「今日もバイトで、明けるまで構ってくれないんで」
そりゃあ、バレンタインにバイト休んでまで男と会ってたら微妙だよな。
一般論としては。
「それで俺に構ってる訳か」
「こうしとけば先生は先輩の所に行けないからさ」
牽制ってことで、と笑う。もう髪を撫でる手を振払うのも面倒になっていた。
単にじゃれてるつもりで、竜太に対する罪悪感はないんだろう。
「んなことしようとも思わねぇよ」
「羨ましがってたじゃん、先輩からのチョコ」
「竜太もよっぽど沸いてんな。お前にチョコやるなんてよ」
「何か悲し気だよね、先生」
顎をを上げさせて唇を当てる。いい加減馴れた様で、気怠い目線は動きもしない。
もてる男には悲しい性があるんだよ、と妙な返答があった。
解放されて椅子に凭れたまま、机の上に散らばるチョコを横目に呟く。
「これ、どの位で食いきれるかな」
「生チョコから食べて、あと冷凍しとけばいいじゃん」
「勇人、小さいのお前持ってく気ないか?」
「先生のだろ」
「俺は良い」
俺だって結構貰っているのに、これ以上貰っても仕方ないんだけど。
思いつつ、握らされたものを眺める。
先輩から貰ったのにしても、先輩宛の食いきれない義理チョコに過ぎないんだけど。先生が羨ましがるのが面白いからそのままにしておいたってだけで。
持たされたのは確かに小さい、渋めの装丁が逆に目を引く包みである。
銀の包装紙とコバルトブルーのリボン、
コンビニで売ってるやつだな。
よっぽど時間無いか、料理できない子で、
かつ義理チョコ。
言おうとして、目が合って勇人はどうにも言いだせなくなってしまった。
全く正気じゃない。
弘自身さえも、思わず目を逸らしていた。
「じゃあ、貰っとく」
「ああ」
「悲しそうな顔だと思ったの、俺の勘違いかな?」
「…そうなんじゃねぇ?」
「じゃあ、これは俺からって事で」
「竜太がお前にやった奴じゃんかよ」
「でも旨いんだよ」
自分で頬張ってみせてから、額を近付けて。逃げないのを確認して舌で押し込んだ。緊張で心持ち歪んだ額と、強張った目蓋と、煙草の匂い。
大人しく享受するどころか、遠慮がちにでもせがむ様を。頬を撫でながら、まるで雛鳥のようだな、と思った。