遥かなるオーガズム

 

オラクルベルが鳴った。ハオからの電話だった。
『マッチ、今から部屋に来てくれ』
理由は解っていた。この時間に掛かってくる電話は決まってそれだった。
夜が更け、虫が鳴く頃になると、マッチはベッドの上でオラクルベルが鳴るのを待つ。
喧々と鳴く虫の声を電子音が引き裂く。マッチの心はグジャグジャに掻き回される。
またか、という呆れと、躰から自発する性欲から来る悦びと、
自分が人形にされているという絶望と、もしかしたらほんの少しでも愛してくれているのではないか、
という期待が順々に沸き起こり、相反し、乱れ、悩ませる。
しかし、機械的な音により現実に呼び戻され、結局は従うしかないのだ。悩むのを解っていても、何故か連絡を待ってしまう。
マッチはベッドから腰を持ち上げ、いつもより重い扉を開けた。その次の瞬間、混沌としたものが頭の中から消えた。

「あ!マリちゃん」

同時に隣の部屋から出て来た見慣れた少女にマッチは目を瞬いた。
マリは悪戯がばれた子供のような顔をして、いつも通り少し重たい声で口を開く。
「……マッチ」
「どこいくの?」
マリは暫く黙った後、答えた。
「ハオ様のところ……」
それを聞いてマッチは、今日は別の用事で呼ばれたのか、という安堵の後に、未練たらしい思いに駆られた。
……あたし、嫌らしいのかな。
ともすれば落ち気味になる声で返す。
「あたしもなんだ。マリちゃん一緒に行こう!」
そう言ってマリの横に並ぶ。
「うん……」
いつも一緒に居るときとは違う、暗いマリの顔を、マッチは不思議になって覗き込む。
その表情は何度か見たことがあった。
…そういえば最近よく見る顔だ。
気になってはいたが聞かなかった。何となく解っていたのだ。
自分にもあるから解る。他人には言いづらいことなのだ。ましてやマリにとっては。
マッチはむず痒くなった腿のあたりの意識を払いながらマリと二人でハオの部屋へと向かった。
 
…なんだ、今日は違うのか。
マリも同じことを思っていた。嫌悪、羞恥、残心。様々な感情が入り乱れる。
しかし、なにも纏わぬ下腹部に感じる冷たい空気によって現実に呼び戻された。
マッチの隣で下着を穿いていないことを意識してしまい、恥ずかしかったのだ。

歩を進めるにつれて施設独特のきな臭さが強くなってくる。
…そういえばカナは呼ばれてないのかな。
その煙草のやにに似た臭いでマリは思い出した。
大体、普通は花組という、ひとつの固まりで呼ばれるときは一斉に召集が掛かるはずである。
しかし、今日はマッチも来るのを知らされていなかった。何故二人だけが呼ばれたのだろうか。
硝煙の臭気のせいか息が詰まりいやな感じの不安が募る。コンクリートを叩く音さえも耳に入らなくなってくる。

「マリちゃん、着いたよ?」

突然のマッチの声が耳を突き、少し肩を震わせる。心配そうな面持ちで覗き込んでくる。
「あ……うん」
積年の付き合いでそれとなく解っているのだろう。マッチはそれ以上踏み込んでは来なかった。
そのことに少しほっとして扉に向かう。

マッチが扉を二回叩いた。その音が嫌に頭に残った。
 
マッチが扉を開けた。ハオは黒くくすんだ壁に、くっつくようにして置かれている椅子に座っていた。
「なんですか、ハオ様?」
「ん? あぁ…」
その時、マリが入り口の横から顔を出した。怪訝そうな顔でハオのことを上目遣いに見ている。
「ああ、二人一緒か。丁度いい」
「?」
マッチも顔を曇らす。
「どっちかが来るまで二人でしてようと思ったけど……丁度いいや。最初から三人でやるか」
「??」
更に訳が解らなくなる二人。
「するって、何をですか?」
「何って、セックスだよ」
ハオはさも当たり前のように答える。

「…………!! ええっ!!」

余りに唐突なことに、頭の中から『セックス』という単語を探すのに時間が掛かった。
「そ、それって、どういう……!」
マリをちらちら見ながら、マッチがひきつってうまく呂律が回らない舌を動かす。マリも目を見開いて呆然としている。
そのマリの顔を見てはっと気付いた。マリも時々マッチの顔色を窺い、気まずそうな目をしている。
…そっか、マリちゃんも……
羞恥と驚きでいっぱいの頭に、嫉妬のようなものが芽生えたが、それはハオの低いゆっくりとした声ですぐに枯れた。
「……いやなのかい?」
その問いにマッチは、そんなの当たり前です、と言おうとしたが、声に出なかった。ものすごい圧迫感が喉にかかり、言葉は強制的に嚥下された。
ハオの表情は冷たかった。背骨に氷を詰め込まれたような幻覚に襲われた。
ハオの表情が沈み、信じられないほど目の色が冷たく変わる。一瞬にして消されてしまいそうだった。
それをマッチは一度見たことがあった。生理を理由に、性交を拒んだときだった。
その時を思い出してか、本能が訴える。逆らうな、と。
「い、いいえ……」
マリからの否定の言葉はない。マリも同じだった。今にも泣き出しそうな顔をしている。
ハオは冷たい表情を崩し、口を端を歪めて、静かに微笑んだ。
「それじゃ、服を脱いでもらおうか」
ハオが目を細めながら言う。
「はい…………」
恥ずかしいことこの上なかった。二人とも互いに肌を見せあうことなどなかった。
昔にはあったかも知れないが、記憶を辿ると、あの嫌なことも思い出してしまいそうだった。

魔女狩り―――そう、それがあってハオと出会い、またマリとカナとも出会ったのだった。
ハオに与する者同士というよりも、友達、という感覚が強い。
二人と逢えたことで、つらい出来事を忘れられ、信じられないほど明るくなれた。そう、思っていた。
だけど今の状況は何なんだろう。マッチは訳が解らなくなった。
共に知れ合った仲だから余計に恥ずかしいのだ。しかし今はハオのほしいままにされている。
いや、自分から望んでいるかも知れない。だから本気で逆らえなかったのかも知れない。
マッチはそんな感情がよぎったことを自嘲した。
…やっぱり、あたし、どうしようもない。抱かれてないと駄目なんだ。こんな状況でも。
そう思い、快楽に溺れた躰から服を剥いでいく。後ろからもしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてくる。
…あたしだけじゃないんだ。
マッチは少しほっとした。そう、ほんの少しだけ。二人が裸であることに変わりはないのだ。
マッチは気になって、静かに首だけマリの方へと向けた。
マリは裸足で、そこから伸びる羚羊のような脚が、白く程良く肉付いた艶やかな尻から上を支えていた。
余計な肉が無く締まった腰から上に、背中がしなやかに伸び、項の辺りが妙になまめかしい。
マッチはマリのその幼さを残しながらも綺美娟雅な後ろ姿に、女ながらに見蕩れていた。
視線に気付き、マリがこちらを向いた。マッチは顔を伏せた。
ちらっと見えたマリの頬は、白い躰に相俟ってひどく紅かった。
そうして初めて、マッチは自分の顔がひどく熱くなっているのに気付いた。

一刹那、その熱を、冷たいハオの声が凍て付かせた。
「二人共こっちへ来い」
マッチを股の間にしゃがませ、ベッドに腰掛けながらズボンを脱ぎ、
だらしなく腰に下がっている浅黒い器官を顔の前に突き付ける。
マッチは言わんとすることが解ったらしく、辿々しくもそれを咥えて扱き始める。
更にハオは、そのさまを手持ち無沙汰に端から見ていたマリを右膝に座らせ、手を回して胸を愛撫し始める。
「…………っ!」
マリはマッチの目の前で声を出すのが恥ずかしく、必死で抑えている。
それを感じ取ったハオは、左手を胸から離し、秘裂へと潜り込ませた。
「……んっ……ぁ!」
指を動かす度に声が漏れ、手に握り締めたシーツの皺が深くなる。容赦無くハオの愛撫は続く。もはや堪えるのは限界だった。
包皮から飛び出して充血している陰核を擦られた瞬間、穴があき、浸水したダムのように、次第に喘ぎが高くなり、ついには一気に押し寄せた。
「……あぁっ…! ああぁっ!」
マッチはマリの官能的な喘ぎが耳に入り、口の動きが疎かになりがちだった。ハオはマッチに命令する。
「マッチ…胸でもしてくれ」
マッチは我に帰り、言われたままハオのモノを胸で挟み込んだ。マッチの胸は、未成熟、という程でもないが、
それでもハオの熱り立っている状態を完全に纏うには足りず、胸いっぱいを使って挟むには乳首が当たってしまう。
結果敏感な部分を擦り付けるようになるため、計らずとも声が漏れる。
「んっ…ふっ……ぁぅっ…!」
扱き続け、次第に胸の谷間が汗ばみ、滑りが良くなる。マリの秘所からも愛液が溢れ、ハオの膝を浸していく。
そうして二人の甘美が昂り合う中、それに引き起こされ、ハオの射精感も募っていく。
「マッチ……出すぞ!」
そう言ってマリの陰核を強く摘み上げた。

「ひゃうっ…ぃあああああぁぁ……!!」
「くっ……!」

二人はほぼ同時に達した。ハオの精がマッチの咥内を満たしていく。
「んんっ…! んっ……」
目を瞑って、苦みを伴い口に広がる精を飲み下す。
マリはハオの胸板にもたれ掛かり、絶頂の余韻に浸った。
マリの躰が震えた。ハオが首筋に口付けてきたからだ。
ハオは唇を割って舌を出し、首から肩、そして脇腹へとなぞっていく。
マリは腿を震わせ、くぐもった息を漏らす。
「いい感じだ…」
そう言ってマリをベッドへと導くように優しく押し倒した。
マリは目を瞑ってハオが来るのを待っている。しかし、ハオの行動は予想とは違った。
「え…? ハ、ハオ様!?」
ベッドのスプリングが軋んでギリギリと音を立てる。耳の近くには手であろう、気配がした。
マリはゆっくりと目を開いた。しかしすぐには事態が飲み込めなかった。
視界に写ったのは、こともあろうにマッチの顔だったからだ。
……………え?
マッチと目があった。自分も同じ顔をしているのだろう。
その目は恥ずかしさの中に、困ったような色が浮かんでいた。
この状況が掴めず、また逃げられないでいるという表情だ。
マッチはマリに四つん這いで覆いかぶさっている状態だった。まるでこれから交じり合う男女のように。
どうしていいか解らず、マッチは顔の位置こそ定まらないが、視線は度々マリに向けられている。
マリは恥ずかしくてたまらなかった。ハオに見られているのとはまた違う、その視線に。
目を背けようとした時、マッチが嬌声を上げた。
「あっ……! ぁぅっ……!」
「なんだ、もうこんなに濡れてるのか」
ハオはマッチの後ろに膝を付いて座っていた。
「このままでも十分だな。見られてるのが嬉しかったのかい?」
マッチに聞こえるようにわざと音を立てて秘所を指で掻き混ぜる。
…そうかも知れない。
マッチは羞恥で覆われて曇りがかっていたその感情を、ハオの言葉で掬い取られた気がした。
ハオに愛撫され、嬌声をあげていたマリを見て僅かに嫉妬のようなものが芽生えたのだった。
同時に、ハオに性感を与えているときには些かな優越感が心の底に湧いたのだった。
…ハオ様はどっちの方が好きなんだろう。
そんな想いはすぐに果無事ととなり消えた。どちらも愛していないのに気付いたからだ。
愛しているなら二人を部屋に呼ぶはずがない。飽くまで自分の欲のためだ。
自分の欲のため―――それはマッチも同じだった。
ハオが先端を、秘裂を割って入り込んできた。
感じている時はその心の問答を忘れて欲に溺れている自分がいるのだ。
マッチは自嘲した。ハオが腰を揺すり始める。嘲りは次第に喘ぎに変わっていった。
「ああっ…! あぁ……んっ!!」
躰を支えていた腕の力抜け、肘を付く格好になった。マリの顔がさらに近くなる。
「あっ……!」
不意にマリが高い声をあげた。マッチの乳首と自分のそれが擦れ合ったのだった。
マッチの躰が前後に動き、形良い乳房が揺れる度に、ぴんと勃った乳首が互いに触れる。
マリは耐えられなくなり、自分の秘所を弄った。
「あっ……んんっ……」
「…マリ、我慢、できないのかい? 待ってなよ…もうすぐ、終わるからさ……」
ハオの言葉通り、マッチの限界が近付いていた。
ハオは腰の動きを激しくする。マッチもさらなる快感を求めて自分から腰を動かす。
マッチの艶やかな髪が揺れる。
「ああっ……ああああぁぁ…!!」
「……うっ…!」
今度は下の口に精を吐き出す。その中は精液を残らず搾り取るように蠢き纏わる。
ハオが精にまみれた肉棒を抜く。掻き出され混ざった愛液がマリの内腿に滴る。
マッチは目を瞑り息を荒げ、絶頂の余韻に浸っていた。目尻には涙が溜まっている。
マリはマッチの腿の間から覗くハオのモノを見た。
それは萎えることを知らず、まだ物足りずにそそり立っていた。
マリの性欲もそそられた。下半身が疼き、快楽を欲している。
ハオが両足首を掴み、肉棒をマリの秘裂に宛がうと、一気に滑り込ませた。
「ああぁぁ…! いぃ……」
待ち焦がれていたような声を出す。ハオは抽送を始める。
マリの双乳が円を描いて揺れる。
「ああっ…! はぁっ……!」
今まであった惨めさが突かれる度に露と消え、もっと快感が欲しくなった。
そんな時、マッチが物欲しそうに自分のことを見つめている気付いた。
肌が上気し、顔が火照り、睫毛が長く、いつもぱっちりとしている目はとろんとして、
息をする度さらさらした橙色の髪が靡く。
それは未だかつて見たことがない、女らしい、艶っぽい表情だった。
マリはその魅力に衝き動かされ、シーツを握っていた手を、マッチの首に回して引き寄せキスをした。
「……んんっ!? ま、マリちゃん…」
マッチは驚いたが、舌を入れると応じて自分のものを差し入れてきた。
「ん…ちゅぷ……はぁ……」
先端が堅くなった乳房は互いに押しつけ合い、擦り合って快感を共有した。
マッチはマリの右手を自分の秘所に導き、愛撫を求めた。
マリは秘裂に指を入れ掻き混ぜ、包皮から顔を出している陰核を摘んだりして要望に応えた。
「あぁっ……んっ…!」
ハオからマリへ、そしてマリからマッチへ。甘美は三者の躰を流れる。

「マリ、いくよっ……」

それはハオの絶頂で解き放たれた。

「ああああああぁぁぁぁ…!」

部屋全体をオーガズムが包み込んだ。
 
ハオは窓から外の景色を見ている。空気が乾燥しているので、今夜は星がよく見える。
窓が人工的な光を反射して、二人の少女達と真っ暗な外観を二重写ししている。
マリとマッチは寄り添うようにして一つのベッドで静かに寝息を立てている。
虫の声が響く。さっきまでの部屋の喧噪さが嘘のように感じられた。

…さすがに二人相手じゃ疲れるな。

ハオはカーテンを閉めて音を立てないようベッドに腰掛ける。
二人の寝顔は穏やかそのものだった。だが、もう一人、カナが欠けていると変に違和感を覚える。

…今度は四人でやってみるか……

全く懲りてないハオであった。


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