足の心を閉ざす技を詳しく研究してみよう、とも思った。 「それにお前、『何でもする』なんてこと軽々しく口にするものではない。もっと自分を大切にしろ」 何か言いたげな顔になりつつも、つぐみは大人しく頷いた。 「ほら、約束だ」 そう言って右手の小指を差し出す柳に、きょとんとするつぐみ。 「え?えっと………」 二度目の催促に、ようやくつぐみは自らの小指を柳のそれに重ねた。 そんな男女の光景を、広場のベンチに腕組みをして座る真田と、その背後にいつの間にやらやって来ていた仁王が眺めていた。 「ほら、俺の言った通りじゃろ?嬢ちゃんがああ言えば万事解決じゃと」 |
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