目の前で白いビニール袋が鳴っている。
醤油味とカレー味は基本だろう。シーフードは好みが別れる。トマトのチリヌードルもなかなか。生卵が欠かせないチキンラーメン。赤い狐と緑のたぬき。揚げ麺は癖になる。ぺヤングを朝食にしたところ腹持ちが良かった。
しかし今はあえて生の麺を、否、出来れば麺以外を食いたいと願う。
例のごとく圭は大した用もなくやってきて、腹が減ったなと意味ありげに言う。
目の前のビニール袋は、自分用の食料なのか手みやげなのか定かではない。

「台所くらい貸してやっから、それ食えば良いじゃねえか。大人しく作って帰れよ。俺は眠い」
「焼き肉食いたいな」
「ねえよ」
阿呆な賭けに休日を預けてみたのは、マンションへの引っ越しを手伝わせた引け目があったからだ。深夜の荷造りを手伝ってくれた旧友に、未だ大した手間賃も出していない。レトルトの食料を荷物減らしにと、その場でせめてもの礼とした。
トラックの来る2時間前になっても一向にペースを上げず、こちらの段取りが悪いとせせら笑ってくるのには閉口した。
『いやぁちょっと邪魔してやろうかと思ったんだけどさ、邪魔するまでもなかったな』
冗談に聞こえなかった。
念願のフローリングに寝そべり、学生時代に思いを馳せる。

僅かな時間をぬって、何やかやと馬鹿げた事をやる。
そのくだらなさが癖になって、まるで恋にも似て二人でおかしな事をするのも平気になってしまった。それにすら、僅か興奮出来た。
別に奢ってやるくらいはそんなに痛くもないが、腐っても勝負は勝負だ。

「我慢強いのは結構なんだが、俺手持ち無沙汰なのな」
「お前も試してみたらどうだ」
「2人同時か?むさ苦しい」
「で、俺が勝つとして、何時になったら食いにいけんだ」
「腹減ったよな」
「おい」
「じゃあ、今焼き肉行くか」
「今」
「それなら奢ってもいいぜ。立てよ、今だよ」

下駄箱の前で足を靴に突っ込むそのままの形。一度俺の声を聞き付けて、それでも
まだ靴べらに手を伸ばそうとする圭をもう一度呼んだ。
「何だ」
「無理に決まってんだろうが。アホ」
そ知らぬ顔でドアを開ける圭を、よろよろと引き止める。
下手をしたら本当にこのまま置いて行かれかねない。
棄権するもしないも、流石に屈辱的だろうよそれは。
じわじわと網目のように広がる感触があった。唇を食い締めた。

「何だ、出かけられないのか。じゃ今は作ってやるよ」
今日になって初めて、1LDKはその名に相応しい働きをするか。
ぐずつく弟を宥める体。こいつ完璧に馬鹿だ。いや、俺ら二人完璧に阿呆だ。
この15年、飽きもせずつるんでは阿呆な事をやっている。

知りたい会いたいやりたいが恋愛の三原則と言うが、もっともな事だ。
俺は会いに行かない。こいつは詮索しない。関心は薄い。
それでもつるんでいるのは、縁は腐っていても友情があるからだと思う。

オリーブオイルなんか家にあった覚えは無いから、こいつが使う為にと置いて行ったんだろう。テーブルに頬骨を預けながら思う。
普段料理をしないのに、また時間のかかるもんをと半ば諦めた調子で眺めた。


湯がいた麺を網に通す音と匂いと、湯気があった。
フォークにスプーンがきちんと添えられて、皿に盛られているのも久々に味わうものだ。
「米じゃなくても良いだろ?」


しきりに食卓がりんりんと音を立てて震えている。
「何足閉じてんだよ猿」
軽く足で臑を小突かれた。
無精髭の残る顎を無精髭と舌が辿る。
「旨いだろ。全部食えよ。食べ終わってからな」
靴下越しに体の芯を圧迫されて、耳を揉まれて、それだから返事はしなかった。

手首の自由が無いところに、フォークが差し出される。
「バジリコついてるぞお前」
味が解らない。旨いのだろうが、だんだん味わうどころではなくなってきていた。

不意に手首の紐が解けた。
そういえば圭は、遊びで縛るのだからといつもゆるく締めておくのだった。こちらはそれを承知で、結び直させる不粋をするまいといつも気を遣っている。第一紐を振り解いたのが知れれば、根性なしめと奴は笑うだろう。
だから自由になった手は、矢張りそれと解らないように後ろに遣ったままでいる。それにそうでもしていないと、何かしら水を差す真似をしてしまいそうだ。


新調した食卓の上、俺がよりによって圭に介護されている様で異様だ。
まだ麺は皿に大体残っている。そう時間が経っていないのは、まだ熱い湯気からも解る。
ただ拳が、もどかしくテーブルをひとつ叩いた。
部屋が充血して見えた。

勝負の刻限は1時だった。晩餐は美食の限りを尽くしたが、数日経ってみると圭の作った飯の味を全く思い出せない方を残念に思った。



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