成人式には君とフォトスタジオへ行こう
バイクの轟音に振り向けば金色の不思議な格好の若者がふたり乗りしていた。それに続くのは派手に装飾された改造車。他にも奇声をあげる大盛り上がりのグループは、皆お揃いのけばけばしいコスチュームに身を包んでいた。肩に虎や竜のぬいぐるみ、らしきものを乗せたりしている人もいる。どうやらグループごとに同じ衣装で揃えているらしい。
一方、女性の衣装は、これはわかる。着物だ。それも振袖という日本の有名な衣装だ。中には盛大に盛り上げ飾り立てたヘアスタイルの女性もいて、ランガのイメージする日本女性の楚々とした和装とは少し違っているようにも感じた。
そんな着飾った人たちは、あるイベント会場らしき建物へゾロゾロと入っていった。
「ねえ、暦、今日は何かのお祭りなの?」
不思議に思ったランガは隣にいる親友に尋ねた。
「はぁ? ちげーよ、成人式だ」
ランガは首を傾げた。
「えーと、成人すると皆コスプレしてお祝いするってこと? 日本って不思議な国だね」
「いや、別にコスプレじゃねーから。あれ日本の伝統的な、えっと和服だよ。女性は振袖で、男のあれは羽織袴だ」
え? 和服? 羽織袴? あれが?
言われて目を凝らして見れば、確かに羽織袴なのかもしれない。金色やらショッキングピンクやら、立体的なデコレーションを凝らしているものもあったりで、とても日本の伝統衣装に見えなかった。むしろ道化師?
「へえ」
「他人事みたいな顔すんなよ。俺たちだって来年成人なんだぞ。来年から成人すんの十八歳になったから」
「え? あんな格好しないとダメなの?」
「そんな決まりはないけど、成人式は中学校区ごとに会場が分かれるんだ。だから中学同窓会みたいなもので、中学時代の仲の良いグループが示し合わせてお揃いの衣装を用意する、ってゆーのが伝統っていうのかな」
「それが日本の伝統……。それって式に参加しないと成人になれなかったりする?」
それは日本ではなく沖縄の、しかも十年か二十年くらいの伝統なのだが、ランガは大いに勘違いをしていた。
「んなわけねーだろ。それと俺とお前の住んでいるところ校区違うから、会場は同じじゃないはず」
「暦と一緒じゃないのなら参加しなくて良いかな。暦は?」
「俺は、一応中学時代の付き合いってものがあるし。約束なんだ。皆で揃いの衣装着るって」
「へえ、あんな面白い格好するのなら、暦の参加する会場まで見に行こうかな」
「いや、いい。来なくていいから!」
暦は顔を赤くして必死でやめてくれと懇願してくる。よほど恥ずかしい格好をするらしい。
「そう、残念。後で写真見せて」
「嫌だよ」
「ケチ」
「そういえば、カナダではどうなんだ? 成人式」
「え? セレモニーなんてないよ。十八歳になれば自動的に大人扱いだ。それだけ」
「ふーん、それは気楽かもな」
「僕の成人式かい?」
「うん。この前、面白い格好した人がたくさんいて、暦に聞いたら日本の成人イベントでの伝統だって言うんだ。だから愛抱夢もあんな格好をしたのかなって」
確かに羽織袴という和服がベースになってはいるが、あれが日本の伝統的衣装と言われると語弊がある。けれど、そのことを説明しようとすれば、かえって混乱させるだろう。
「僕の成人式のときは留学中だったんだ。だから式典には参加していないよ」
「あ、そっか。残念。愛抱夢ではない、いつもスーツ姿の愛之介が、あんな面白い格好しているって想像つかなくて、写真あったら見せてもらおうと思ったんだけど」
冗談ではない。あれは仲間内でお揃いの衣装で盛り上がるものだ。大人になったらできない若気の至りで済ませようとする最後の羽目外しだ。いや沖縄県民が、大人になればやめられるかどうか怪しいが。
愛之介にはそんな仲間などいなかったし、いたとしても神道家がそれを許すわけはない。
「成人の日の後、日本に一時帰国したとき、成人式用の色紋付の羽織袴用意されていていてね。写真だけは撮らされたよ」
「見たい」
「君が想像する羽織袴とは違って面白くないよ?」
「面白い面白くないじゃない。昔の愛抱夢が見たいんだ」
彼は興味津々な様子で瞳をキラキラと輝かせていた。
仕方ない。記念写真を収めてある引き出しの中から、該当する一枚を探し出した。
それを手渡せば、彼はじっと見つめていた。やがて顔を愛之介に向けた。そしてまた写真を見る、と交互に視線を行き来させた。
そうジロジロと見られるとこそばゆい。
「どう? 面白くもないだろう?」
「赤い」
「は?」
「愛抱夢は着物も赤なんだ」
「これは神道家の身内が勝手に用意したものだけど、僕のイメージは赤だと思われていたらしい」
「でも、いつものマタドール衣装よりおとなしい赤?」
「そうだね。赤銅色という日本の伝統色なんだ」
「へえ。この落ち着いた赤も愛抱夢に似合っている」
「ありがとう。それはそうと君は成人式どうするの?」
彼は写真から顔を上げた。
「どうせ式典会場は暦と同じじゃないんだ。だから出席しなくていいかなって思ったけど、母さんが出たらって。普段着でも構わないからって」
気が進まなそうな様子で彼は頬杖をついた。
「せっかくなんだから君も羽織袴を着たらいい。式では着なくていいけど、せめて写真くらい。なんなら……」
この和装一式を貸そうか? と言いかけて、やめた。これはランガの色ではない。
「僕が選んであげよう。レンタルならさほど高くないよ」
「写真撮るだけのために?」
「そうだね」
彼は眉を寄せた。
「えー?」
「気乗りしないかな?」
「しない。ひとりで写真撮るなんて恥ずかしい」
「写真に残せば、君のお母さん喜ぶと思うよ。きっと一生の宝物だ」
「そんなものなの?」
お母さんが喜ぶで、反応が変わった。母親思いの素直な子だ。
「そういうもの。僕も付き合うよ」
「じゃあ愛抱夢もこれ着て、一緒に写真撮ってくれるの?」
ランガは写真を指差した。
愛之介は目を瞬かせた。この羽織袴は大切に保管されているから、可能ではある。でも、どうしてそうなる?
一応確認する。
「僕も羽織袴着るの?」
「そう」
「それで君と一緒に並んで記念撮影するってこと?」
「そうだよ。それなら俺も恥ずかしくない」
どう考えても逆だと思うが。
「それは構わないけど、君のお母さんに渡す成人式写真はひとりで収まらないとダメだよ」
「わかっている。でも、一枚くらい一緒に写真撮ってもらおうよ。俺ひとりだけに、フォトスタジオで羽織袴なんて面倒なことやらせるなんて不公平だ」
不公平のポイントがズレていると感じるのは気のせいではないだろう。
「わかったよ。君が望むのなら僕もこれを着て付き合うよ」
ランガはホッとしたように「よかった」と笑った。
赤の他人の男ふたりが、羽織袴の礼装でツーショットの記念撮影? どう考えても勘繰られるシチュエーションだ。
しかし第三者からどのような目を向けられるのかに彼が思い至る様子は見られない。ランガは他人からの評価にいつも無頓着だ。
成人式で着た愛之介の赤銅色の羽織。今の愛之介でも十分着こなせるだろう。この羽織袴と並んでバランスのいいカラーコーディネートは、この子には白と青を基調色にして羽織袴を選べばいい。
愛之介とランガ。ふたり並んでの羽織袴の写真が美しい台紙に収まる。その映像が脳裏に映し出された。口元に締まらない笑みが浮かびそうになり、思わず手で覆い隠す。
危ない危ない。
でも許して欲しい。なぜなら、それは——フォトウェディングそのものなのだから。
了