ドクター・カオスの名前に聞き覚えはあるだろうか?
古代の秘術を用いてその身を不老不死と化し、中世封建時代のヨーロッパから現代日本まで生き続けた、否、今尚生き続ける天才錬金術師である。
これは、ドクター・カオスの新たな発明に端を発する話である。











ここは地下鉄のトンネル内に密かに作られたカオスのラボラトリー。
妖しげな実験道具などがそこかしこに置かれている一角にドクター・カオスその人はいた。
「ふふふ……もうすぐ、もうすぐだ!!この天才ドクター・カオスによって人類の歴史に新たなる1ページが刻まれるのだ!!」
わははは、と笑うその姿はいかにもマッドサイエンティスト。
普段ならばカオスの助手として付き従う人造人間、試作M−666『マリア』は今ここにはおらず、第三者の目から見れば非常に怪しい不審人物でしかなかった。
「くくく、さてと、そろそろ仕事に行かんと。家賃を払わんかったらまたあの大家のばーさんがうるさいからのぅ……」
そう言って稀代の錬金術師はいそいそと仕事場に向かう準備を始めた。
……まぁ世の中は平和なのだろう。





さて、その頃のマリアはというと。
「おいくら・ですか?」
「2346円になりまーす」
町の商店街で買い物をしている所であった。
今晩の夕食の材料を買い揃えたマリアは、スーパーのレジ袋2つを両手に抱えてカオスの家がある幸福荘へと足を向けた。
「あ〜、腹減った。飯じゃ飯じゃ」
すると目の前のコンビニから赤いバンダナを額に巻いた少年が現れた。
マリアにとっても色々と縁の深い人物である。
「こんばんわ・横島・さん」
「お、マリアじゃねーか。カオスのじーさんの晩飯か?」
「イエス・今日の・安売りは・カップ麺・でした」
「げっ!?コンビニで買うんじゃなかった……」
しくしくと涙を流す横島。
バイト代がどう考えても雀の涙な横島にとって痛いのだろう。
そんな横島を見ていたマリアはふと思いついた事があった。
「横島・さん・お願いが・あります」
「ん?金はねーぞ?」
そっけなく言う横島。
あったとしても、カオスに渡すくらいなら多少でも豪勢な飯を食う方を選ぶのだろう。
「ドクター・カオスの・発明品を・運ぶのを・手伝って・下さい」





「これか?マリア」
そういってカオスの『発明品』を指差した。
大きさはクラスメイトのタイガーくらいの大きさで、トンネルの入口のような形をしており、それは頭上に灯る蛍光灯の光を反射していた。
そう、それは大型の鏡であった。
「イエス・買い物が・終わり次第・横島さんの部屋へと」
「あのじーさんが?なんで俺のトコに?」
首を傾げる横島。
あの貧乏じじいが突然プレゼント?
そんな殊勝なマネをするような爺さんではないし、何で鏡だ?……と思っていると、マリアがカオスに言われた時の状況を説明した。



『ワシらの家じゃとあれは場所を取り過ぎて寝る場所がなくなってしまうじゃろう。かといって美神やらに預ければ返って来んじゃろうしな。その点、小僧のところなら問題ない。誰も迷惑せんし、あの小僧の頭では何もできまいて』



「俺がクソ迷惑するわあのボケじじい!!」
あまりの身勝手な言い分にピキピキと血管を浮かび上がらせる横島だったが、すでに地下鉄を二人で支えながら歩いているところは丁稚根性といったところか。
「ソーリー・でも・頼めるのは・横島さん・だけ」
そんな横島に向かって申し訳なさそうにマリアは頭を下げた。
「あ、ああ、マリアのせいじゃないから気にすんな。悪いのはあのクソじじいだし」
「……サンキュー・横島・さん」
慌ててマリアに非が無いことを説明する横島に対して、マリアは優しい笑顔を浮かべた。
そしてその笑顔を見ていた横島は、
───くっ、マリアが人間だったら今すぐ飛び掛るのに!!
「神様のあほ〜〜〜っ!」
ぷわぁぁあん!
「のをおうをよぉっ!?」
神への罵声を上げるものの、正面から来る列車の轟音に掻き消されていった。
ゴキブリが壁に張り付くように避けるものの、その恐怖は味わったものにしかわからない。
自業自得。





「んじゃなマリア。あのじじいに頭突きでも一発決めといてくれ」
「イエス・横島・さん」
横島の軽口に挨拶を返してマリアは家へと帰っていった。
マリアの姿が見えなくなると、横島は自分の部屋に置かれた巨大な鏡を見下ろした。
「さってと。それにしてもでかい鏡だな。あのカオスが作ったものだからろくでもないものには違いないんだろうが…」
しげしげと鏡を見つめる。
ピカピカに磨かれた鏡面に映る自分を見てみるが特に妙な風景が映っているわけではない、いたってシンプルな鏡である。
「あやしいもんが映ってるわけでもねーし、あのじーさん、発明品とか言いながら単なる鏡を作ったとかいうオチじゃねーだろうな?」
ドクター・カオスは人間の頭脳を100%使いこなし、凡人では思いも付かぬ数々の発見や発明をなしえていた。
しかし1051歳を迎える今では新たに物を覚える所など脳内には全く無く、何かを覚えるとトコロテン式に昔の事を忘れてしまうという非常に物覚えの悪いボケ老人なのである。
おかげで最先端を飛び越えて進んでいた昔とは違い、内容的には時代に逆行したシロモノばかりを作っているのである。
「とりあえず邪魔だし、壁に立てかけておくか」
タイガー並の大きさのその鏡は、四畳半一間の部屋で横にしておくには大きすぎる。
「まずった、マリアに手伝ってもらっておけばよかった」
そう言ってずりずりと壁に立てかける。
何故マリアが最初から壁に立てかけなかったのかなど考えもせずに。

ぴかぁっ!

「うおっ!?な、なんだぁっ!?」
立てかけた鏡から突然光が迸る。
部屋の中全てが光に包まれたが、一瞬後に目を開くとそこは……
「……俺の部屋だよな」
そう、イカ臭くて不衛生な横島の部屋のままだった。
「うっさいぞナレーター!!……って、なんだったんだ、今のは?」
何処かへ突っ込みを入れた後、横島は鏡の傍まで近付いた。
突然光を放った鏡だったが、やはり見た目には特に変わった様子は無い。
「な、なんだ、脅かしやがって。単なるビックリ鏡じゃねーか」
驚きはしたがそれだけだというなら別に怖くともなんとも無い。
横島は鏡を叩こうと手を伸ばした。
すると。

するっ。

「え゛っ!?」
手は鏡面に触れず素通りした。
いや、水に手を入れたが如く鏡面に波紋が広がり、手は鏡の『向こう側』へと消えていった。
「うおわぁぁぁっ!?」
そして体勢を崩した横島もまた鏡面の中へと消えていった。





トントントン。
「こんばんわ、横島さん」
「先生、散歩に行くでござるよ〜っ!!」
「どうでもいいから早くおあげさん作ってよおキヌちゃん」
横島が鏡面の向こうへと消えた後、夕食を作りに来たおキヌとそれに付いて来たシロとタマモが部屋に入ってきた。
横島の雇い主の美神令子は美智恵と出かけており、横島の家で食べることにしてやってきたのである。
「あれ?先生、どこ行ったでござるか?」
「ホントだ、横島さんがいない……」
キョロキョロと部屋を見回すが何処にもその姿は見当たらない。
「横島さんの靴はあるけど……?」
足元にきちんと揃えてある靴を見て、おキヌは不思議に思った。
ちなみに、横島が揃えておくわけも無くマリアが揃えてくれたのだったが。
───靴があるから、どこかに出かけたわけじゃないと思うけど……?
「なに、あの大きな鏡?」
おキヌが考え込んでいるとタマモが壁際を指差した。
そこにはあの大きな鏡があった。
「……鏡?」
「大きな鏡でござるなぁ。昨日の朝に来た時は無かったでござるし、先生が買ってきたのでござろうか?」
シロが言うとおり、昨日おキヌが部屋の整理に来た時にはこんなものは置いてはいなかった。
横島がいない事に何か関係があるのだろうか?
「そんな事よりおキヌちゃん、早く晩御飯にしてよ。どうせ横島の事だからひょっこり帰ってくるわよ」
「うーん、じゃあ先に夕食の準備をするからちょっと待っててね」
獣娘にせかされ、おキヌはひとまず横島の行方は後回しにして夕飯のに取り掛かることにした。
タマモの言うとおり、すぐ戻るだろうと思いながら。





鏡の中を潜り抜けるとそこは、
「やっぱりこういうオチかぁぁぁぁっ!!」
空中だった。
鏡を越えた所で下を見た限りでは、人一人くらい原形もとどめず粉微塵になるのは間違いない程の高さである。
この非常事態に横島は、
「ああ、空中って気持ちいい……」
とりあえず現実逃避したらしい。
「ってこんな訳分からん所で死ねるかぁっ!!世界中の美女を俺のものにするまで生き続けるんじゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
が一瞬であっちの世界から帰ってきたようだ。それにしても案外余裕はあるらしい。
実際何度か高い所から落ちた事はあるうえ、極め付けはいくつかの補助付きとはいえ文珠無しで生身の大気圏突入を果たしてなお『あ〜〜〜死ぬかと思った…!』で済ませた男だし。
「も、文珠ぅぅぅぅっ!?」
が、やはり怖いものは怖いし痛いものは痛いということだろう。
すぐに切り札である文珠をだそうとする。
しかし、切り札である文珠は手の中に出て来なかった。
「出ない!?あ、しまった!!雪之丞に売っちまった!!」
そう、除霊に出かける雪之丞が横島のアパートに寄ったのだ。
そして今ある文珠2個を1500円で売り、コンビニのカップラーメンで飢えを凌いだのだ。
横島は時給255円(+α、GS美神23巻参照)とはいえ、単独の仕事での収入があるじゃないか!という人もいるかもしれない。
が、その悉くはエロ本・エロビデオへと化けており、手元に残る分が無い。
残りはシロやタマモが食べ物のおねだりする事での出費である。
結果、貯金を貯めれるほど出費を抑え切れていないのだ。
「ぎゃぁーーーっ!!死ぃぬぅぅぅぅぅぅっ!!!みぃかみさぁぁぁぁぁんっ!!」
こうして横島は悲鳴を上げながら何処とも知れぬ空を落下するのであった。

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