■初夜
- 夜。仄かに黄色い光を伴って、まだ幾らか青みを残している空に月が浮かんでいる。
細切れの細長い雲がそれを取り囲むように伸びているさまは、これから起こらんとする情事を暗示しているようだった。
「…ちゅ…ちゅぷ……」
…今日だけは一緒に寝てもいいよね、とアンナは言った。
明日は、SF本戦が始まる日―――即ち、今日は葉がこの民宿「炎」での暮らしを終える最後の日である。
もしかしたら今夜が一緒に居れる最後の日かも知れない。
ふと朝方、体温を計って気づいた。奇しくも体温計は、低い目盛りを示していた。
いや、起こるべくして、だろうか。
アンナは、自分が如何で麻倉家の許嫁になったのか―――それまで一抹の不安で隠していた、その理由を呼び起こした。
…麻倉の、あくまでシャーマンとしての血を絶やさないため。
そして、今日がそれを果たすべき日。アンナはその課せられた使命を感じていた。しかし―――
…そうではない。私は切に葉のことを愛している。
その愛が明日で途切れてしまうのは想像を絶するものだろう。
どこかで葉と繋がっていなければ耐えられない。その繋がりとして、子を残す。
そして何より、慰め種として抱擁が欲しかった。
…今日という日は、そのためにある。
そう心に決め、不安を拭い葉の部屋へと向かった。
そして今、この状況に至る。
- 寝床に入った二人は、どちらとも無く唇を重ね合わせた。
初めてのキス。その官能的な触感は、二人に時間を忘れさせた。
「ちゅ……ん…んんっ……」
最初は口を啄んでいただけだが、葉からの舌の侵入によりさらに深いものとなっていく。
歯がかちかちと音を立てて搗ち合う。それは唾液の混ざる音に次第に消えていった。
「…ん……ぷはぁ……」
顔を離す。
名残惜しむかのように、まるでこれからの二人の決別を指すかのように、互いの唇との間に架かっていた唾液の糸が細くなって切れる。
その時の事を想像してしまったアンナの目の端から涙が奔る。そしてそのまま葉の胸に顔を埋めて咽ぶ。
葉はアンナの腰に腕を回して抱きしめる。胸の中からは切れ切れに嗚咽が響いてくる。
手を緩め体を下げて、視線の位置を合わせる。
「見ないで……よ…」
鼻をスン、と鳴らして腫れぼったくなった目を背けようとする。
「きゃ……!」
不意に強い力で体が引き寄せられ、思わず高い声をあげる。そのまま唇を奪われる。
「可愛い……」
四年前に心に流れてきた言葉。
それが今初めて葉の口から発せられた。その言葉に心を動かされ、さらに涙を誘発させる。
「お、おい……オイラなんかまずいこと言ったか?」
「……バカ。違うわよ……」
心配してまた顔を覗き込んで来た葉に、唇を重ねた。
「んっ……ちゅ…ちゅ……」
三度目のキス。貪るように舌と舌を絡める。暫くして唇を離す。もう涙は出なかった。
「…ぁっ……!」
気持ちを確かめるようにアンナの胸を浴衣越しに摩る。
「いいか?」
「……うん」
- 了解を得た葉はアンナの腰帯を緩めて、そこから上だけを捲るように脱がす。無論下着を着けていないので、半裸の状態になる。
殆ど凹凸のない上半身が外気に触れる。自己主張するかのように乳首が痛々しいほど勃っていた。
月明かりを受けて透き通るように白い肌がぼんやりと光を帯びる。
肌の乳白色と乳首の薄桃色の調和がいとけなさを残しながらも艶っぽい。
その肌理細やかな肌に、吸い込まれたように見入る葉。
「…っ……いつまで…見てんのよっ…」
舐めるような視姦に耐え切れず、胸元を覆い隠そうとするアンナの手を葉が制する。
いやいやと掴まれた腕を振り解こうとするが、葉の腕力には適わず、諦めて目を伏せる。
「もうっ……おバカっ……!」
耳元まで染めて恥じらうアンナを見て、揶揄するように薄笑う葉。
「……じゃあ、どうして欲しいんよ?」
「…な……それは…」
意表の問いに吃るアンナ。
心の中では答えが出ているのだが、そんな事は言えないとばかりに口を閉じる。その欲望を代弁して葉がささめく。
「…触って欲しいんだろ?」
「…………うん」
消え入りそうな掠れ声で答える。さらに顔が紅潮する。
- 葉の手がアンナの臍の上あたりに触れる。こそばゆいのか躰を震わせる。
そのまま胸元へと手を滑らせていく。躰が先より大きく震える。待ち焦がれていたような声を上げる。
「……ぁぁっ…!」
驚くほど滑らかで柔らかい胸を夢中で愛撫する。手を往復させる度に嬌声を上げるアンナ。
いつもは強がって突っ慳貪なアンナが自分の前で善がり喘いでいる様を見て、葉は異様な昂りを覚えた。
隠れていたサディズムに似た感情が芽生えてくる。葉は愛撫の手を休めず、アンナの反応を観察する。
大きく反応を示すところを見付けてはそこを重点的に攻める。さらに躰を跳ね上がらせて善がるアンナ。
右乳首を吸い上げ、右手で左胸を撫で回す。
「あぁっ…! いぃぃ……!」
「気持ちいいか……?」
乳首を含みながら尋ねる。同時に歯の振動が乳首に伝わってアンナを刺激する。
「………喋らないでっ…あぁ…んっ…!」
葉の頭に手を回し、引き寄せる。葉の顔がアンナの胸に埋まる。
葉はその微妙な柔らかさに思わず顔を擦り付け、鼻から大きく息を吸う。
「やあぁぁ……! ち、ちょっと、葉…!」
胸元を通り抜けるひんやりとした空気のこそばゆさに葉の顔を引きはがす。
「可愛い…アンナ……」
「おバカ……」
そしてそのままキスをする。
「こっちも、いい?」
思い出したようにまだ覆われている下半身を見る。アンナが小さく頷く。
それを確認して帯を解き、浴衣を完全にはだける。アンナは一糸纏わぬ姿で浴衣を背に敷く状態になった。
露わになった半身をまじまじと見つめる葉。恥丘にはまだ産毛しか生えていない。
秘所はヌラヌラと妖艶な光を放ち、陰梃は十分に充血している。
アンナの顔が今までにないくらい紅く染まる。葉の性欲も最高潮に達する。
「アンナ…オイラもう、我慢、できねぇ……」
ともすれば暴走しかねない性欲を必死で抑え、絞り出すように低い声で語り掛ける。
「…葉の…好きに、して……」
アンナも我慢ならないようだった。葉の足が自分の腿に触れるだけで愛液が滲み出る。
- 葉も全裸になる。腰の下に付いた薄桃色の器官は血が巡り臍まで反り返っている。それをアンナの秘所に宛がう。
これ以上の前座が必要ないほど、アンナの秘所は濡れている。ひとたび挿入したなら、するすると入ってしまいそうだ。
アンナの表情が強ばる。
「怖いか…?」
葉が宥めるように聞く。アンナは首を小さく横に振った。
寧ろ今のアンナは恐怖よりも欲情の方が勝っている。
それを見て葉は腰を沈めていく。鈍い音を立てて肉を掻き分けていく。アンナが悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げる。
ぬらりとした襞が葉の怒張した肉棒に絡みつく。刹那、足腰の力が抜け、肉棒がそのまま一気に根本まで押し込まれる。
「あ、あああぁぁっ!!」
その快楽の衝撃で達してしまうアンナ。
「全部入った……」
腰を震わせながら葉が呟く。アンナは、はあはあと息を荒げて絶頂の余韻に浸っている。
- アンナの締め付けに肉欲が耐えきれず、赴くまま腰を動かす葉。
「……あぁっ! まだ、動かないでよっ……!!」
「悪い、もう止めらんねぇ……」
アンナの言い分に構わず抽送を始めていく葉。感度が高まっているアンナは、高い嬌声を上げ、腰を善がらせる。
「や、やあぁぁ……!」
アンナの肉壷は容赦なく暴れる肉棒をぎゅうぎゅうと締め付ける。
腰を往復させる度、愛液が結合部から止めどなく湧く。
アンナは葉を両腕で抱き締める。乳首が葉の胸板で擦れ、二人の息が互いの首筋にかかる。
「いぁっ……よ…んんっ…!」
葉の名を呼ぼうとするが、躰の中心から湧き起こる喘ぎ声と喉元で響き合い、掻き消される。
絶頂が近いことを知らせるように背中に回した腕の力を強め、爪を立てる。
「ああぁ……!! も、だめ……!!」
「わかってるっ……!!」
それを理解し、抽送に拍車を懸ける葉。
肉同士が打ち当たる音が大きくなる。呼応して、二人の喘ぎにさらに熱が隠る。そして―――
「あ、あああぁぁぁ…!!」
「くぅっ! あぁ…っ…」
幾許もなく水音が止む。だが声は止まらない。二人は同時に絶頂した。
膣内の筋が葉の精を残らず絞り出すように蠕動して締め付ける。腰を痙攣させて快楽に酔う二人。
月の廻りの断雲は、いつ知らぬ間に一つを残して消えていた。
- 雀だろうか、鳥の囀り響動む音と腰の痛みで目が醒める。
隣で寝ていた葉の姿がない。
アンナは夜の記憶を巡らす。昨夜から日を跨ぎ三回したまでは覚えている。
文字どおり疲れ果て、風呂に浸かってから再度二人は寄り添って寝床に入ったのだった。
首だけ動かして辺りを見回す。葉が更衣をしている後ろ姿が目に入る。
視線を気取って振り返る。アンナは空寝を決め込んだ。
葉は首を戻して上着を羽織り春雨を付けたリュックを背負う。
扉のノブに手を掛ける。暫く立ち止まってから独り言のようにこう言った。
「じゃ、行って来るぞ」
扉がゆっくりと、音を立てずに閉まる。アンナは泣いた。
込み上げてくる涙を堰き止められなかった。涙珠が枕に染みを作る。漏れそうになる嗚咽を必死で嚥下する。
…約束、裏切ったら絶っっ対、許さないから。シャーマンキングになって、生きて帰ってきなさいよ。
そしたら、ぶん殴ってやる。
四年前、青森で別れて今度は東京で再会した。次はどこで出逢うのだろう。
アンナは葉の残り香のする掛布団を抱き締めた。