ずっと傍に居てくれると思った。

ずっと隣で笑っていてくれると思った。

その金髪の猫毛も オレを見据える瞳も 細い唇もなんもかも

オレのもんだって思ってた。













腹を空かした身体で冷蔵庫を覗き込むと、小さなプリンがひとつ入っていた。

「あっプリンだーフージー食べてい…ってトイレだ。ま、いっか…」

ここは藤原の家。初夏の、雨の日。

スプーンでそれをすくって、冷たくて甘いカラメルを喉に流し込むと、

呆気なかったけど不思議な幸せが──…

「…ヒロッ…何喰ってんだテメェッ…!!」

トイレから出てきた藤くんは物凄い剣幕で怒り始めて

「だーっ、ごめんって!でも、また買ってくりゃいいじゃんっ」

「バカお前それっ…ちゃまが作ってくれた手作りのプリンなんだぞー!!?

俺がどんだけ楽しみにしてたか判ってんのか!?」

オレの肩なんか乱暴に掴んじゃって。口から出るのは「ちゃま」ばっかで。

「…また作ってもらえばいいじゃん…つか、本当悪かったって…」

「俺、誕生日のときから約束してて、ツアー終わってやっと、

やっっっと…やっと!ちゃまが作ってくれたのに…!!」

…そんなにちゃまのこと好きなら、

オレと別れてちゃまと付き合えばいいじゃん…!!

「悪かったっつってんだろ!?」

イライラして、テレビのリモコンを床に叩きつけると、

藤原はそれを拾いながら、案の定怒った顔をしていた。

「何だよその態度!ふざけんなよお前!」

オレも睨み返すと、藤はテキトーに上着を持ってどたどたと玄関へ歩いて行った。

───事の発端は 藤原のプリンをオレが食べたって そんなちっさいことで

そんなちっさいことだった。

日常茶飯事で、どうせ明日になれば「昨日のめちゃイケ見た?」って

セリフだけで、仲直りできる。

仲直りできる。こんなことぐらいで壊れるような間柄じゃねぇし。

「あ゛ー、もー、俺今日、帰んねぇからッ!!!」

玄関先で、藤くんが苛立った様子で叫んだ。

−ここ、フジの家なのに?−

オレがそんなツッコミをする間もなく藤くんはこの雨の中外へ出て行った。

正直どうでも良かった。

どうせちゃまの家に泊まってるか、寒くて帰ってくるか、どっちかだ。

オレは一応他人の家だっつうのに、すやすやと眠り呆けていた。






お互い謙遜することも忘れて

どこか 煩わしい存在になって

別にどうでもいい

むしろ、嫌な面ばかり見える。

そんな関係で

なんかもう結構な月日セックスもしてないし

キスを前にしたのはー……二週間、前?

そんな関係で

何か得られるものなんて あるのかなぁ。






雷が鳴って、少し意識が戻って

藤くんは雷が好きじゃないから

多分ちゃまの家だろな

そんで、また、「プリン作って」とか言うんだろうな。






強まる雨脚

時計を見たら、なんか夜の10時とか指してて

えーと…さっきケンカしたのが、3時ごろだったから…

………本気で、帰んないつもりなのか。

「だったら藤くんのベッドで寝たろ寝たろ!」

オレはにやにや笑って寝室へ向かった。



ポケットの中から聴き慣れた音がして

…あ、ちゃまから、…電話か。

「ど〜せ…『藤くんうち来てるから、心配しないでね』とか

そんなんなんだよな、知ってるっつーのばーか!」

ケータイをベッドの上に放り投げて

オレもベッドに寝転がった。

まだ鳴り続ける着信音。

しつこいなぁ、判ったっての。

『留守番電話サービスです…もしもしっ、ヒロ?』

聴き慣れたちゃまの声。

「……判ったっつーの…」

少し涙目で、ちくしょうなんて言いながら眠りに就こうとした、瞬間。

『藤くんっ、藤、が、死ぬって…!』

一瞬、息をするのも忘れた。

次の瞬間、思わず笑った。

…な、に…いま、なんて……?

『あの、だからっ…至急、おれんち来てっ!

居留守使ってんのは判ってんだからね!5分以内に来い!』

プツッ…

ゴゴ ニジュウ サンジ ヨンジュップン デス

「………は…?冗談、キツイっての…」

笑いが込み上げてきた。

手が震えて、ケータイをうまく掴めなくて

「………ッ…!」

さっきの藤原みたいに、上着を片手に雨の中ヨシの家まで、夢中で走った。

全てを掻き消すような速さで、走り続けた。

雨脚は、より強くなっていた。










考えてもみなかった。

藤原はずっと傍に居てくれると思った。

藤原はずっと隣で笑っていてくれると思った。

まさか 嘘だろ?










ちゃまの家について、ドアを開けると

「ヒロぉっ…」

弱弱しく、泣き崩れるちゃまと、

後ろでガタガタ震えている秀ちゃんが居て

─嘘じゃ、ない。

「死ぬって、どういうっ…えっ?…」

オレが、縋りついてきたちゃまを抱きしめながら、

寒さでろれつの廻らない舌で秀ちゃんに話し掛けると

「俺の車で、とにかく病院行こう」とだけ、言った。






「交通事故だったんだって。フジワラが急いでて、

トラックと…交差点で、衝突して。

すぐに救急車で運ばれたんだけど、意識不明の、重体だそうだって、

…以上、高チュからの、メール。」

雨の中走り続ける車はどこか弱々しくて、オレは泣かないことで精一杯だった。

ちゃまとオレは後部座席に座って、ちゃまはずっとオレの手を離さなかった。

「…やだよぉっ…おれ、藤が居ないと…やだぁっ…」

ちゃまは今までに見たことない顔して、泣いて

ちゃまのその顔見て、改めて、実感した。

オレ達の目の前に立ちはだかっている、死という果てしない絶望。

それを実感して、怖くて、怖くて堪らなかった。

黄泉の穴みたいな暗闇にどんどん歩いて行ってしまう藤原の姿が、

見た映画のワンシーンみたいに鮮明に映し出された。




オレは、思った。






多分、藤原は、死ぬ。










「藤くんが、前、言ってた」

ぽそりとちゃまは口を開いた。

嗚咽と一緒に、ひとつひとつの単語を噛み締めて、ちゃまは話し始めた。

「藤くんの、おじいちゃんが死んだときに、

すごい悲しくて、

ほんと びっくりするぐらい悲しくて

悲しくて 悲しくて

自分も死んじまうんじゃねぇかってぐらい 悲しくて

おじいちゃんと、いっしょに行った場所

全部に行ったんだって。

山とか谷とか 沼とか 東京とか千葉とか 秋田とか

なんか、おじいちゃんが、そこに

居るんじゃないかって思ったら、どうしようもなくて

居るわけねぇのにな って 笑ってたけど

ぜんぶ行って

なんか悟って すごいヒゲだらけになって帰ってきて

いっちばん最初にさ 藤くん なに言ったとおもう?

『声が聴けるっていいな』

『死んだらさ、二度と聴けねぇじゃん』

『だけど、声が聴こえるってのは、生きてる証拠だ』

『いいな』

『声が聴けるって、すげぇいいな』

ってさ

鼻水垂らしながら 笑いながら 言って

おれ なんて言っていいか 見当もつかなくて

おかえり、ってだけ言ったら

藤くん 笑ってさ

ただいま って……」



言葉は 途切れた。

ちゃまはすん、と鼻をすすって



「ねぇ、また、藤くんの声、聴けるよね?ぜったい、聴けるよね?」



途方もない 祈りに思えた。










病院に着くと、ちゃまは手術室の前に座り込んで、

ひたすら泣きじゃくっていた。

秀ちゃんは、「傍についていないと」って、苦笑いして、

ちゃまの隣で缶コーヒーを飲んでた。

オレは、雨の降り続いている院外に出て てのひらにしずくを集めた。



























もしも、さ

オレがあのとき 素直に謝っていたら

素直に謝って一緒にちゃまんち行ってプリン作ってもらえば

オレがあのとき 変な嫉妬とかしないでいたら



藤は 事故に遭わずに、済んだ?



足が、一歩一歩 前に進んで行った。

雨が頭に当たって 酷く煩くて くらくらした。

目の前の紫陽花の花が無意味に汚く 歪んで見えて

その花を思いっきり蹴って、泣いてる自分に気がついた。



「……ぅ…ッ…」

オレは自分の弱さに甘えていて

「…ッ…ああッ…う、ああ…」

そんなとき 藤原は、血まみれになって もがいてて

「あああ…ああ、ッ…う、あああああっ…」

なにやってんだ オレ






二度と声が聴けないって思ったら

悲しくて 悲しくて 途方に暮れるくらい悲しくて

どうしようもなくて どうしたらいいか判らなくて

最後の言葉は なんだっけ?

死ぬんだと 最初から判っていたなら、

オレはあのとき変な意地なんて張らなかった。

プリンだって食べなかったし嫉妬もしなかった。

出て行くお前を必死で引きとめただろう。

ずっと傍に居てくれると思った。

ずっと隣で笑っていてくれると思った。

その金髪の猫毛も オレを見据える瞳も 細い唇も なんもかも

オレのもんだって思ってた。

それがこの世から消えるなんてこと 考えもしなかった

オレは馬鹿だ

失ってみないと大切なものも 大事なひとも 判らない

「ああああああああっ…」

オレは馬鹿だ。

本当に馬鹿だ。

今更

……馬鹿だ…!






もしもこの命と引き換えに藤原を救ってくれるなら

こんな命幾らでも捧げます。

オレは死んでも構わないから

お前が生き続ければそれでいいから

ほんとうに 構わないから 全てを捧げるから

だから あのひとの声を 奪わないで下さい。

藤原は、唄うことに命かけてるから、

それがアイツが傷ついて罵声を浴びて

それでも守り続けてきた夢だから、

藤原の声が鳴り止んだら、悲しむのは世界中だから、

だから、どうか、どうか、どうか………

「藤原ぁ…ッ」

オレという存在と引き換えに、アイツの声をもう一度鳴らせてやってくれよ。

オレなんて 藤原の記憶から消えたって 

世界中の記憶から消えたって

全然構いやしねぇから

だから、世界中から、藤原の声を消すのだけは−…!

「ああああっ…」

叫び続けた

届かない想いを。

















『声が聴けるっていいな』

『死んだらさ、二度と聴けねぇじゃん』

『だけど、声が聴こえるってのは、生きてる証拠だ』

『いいな』

『声が聴けるって、すげぇいいな』




























「…わ、ヒロ、ずぶぬれ…」

顔を上げたちゃまが半泣きでオレを見つめた。

「ばかっなにやってたんだよっ…風邪引くだろ!」

「お祈りしてきた」

と、だけ言うと、

ちゃまは涙目で、少し笑った。



「藤頑張れ」

「頑張れ…」

「藤原、戻ってこいよ」

「…また唄歌って、下ネタ話しようよ」

「また、リスナーに、引かれるくらいのを、な…」

「…頑張れ」

「あ、でも、本当に頑張ってる人に向かって頑張れって言うのは…」

「失礼かもな」

「じゃあ、ほどほどに頑張れ」

「テキトーに、輸血しろよ」

「戻ってきたらさ、プリン作ったげるから」

「オレも手伝って、超でけーの、作ってきてやるから」

「だから、な…」



また、唄、みんなで唄おうぜ…



手術室の前で輪になって大の男3人

呪文のように、壁の向こうにいる親友を励まし続ける、午前3時。





























声が聴きたい。




























−−−






「…まぁ、奇跡的に乗り越えたってことだ。良かったなぁお前ら。」

高チュが呆れたようなほっとしたような顔で言った。

10日後、面会許可が出たから、すかさずオレは病院へ向かった。

「…感動の再会、オレが先に果たしちゃっていいの?」と訊くと

「ヒロだからでしょー」と、ご機嫌のちゃまにからかわれた。

ゆっくりと重たいドアを開けると、消毒液の匂いと夕陽が射しこむ窓に、

憂鬱そうな顔をした藤原が、ベッドに座っていた。

「………ふじ…?」

なんか妙な感じで、入り口で突っ立ったままそう言うと

「なに?」と、気の抜けた返事。

だけど、それだけでもう、本当に本当に嬉しくて堪らなくて、

二度と動かないと思っていた唇に自分のそれを押し付けると、

藤原は嬉しそうに、ケラケラ笑った。

「ごめん、藤、大好き、もう絶対事故になんて遭うな」

要点をまとめて言うと、藤原がまた笑った。

愛しいと心の底から思った。






藤原の命と引き換えになくなったものは

つまらない意地と嫉妬心。

「藤、ごめんオレプリン作るから、許して?」

「………………………あ、うん…(ヒロの作る料理ってなんか味が変なんだよな…)」



























声が聴けるっていいな

死んだらさ、二度と聴けねぇじゃん

だけど、声が聴こえるってのは、生きてる証拠だ

いいな

声が聴けるって、すげぇいいな










































声が聴けるっていいな














































おわり




















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