浴場2

 

「あ、ハオ様」
まだ昼である。陽は高い。ハオ組のアジトに明りが強く差しこんでいる。
なのにハオは小脇に洗面器を抱え、そこにタオルやらシャンプーやらをつめて、
今から一風呂浴びようといった格好で、廊下の角を右左と折れている。
それをマッチが見つけ、声をかけたのだった。
「今からお風呂ですか?」
ハオにとって、日に何度か湯につかるということは日常であった。
マッチはべつだん、何の裏もなかったのだが、
この言葉が今回新しく彼女の心に裏をつくるきっかけになるのだった。
「ん? そうだよ、事の前にさっぱりしておこうと思ってね」
「事?」
半ば自分のボスに社交辞令をしただけなのに、
ハオは返しに思わぬモヤをかけてきたので、マッチはまた聞いた。
するとハオは二、三歩マッチのほうに近寄っていった。
マッチは純粋に、何だろう、という顔を向けている。
「こういうことさ」
対してハオは聞き返されるのをわかって行動を用意していたかのごとく、
不意をついてマッチにくちづけた。
「んっ………!」
マッチは疑問の余韻が残っていたので反応が遅れ、ちょっとしてから顔に血をめぐらせて目を見開いた。
「…え、えぇえ!?」
唐突だったからそのキスが何を意味しているかさっぱり、なんてことはなく、
反応までの一瞬でマッチは「事」が指すものを理解した。
ゆえにキスの後押しも加わり、血行はますますよくなっている。
「え、えと、それって…」
…これからするってことですか、と言うわけもなく、マッチは口ごもっている。
ただ単に間を置こうと思って口を開いただけだ。
そんな彼女の頭を駆けめぐっているだろう妄想にとどめを刺すべく、ハオは次いでこう言った。
「そうだ、何ならマッチも一緒に入るかい?」
 
アジトから少し歩くと小ぢんまりした温泉がある。
なぜ、というところに湿気で錆びて蓑虫のようになった弾丸が転がっている。
兵隊が療養していたのだろうか。あたりは独特のにおいがたちこめている。
そのにおいを含んだ湯気に肩から上を包まれながら、ふたりは胸から下を湯に沈めている。
無論服を着たまま入るわけがなく、ハオもマッチも裸である。
マッチの輪郭は多少湯気でぼやけ、どこが肌なのかわからないほどに白い。
その中に赤みを帯び始め、ようやく見分けがついた。
「どうした、そんな隅っこで。こっちへ来なよ?」
ハオが、肩を丸めてうつむいているマッチに声をかけると、彼女はびくっと顔を上げた。
湯に泡しぶきができてすぐ消える。マッチの顔が赤いのは湯のせいではないようだ。
まだ入ってからせいぜい一、二分といったところである。
「え、あ、は、はい! そ、その……でも…」
ボリュームをひねったように言葉尻が細る。そしてまた顔を伏せてしまう。
マッチは髪をおろしている。普段はまとめておくのだが、そんなことには気が回らなかったらしい。
頭を上げ下げするたびに、オレンジ色が揺れる。
ハオの前で肌を隠すわけにもいかず、さりとて、さらけ出すのもはばかられるように思えて、
マッチはしきりにからだをもじもじさせている。
だがこの狭い温泉では、お互い端にいてもたいした距離はとれない。
しかも食塩泉なので湯も濁ってはおらず、結局見えてしまう。
ハオにはそれこそ何度も何度も裸を見られ、からだを触られ舐められ、
そのうえあんなところにあんなものをあんなふうにされたりしてきたが、
こういう場所で裸になるのは、それとはまた違った雰囲気がある。
「でも?」
ハオでなくとも近づかない理由は誰にでもわかるが、マッチをからかってみる。
ハオは湯気の向こうにマッチを眺めて返事を促した。
「え、えと………」
「恥ずかしい?」
「………はい」
催促されてようやく言えた二文字は湯気に吸われて消えそうなほど小さい。
マッチの顔にさらに赤みが増す。
ハオは、またそこにとどめを刺すべく、温泉から上がりながら言った。
「そうか、じゃ、背中を流してもらおうかな」
 
どうしよう、とマッチは思っていた。
ハオの背中にタオルを当て、湯からあがったというのに顔を赤くさせている。
ここから出たら、あれが待っている。それに、もうすぐ背中を流し終わる。
…もしかしたら、ハオ様のことだから前とかも頼まれるかもしれない。
そんなことを考えながら、わざとのろのろ手を動かしている。
しかし、ふたり一緒に温泉などまるで恋人、ともすれば夫婦のようで、
マッチも少しはそういう下心があったりする。
無論ハオには筒抜けである。だからといって今、からかうつもりはなかった。
というより、湯の中にいた時からもう次を用意している。
「あの…終わりましたけど」
いろんな意味での時間稼ぎも限界で、マッチはハオに言った。
そして、どんな返事が来るのか構えている。
「そうだな、また背中をやってくれないか」
「え?」
先の三つとも全く外れたセリフだった。
「背中だよ。もう一度」
聞き間違いではないようだが、繰り返されてもマッチには意味がわからない。
ハオ様はのぼせてるんじゃないか、とさえ疑っていた。
しかしそんなことを言えるはずもなく、はあ、と曖昧に声をこもらせて再びタオルを当てた。
「ああ、違う違う、そうじゃない」
だがハオは止める。マッチはまた固まってしまった。
ハオの腹はなかなか要領を得ない。振り向こうともしない。背中で語られても困る。
「違うって…?」
「タオルじゃなくて、胸でだ」
「………え?」
胸で洗う。
ようやく意味がわかったが、今度はすぐにそれを受け入れられない。
その場面を頭が勝手に想像した。かなり異様な光景である。どこぞの店のようだ。
とはいえ逆らえないので結局はやるしかない。
ハオはそれきり黙っている。やるしかないようだ。
「は、はい……」
マッチはおずおずと、負ぶさるようにハオの肩を掴み、泡まみれの背中に胸をあてがった。
「……こう、ですか…」
ぎこちない腰つきで、胸を上下に撫でつける。
ハオは短く、ああ、と返した。
どうせ何と答えても、マッチはちゃんと聞き取れる状況ではないのだ。
まだほとんど経っていないのに、小さく呻いている。
自分のペースで緩急をつけ、胸をこする。
これは自慰みたいなものだ。
止まりたかったらそうできるのだが、マッチは時の起伏の波にのまれ、目を閉じて胸をこすりつけている。
ハオは背中に硬い感触をとらえていた。それから動きは止まるどころか速くなっていった。
しかし、それがピークに達しようというところで突然止んだ。
ハオが、自分の肩を掴んでいたマッチの手を叩いたからだ。
「マッチ、もういいよ」
マッチは跳ねるように、目を開いた。
あ……、と気まずくつぶやきながら、夢中になっていたことの羞恥を、下を向いて表した。
ハオは振り返って言った。
「よし、今度はマッチの番だ」
「え…? あ…それって、あの……」
あたしの番。つまり…、とマッチはハオに背中を流してもらっているところを想像して、少し顔を赤らめた。
同時に、まるで…、とさっきと同じ下心を持ったりもした。
無論、ハオには丸聞こえではあるが。
 
三分後、ハオはマッチの後ろに回ってタオルを当てていた。
マッチは椅子に座り、うつむいている。
どれくらい時間が経っただろうか。
いや、今あったように実際は三分のことなのだが、マッチには長く感じられた。
タオルで背中を擦られるという、単調な仕事は起伏がなく、時間の流れが緩くなる。
誰かと風呂に入るのはもちろん、ハオからこんなことをしてもらうのも初めてだ。
当然緊張からもきている。
そして、不意を衝くように、鋭い起伏をつくり、緊張の糸が切られることが起こった。
「あっ…………!」
ハオが、マッチの胸を、泡に包まれた手で、洗い始めたのだ。
「ハ、ハオ様……」
胸に置かれたハオの手を制するように自分の手を添え、
両脇から差し入れられた腕の動きを止めるようにからだを丸めて挟んだ。
ただ「ように」するだけで、強くはできない。結局はされるがままになっていることには変わりなかった。
「さっき、してくれた代わりだよ」
ハオは、マッチの耳元に顔を近づけて囁いた。
「んっ……、ま、前は、自分で………」
そう言いながらもやはり逆らえない。ハオは構わず洗い続ける。
下から掬うように揉み上げる。上まで行くと、手から、ぷるん、と胸がこぼれた。
そのたびにマッチの口から声が漏れる。
何度もしているうちに、胸の先がさらに硬く上を向く。
ハオはそこを丹念に洗う。
「んんっ…! ひぁ…ん……っ!」
もうマッチはハオの動きを憚ろうとはしなくなっていた。
そうしたところでハオが手を止めてまたつぶやく。
「マッチ、僕も前を洗って欲しいんだけど」
マッチが息を荒げ、とろんとした目でハオの方を向いた。
いつの間にかハオの分の椅子がある。
マッチは自分の椅子から立ち、ハオと向かい合って背中に手を回し抱きつく形で、
前のように泡の胸をハオの胸にすりつけた。
「あ…ん、はぁぁ……っ」
特に言ってもいないのに胸を使っている。
マッチの態度は背中の時とは全く違っている。
「いい子だね、マッチは」
ハオはそんなマッチに、子供をあやすみたく頭を撫でた。
マッチの髪は乱れて背中や頬までに張りつき、それがはがれてまたついた。
それほど激しく動いている。
その激しく上下する尻に、ハオのもたげ始めたモノが弱く当たった。
「あ…………」
夢中になっていても、そういうことはわかるのだろう。
マッチは止まって、請うような目でハオを見つめた。
「どうしたんだい?」
心が読めなくともわかることを、ハオはわざと聞いてみる。
マッチはうつむくと同時に、背中へ回した手に少し力を込めた。
「あの………」
「今、したい?」
「………はい…」
マッチの頬は羞恥やら興奮やらで真っ赤になっている。
ハオは、そこに軽くキスをした。
今までの格好からマッチは腰を浮かせ、ハオはその空きに自分のモノを立てた。
あとはマッチがまた元の体勢に戻るだけだが、なかなかそうしようとしない。
今になって、外でしていることが気になるらしい。
横は背の高い木に視界をふさがれているとはいえ、ここは露天。
縦はがら空き、その一方は向こうが海だが、反対側には平地が見える。
つまり平地にいれば見えてしまうわけである。
まあハオを覗くなど太陽を望遠鏡で見るようなものだ。目玉焼きができる。
それどころか、アジトに近づく者すらいないのだ。
なので誰からの視線も気にすることはない。
だがそれで、はいそうですかとはいかぬのが人の性。
逆接の接続詞をつむいでは時間をつぶす。
誰かが言ってやらないと、もしくは実行に移してやらなければ、いつまで経っても、
だが・しかし・とはいえ、である。
それをマッチが四週したあたりで、ハオが言って、してやった。
「ほら、早くしないとからだが冷える」
「あぅっ………!」
ハオはマッチの腰を掴んで、五センチほど入れて止めた。
マッチはハオに抱きついて、急な刺激に声を震わせた。
まだ慣れてはいなかったが、ハオが手を離したので彼の腿とマッチの尻とが音を立てた。
「ぅぁあああっ…!」
マッチはさらにからだを痙攣させた。
それでスイッチが入ってしまったのか、すぐに腰を持ち上げ、帰りは自重に任せて滑り落ちた。
「んっ……ああぁっ!」
ハオもそれとは逆に、腰をゆするように上下させた。
摩擦係数が、ぐんと上がる。
そういったものさしでは量れない感度も高くなっていった。
「はぁっ……く……んんっ、ふぁぁっ!」
マッチの胸がこすれて、そのたび泡が生まれる。
ふたりの合わさったところには、石鹸かわからない泡ができている。
そして胸の泡がすべて下へ流れたころ、粘液のはじける音が、いっとう高い喘ぎにかき消えていった。
 
陽が少し傾き、木の影が長く温泉に伸びた。
ふたりはその湯につかっている。
初めと同じく、マッチはハオからできるだけ離れてうつむいている。
スイッチが切れた証拠だ。だが顔はいまだに真っ赤なままである。
言わなければ溶けるまで入っていそうだ。
さっきの痴態…は言い過ぎかもしれないが、それを撮影して見せたなら本当に溶けてしまうだろう。
あのあとはマッチがねだって、三回も流しっこをしたのだ。
しかもすべてマッチが上だった。
マッチは、紛らわそうと他のことを考えたが、お風呂から出たらまたするのかな、
とか何とか他の『事』に想像が辿りついてしまう。
ふたたびそこから逃げては、また壁にぶつかったりしていた。
これでは淫らな八方ふさがりである。マッチの顔はますます赤い。
そんな姿をハオは楽しそうに見聞きしている。
まあ、これがいつものことではある。
そしていつも通り、ここでハオがからかうのだ。
「そろそろ出ようか」
ハオはわざと湯を騒がして立ち上がった。マッチはしぶきに弾かれてその方を向いた。
「そしたら、今度は僕が上だな」
「え……?」
初めぽかんと空をさまよっていた目が、ハオの股間に止まってしまう。
それから、はっと気づいた顔になる。
マッチは、ぶくぶくと顔を沈め、湯の中へと、溶け込んでいった。


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