機動戦艦ナデシコ 『地球連合宇宙軍第四艦隊独立ナデシコ部隊旗艦『ナデシコC』艦長ホシノ・ルリ少佐殿

 この辞令を受理した後、3日後16:00迄に地球連合宇宙軍日本支部大阪基地への出頭を命ず。

地球連合宇宙軍総司令 ミスマル・コウイチロウ』


後の世に『火星の後継者の乱』と言われる新地球連合の軍事クーデターが終結してからすでに2週間が経過していた。
ある日、ホシノ・ルリは連合宇宙軍総司令にして義理の祖父に当たるミスマル・コウイチロウからの辞令を受け、オオサカ基地の正門前に立っていた。
「………………」
「艦長、どうかしたんですか?」
ルリの隣にいたルリよりも幼い少年は、門の前でルリが立ち止まって動かないので声を掛けた。
「お前のツラは見飽きたってよ、ハーリー」
「えええええっ!?ほほほ、本当ですか艦長!!」
「ははははは、そりゃあ毎日毎日情けない顔で声を掛けられてりゃあねぇ、艦長?」
その少年の隣にいる髪を金と左前の一房だけ赤に染めた身なりの軽そうな男が、あさっての方向を見ながらハーリーと呼んだ少年に言葉を返した。
男は、その言葉に慌てるハーリーの様子に笑いながらルリに話を振る。
「……そうですね」
「えっ!?」
「そそそ、そんなぁ……」
ルリの答えにハーリーは肩を落とす。
しかし男は自分の予想とは違った答えに戸惑っていた。
ルリはこういう冗談には乗ってこないはずだと思っていたからだった。
「……冗談ですよ、三郎太さん。 ハーリー君」
クスっ、とルリは笑った。
「な、なぁんだ、冗談だったんですか。 脅かさないで下さいよ艦長……あは、あはははは……」
「そ、そうそう、冗談だって、な、あはははは……」
二人で乾いた笑い声を上げる。 だが金と赤の髪を揺らしながら笑う三郎太は、ルリの様子に少し緊張と疲れがある様に感じていた。
「………こいつは重症かもな………」
ポツリと口から出た言葉は、三郎太自身にしか聞こえる事は無かった。





火星の後継者の乱は、火星の後継者の首謀者である『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体』、通称『木連』の元・中将、草壁春樹ら率いる艦隊が占拠し最終拠点として選んだ火星極冠遺跡で終結した。
ルリとナデシコCによる火星の後継者の全艦隊のシステム侵入及び掌握によって火星の後継者は無力化され、投降した草壁春樹、シンジョウ・アリトモら火星の後継者中枢はルリ達によって捕縛、遺跡に融合させられていたミスマル・ユリカは救助された。
その後、地球に送り込まれた部隊を鎮圧したミスマル・コウイチロウら率いる地球連合宇宙軍第1・第3艦隊によって、ごく一部で抵抗が遭ったものの概ね無事に残りの勢力も捕縛され、火星の後継者の乱は幕を下ろした。
ナデシコCはその任務を終え、イネス・フレサンジュ博士によるボソンジャンプによって、艦隊よりも先に地球に帰還した。
地球に到着すると、捕縛していた者達を軍に引き渡すと同時にユリカを病院へと移送、その後独立ナデシコ部隊の為に集まった仲間達とは祝勝会した後に解散していた。
その後に司令部から今回の功績によって次の辞令があるまで休暇という破格のボーナスを言い渡されたのである。
恐らく、ミスマル・コウイチロウらの働き掛けなどもあったのだろう。
休暇中、高杉三郎太はハーリーことマキビ・ハリとルリの二人と共に行動していた。
ルリの養父であるテンカワ・アキトとの再会、そして養母のミスマル・ユリカの救出によってか、ルリはルリの元に三郎太が配属された頃と比べて歳相応の笑みを浮かべる事が多少ながらも増え、三郎太は良い兆候だと思っていた。
しかしそれと同時に、アキトが極冠遺跡から去った時の様に本来は冷静ながら芯は強いはずのルリがぼうっとした表情を見せ始めたのである。
ユリカは救出できたがアキトはルリの元から去ってしまい、想いを新たにはしたが『もう一つの家族』でもあるナデシコのクルー達と共にいた為か、少し気が緩んでしまったのだろうと三郎太は予想していた。
その為、外見や言動は木連優人部隊当時とは大きく変わってしまったが根は真面目なままである三郎太は、ルリの傍にいてやろうと休暇の辞令が出てすぐルリとハーリーに声を掛けたのである。
休暇中はユリカへのお見舞いがほとんどだったが、三郎太がルリを引っ張って街へ出かけてショッピングをしたりもしていた。
その時も笑顔を出す事はあったが、同じ位普段よりも僅かに口を引き締めながら、しかし周りは見えていないような表情も見せていたのである。
どうしたものかと考えていた所に今回の辞令が届き、3人は目的地に向かったのである。





3人は正門横の詰所にいた女性に到着の報告をした。
「連合宇宙軍第4艦隊独立ナデシコ部隊所属、ホシノ・ルリ少佐です。 3日前に辞令を受け、高杉三郎太大尉、マキビ・ハリ少尉、以上3名只今到着しました」
「大阪基地へようこそ。 ホシノ・ルリ少佐、高杉三郎太大尉、マキビ・ハリ少尉ですね………」
そう言って女性隊員が手元のコンピューターから今日の来訪予定者リストの検索を始めたのを見てハーリーは周りを見渡した。
大阪基地はここ最近改装したのか詰所やすぐ傍の建物は真新しく、チラホラと基地の隊員達が訓練したりしていた。
「はい、連絡は受けております。 中央ロビーにある受付の担当者に連絡しておきますので、左手に見えます建物群の手前から2つ目の建物1階に中央ロビーがありますのでそちらに向かって下さい」
「わかりました。 行きましょう、三郎太さん、ハーリー君」
そういって、ルリは門の中へと歩き出した。
「ま、待って下さいよ、艦長!かんちょぉってばぁ!」
置いて行かれたハーリーは焦ってルリを追いかけた。
三郎太は軽く息を吐き、2人の後を追いかけてハーリーの隣に並んだ。
「にしても、何の辞令なんだろうな。 単なる偵察とかの任務ならそう言ってくるだろうに、出頭だもんなぁ?」
「それもそうですよね。 僕達、別に悪い事なんかしてませんし。 艦長は何だと思います?」
「………悪い事じゃないなら、いい事でしょう」
ハーリーの方には振り向かずにルリは答えた。





受付で司令室に行くよう指示され、向かった先にはコウイチロウとムネタケ・ヨシサダ参謀長がお茶を啜っていた。
「おお、ルリ君。 いらっしゃい。 ささ、こっちに来たまえ」
「いやぁ、このお茶はうまいですなぁミスマル君。 ホシノ君も、後ろの2人もこっちに来て一緒にどうかね?」
「ありがとうございます、ミスマル総司令、ムネタケ参謀長。 その前に、今回の辞令の件についてお聞かせ願いたいのですが」
そういってルリは手前のソファーに座った。
そうするとコウイチロウは一杯お茶を啜り、
「ユリカの様子はどうだったかね?」
「まだ検査が色々あるようですけど、病院では元気です。 ナデシコのクルーもよく来てくれましたし、退屈はそれほどしてないようです」
「そうか………それはよかった。 ユリカに何かあったらと心配で心配で………今回の出張も取りやめてユリカの元に付いていてあげたかったのだが、ユリカに言われてね………ううっ、ユリカぁ………」
涙を浮かべて顔を歪ませ、親バカぶりを発揮するコウイチロウ。
「………」
「ミスマル君ミスマル君」
ムネタケの呼びかけでコウイチロウは周りの状況に気が付いたのか、咳払いをして話し始めた。
「うぉっほん………んんっ。 悪かったね、こんな所に呼び出したりして。 ちょっとこの地方に用事があってね、1週間ほど前からこの地方に来ておったのだよ。 無論、ここまでの費用は経費で落とすから心配は無用だ。 後で事務課に領収書を渡しておきたまえ」
「今回、ここに呼び出したのはいくつか事情があってね。 まず君達3人の昇進が決定した」
「昇進………ですか」
「そう、昇進だ」
そう言ってコウイチロウは顔の前で手を組んだ。
「今回の一件は、大戦後に軍が動いた中ではもっとも大きな行動だ。 もし長引けばそれだけ軍にも一般人にも大きな被害が出た事だろう。 統合軍は同調者が多数出ると言う失態もあった。 そんな中でナデシコはこのクーデターを終らせる事に多大な貢献をしたのだからね」
「まあ今回のクーデターで火星の後継者の主力、そして中枢を逮捕できたのは独立ナデシコ部隊の活躍が大きかったからねぇ」
コウイチロウとお茶を淹れながらのムネタケがルリ達に向かって言う。
「ホシノ・ルリ少佐」
「はい」
「今回の軍事クーデター鎮圧、その他これまでの功績により、現時刻を以って2階級特進し大佐に任命する」
「「えええっ!?た、大佐ぁっ!?」」
驚く三郎太とハーリー。
そこにムネタケが説明を始めた。
「独立ナデシコ部隊の中でも、ホシノ君の働きが最も大きかった。 その為2階級特進を私ら二人と秋山源八郎少将の3人で人事部に打診したのだよ」
「そういえば、この件を聞いたアララギ大佐も推薦状を出したと言っておったな。 秋山君から聞いたとかなんとか」
「ほっほ………木連時代の繋がりですな。 木連の人間は友情に厚いですからなぁ」
「はぁ………それはどうもありがとうございます」
少し困惑気味の表情で答えるルリ。
ルリにとって昇進など特に興味を引く事では無かったからである。
「おめでとうございます、艦長!!2階級特進なんて凄いですよ!!大佐ですよ、大佐!!」
「ありがとう、ハーリー君」
ルリの特進を聞いて、ハーリーは我が事の様に喜んだ。
その様子にルリは少しだけ口元に笑みを浮かべて感謝の言葉を言った。
三郎太もその様子を見て笑っていた。
「同じく高杉三郎太大尉、マキビ・ハリ少尉も1階級昇進しそれぞれ少佐、中尉とする」
「ええっ!?僕達もですか!!」
「ははっ、やったじゃないかハーリー!中尉だってよ!」
「ぐえっ………さ、三郎太さんも少佐ですよ!おめでとうございます!!」
三郎太が驚くハーリーの首を軽く絞めながら喜ぶ二人。
「おめでとうございます、三郎太さん、ハーリー君」
「どうもです、艦長」
「はい!!ありがとうございます艦長!!」
振り返ったルリの賛辞の言葉に三郎太は笑いながら軽く、ハーリーは喜び一杯の声で答えた。
「そうそう、ジュン君も今回の件で中佐から大佐に昇進したよ」
「そうなんですか………」
「独立ナデシコ部隊に参加していた者は全て昇進する様に推薦したからね。 明日以降になるだろう。 君達だけ先にさせてもらったのだよ」
「先に………ですか」
ムネタケの言葉に呟くハーリー。
そこに普段通りの表情をしたルリが2人に尋ねた。
「………何か事情があるようですね。 また何か特殊な任務ですか?」
「鋭いねぇホシノ君。 ま、ちょっとした任務だよ」
「……ちょっとした、ですか」
「うむ。………人探しだ」
「人探し………?」
三郎太がよく分からないといった表情で問い返す。
ルリはムネタケに淹れてもらったお茶を一口飲んで小さく言った。
「………コロニー爆破の件ですか?」
ルリの言葉にコウイチロウは大きく頷いた。
「………知っての通り、クリムゾングループを中心とした計画『ヒサゴプラン』は火星の後継者の隠れ蓑だった。 その火星の後継者が蜂起する以前に起きたコロニー爆破………ジュン君が言っていた幽霊ロボット、そのパイロットは今回の事件の関係者であろう」
「連合政府や警察の方からの要請もあり、宇宙軍は協力する事を決定。 そこで我々は今回活躍した独立ナデシコ部隊の責任者であるホシノ・ルリ少佐、いや大佐にこの重要参考人を探し出してもらおうという事になったというわけ」
「………………」
ルリはお茶に視線を落とした。
そこには自分のひどく無表情な顔が映っていた。
「………クーデターの前に命じた調査でアマテラスに向かってもらっただろう?その調査の続きを改めて、という事だよホシノ君。 もっとも今回は何処へ、という目的地が無いのだけどもね」
「火星の後継者の残党という情報は来ていないが、残っていないとも限らん。 ナデシコCの修理・点検作業が終了次第、通常の警戒業務に加え、火星の後継者の残党を見つけ次第拿捕もしくは撃破、そしてさっき言った幽霊ロボットの再調査、重要参考人である幽霊パイロットの捜索だ。………ルリ君、頼んだよ」
そう言ってコウイチロウはまたお茶を啜った。
すると三郎太が手を頭の後ろで組み、
「残党狩りに幽霊ロボットのパイロット捜索ねぇ………こ〜りゃ前より忙しいわ。 女の子達と会う時間がほとんど無さそうだ」
「三郎太さん!!仕事ですよ!!」
「だってなぁハーリー………」
気の抜けた三郎太の言葉に注意するハーリーとそれにぶつぶつ言い始める三郎太。
その様子を気にする風でもなく、コウイチロウは優しい目で血の繋がらない義娘を見つめた。
「すまないねルリ君。 本来ならきちんとした式でもしてあげたかったのだけど、連合政府とかの突き上げがうるさくてね」
「いいえ、構いません。………辞令の件、了解しました。 ナデシコCの修理・点検作業が終了次第、任務に移ります」





「幽霊ロボットのパイロット、か………」
3人はナデシコCが係留されているサセボドッグに向かう為、飛行機の中にいた。
ルリは窓の外に広がる一面の白い雲を眺めながら小さく呟いた。
「幽霊ロボット………って、あれじゃないんですか?火星で戦ってた、あの黒い大型エステもどきみたいなヤツ………」
ルリの呟きを聞いていたハーリーは、火星の後継者の主力部隊を押さえ込んだ後に現れたあの黒くて大きな機体を思い浮かべた。
外装は黒く、三郎太が乗っていたスーパーエステバリスと比べて一回り大きい機体───ブラックサレナは、ボソンジャンプをする為に高機動ユニットを装着した場合、通常のエステの3倍もの大きさにもなるのである。
「そうそう。 火星であの………なんて名前だったかな、赤いエステもどきとやりあってた奴だ。 あの赤いやつ、あの足無しロボ達のボスだったみたいだが、かなり際どい戦いだったな………」
そう言って三郎太は天井を見上げた。 あの時の様子を思い出しているらしい。
「………『夜天光』………」
「え?」
「調査で判明した、赤いやつの名前です。 足の無い方は『六連』です」
気の無さそうな風にルリが言う。
回収された黒いパーツと赤い機体の事が気になったルリが以前、第一中間調査書を探して読んでいたのだった。
「夜天光………夜の自然光、微かな光………」
「風流だが、物悲しい感じっすねぇ」
「何言ってるんですか!!敵ですよ!!」
「しょうがないだろ、名前なんだから」
「だからぁ………」
「夜、か………何を夜と指しているのかしらね?」
「「!?」」
後ろから聞こえた声に三郎太とハーリーは驚いた。
「お久しぶりです、エリナさん。 アカツキさんに付いてる会長秘書がこんな所で何をやってるんですか?」
ルリが振り向かずに挨拶すると後ろの席からエリナ・キンジョウ・ウォンが顔を見せた。
「久しぶりねホシノ・ルリ………仕事を頑張ってね、今はネルガルの宇宙開発部の部長よ」
そう言ってエリナは自分の席に座り直した。
「そうなんですか。 その部長さんがどうしてここに?」
「資材とか細かい部品とかを扱ってる工場がこの地域にもあってね。 それで来たのよ」
「そうですか………」
「………それにしても気の無い返事ね、どうかしたの?」
席越しに2人だったが、ルリの憂鬱そうな声にエリナは問い掛けた。
「理由はわかっているんじゃないんですか?」
「………まぁね。………あなたがさっき『幽霊ロボットのパイロット』って呟いてたのも聞こえたし」
横目で問い返して来たルリに、席で見えないとはいえ軽く頷いてエリナは答えた。
「………アキトさん、あれからどうしたんですか?」
「何の事かしら?」
「理由は分かってるんじゃなかったんですか?それとも、惚ける理由があるんですか?」
そ知らぬ顔で惚けるエリナに鋭く突っ込むルリ。
それまでの気の抜けた様子から普段の感情を表に出さない顔に戻った事で、ハーリーはいつものルリに戻ったと思ったが三郎太は少し違っていた。
「………よく喋るじゃない。 宇宙軍の少佐になって話すようになったのかしら?」
「大佐です。 今日特進しました」
「大佐ねぇ………その歳で大佐って事は、大佐昇進の最年少記録も更新したんじゃない?頭のいい子は上に行くものね」
「茶化さないで下さい。………今日、大佐になって最初に辞令が下りました。 内容はコロニー爆破事件で噂になった幽霊ロボットの件の再調査、そしてそのパイロットの捜索です。 コロニー爆破事件の重要参考人として、連合政府と警察から宇宙軍に応援要請があったようです」
「それで今回、火星の後継者を一網打尽にした英雄ホシノ・ルリ大佐に白羽の矢が立った、と言うわけね。 それにしても、一般人にそんな事教えていいのかしら?」
「別に言うなとは言われてませんから」
しれっとした顔をしてルリは言った。 その様子にエリナは笑い出した。
「フフフッ………変わったわね、あなた。 いやむしろ逆に全く変わってないと言うべきかしら?」
「成長したと言って下さい。 私、まだ少女ですから」
「フフフッ………少女、ね………」
一頻ひとしきり笑って、エリナは目元を緩める。 その眼は懐かしむような優しいものであった。
「………いいわ。 アキト君の事、少しだけ話してあげる。 でも、着陸するまでよ」
「………わかりました。 教えて下さい、アキトさんの事を………」
「まぁ長くは無いから、御伽噺を聞いてるつもりでいればいいわ」
「はい」
ルリの返事を聞いて、エリナは体から力を抜いて話し始めた。
「そうね………月ドッグで私はアキト君とラピスの2人と別れ、2人は火星に向かった。 そこでアキト君は火星の後継者がナデシコCによって無力化されたのを見届けた。 そして、あの飛行機事故の際に彼らを拉致し、様々な人達の暗殺をしてきたあの草壁元木連中将直属の暗殺集団をナデシコCのエステバリス隊と共に戦い、そのリーダーを倒した」
「調査書によると、回収された機体の中に乗っていたパイロットと思われる胸から下が潰された人間の遺体があったそうです。 木連の方に問い合わせても身元は判明しなかったそうですが、木連の人の話で通称名は分かったそうです。………通称『北辰』、暗殺術に優れ、ロボット操縦技術もエース級だったとか。 アマテラス爆破の際もモニター越しに見てましたが、アキトさん相手に見得を切って対峙してましたし」
アマテラスの事を思い出してルリは顔を俯けた。
アマテラスの警備をしていた統合軍の人間にすら秘密にされていた、13番ゲートの第5隔壁内ドック。
そこにはルリやアキト、それにユリカや家族だと思っているナデシコのクルー達と共に戦争を駆け抜けた初代ナデシコがあり、そして………ナデシコクルーによって宇宙に追放された筈の遺跡と、それに融合させられたユリカがいた。
「ふぅん………その北辰を倒し、ユーチャリスに乗って火星から去った………」
「ユーチャリス?」
「ネルガルが極秘建造したもう一つのナデシコB………いいえ、ナデシコCの試作艦、プロトタイプナデシコCよ」
「………いいんですか?私、軍から調査を命じられてるんですよ?そんなネルガルの機密事項を簡単にバラして……」
ルリは、ネルガルが不利になりかねない事を言うエリナに驚いた。
ネルガルのトップになると宣言し、ネルガルの機密や暗部については秘密主義を貫いていたエリナがこうもあっさり話し出すとは思わなかったのだ。
「問題ないわ。 唯の『少女』に言った所で何言ってるか分からない筈だから」
「………変わりましたねエリナさん。 ネルガルのトップになる為に行動していると思ってましたけど」
「大人だから色々あるのよ。 私、女だしね」
「………女、ですか」
笑みを含んだ口調でエリナはルリに言った。
エリナが『女』と言った瞬間、ルリは胸にとても小さな何かが突き刺さった感じがした。
そしてエリナが以前とは違い、自分には無い何かを持っている気がした。
「そうよ………ま、ここまではあなた達も見てきた通りね」
「はい………」
「じゃあアキト君から聞いたそれから後の事を話しましょうか」
そう言ってエリナは目を瞑った。

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