夜の管理小屋。
明かりが落とされた寝室のベッドの中で、つぐみは今朝のことを思い返していた。
(今日は柳さんに起こされちゃったから、明日は寝坊しないようにしないと………)
そんなことを反省していると、ふと好奇心めいた考えが頭の中に降ってきた。
(明日は逆に、私の方が柳さんを起こしに行くってのはどうかな?)
知識でも理論でも敵わない相手だが、早く起きるだけならば自分にだってできるのだ。慌てふためく彼の姿は想像出来ないが、もしこの企みが成功すれば見られるかもしれない。
わくわくしながら眠りについたつぐみだった。
・・・・・・
次の日の朝、午前四時。
あくびをしながら管理小屋から出てきたつぐみは、まだ寝ている彩夏に配慮して入り口の扉を静かに閉めてから、うーんと大きく伸びをした。
「流石に早過ぎたかな…。でも一応、様子見に行くだけ行ってみようっと」
「こんなに早朝から、お前は一体何を気にしている?」
「……えっ!?」
つぐみがぎょっとして声のした方に振り返ると、そこには今から動向を探りに行くつもりにしていた対象、即ち柳本人が立っていた。
「ややや、柳さんっ!?どうしてここに!?」
「朝練で、走り込みの最中だ」
「あ……そ、そうなんですか。朝練………」
そういえば数日前に『真田が朝練だと言って立海のメンバーを叩き起こして回ったが、幸村が「朝練は各自でやればいいんじゃないかな」と言ったので合同朝練はなくなった』という話を立海の面々がしていたのを聞いたのをつぐみは思い出した。
(朝練の存在なんて、すっかり忘れてた………)
自分が起こしに行く、という計画がハナから無駄だったことに、つぐみはがっくりと肩を落とす。
「それで小日向、お前の方だが」
「あ、あの、これは、えーっと」
「先程の反応から推察するに、お前は昨日俺に起こされたので、今度は逆に起こしてやろうと考え、早起きをして俺のいるロッジに向かうつもりだった、というところか」
名探偵の完璧な推理に、つぐみはぐうの音も出ない。
「図星である確率は98%超だな」
「うう………」
「仕返ししてやろうとでも思っていたのだろうが、残念だったな」
「仕返しなんて、そんなつもりじゃなくて…。早起きだったら、私でも柳さんに勝てるかなって思って…」
「ほう、俺に勝つつもりだったのか」
「だって私、柳さんには頭でもスポーツでも敵いませんから」
「それで、俺に勝ってどうするつもりだったんだ?」
「………え?」
柳の質問に、目をパチクリとさせるつぐみ。
「どうって……別に、何も………」
「目的はないのか?」
「はい…ただ、勝てたらいいなぁって、だけで………」
「………ふむ」
顎に手を添えて若干首を傾げ、何やらぶつぶつと呟く柳。
「………あるいは、理屈では説明できない感情、というやつか……………」
「え?何ですか?」
「独り言だ、気にするな。それよりも、お前はこんなに早く起きて平気なのか?赤也や越前などは六時ですら朝が早くて辛い眠いとよく口にしているが」
「大丈夫ですよ。昨日はたまたま寝坊しちゃいましたけど、早起き自体は結構得意ですし。それに、朝練してる柳さんを見ていたら、私も頑張らなきゃってやる気が出てきました!朝食の準備、今から出来るところだけでもやってこようと思います!」
「………こうなる予測は大体ついていた」
その日の昼過ぎ。
柳がデータから導き出した現時刻のつぐみの出現場所である洗濯物干し場に向かうと、予測通りに洗濯用具を使ったそのままにして近くの木陰で寝息を立てる彼女の姿を発見した。
つぐみをそっと抱き上げて、柳は管理小屋の方へと歩き出す。
「全く、世話が焼ける」
口ではそう言いながらも、とても嬉しそうな表情の柳だった。