1000Hit記念小説
麻耶 幸様に捧ぐ



月凪





 出会いは、最悪。
 いけ好かない野郎だ、と思った。

 話してみて、印象はさらに悪化。
 阿呆な奴だ、と思った。

 けれど、初めて一緒に戦って。
 意外に男らしい所がある、と思った。

 それから何度も同じ戦場に立って。
 背中を預けて戦える仲間だ、と思った。

 そして、今はこう思う。

 もっと色々な話をしたい。
 聞かせて欲しい。
 その隣に、立っていたい。







「…おい、ゾロ?」
「お、ああ、どうした」
「『どうした』はこっちのセリフだ。なんだよ、もうおネムか?」
「違ぇよ」
 短く応えて、グラスの酒を飲み干した。

 今宵は、満月。
 煌々と照らす満月は、何もかもを蒼く輝かせる。
 愛すべき我らがこの船も、船が行く果て無き海も、見張り台で酒を飲み交わす俺とサ ンジも。
 見下ろせば、先ほどまで「満月祭り」と称した大騒ぎを繰り広げていたルフィたちが、 甲板のあちこちに転がっている。
 今はバラバラに散らばって眠っているが、そのうち夜 半になれば、眠りながら器用に一箇所に集まってくるだろう。
 そして子どものようにくっついて眠るのだ。…ナミでさえも。
 それは、こんな時だけに許された、温かなひととき。
 ――この船の乗組員たちは、全員、人の温もりに飢えているから。

 なのに、目の前のこの男は。

「それにしても、綺麗な月だなぁ」
 高すぎる自尊心のせいで、素直にそれを表に出さない。
「そうだな」
 何て面倒な生きかただろうと思う。
「知ってるか、月にはウサギが住んでて、モチをついてんだってさ」
 それがこの男の選んだ生きかたなのなら、仕方が無い。
「本当か?」
 そう、仕方が無いのに。
「ははっ、どうだろうな。月にまつわる色んな言い伝えの一つだからなぁ」
 コイツは最近様子が変だ。
「へぇ」
 夜になると、こうやって、やたら俺に絡みたがる。
「月にはでっかいカニがいるって話もあるんだぜ」
 それはつまり、なぜだかまったく分からないが、俺に心を許し始めているということ… なのだろうか?
「本当だったら、ルフィも『参りました』ってぐらいのカニ料理作ってやるんだけどなぁ」
 だとしたら、複雑な気分だ。
「そうか」
 何で俺なんだ、ナミじゃなくて。
「ゾロは何か知ってるか、月の話」
 女好きじゃなかったのか、コイツは。
「そうだな…」
 まあ、悪い気分じゃない。
「俺の故郷じゃ、月には女神が住んでるって昔話があった」
 こんな風に、誰かと酒を酌み交わすのは。
「そりゃホントかよ!? いいなぁ、きっと物凄い美人なんだろうな」
 もっとも、コイツばかり喋っているような気もする。
 だが、せっかく上機嫌で笑っているのだ。
 邪魔したくはない。
「かもな」
 俺が同意すると、サンジは嬉しそうに笑った。
 サンジは、酒のせいか顔がほんのりと赤い。それほど酒に強い男ではなかったはず だ。
普段なら、付き合い程度にしか飲まない酒を、今日は歯止め無く飲んでいる。
 そのせいか、さっきから表情がくるくると変わる。昼間は決して見られない表情が、い くつも現れては消えていく。
 やっぱり複雑な気分だ。
 嬉しい…のだろうか、俺は。
 それにしては、なんだか胸のあたりがもやもやするというか。
 決して腹が立っているわけではないのだが、これはどうしたことだろう。
 ひょっとしたら、酒のせいかもしれない。
 どれだけ飲んでも酔ったことがないのに、とうとう酔ったのかもしれない。
 だからだろうか、サンジがやたらときらきらして眩しく見えた。
「おーい、ゾロ? なんだよ、やっぱり眠いのか?」
「いや」
 まじまじと見つめられ、一瞬心臓が大きく跳ね上がる。
「なんでも…」
 何でもないことあるか!
 何故赤くなる、俺の顔!?
「そっかぁ?」
 どうやらサンジには俺の動揺は気付かれなかったようだった。
 グラスに酒を継ぎ足し、一気にあおる。
 喉を滑り降りていく熱に、意識が覚醒する。
「なぁ、ゾロ」
 よく見れば、サンジは目が潤んでいる。
 そして据わっている。
 完全に酔っ払いの眼だ。
 サンジは酷く真剣な顔で言った。
「俺、月には行きたくねぇ」
「は?」
「いくらキレーな女神様がいたって、他がウサギとカニじゃあ嫌だ」
「…はぁ?」
 突然何を言い出すのだ、この酔っ払いは。
「俺、この船が好きだもんな」
 多分、本人は真面目に言っているつもりなのだろう。
 ふらつく足で立ち上がり、夜風に向かって両手を大きく広げる。
「だって、ルフィが乗ってるだろ。あんな美味そうに飯食うやつ、そうそういねぇ」
 …なんでちょっとガッカリしてる、俺!?
「それに、ウソップもいるし? あいつの話バカだけど俺すげぇ好き。やたら美味い美味 い言うし」
 だから、なんでさらにガッカリしてるんだ、俺は!?
「何てったって、ナミさんだ! カワイイしイイ女だし金銭感覚バッチリだし、厳しいと見 せかけて優しいし、もう文句なし、最高だ」
 動揺しまくる俺の胸中に気付くはずも無く、サンジはさらに続けた。
「あと、お前がいるしな」
 …うぅ?
「飯食っても美味いってなかなか言わねぇし、喧嘩ばっかだし、昼間は寝っぱなしだし 脳ミソまで筋肉だし」
 …おい!
「だけど」
 くるり、と俺に向き直る。
 満月を背に、その輪郭が蒼く浮かび上がる。
「格好いいんだ」
 へにゃり、と笑う。
「しかも、ゾロはいつか絶対世界最強の剣士になるんだ」
 月を見上げて、それはそれは嬉しそうに笑う。
「そんな奴らと同じ船に乗れて、俺、本当に嬉しいんだぁ。だから月には行かない」
 サンジは他にもつらつらと月に行きたくない理由を並べ立てていたが、俺はそれどこ ろではなかった。

 顔が緩む。
 叫びたい衝動に駆られる。
 じっとしていられない。
 ああ、間違いない。
 俺は、嬉しいんだ。

 …嬉しいだけだろうか。

「聞いてるかぁ、ゾロぉ?」
「ああ、聞いてる」
「それに、それにな」
 喋りながら、サンジは突然ふらりと倒れこんだ。
「おい!」
 慌てて手を差し伸べ、見張り台に頭を打ち付けないよう支えてやる。
 そっと横たえてやると、サンジは俺の手を掴んで言った。

「あったかいもんなぁ」

 そのままくうくうと寝息を立てて眠り込んでしまう。
「おい、サンジ」
 呼んでも目覚める気配はない。
 …その方が、ありがたい。
 こんな緩みきった顔、見られたくはないからな。


 誰もが寝静まった船上で、蒼い月を見上げる。


 いつか俺たちは死ぬだろう。
 遠い未来に。
 もしかしたら明日。
 だから、嬉しいんだ。
 今、生きていることが。
 この船に乗っている事が。
 こうして、サンジと手を繋いでいられる事が。


 俺はそっと目を閉じた。
 繋いだ手に伝わる、確かな生命の温もりを感じながら。









 翌朝目が覚めたサンジが恥ずかしがって、ゾロを思い切り蹴り飛ばしたとか。
 同じく照れ隠しでゾロが食って掛かり、見張り台の上で大喧嘩したとか。
 お互いに意識しあっているのだという事に気付いたとかいうことは、また別の話。



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