屋上で横になれば実感するだろう。抜けるほどの青空の天井の、その高さ。
それは地面にいる時より、なお一層遠く高くに見える。
丁度登った高さの分だけ空が高くなるように思うのだ。
午後の陽に校舎と空と、視界すらも白んでいた。
目を閉じれば網膜が光を通し、焼き付く紅い視界。
鮮烈ではあるが不思議と穏やかな光景だった。
藍色の影とコンクリートの白と。
白はやがて橙へと変化し、藍へと色彩は巡って行く。
頬に当たる風にかすかな焼却炉の煙を嗅ぎとる。
何故だか仄かに甘みを帯びたその香。
階下から、中庭から、校庭から聞こえる歓声、ブーイング、叫び声。
大人に成るまでのほんの僅かの間、生徒達は何を見ているのか。
今、何を見て、どんな世界を感じて生きているんだろうか。
ここで一人寝ている時は、教師らしいそぶりをする必要もない。
自分が生徒なのか先生なのか、その曖昧になる時間が好きだった。
じんわりと暖かなコンクリートの床に、背を預けて再び目を閉じた。
子供として過ごした長い時間よりも、
大人になってから過ぎた年月が勝った時。
彼らは何を思うんだろうか。
「おーし一番乗りー」
「あー目の前で売り切れんのってすげえヤなんだけど。今日メロンパン食いたかったのに」
「つっかえ棒しとこうぜ。貸し切り貸し切り」
「馬鹿そんなんして出らんなくなったらどうすんだよ」
「ていうか一番乗り〜じゃねよ。寝てる奴いるじゃんあそこ」
「や、制服じゃねーし。このヘッドホン、つうか、先生?」
「あーマジだ」
「センセー、教師の癖にサボり〜?」
「マジ寝?」
「寝てる。ここヨダレくってる」
「いいよ、起こすなよ。今の内今の内」
「お、いいね何かする?」
「やっぱここは男としてだな〜」
「で、定規かよ!ヤバいマジ傑作、何オマエ、馬鹿だなスッゲェ下世話」
「いやー起きたら流石にやべえだろー」
「だからそこはパンツ職人に任せて」
「マジかよまた俺男で試すのかよ!もうやだって!」
「うっわヤバイヤバイ。アホだなーこんなんで退学?ってか犯罪だよ」
「そういいながら何で顔笑ってんだよ」
「だって全校生徒教師に何cmかバラすとか言われたら普通マジで死ねるって」
「先生そんなヤワじゃないだろー。リュータ写メール写メール」
「まあ未遂でもゲンコツは必至だな。でもあわっくてるとこ見たいかも」
「先生遅れてきてもいつも余裕だもんなー」
西日。
指に残った紅チョークが生んだ僅かな不快感。
首筋にうっすらと汗を感じて、喉の乾きに寝返りを打った。
そこに慌てた生徒の声が上がって。
強い圧迫感があって、誰かに身体に乗られていると突然自覚した。
眩しい朱の視界に、微妙な苦笑いの竜太の顔。2-Bの教え子。
あ?
首を下にやると、逆光の中に、同じく斎場の姿。
ひやり、とベルトの金具が何故か、腕に当たった。
ズボンがやけに緩い。否、腹の辺りがくつろげられていて、風が当たる。
そして何故か生徒が持っているのは、
もしくは必然というか、ご丁寧にも30センチの竹の物差。
しかも両腕を掴んで押さえているのは真吾と、純の二人掛かりで。
若い時分にクラスメイトが似たような事をしているのは覚えているが、
それはれっきとした勝負であって、これは極めて一方的な。
「、何してる、お前達?」
そこは笑う所じゃ無いだろ、と言う所で4人の生徒がどっと笑った。
「先生ー、駄目だよこんなとこで寝てちゃあ。寝過ごしたら罰則モノっすよ〜」
「おい、放せ!やめんかこのガキ共!うわ!」
これ以上動かせない、それでも筋を痛めないギリギリのラインで両手首を押さえられる。皮膚が紅くねじれるまで抵抗したが、男子二人に押さえられていては、余りにも多勢に無勢。純は顔を蹴られたものの、スリッパのすっぽ抜けた両脚を1人で押さえきっていた。
「何先生、照れる程自信ないの?ネェ?ネェ」
「あんだ火星人じゃないんだ。やっぱ大人〜」
甘えとも悪意ともつかない笑顔。それでも生徒側も必死で押さえ込んでいるらしく、口は引きつっている。計測係もあまり近くで見たり触れたりしたくないジレンマを抱えているので、定規を当てるのに思ったより苦労しているのだった。
しかし何回か失敗して不本意に触ってしまう内に、どうでも良くなって来たらしい。呻きがもれるほどに力を込めて抵抗している所に、無情に冷たい物が下肢にふれた。羞恥よりも屈辱と憤怒とで弘の顔面が真っ赤になる。唇を噛み締めて睨み付ける弘を後目に、震える目盛りを妙に真剣に読み取る生徒達のテンションが微妙に、落ちる。
「ああー…やっぱこのまんまじゃね」
「なんか標準が12cmとかいうよな」
「嘘?いやそれ覚醒時だろ?」
「やっぱさー、覚醒前と覚醒後まで計んないと」
「何、俺らが触んの?」
「斎場フェラってあげたら?」
勿論、そこまでは物騒な冗談の範囲内だった。
往生際悪くもがいていた弘が青ざめたのを見て、またひとしきり笑う。
その笑顔に弘は目眩を覚えた。
「で、マジな話どうする?」
「あー俺のパン、マーガリン入ってるわ」
さっと胸の奥が収縮して、総身の汗が冷たいものに変わる。
びぃっ、と透明ビニールの裂ける音。耳の無い食パンを握ると、挟まれていたクリーム色の油脂が指に溢れ出た。
「ああ〜それおもしろそーー」
「うわやっべー変態入ってるよ、マニアプレイだよ超ウケる」
「ひぃアホ過ぎて傑作!今なら俺先生で抜けるよいやマジで」
「やめっ!馬鹿やめろ!」
「生徒の事馬鹿っていったら駄目だろ〜?先生?」
髪を掴まれて、顎までもが固定された。
真っ青な顔で、叫ぼうとして、この状態で誰を呼べば良いのか見当もつかない。
この時になってようやく、弘はこれが下卑た悪戯では無く一種の虐待だという事に気がついた。胸から腿まで衣類を全てはだけられ、とろみと光沢とにまみれた指が触れた。
「うわ、ドロドロ。あー、マジ変態臭ぇ。やべーよ終わってるよ」
下腹から胸から、ぬる、とした生温かい感覚。
それを伸ばされる様はもう正視出来なかった。
「あーあ。悪い、ティッシュ。手拭くやつ、そう置いといて。滑るから」
それでも初めはコンドーム越しの指だった。
竜太達は弘に触るのにも既に抵抗がない。彼らにしてみれば一度ムキになってしまったので引っ込みはつかないし、つけようとも思ってはいなかった。
「あれ?先生なんかいってよ、そんな歯ァ食いしばらないで」
「どしたの?ねえ、先生ー?目閉じないで、ちゃんと見ようよ?」
「うわ、、。ほらそこ、定規定規」
「先生、俺らまるで虐めてるみたいじゃん。ねえってば」
「、、ぅ、」
「先生も変態入ってるよな〜、これで起つんだから」
「おー。もうちょっと、いけんじゃん?」
「先生、どう?今、11.5cmだよ。もうちょっとで標準クリア達成」
「まだ行けそうじゃね?」
「先生、目赤いよ?…泣いてんの?」
「何か言わないと、行かせちゃうよ?先生」
「時間計ってっからね」
「あっれ?先生、なんか…」
「んー?何よリュータ?」
「ここ動いてない?」
「、ぅ、ん!!」
「何先生、便所行きたいの?スカトロ?」
「違っ、ッ…、んッ、んッ」
「うわ、先生、エロいよ…」
「何か大きくなってない?てか、先走っちゃってる」
「ホモ?先生」
「やめ、もうやめっ、頼むから、もぅ、」
「ここ、欲しい?なぁ、先生、指欲しい?そんなに起ててると、指、」
入れちゃうよ?
「やっ!やァ、っっ!ん、んうう…っ!」
「先生、痛くないの?すげー普通に入ったよ」
「そんな首振ったって解るってさすがに」
「こっちでしたこと、あんの?自分でしてんの?してないけどやりたいの?」
「違っ、違うっ!っう、は、ァあ…っ、!」
「ホモなんだ、先生?」
「ほら、ここどうなってるのか教えてよ先生。ベタベタに光ってるよ?」
「すっげ動いてるよ、先生のなか。ほら、解るだろ?指曲げた時とか。ね、指、増やしていい?」
「やめ、リュータ入らなっ、厭、、だ、」
「…入るじゃん。嘘つき」
「なんか…俺、起って来ちゃってんだけど」
不意に訪れた沈黙の中で、弘は声を上げられずに酷く苦しんだ。
「な…、入れて、良い?先生」
一枚ぬめる護謨を通して、指にえぐられる感触。
頬に油まみれの手で優しく触れられて、必死に首を横に振る。
無理に押さえ込まれた脚を閉じようと猶の事もがく。
胸を探られる度に前のめりに何度も跳ね、息を呑んで泣き声を耐えた。
「大丈夫だって、俺女の子で痛がらせた事ないから」
「先生のココんとこ、俺の指くわえこんじゃってるよ?ひゅくひゅくしてスゲェ欲しそう。このままじゃ可哀想だよ?」
ネクタイが、緩く引かれた。そのまま引き抜かれるのを思わず目で追って。
「ウーロン茶あるから身体は拭けるけど、これ、汚れるからさ」
「先生、今撮ったらこんな顔してやんの」
「やめてくれ、…」
「12cm行った」
「どうしよう、か」
4人は身をよじる弘の顔を覗き込み、納得したらしかった。
その時にはもう定規の目盛はどうでも良い事柄になっていた。
指を動かすのをやめると、実際弘はせがむ様子を見せたのだから。
上がる息と涙を隠そうと、交差する手さえも阻まれた。
不規則に腹をかき混ぜながら、囁く声。
「中とかけられるの、どっちがいい?」
「息吐いて、振ると入れやすいから」
「まだ授業あるのにかけられたら困るよね?センセー」
「なんかそんな風にしてると、巣から連れ出された幼虫みてえ…」
「そう、腰、回して、ゆっくり…そんな感じ、」
「上手いよ、先生…よく、知ってるね…?」
耐えきれずに声を上げれば、その場で口を押さえられる。
「俺達の形、もう覚えた?」
舌に汗ばんだ長い指を、感じた。
「外で真っ昼間からこんなになっちゃって、凄いよね、先生」
生徒達が、代る代る優しく頭を撫でた。
異様な時間が過ぎ。
直射日光にすっかり頭をやられて、
日に焼けるな、これは…。
ぼんやりとそんな事を考えながら、フェンスに頭を擦り付けた。
6限の授業開始時刻の丁度30分前に後片付けは終わった。
太陽は紅蓮の雲に消え、影はその面積を膨張させていた。
埃にまみれた髪を緩く撫で付けられ、手を引かれて上体だけを起こす。
ヘッドフォンからは何も聞こえてこなかった。ALL REPEATにHOLDをかけていたせいで、MDプレイヤーの充電池は切れていた。
顎の下には無表情な生徒の顔がある。元から歪んでいたネクタイが奇麗に締め直されて行くのを、目で追う。
幾らか腹痛は和らいできていた。
子供をあやすようにして優越感に浸っていた生徒達から、笑顔は既に消えていた。ある時から突然黙ってしまった彼らの前で、今自分がどう行動すべきなのかを反芻しながら。よけてあったカップ麺の容器と授業用のノートとを拾い上げて。
いつか、生徒だった頃の毎日の授業のプレッシャーと、教師になって初めての授業の時のそれとを、弘は朧げに思い起こした。