機動戦艦ナデシコ 「はぁ………はぁ………はぁ………」
狭いコックピットの中に、己の荒い息、そして激しく脈打つ心臓の鼓動のみが聞こえる。
火星の後継者達の人体実験によって注ぎ込まれた忌まわしいナノマシンが、俺の感情の揺らぎを感知して俺の身体に光の線を浮かび上がらせる。
目の前のモニターに映るのは赤の機体。 それを駆るは幸せだったあの時にシャトルに現れた緑の布を纏う編み笠の男。
「はぁ………はぁ………はぁ………」
いや、駆っていたが正しいだろう。
その赤い機体のコックピットに当たる部分は、俺の操る漆黒の機体ブラックサレナの一撃によって押し潰されていた。
「はぁ………はぁ………はぁ………」
ブラックサレナの腕部が離れると同時に大きな音がして装甲が外れる。
ブラックサレナは元々自分が乗っていたエステバリスカスタムに追加装甲を装着させたものである。
その黒い装甲の中からピンク色のエステバリスカスタムが現れる。
「はぁ………………はぁ………………」
少しずつ呼吸を整える。
ざわついた心が落ち着きを取り戻し、ナノマシンの発光が全身から消えてゆく。
だが戦いの時は機械の如く冷静な身体も、今は身体の全てが熱く火照っていた。
機体を少しだけ動かし、モニターでナデシコを見る。
そう、かつて共に大戦を駆け抜けた同じナデシコクルーとして、そしてユリカと共に家族として暮らしたルリが乗るナデシコを。
しばらくすると、モニターに遺跡が運び出される様子が映し出された。
かつて己の伴侶として誓った女性を包み込んでいる遺跡が。
「………………」
じっとモニターを見つめる。
モニターは、昔一緒にナデシコに乗っていた仲間達が映し出されていた。
その様子を見ても俺の心が揺らぐ事は無い。
………いや、無い筈だった。
だが自分でも知らずの内に口元が小さく緩んでいた。
はっ、と手で口元を押さえる。
そして、ゆっくりと離したその手をじっと見つめた。
その時何故か、今自分が優しげな目をしている様な気がした。
彼女達の元に遺跡が置かれ、彼女らによって遺跡が開かれた。
そこには、一人の女性がまるで眠るかの如く佇んでいた。
その女性が眼に入った瞬間、全身が苦しくなる程身体が強張る。 息が詰まる。
「………ユ…………リ……カ………」
女性を見て擦れた言葉を漏らす。
落ち着いた筈の自分の心がもう一度波打ち、ナノマシンが再度発光し始めた。
モニターに映るユリカを抱きしめようと、モニターに小さく震える手が伸びる。
しかしビクッと弾かれた様に手を引き、また伸ばそうとするがその手がピタリと止まる。
「………………」
モニターではユリカが遺跡と分離する様子が映っている。
震えていた手がゆっくりと下り、身体から力が抜けてゆく。
胸の奥に詰まっていた息をゆっくりと吐き、機体を動かしてユーチャリスに向かう。
帰還する途中で、己の分身と言える少女の心に向かって語りかける。
《ラピス………これから、帰還する》
《わかった》
心が繋がりあう……それは大戦時に木連が仕掛けた罠によって起こった記憶麻雀の応用である。
IFSナノマシンの投与によって補助脳が形成され、そこにそれまでの記憶や現在の思考といったものが蓄積されるのだが、あの記憶麻雀の事でIFSをリンクする事によって思考の相互伝達が可能になったのだった。
機体をユーチャリスの格納庫に着艦させ、機体から降りる。
通路に向かおうとして、ふと装甲が外れたエステを見上げる。
装甲が外れた時に油が飛び散ったのか、エステの眼元から油が流れ落ちていた。
何故か俺にはエステが黒い涙を流しているかのように思えた。





「アキト、おかえり」
【艦長おかえり】
ブリッジに入るとオモイカネのウインドウが開き、席に着いていた幼い少女が走り寄って来て、そっと俺のマントの裾を掴む。
「ラピス、すぐに火星より離脱してくれ。 この付近で展開するやつらの艦隊があるか索敵、残党がいなければ月ドッグにジャンプする。 準備を」
俺の指示に頷き、ラピスはオペレーター席に戻る。
ナデシコよりも狭めのブリッジにはラピス以外の姿は見えない。
それはユーチャリスがラピスのワンマンオペレーションによって操船されているからである。
ラピスがウインドウボールを展開したのを見て、大型モニターに目を移す。
そこにはラピスも見ていたのかナデシコクルーが集まっている所が映し出されていた。
(……………もう……俺が……あの場所に立つ事は…………ないんだ…………)
共に笑い、共に怒り、共に泣いたナデシコの仲間達。
幸せな事ばかりでは無かったが、自分が生きてきた中でもっとも光り輝いていたと思える大切な『思い出』。
今立っているこの場所との距離が、あの仲間達や思い出との距離であり、そして『現在』ではなく『過去』にしている。
全てを終わらせた今だが、それをもう一度思い知らされる。
「……キト、アキト」
ラピスの呼ぶ声に、思考の海に没頭していたアキトは頭を切り替えて顔を向ける。
「索敵終了、遺跡に集まってる艦隊以外に周囲に反応無し。 ジャンプフィールドはいつでも展開可能」
「……わかった。 ジャンプする。 フィールドを展開してくれ」
その言葉にラピスの腕のIFSが光を放つ。
【ジャンプフィールド展開完了】
オモイカネのウインドウが開いて準備が完了した事を告げる。
「……ジャンプ」
その言葉と同時に、ユーチャリスは光の粒子に消えた。







「………これがアキト君から聞いた火星から月ドッグに戻るまでの話よ。 ラピスにも聞こうとしたんだけど、あの子、アキト君にかなり依存してるからあまり心を開いてくれないのよ」
そう言ってエリナは紙コップに入っていたコーヒーを一口飲んだ。
口の中に広がるコーヒーは冷たく、そして苦かった。







「ボソンアウト確認。 現在地、月面、ネルガルドッグ」
「よし………エリナに連絡してくれ。 今から向かう」
ラピスの言葉を聞き、俺はラピスに指示を出した。
するとエリナの映ったウインドウが開いた。
「アキト君………」
「エリナ、今からそちらに向かう」
「………分かったわ。 私の部屋に来て」
「わかった」
そう言って通信を切ろうとする。 するとエリナが呼び止めた。
「………アキト君」
「何だ?」
「………ミスマル・ユリカには、会ったの?」
「………………」
「………そう、わかったわ」
そう言ってエリナは通信を切った。
「………ラピス、行くぞ」
呼びかけるとラピスは小さく頷き、マントの裾をそっと掴んだ。
俺はラピスの背に優しく触れて、ブリッジから出て行った。





《アキト、大丈夫?》
エリナの部屋に向かう途中で、ラピスが語りかけてくる。
普段語りかけてくる内容とは違っていたのでどうしたのかとラピスの顔を見ると、感情を表に出すことが昔のルリ以上に下手なこの少女の表情に微かな困惑と不安を浮かべてジッと見つめていた。
《アキト、さっき何かに潰されそうだった》
ラピスの言葉に、さっきナデシコの皆を見ていた時の想いが予想以上にラピスに流れ込んだのだろうと気が付いた。
「……大丈夫だよ。 ありがとう」
優しく頭を撫でながら、心配を掛けてしまった優しい少女に俺は軽く微笑んだ。
もっとも、口元しか見えなかったのだろうが。





ドッグの施設内にあるエリナの部屋に着いた。
3回ノックしてそのまま部屋に入った。
「アキト君………お帰り」
「ああ」
エリナの言葉に答えつつ、ソファーに座った。
「………終わったの?」
「………ああ。 決着を付けて来た」
「………そう」
エリナが俺の前のソファーに座る。
机の上にはコーヒー、ジュース、紅茶が用意されていた。
「………エリナとアカツキには感謝している。 2人がいなかったら、俺はこうしてここにはいなかっただろう」
「………………」
エリナは無言で紅茶を飲んでいた。
全てが終わった今、俺はこれからの事を話そうと思った。
「ユーチャリスとブラックサレナはネルガルに返す………と言うのも変な話だが、もう俺が乗る事は無いだろう」
「………………」
「後、ラピスの事だが」
俺の視界の端でビクッとラピスが震える。 しかしそれには構わず話を続ける。
「………誰かに引き取ってもらいたい。 出来ればエリナに頼みたい。 エリナなら俺も信用できるし、ラピスも安心できるだろう。 ネルガルとしても近くにいるから問題ないだろう。 IFSのリンク処理も解除してやってくれ」
《アキト!!私はもう必要無いの!?》
突然、普段とは打って変わって激しくラピスが俺に問い詰める。
いつもの大人しい様子ではなく、必死の形相で俺のマントを握り締める。
《………もう、俺の犠牲になる必要は無いんだ。 今までありがとう。 ラピス、君は自由になれるんだ》
《嫌!!アキト! どうして!!私はずっと、ずっと一緒にいたい!!》
ラピスの金色の瞳から涙が溢れ、零れ落ちる。
俺はその頭を優しく撫でてやった。
すると急にラピスが飛びついて来た。
「……ラピス?」
「………嫌、嫌!!嫌ぁぁぁ………」
頭を撫で続けてやるが泣き止む様子が無い。
俺は激しく泣くラピスを撫で続けた。
「………酷い男ね、女の子を泣かせて………」
それまで無言だったエリナが口を開く。
「………そうだな。 こんな幼い子供を利用し続けたあげく、責任放棄するんだからな………」
「………わかってるじゃないの。 私にはこれまでの清算をしてネルガルから去るって言う風に聞こえるんだけど?」
「………そうだな」
エリナが鋭い目で俺を見つめる。
「ラピスや私……ネルガルから離れてどうするつもり?」
「考えはある………俺のことは気にするな」
「気にするなって」
「明日、地球に行く。 悪いがCCを幾つか準備してくれ」
「………どうするつもりなの? それを聞かせてくれないなら協力する気にはなれないわね」
「ネルガルに迷惑は掛けない。 それは約束する」
「なんで何も話してくれないのよ!?仲間でしょう!?」
エリナが勢いよく机を叩きつける。 入れてあった飲み物が少しこぼれる。
そこに通信を知らせる音が鳴る。
エリナが通信を開くとアカツキが映った。
「いやぁエリナ君。 コンサートは大成功で終わったよ。 派手な盛り上がりでお客さんも大喜びしてくれたようだしね………おや、テンカワ君もいるのかい?」
「ああ、さっき着いた所だ」
「テンカワ君、ご苦労様だったねぇ。 用事は終わったかい?」
「ああ。 アカツキ、お前には感謝している。 ネルガルの協力が無かったら俺は何も出来なかった」
「なに、こっちもユーチャリスとブラックサレナの稼動データで取引したんだし、Give and Takeさ。 あ、そうそう、ユリカ君には会えたかい?」
「………………」
俺が答えないでいると、アカツキはニヤリと笑った。
「………ふぅん、ま、いいさ。 で、君はこれからどうするつもりだい? こっちとしてはまだ仲良くしたいんだけど?」
「そ、そうよ!!会長もこう言ってるんだし、これからも………」
「………アカツキ。 頼みがある」
エリナの言葉を遮ってアカツキに話し掛ける。
「ん? なんだい?」
「CCを用意してもらいたい。 出来ればまとまった数のCCがあればありがたい」
「う〜ん、火星での採掘が再開したっていっても、それほど数があるわけでもないしねぇ。 結構貴重品なんだよ、あれって」
「………………」
「………ま、いいよ」
「会長!?」
アカツキの気楽な言葉に、エリナは悲鳴じみた声を上げる。
「その代わり、約束して欲しいんだけどなぁ」
「?」
アカツキが真剣な表情を見せる。
「こっちも協力するから、これからも協力してくれない?」
「………………」
「………………」
無言で答える。 アカツキも無言で俺を見つめる。
「………考えておこう」
そう言うと、アカツキはパッと手を広げていつもの笑みを浮かべる。
「ま、取り合えずはそれでいいよ。 ウチも今回お披露目したアルストロメリアの後継機の開発に入ってねぇ。 それでテスト機を開発中なんだけど、ネルガルとしては優秀なテストパイロットがいなくなるってのは結果的に大きな損失になるんでね」
「ならそれが完成したら呼んでくれ。 俺は地球に向かう」
「へぇ、君が何処かに行くなんて珍しいね。 何処に行く気だい?」
確かに俺は復讐を誓ってからほとんどネルガルにいた。 たぶんエリナから報告が行っていたんだろう。
「………日本だ」
「こんな時代になっても日本から人一人探し出すのはお金も労力も掛かるんだよ? ネルガルも無限の資金があるわけじゃなし、ゴート君達も暇じゃないんだから」
「………完成までにどれだけかかる?」
「あと2、3ヶ月かな」
「ならその頃に連絡を入れる」
そう言って俺は立ち上がり、泣き疲れたラピスをソファーに寝かせて部屋から出て行った。





「……アキト君は次の日に地球を向かったみたい。 部屋から荷物が全て消えていたわ」
「そうですか………」
ネルガルの元にアキトがいると思っていたルリは、目に見えて落胆していた。 しかし手がかりが消えた訳ではないと自分に言い聞かせる。
「ラピスという少女は今エリナさんが?」
「いいえ、施設の監視カメラにアキト君とそれにしがみつくラピスがボソンジャンプする映像があったわ。 ついて行ったみたい」
「………彼女がいれば居場所を聞く事ができたんですが」
「私もそう思ったわ。 まぁラピスがいれば無茶はしないでしょうけど」
「………無茶?」
エリナが言った言葉に何か不穏な感じがしてルリが問い返した。
「………アキト君はミスマル・ユリカの救出と復讐の為に全てを捨てた。 全てが終わった今、皆の前から消えようとしている。 いえ………もしかしたら死ぬ気なのかもしれ」
「そんな!?」
淡々と話すエリナの言葉をルリが悲鳴のような声で遮る。
皆の為に戦争で戦い続け、やっと訪れた平穏も奪われたアキト、そのアキトが死ぬ気と聞かされてルリは平気ではいられなかった。
ナデシコで、そして屋台を引いて生活していた時ずっと微笑み掛けてくれたアキトがいなくなる。 そう考えただけで身体が震えた。
「………ネルガルとしては連絡が来るのを待つわ。 会長が決めた事だから………」
そう言ったエリナの声は酷く弱く感じた。
エリナがこんな声を出すのを聞いたのはルリにとって初めてだった。
「夜天光………夜の自然光、微かな光……か。 あいつらを光と言う気は欠片も無いけど、夜が絶望に囚われたアキト君を指している………そんな気がするわ………」





空港で月行きのシャトルに乗るエリナと別れたルリは、ハーリーと三郎太を先にナデシコに向かう様に言って、自分はネルガルの本社に向かった。
「地球連合宇宙軍のホシノ・ルリです。 アカツキさんに会わせて下さい」
「はぁ、しかしアポを取っておられない方とは……」
「連絡だけでもしてもらえませんか?」
「おや、ルリさん。 ネルガルに何か御用ですか?」
受付で話していると、後ろから話しかけてくる者がいた。
「プロスさん………」
「お久しぶりですね。 どうかしましたか?」
後ろにいたのはプロスペクターだった。
今プロスはネルガルの会長室秘書課で働いていると火星からの帰還の際に聞いていたので、ルリはプロスに頼んで見る事にした。
「アカツキさんに会いたいんですが」
「会長に……ですか? 今会長室で執務中でして、はい」
困った様子でルリに言う。
「お願いします。 時間は取らせません」
大きく頭を下げてプロスに頼み込む。
「いやはや、困りましたなぁ」
プロスは懐から手帳を取り出して、アカツキのスケジュールを確認する。
ルリがその様子をじっと見ているとプロスがパタンと手帳を閉じる。
「分かりました。 少しなら構わないでしょう」
「……ありがとうございます」
そう言ってルリはペコリと頭を下げた。
「いえいえ。 これも他ならぬルリさんの頼みですからな。 ではあちらのエレベーターへどうぞ」
プロスは笑いながらそう言い、手でエレベーターを示した。
ルリが歩き出すとその後ろからプロスも付いてくる。
エレベーターに乗り込むと、プロスがルリに聞いてきた。
「そういえば、今日はどのような御用で?」
「少し聞きたい事があるんです………アキトさんの事で」
「テンカワさん……ですか?」
「エリナさんから今日話を聞きました。 アキトさんがネルガルの協力で火星の後継者を追っていた」
「いえいえ、ネルガルはそんな」
ルリの言葉に焦るプロスだったが、
「一応コロニー爆破の調査の命令は受けていますが、今回はただ私がアキトさんの事を聞きたいだけです」
とルリが付け加えた。
「はぁ、しかしですなぁ」
「軍に報告する気は無いです。 安心して下さい」
エレベータが止まって降りた目の前に受付と重厚そうな扉があった。
プロスがノックして扉を開けた。
「失礼します。 会長、ホシノ・ルリさんがいらっしゃいました」
部屋の奥で外を眺めていたアカツキが振り返る。
「いいよ、入ってもらって」
「失礼します」
そう言ってルリは部屋に入った。
「久しぶりだねぇルリ君。 ナデシコCはどうだい?」
「お久しぶりです、アカツキさん。 オモイカネが調子いいって言ってました」
「ははは、そりゃあウチの看板みたいなもんだしねぇ。 それで、今日はどうしたんだい?」
アカツキが本題を促す。
「エリナさんが、少し前にアキトさんがネルガルからいなくなったと言ってました。 アキトさんの行方、知ってますか?」
「どうして僕にそんな事を?」
「アカツキさんが連絡を待つと決めたと聞きました。 何か知っているのかと」
「いいや、なんにも知らないよ」
「え………じゃあどうして」
あまりにもあっけらかんとした答えに言葉を失うルリ。
すると、アカツキは意地の悪そうな笑みを浮かべてこう言った。
「約束したからね、協力すると。 なら連絡すると言ったんだから、こっちも信じて待つだけさ」





「現在東アジア上空、特におかしな事はなしっと………艦長ぉ、食堂行きましょうよ〜」
作業を終え、休憩の時間になったハーリーは、艦長席にいるルリと一緒に食事を取ろうとした。
「………………」
「艦長?」
返事が返って来ないのを訝しげに思いながらもう一度呼ぶと、ルリはハッとした様にハーリーに聞き返した。
「え、なんですかハーリー君」
「一緒に食堂行きませんか?」
ルリの声に何処か元気が無い様な気がしたハーリーは少し心配そうに声を掛けた。
「………すいません、あとにします」
以前のルリと比べてやはり何処か弱々しくルリが言った。
「あ、じゃあ僕も後で………」
「ハーリー、飯行くぞ〜」
ハーリーが同じようにしようとすると、格納庫の方で待機していた三郎太がブリッジに姿を見せた。
そしてそのままハーリーの襟を掴んで引きずって行く。
「あ、三郎太さん! 掴まないで下さいよぉ! 三郎太さんってばぁ!!」
掴まれたハーリーはジタバタしながらブリッジを出て行った。
ルリは、2日前にアカツキと会った時の事を思い出していた。
「信じて待つ………か」
ルリは、アカツキが言った『信じて待つ』という言葉が頭に残っていた。
アキトとユリカが事故で死んだと思った時、ナデシコでゆっくりと成長したルリの心は例えようもない程の空虚に捕らわれていた。
アパートを引き払ってユリカの実家に住んでいたが、そこにはルリが好きだったユリカやアキトの暖かい笑顔はなかった。
コウイチロウの勧めで軍に入り、アキトとユリカの優しさや思い出を胸に生きてゆこうとしたが、時折心の奥から吹き出る寂しさが辛かった。
だがアキトと再会し、失ったと諦めていた2人への想い、そしてもう2度と失いたくないという想いが少しずつ、しかし確実に増していたのだった。
「アキトさん、今何処にいるんですか。 またいなくなるなんて、そんなの………嫌ですっ………」
小さな声と共に席にポロポロと涙が零れ落ちる。
すると、小さな音と共にウインドウが開き、
【ルリ、元気出して】
というメッセージが表示される。
「オモイカネ………」
ルリは涙の痕をそのままに呆然とオモイカネからのメッセージを見る。
【大丈夫。 また会えるよ】
その言葉にもう一度ルリの目から涙が溢れ、頬に一筋の涙が伝う。
そしてその涙を拭い、微笑んで言った。
「オモイカネにまで心配掛けてたんですね………ありがとう、オモイカネ」
すると、
【いいよ、気にしないで】
【やっぱり喜んでるルリが好き】
【笑顔100点満点!!】
【大変よく出来ました!!】
といったウインドウがいくつも開いた。

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