■夢
- アンナは卓袱台に頬杖を突いてテレビを観ている。
ホロホロは堅い壁に背を預け、ぼんやりとその後ろ姿を見ていた。
テレビとアンナとホロホロを線で結べば、アンナを中点に、直線になる感じで二人は座っている。
今、『炎』にはこの二人しかいない。
葉は、たまおと夕飯の買出しに、ピリカもそれについていった。
なぜホロホロが行かなかったかというと、寝ていたからだった。
昼食をとって、うとうと壁に寄りかかっているとそのまま意識が飛んで、
気がつけばピリカが部屋におらず、下に降りたときにその旨をアンナから聞き、
部屋に戻っても手持ち無沙汰なだけなので、夕飯まで部屋にいることにした。
窓に切り取られた景色はモヤがかかって、中途半端に沈んだ陽を鈍く照り返している。
アンナは少し不機嫌のようだった。
さっきからテレビに向かい合ったまま黙りこくっている。
ホロホロにはあからさまにその理由がわかった。
葉の買い物にふたりの女がついたのが不満らしい。
彼女らに、少なくともピリカに不純はないのだが、それでも妬いている。
なら自分も行けばいいのに、意地っ張りがそうさせない。
いつもより、いや、いつものことなのだが、空気がピリピリしていてテレビの音がよく通る。
テレビにはサイコロのような頭をした人形が映っている。
幼児番組ではなくトーク番組らしく、隣にいる女と絶え間なく喋っている。
音声を変えてあるのかサイコロの人形回しは変に高い声だ。
サイコロが金切り声で何か言う。カメラの外からスタッフの笑い声が入る。
そして、テレビの前にいるアンナも小さく笑った。
ホロホロはひとまず空気が緩んだことにほっとして、ひとりつぶやくように話しかけた。
「へえ、お前も笑うときあんだ」
意外だな。ホロホロはアンナの背中を見ながら思った。
その背中がひねられて、顔が少し後ろを向く。
「何よ、悪い?」
緩んだのは一瞬だった。
横目で睨まれ、ホロホロは殺気を感じ、同時にどきりとした。
心臓が怯えたわけではない。
それも少しあるが、アンナの頬が心なしか赤くなっているのを見つけたからだった。- 頬杖の跡ではないようだ。耳もほんのり染まっている。
アンナは、ぷいとテレビに向き直り、チャンネルを変えた。画面にニュースキャスターが映る。
…何だ、照れてんのか。
ホロホロはそう言おうとしたが、夕飯が食べられなくなるまで殴られそうなのでやめた。
だが初めて聞いた笑い声と、赤を匂わす照れ顔に、新鮮さ以上のものを覚えていた。
というのも、アンナに対して多少なりとも好意を寄せていて、
それが今の仕草で大きくなったのである。
しかし実際、恋心には「多少」などなく、
手に入れたい、という欲望をごまかし抑えるため使うに過ぎない。
ホロホロはアンナを慰めの種にすることもあれば、そうでなくとも夢に出てきて惑わせる。
そうして二日にいっぺんくらいで夢見するようになって、これはまずいと抑え始めた。
はっきりしたな、とホロホロは思った。
それはその抑えのタガがごっそりと削り取られたという意味だ。
ただ、同時に不自然さを感じてもいた。それが何かはわからない。
ホロホロはそのことが妙に引っかかっていた。
ともかくそれを機に今まで溜めていたものが、なだれて行き交い渦をつくり、
意識を巻き込んでアンナ以外の他一切をほとんど取り除いて覚醒させた。
すると何の気なしに眺めていたアンナの背中が妙になまめかしく見えてくる。
肩をすくめたような姿勢、足を崩した横座り、そういうだらしない格好にこそいやらしさがある。
例えば凛とした姿勢で欲が湧いたとしても、それは怠との差を見ているだけに過ぎない。
差、つまり変化にだけ魅力、快楽がある。
いくら美人でも一年中抱けば飽きるし、腹が減れば何でもうまい。
もちろんアンナを一年中抱いたわけはない。腹が減っているのだ。
何でもうまいとは言ったものの、やはり質は高いほどいい。
そして、アンナはきれいだ。
はっきりしている。
その分、欲が大きくなる。
はっきりしているものは意見が二分する。
ブスか、美人か。
アンナは、きれいだ。
- …いや、いけねぇ。
けれどもホロホロは気を諫めた。
いくら欲しいからといって、手に入れようがない。
アンナには葉がいる。
それが残った最後のタガであり、また、強い力を持って欲を殺そうとする。
しかしホロホロの欲も相当強く、タガを踏み壊さんばかりに膨らんでいく。
何とか紛らすためホロホロはアンナから視線を外した――が、それでもだめだった。
逸らした視線を卓袱台に移せば、そこに突かれたしなやかな肘、
その上から二股に分かれる細腕、それを支える小さな肩が痛々しくも攻撃性を揺り起こし、
また畳の目でも数えようとするなら、そこに投げ出されたなだらかなカーブを描く白い腿、
そのカーブが急になる丸い踵、素足の指の一本一本がどこか性的なメタファーを仄めかし、
ふと顔を上げて天井にぶら下がる電灯に目をやると、
その明かりを受け淡い光に変えて跳ね返す、さらりとした髪に目眩する。
やばい、とホロホロは他に意識のよりどころがないか、今をぐるりと見渡した。
それほど我慢ならないのなら部屋に戻るなりすればいいのだが、
タガが崩れかかっている今はそんなことにすら頭が回る状況ではなかった。
タガに少しでも亀裂が生ずると、その傷ばかりが気にかかってしまう。
それは肉体的な痛みと似ている。
そこから抜け出すには、時間をかけて傷をふさぐか、熱中できることを探すしかない。
…そうだ、テレビがあんじゃねぇか。
ホロホロはアンナの小さな背に半分ほど隠れていたテレビを見つけ、
なるべくアンナが視界に入らないよう、横にずれて画面を観た。
- ニュース番組はちょうどコマーシャルに入ったところだった。
年金、介護保険、介護施設のコマーシャル。
次に何とかいうゲームのコマーシャルが流れ、番組がまた始まった。
スーツを着た、頭の薄い中年が高齢化社会について喋っている。
…なんだかな。
コマーシャルは皮肉なのかもしれないが、矛盾している。曖昧というのだろうか。
…曖昧、か。
今のオレだな。ホロホロは苦笑いして天井を見上げた。
欲しいのに手を出せない。何がそうさせるのか。
…無理だってことに気づきたくねぇんだ。それに、体裁が大事なんだ。
ホロホロの頭に葉が浮かぶ。
…オレを抑えてる世間体。
今の世の中、そこから外れようとするなら、ものすごい圧力がかかる。
誰もが自分を裏切らないと信じている。
今はそれが染み着いてしまっている。いわゆる、常識である。
その常識、曖昧さが自意識を殺す。
残すためには捨てなければならないのに、美しいものしか残らないはずなのに。
――はっきりしなければ、ならないのに。
…俺の欲しいモンって何だ?
いつもならそこで真っ先に浮かぶものが、今はアンナに掻き消されている。
…どうしろってんだよ。
ホロホロはアンナをちらっと見た――途端、息が詰まりそうになった。
アンナが、寝ていたのだ。
- アンナは卓袱台を抱き込むように組んだ腕へ、顔を横に寝かせていた。
小さな背中が小さく上下している。
その姿がホロホロの中の曖昧さを切り裂く。
気にかけていた不自然さが吹き飛んでしまった。
ホロホロは無意識のうち、音を立てないようにアンナへと近づいていた。
『高齢者の生活には悲惨さがつきまとっています、
体の自由が利かなくなってからの生活に人間らしく暮らせる安心感がなければ、
高齢者社会は暗いものになってしまうでしょうね』
静かな居間に、テレビからの中年の意見がひどくこっけいに響いている。
欲を目前にしての無意識とはそれが最優先の行動で、つまり、はっきりしている。
どうでもいいものは蔑ろにされ、やがて廃れて消えていく。
体裁を切り捨て始め、無意識はひとり歩きする。
アンナの顔を、そっと、覗き込む。
横顔、閉じられた瞼をふちどる長い睫毛が目に焼きつき、
髪からの、ほのかな香りが鼻を抜け、小さな寝息が耳へ通る。
視覚、嗅覚、聴覚、それらの信号が頭の中心で交わり、火花を散らした。
残る感覚が刺激される。
ならば触って味わいたい、と。
火花はバチバチと鳴り響いて、すでにぼろぼろの理性のタガを焼き崩していく。
- 頭がすうっと冷えて、妙に冴えた。
その中でホロホロは、ああオレは今から狂っていくんだな、とわずかな理性で自覚した。
オレは狂っていくんだな
今から狂っていくんだな
くるっていくんだな
くるっていくんだな
くるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだな
くるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだな
くるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだなくるっていくんだな
ああ、もう、いいか。
タガと自覚が粉くずになる。そして葉に嫉妬していることに気づいた。
不快だった。
その不快さの中に何か大事なことが一滴垂らしたように漂っている。
ホロホロはその時、特には気に留めなかった。余裕がなかった。
それは、後で気づくことになる。
もうこっからは、欲しいモンに向かうだけだ、とホロホロはアンナの後ろにぴたりとついた。
『人は誰でもですね個性を持つひとりの人間として、平等に、平等に生きたいと望んでるんです、
そういった意思をですね汲み取って援助してあげなければならないんです』
時折、手を広げたりしながら、テレビの中年はまだ喋り続ける。
ここが中年の得意なところなのだろう。
…平等? そんなわけあるか、こんなにきれいな女が目の前にいるんだぜ…。
ホロホロは汗で湿った手をズボンで拭い、アンナの尻に手を伸ばしていった。
- 想像が質量を持つ時、その後にあるのは「いい」か「悪い」かしかない。
ホロホロのこの場合は前者だった。
アンナはまだ寝ている。
実際に触れたアンナのからだが温もりを持って押し返してきて、ホロホロは猛烈に勃起した。
その快感に考えが、今まで向いていた方に後押しされ、もっと激しく弄り回したくなった。
そしてそのように体が動く。
ホロホロはアンナの後ろから胸を揉みし抱いた。
快感が手から下半身に伝わる。
さらに後押しされて激しくなる。
ただ、これらは循環しているわけではなく、
渦のように内巻きに集中し、あらゆる道徳を消していく。
たまらなくなってアンナの肩に顔を押しつける。髪の香りが鼻腔をくすぐった。
本当に匂いの物質に無数の手が生えていて、
直接くすぐってきている錯覚を起こす、そんな香りだった。
「ん………」
眉をぴくりと動かして、ようやくアンナは目を覚ました。
ホロホロはいったん手を胸に被せたまま止めた。
気づかれたことにびくついたのではない。
アンナの瞼が重たそうに持ち上がり、目が薄く開かれていくのに魅入ったからだった。
だるそうに体が起こされる。頬にかかっていた髪が、撫でるように滑り落ちた。
「んん……?」
アンナの視線が胸に置かれたホロホロの手と、自分を見つめている彼の顔を、ゆっくり往復する。
「え……?」
しばらくしてそれはホロホロの顔の方に定まり、半開きだった瞼がいっぱいに見開かれた。
寝起きのぼんやりした顔に生気が注がれ、
表情は一瞬にして驚きや焦りや羞恥や恐怖が入れ替わる。
最後に羞恥よりの驚きで止まってアンナはホロホロを振り払った。
- 「な…何してんのよ!」
そのままテレビの前まで後ずさり、ホロホロを睨みつける。
ホロホロはというとさっきのように焦りもなく、
それどころか眉は引きつりながらところどころ緩み、
視点はアンナを見ているというよりもそれを包む空気を掴み、
半開きの口からはきつく噛み合わされた歯が覗いていた。
逆にアンナが恐怖した。
黙り込んでいるとテレビの音が場違いに、アンナの背中へと投げられた。
『介護が必要になったからといってその人であることになんら変わりはありませんよ、
人間はねどんな状態であれ自尊を守って豊かな気持ちで生活を送ることが大切なんです』
あのバカみたいなホロホロが喋りもせず見てくるだけで、
こんなにも人が変わったように感じるのだろうか。
…何とかしなければいけない。
アンナは口元の震えをぎゅっと結んで止めてから、目を逸らさずに言った。
「人を、呼ぶわよ」
場合によっては脅しになるが、強気になったフリをして実は混乱しているのだろう、
今は全く意味を成さない。
ホロホロは鼻で笑った。
…こいつは今、人を呼ぶ、って言ったのか? どうやって? 電話でもすんのか?
あたしは犯されそうになってます助けて下さい、なんて言えんのか?
ホロホロがアンナに近づく。アンナは逃げられない。
アンナの言葉がホロホロをことさらに駆り立ててしまった。
現実に人が呼べる状況であっても、それは相手を開き直らせてしまうし、
何より必死な姿を見せてはならない。
愛情は攻撃的になると性欲に変わる。
結果、今まで脅すことであやふやにしてきたアンナのパターンが崩されてしまった。
ホロホロはアンナを押し倒した。
- 「あうっ!」
背中を畳に叩きつけられてアンナは息が詰まった。
ホロホロは構わずにワンピースの裾へと手をかける。
「やだっ! やめなさいよ、バカッ!」
アンナはワンピースをたくし上げようとする手を押さえて抵抗した。
力で敵うわけはないが、それでも動きは憚られる。
脱がしあぐねたホロホロはアンナの頬を張った。
「やっ……」
跡も残らないような、ただ触れ合わせる程度の強さだったが、
アンナはおののいて体が固まった。
そればかりか泣き出しそうに、目に涙の膜をつくった。
安心しきった生活を、ちょっとぐらつかせてやるだけで怯えてしまう。
ホロホロはそれを見て、昔からあった嗜虐心が頭をもたげているのを感じ、一気に服をまくり上げた。
薄い生地が首元にたまり、素肌が晒される。まるで黒いマフラーをしているように見える。
「やぁっ……」
起伏こそほとんどないが、その肌は血管が薄く透けるほど白く、なめらかだった。
下着は下だけで、上は何も着けていない。
そこを匿おうとするアンナの細腕を片手でまとめて押さえつけ、ホロホロは思わず口を歪ませた。
「いやぁ……」
アンナは目を強く閉じ、恥にまみれた口元を震わせ、真っ赤になった顔を背けた。
その仕草にホロホロの下半身がどくんと跳ねる。
…どうして、どうしてこいつはわざわざオレをヤる気にさせるんだ、ホントは犯されたいんじゃねぇのか?
今度は直に胸を触る。
「ひんっ……」
汗を掻いた指が滑り落ちそうなくらいきめ細やかな肌、その手触りと感触にホロホロは酔った。
何ともいえない感触だった。
言い換えるなら、その時には言葉が意味をなさなくなるのだ。
ある場面だけは求めることのみに熱中させ、感想やら表現は落ち着いた時に後からついてくる。
そしてホロホロは無性に苛立った。
- …テレビのあのハゲみてぇなのが、どうでもいい、何もできねぇやつらなんかに力を入れっから、
オレは欲しいモンに手を出せねぇでいちいち悩まなきゃなんねぇんだ。
やりてぇことやって何が悪い? そもそも、悪い、って何なんだ?
答えらんねぇはずだ、あのハゲなんかにゃ絶対わからねぇ。
わかんねぇくせして偉そうにくっちゃべりやがる。
「んっ…ふぁあ……」
アンナの白い肌が、内側から染み込ませたように赤みを帯びる。
アンナは呻くような喘ぎの隙間で、いやだ、いやだ、と言い続けている。
ホロホロには聞こえていない。
テレビの音よりはるかに小さいアンナの喘ぎを聞き取るのに精一杯だった。
テレビを消さないのはその時間が惜しいからだ。
やがてアンナが太ももを擦り合せているのを見つけた。
頭の奥で火花が散る。ホロホロは下着に指を引っかけ、膝までずり下ろした。
「だめっ……!」
下着にかけられた指に気づき、足をねじるように抵抗したが遅く、つるりとしたそこが丸見えになる。
ホロホロはまた息を呑んでそこに魅入った。
そこはすでにじっとりと濡れていて、いきなり差し入れられたホロホロの指を受け入れた。
「ぃっ…!」
入った指は半分ほどだが、アンナは強い異物感に顔を歪めた。
しかし嫌がる本人とは裏腹に、そこは指を締めつけて離そうとしない。
「いやっ……抜いて!」
「何がやなんだ、こんなにきつくしといてよ」
中で指を細かく動かすと、早くも愛液が滲んでくる。
「ふぁっ……」
「もう濡らしてんじゃねぇか、葉とも毎晩ヤッてんだろ?」
「ちがう……っ」
「どこが違うんだよ」
…けど今はオレだ、葉じゃねぇ。
指は埋めたままアンナを押さえていた左手で、ホロホロはアンナの胸を再び触り始めた。
両手が留守になったが、アンナはそれに気がいかない。
- アンナの両手は何かを掴むように痙攣して、畳の上へと置かれていた。
ホロホロが、ピンと天井を向いている、色薄く小さい胸の先を弾き、もう片方を口に含む。
優しいなどとはいえない強さで吸い上げ、転がし、歯で挟む。
「んぁあ、ゃぁっ…んんっ、ひぃっ!」
アンナのからだがびくびくと仰け反り、その動きすら自分に刺激を与えている。
間もなく指がふやけるほどになると、ホロホロの頭でまた火花が散った。
「…じゃ、そろそろいくぜ」
「え…?」
言いながらズボンをかちゃつかせる。ホロホロ自身が驚くほど怒張した部分が飛び出した。
アンナはそれを見て先のセリフの意味を悟り、恐怖に顔を引きつらせた。
アンナの指が畳の目を引っかき、ガリッと音を立てる。
ホロホロはアンナの細い足首を掴んで乱暴に股を開かせた。
そこは赤らんで溢れんばかりに濡れそぼっている。
「やだっ! 離して!!」
そうしてばたつくアンナの足をホロホロは持ち上げた。
するとアンナは肩でからだを支えている姿勢になり、どうにもできなくなった。
暴れればそれだけ無様な格好を晒すことになる。
だが抵抗しないわけにはいかない。羞恥と必死のジレンマにはまる。
「うるせぇ」
あまり必死にくねらせるので、ホロホロは足首を掴む手に力を込めた。
「いっ……!」
これも先と同じく大して強くはないが、
抗えばさらにひどくなることを知らしめるには充分だったようで、
アンナはがたがた震えながら押し黙ってしまった。
指が畳をガリガリと削る。それに混じってテレビの音が聞こえてくる。
『高齢化社会は避けることのできない現実です。
そういう時代に直面した私たちは高齢者の自立する力とは、
自らの意志でよりよい生活を送ろうという意欲を持つ力なのだという当たり前の感覚を、
ひとりひとりが取り戻していかなければなりません。
そしてそれを支えるのはやはり、熱意と誠意を兼ね備えた人の心だと思うんです』
- …何が熱意と誠意だ、結局そこに逃げんのか。
それがねぇからこんなふうになったんじゃねぇか。
お前らがいくら話し合おうが取り締まろうが、
今からオレがこの女を犯すのを止められやしねぇ。
テレビの音もアンナの呻きも額に噴く汗も部屋に漂う匂いも掴んだ足の感触も、
ホロホロの背を押している。
ホロホロはアンナが震えているうちに足を引き寄せて先端をあてがった。
「やっ………」
そしてまた拒まれる前に、ずるりと、狭いそこへ肉棒すべてを貫かせた。
「ひぁあああぁぁっ!!」
アンナは悲痛な声とともにからだを跳ね上げた。涙が目尻を横に流れる。
ホロホロは、まるで精液を出そうと絞るようにうごめくそこと、アンナの顔を眺めた。
いたい、いたい、と呻きながらしゃくりあげている。
その様にホロホロはもしやと思い、繋がっているところをじっと見た。
アンナは処女だった。
流れ出てきた愛液に薄まった血が滲んでいる。
ホロホロはしばらく呆然としたあと、この上ないような優越感と達成感と嗜虐心に唇を震わせた。
生まれてから今までに染み着いてきた道徳や常識や礼儀を焼き捨てる。
禁や法の裏にこそ快楽があるのだと、ホロホロはそれを言葉ではなく感情で気づいた。
…葉はまだこいつのこんな姿を知らない。
こんなに、なめらかな、からだなのも知らない。
こんなに、感じやすいのも知らない
そしてオレに犯されてることも知らずに買い物なんか行ってる。
いや、他の誰も知らねぇ。
ここにいるオレとアンナだけだ。
オレは、今、こいつを、独占してる。
こいつも、今は、オレのことしか考えらんねぇ。
- ホロホロは腰を動かし始めた。
「いっ…! もう、やめて……っ」
痛がるのをよそに、アンナのそこは、なおギチギチと締めてくる。
「やめねぇよ」
「もう、やだぁ……やめ、て………ひぃっ!」
急に腰の揺れかたが速まり、アンナは痛みに歯を食いしばった。
「何が、やめてよ、だ。どんどん濡れてきてんじゃねぇか。」
「やだ…いや………」
アンナは強く噛み締めた歯の間から、絞るように声を出した。
「葉っ……」
その時、ホロホロは、頭の中で踏みつけにしていた葉が、自分の足を払いのけたのを感じた。
同時にものすごい嫉妬に襲われた。
ひどく、不快だった。
…ここまで来て、ここまでされて、こいつはまだ葉のこと考えてんのか?
「ふざけんな!」
そう吐き捨ててこれまで以上に激しく腰を振った。
「ああぁぁあぁぁ!!」
ふざけんな
ふざけんな
ふざけんな
ふざけんな
ふざけんな、
いまてめぇを犯してんのはオレなんだよ葉なんざ帰ってきやしねぇ助けに来るわけねぇ
てめぇの処女も奪ってやったどんなに葉を想おうが最初の男はオレなんだ
いまさら遅せぇ絶対消えねぇ過去なんだオレに抱かれたことてめぇは一生忘れられねぇ
だがそんなこと知るか俺が良けりゃあいいんだよだから善がれよ
気持ちよくねぇのかこんなに濡れて締めつけてホントはいいんだろうが
だったらてめぇはただアンアン喘いでイッてりゃいいんだよ。
- 萎えそうになるのを振り切るようにアンナのそこを蹂躙し続け、やがて射精感が募る。
「オラァ! いくぞ!!」
「いやっ、やだやだぁ!!」
ホロホロもアンナも、セリフが単調になっていく。
余裕がないのだ。
それは行動にも現れてくる。
アンナは顔を青ざめて暴れたがホロホロは強引に押さえつけた。
「じっとしてろ!」
それでも拒むアンナに、今度は思い切り頬を張った。
ひっ、とからだを強張らせ、血まみれのそこが入れたときよりも格段に締まった。
腰を引きつけて中に出しながら、ホロホロは踏みつけていた葉に責められる錯覚に陥った。
おめぇは弱い、自分の夢を忘れて嫌がる他人の女を犯した、
妬いてんのをごまかしてうやむやにして女に逃げた、
はっきりさせるってことを勘違いしてる、
それに気づいてんのに曖昧にした。
おめぇは逃げたおめぇは逃げたおめぇは逃げた………………………………………………………。
- 突然、ホロホロは、取り返しのつかないことをした、と泣きそうになった。
葉の幻覚と合わせてアンナの充血したそこの部分を見て、自分の夢を思い出したからだった。
嫉妬の中に漂っていた、あるひとしずくが結晶となって目の前に現れた。
………フキ畑だ。そうだ、オレの夢はフキ畑だった。
だがもう遅かった。
夢に向かうどころか、とんでもないことをしてしまった。
道徳とか常識がどうのという問題ではなかった。
アンナの充血して硬く勃ったところが、どこかフキノトウと重なった。
そこは中だけでなく周りにも血を被っている。
拒まれたのを振り切って、無理矢理犯した破瓜の地が。
芽が伸びてフキ畑になる前に死んでしまった。
横道に逸れたから枯れてしまった。
結局曖昧にしてしまった。
結晶が砕けた。
ホロホロの頭の中からいろいろなものが遠のいていく。
両親とピリカが呆然としてコロロが持霊を離れ葉が蔑みアンナが憎んで恨み
たまおが哀れんでまん太が疎み蓮が呆れ阿弥陀丸と他の霊たちは無視し
小さなフキ畑がアスファルトに潰され残っていたわずかなコロポックルたちが完全に消えていく。
ホロホロは知らない間にブラウン管に閉じ込められていて、それを遠くから見ていることしかできなかった。
ブラウン管の中にはホロホロの他に、さっきここで喋くっていたハゲ頭の中年がいた。
中年がホロホロに語りかける。顔に貼りつけたような微笑みを浮かべながら。
熱意と誠意なんですよ熱意と誠意なんですよ熱意と誠意なんですよ………………………………。
- 「うおおぉおぉぉ!!」
ホロホロは、かっと目を開いて叫んだ。
叫びながら、さっきと景色が変わっていることに気づいた。
「おぉぉぉ!? ……………え?」
見回せば、いつの間にか『炎』の自分に充てられた部屋にいる。
「ど、どうしたの?」
部屋の端にはピリカが立っていた。驚き引いた体勢のままホロホロを見ている。
…………夢、か……何だよ、焦った………………………………。
「いや…何でもねぇ」
「そ、そう、ならいいけど…」
そんなわけないのだが、一応ピリカには言っておく。
ならいいけど、だけで兄の目覚め雄叫びにそれ以上踏み込まないピリカもどうかしている気がするが、
ホロホロには、それがとてもありがたかった。
そのピリカは何か隅の方でごそごそしていた。
よく見ると、外に行くような格好をしている。聞けばやはりそうらしい。
しかも驚いたことに、葉とたまおの買い物についていくのだそうだ。
「あ、お兄ちゃんも一緒に行く? どうせ暇でしょ?」
「いや、いい」
ホロホロは近づいてくるピリカにびくびくして答えた。
…いい、いいから、こっち来ないでくれ。
ホロホロは膝を折って膝に寄りかかった、寝ていたときの姿勢のまま固まっている。
それというものを、ある部分がすごいことになっているからだった。
…あんな夢、見ちまったからなぁ……。
そんなわけで座りながら立っているという二律背反な状態でいるのだった。
「そう、じゃ、私行くね。帰りは六時くらいになると思う」
幸い気づかれずに済み、ピリカは部屋を出て行った。
襖が閉まるのを見ながら、ホロホロはさっきの夢を思い出していた。
- いくら欲しいものを手に入れるとはいえ、ことセックスに関してそれは当てはまらない。
それこそはっきりさせなければならない。無理矢理する動物はいない。
ホロホロはそれを知っている。求愛して受け入れられなければならない。
だからダメな奴は切り捨てられて、きれいなものだけが残る。
そうしてはっきりしていくのだ。
夢の中でアンナは一度もいかなかった。
ホロホロの恋は本物ではなかった。
欲を持て余して本当の目的を忘れかけていた。フキ畑だ。
さっきの夢が現実になってしまったら、もうそれどころではなかっただろう。
しかしあれは夢だった。これからどうにもできる。
ただそれは、自分がせずとも何とかなる、とは違う。
そういう曖昧で世間任せな風潮は人を取り込んでしまう。あのハゲた中年はその代表だ。
逆に、夢は目的を遮る曖昧さを解消する。
濁りを取り払って結晶をつくる。
そして警告する。
はっきりしろ、と。
…そうだ、夢なんだ、フキ畑は、オレの。
夢を、ここでは「願望」という意味の夢を、あきらめてはいけない。
あきらめれば、取り込まれてしまう。
熱意と誠意を無駄なことに費やす世界に、取り込まれてしまう。
何もしなくていい、という誘いに、取り込まれてしまう。
そこから抜けるには、夢を、叶えなければならないのだ。
- いろいろ落ち着いたホロホロは手持ち無沙汰になり、部屋を出て一階へ降りた。
雨上がりなのか、吹き込んでくる風はひんやり湿っている。
廊下の窓から見える空は、真ん中を境に二分していた。
紺色にしんと静まり返って澄んでいるところと厚い紫色の雲に覆われているところ。
さっきまでは境をふらついたあと、その紫にいたのだ。
今、澄んだ空は一段と晴れやかに見える。
居間の方からテレビの音が聞こえてくる。妙に高い声と笑い声。
…もう、平気だ。
今のホロホロの頭にはフキ畑がある。
ホロホロは襖に手をかけて居間に入った。
気まずい空気の中、アンナが小さく笑った。
ホロホロはそんな姿を新鮮だと思った。だが――
フキ畑は、その笑顔の向こうにある。