■言霊
- 「でもあたしはそれ以上に……! この男を愛してしまった」
――――あれから三年。
アンナと民宿『炎』で、いわゆる、同棲するようになってから早一ヶ月。
オイラだって男だ。アンナも女の子だ。
年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしてたらムラムラすんのは当たり前だ。
自分でもよく抑えてたと思う。けど…
…だめだ…もう我慢できねえ……
サラサラした髪、ぱっちりした瞳、細長い肢。上げればきりがない。
もうあいつを見てるだけでどうにかなりそうだ。
アンナはそんなことを知る由もない。だいたい服装からしてやばい。
黒いワンピースが白を引き立てて、握れば折れそうな腕が伸びる。
下なんかもう少しで見えそうだ。
そういうのがいちいちオイラを囃し立てる。
「…なに?」
そう言われて初めて、自分がアンナを見つめていたのに気がついた。
聞かれても困るので、テレビを見ている振りをして誤魔化した。
「なにが?」
「なにがって……なんでもない」
ぷい、とアンナはテレビの方を向いてしまう。横顔から覗くほっぺたが少し赤い。
照れてやんの……ああもう後ろから抱きつきてえ。それからああして…
…あ〜だめだ、二人きりだと変なことばっか考えちまう。
こんな時は風呂入ってすぐ寝ちまうのが一番だ。
じいちゃんももっとこういうこと考えてくれよな…って、これでいいんだった…
- 窓から射す日で目が覚めた。時計を見る。……早く起きすぎたな…
かといって二度寝するような時間でもねえし…しかたねえ、起きるか…
部屋を出る。すぐそばにあるドアの向こうにはアンナがいるはずだ。
…さすがにまだ起きてねえよな。どんな寝顔かな……可愛いだろうなぁ…
見てみたい、という欲望を抑えて、朝飯を食べに下へ降りた。
飯を食った後、顔を洗って、歯を磨き、また二階へ上がって制服に着替える。
のろのろしてたせいか、もうすぐ出る時間だ。でもアンナは一向に起きて来ない。
…起こしてやんないとまずいよな。ぶっとばされる。
部屋を出てアンナの部屋のドアの前に立つ。
「おおい、アンナ、もう起きねえと遅刻しちまうぞ」
………起きる気配はない。
妙に胸がドキドキする。これで部屋に入る口実が出来たような気がした。
ドアノブに手をかける。なかなかノブが回らない。自分の中の欲望と理性が戦ってる。
…行っちまえ……!
- ドアがガチャリと音を立てた。おそるおそる開いていく。
目の前に広がった光景は予想通りだった。
………………
金色の髪は投げ出され、掛け布団をはだけて、そこから白い肢が伸びてる。
息に合わせて体が上下する度、腿がちらちら覗く。思わず息を呑んだ。
もっと近くで寝顔を見たい。足が勝手に動く。こりゃ完全に欲望の勝ちだ。
敷布団に腰を下ろし、添い寝するような形でアンナの顔に魅入った。
閉じられた瞼から長い睫毛が伸びている。彫りの深い顔、柔らかそうな唇。
今度は腕が勝手に動いてアンナのからだを取り巻いて、気が付いたら、抱き寄せてた。
鼻息が顔に当たってこそばゆい。髪からいい匂いがする。あたたかい。
アンナの心臓の鼓動が伝わってくる。自分の鼓動が速まっていくのがわかる。
…やわらけえ………
女の子のからだがこんなにやわらかいとは知らなかった。抱き締めれば潰れちまいそうだ。
「……ん…」
アンナが眉を寄せて寝返りを打とうとする。オイラは腕に力を込めてそれをとどめた。
「…んん……」
ゆっくりとアンナの目が開かれていく。と思うと半ばで一気に開いた。
「…え…? 葉…?」
なにがなにやら解ってない感じだ。オイラの顔の上から下へと目を動かしてる。
二往復したところで布団が跳ね飛ばされた。ものすごい力で腕を振り解かれる。
「………!! な、なんであんたがここにいるのよ!」
壁に背を押し付けて、胸に手を重ねて言う。顔が真っ赤だ。
…ていうかなんか言い訳しないと。
「…え〜…と、起こしに来た」
「バカッ! さっさと出てってよ!!」
…なんか大変なことになってないか?……とにかく、逃げよう。
「わ、わ、痛いって!」
オイラは急いで部屋を出た。押入れ中の枕の投擲と罵声を浴びながら。
…こりゃ、まずったな……
- ――――というわけで今、学校にいる。もちろん、一人で来たんだが。
……やべえな…どんな顔して過ごせばいいんだ…
大体なんであんなことしちまったかなあ…?
アンナがあんまり綺麗だったから、それで…つい……体が…
ああああ! なんてことしちまったんだ!! オイラのバカ!
…でも、気持ちよかったなあ………
「葉くん」
うお、びっくりした。小さいから気付かんかった。
「おお、なんだまん太」
「どうしたのさ、顔赤いよ?」
「あ? ああ、いや、べつに?」
そんなこと聞かれても困る。ていうか顔に出ちまったか…
ガラッ
………来た。赤面の原因が。
「…………」
目が合った。けどすぐ逸らされた。完全に怒ってんな…
つうか顔赤くすんな。こっちまで恥ずかしい。
「葉くん、アンナさんとなんかあったの?」
心配そうな顔でまん太が聞いてきた。傍から見てもわかるか…
「? なにがだ?」
オイラはなるべく平静を装って上ずりそうな声で答える。
さすがに「抱き付いた」なんて言えん。
これでも学校の奴らには同棲してることは伏せてる。
「いや、なんか二人の様子が変…」
まん太の言葉はチャイムに掻き消された。オイラにとってはラッキーだった。
これ以上朝のことを思い出しちまったら恥ずかしくて適わんもんな…
さて、これからどうするか……
- 結局学校じゃ一言も喋らんかった。
もともと学校じゃあんま話さないけど、昼休みも会話なし、ってのは少し寂しい。
でもどうやって声かければいいかわからんし、何より気まずい。
アンナはさっさと帰っちまった。
いつもならほんとは一緒に夕飯の買出しに行くはずだった。
寂しい。いつまで続くんだろうなあ…なんとかならねえかな……
…仕方ねえ、一人で行くか……
「葉くん」
うお、もう少しで通り過ぎるとこだった。あぶねえ。
「おお、なんだまん太」
「葉くんこれからどうすんの?」
…そうだな、どうすりゃいいかな…あの鬼嫁…って、そういう意味じゃないか。
「HEIYUに寄ってから帰るつもりだから、さき帰っていいぞ」
「だったらぼくも行くよ。ちょうど買う物あるし」
…そうか、まん太なりに気ぃ使ってんのか。
一人でいると今朝のことばっか考えちまうもんな。
……帰ったら謝ってみるか。
- 「じゃあね葉くん。また明日」
「ああ、またな」
『炎』の前。まん太が手を振っている。夕日の逆光が眩しい。
買い物してる間、まん太は今朝のことを会話に出さなかった。
まん太と別れた瞬間、少しの間忘れてた現実に引き込まれた。
…ついにこの時がやってきたか……
玄関を開ける。
少し乱れて置かれた革靴。その隣にはオイラとおそろいのサンダル。
…帰ってきてるみてえだな……
「ただいま」
なるべく明るい声で言ってみる。もしかしたら…と思ったが、返事はない。
先が思いやられる……とりあえず、買ってきたもん置かなきゃな。
台所に続く廊下を進む…が、真ん中あたり足が止まった。
ん……?
変な感じがする。頭に響くような…
壁に耳を近づけてみる。人の声がする。妙に機械的な…
…そうか、テレビのニュースか。ってことは…アンナも当然…
…これを逃したら多分今日は話しかけられないだろう。
今朝のこと、謝ろう。オイラは荷物を持ったまま居間へと向かった。
- ――――・・・・・・…!
両手に掛かったビニール袋が落ちた。
袋からこぼれた缶詰が転がったんだろう。足元で、からからと音がする。
目の前には今朝とおんなじ光景が広がった。
投げ出された髪、白い肢。違うのは服装だけだ。
いつもの黒のワンピース。スカートの裾が乱れて、ぎりぎりまで腿が覗いてる。
唾を飲み込む音が部屋に広がった。頭ん中が真っ白になった。
さっきまであった、謝ろう、という気持ちを、今朝と同じ気持ちが押しのける。
…だめだ……やめろ…
そう思ってもオイラの足は勝手にアンナへと向かう。
…もう、我慢できねえ……
横に寝て、オイラの腕がからだを抱き寄せようとする。
………!
もう少しで腕が触れる、その時アンナの表情が強張った。
…こいつ、寝た振りしてんな……
そう思った瞬間、なんか全てが許されたような気がした。
ゆっくりと、抱き締める。やわらけえ……
「…アンナ」
オイラは呼びかけるように、耳元で囁いた。肩がビクッと震える。
「………!」
少しからだを離しす。アンナと目が合った。
- 琥珀色の瞳に、オイラが映ってる。
「………葉」
ひどく懐かしい声が、アンナの口から漏れた。
鼓膜を揺さぶって、頭に響く。胸の奥が締め付けられてるみてえだ。
「ごめんな」
いろんな意味の「ごめん」だ。
アンナだけが知らなかったんじゃない。オイラも気付いてなかったんだ。
「…おバカ」
どちらともなく唇を合わせた。やわらかくて、あったかかった。
「んっ…」
くらくらするほど、気持ちいい。もっとアンナが欲しくて、舌を入れた。
やわらかいものに当たった瞬間、それは引っ込んだが、すぐに絡み付いてきた。
「ん…はあ……ちゅ…」
熱が伝わってくる。下がとろけそうだ。鼻息がこそばゆい。
どれくらいキスしてたかわかんねえ。思い出したように顔を離した。
名残惜しそうに、唾液の糸が切れる。
またアンナを抱き締める。そのまま背中に手を這わす。
「だめっ…!」
胸を押された。なにがなんだかよく分からんかった。
泣きそうになった。その顔を見られたんじゃねえかと焦った。
…だめ? なんでだ? オイラはもう、我慢、できねえ。
けどそんな疑問はすぐ解決した。
「ここじゃ…やだ……ちゃんと布団で…」
…そっか、アンナも、女の子だもんな。ここでしたんじゃ、無理矢理みたいになっちまう。
でも、我慢できっかな……
- 「やっ……!」
アンナを、布団の上に押し倒した。
危なかった。
オイラの部屋に布団敷きっぱなしじゃなかったら、我慢できずに畳の上でやってただろう。
テレビを消すときも、荷物を持ってくときも、階段を上がるときも…
アンナのことばっかり考えてた。
オイラの部屋に入った途端、溜まってたもんが弾けた。
「アンナ…」
「バカ……」
キスをする。頭がぼーっとする。逸ってた心が、少し落ち着いた。
「…いい?」
唇を離して、聞く。頭が痛くなってきたからだ。アンナは、少し黙った後、
「うん…」
と頷いた。それを確かめて、服越しに胸を撫で回す。
「んっ……!」
ブラはつけてなかった。服の上からでも分かるほど乳首が勃ってた。
たまらなくなって、ファスナーを下ろして、ワンピースを脱がす。
所々引っ掛かったけど、何とか脱がせた。アンナは下着一枚になった。
腕に付けている黒い数珠が、肌の白さを引き立たせる。
明かりを反射して微かに光る。輪郭がぼんやりする。
細い腕、細い肢、細い腰。
そして、ほとんど起伏のない胸の真ん中に、
ピンクの突起が申し訳なさそうに、ピンと天井に向かっていた。
まだ幼いけど、はっきりと女だって判る。
オイラは催眠術を掛けられたみたいになった。
肌が段々上気していくのが分かる。それほど、アンナは白い。
「いやっ……」
アンナが真っ赤に染まった顔を伏せる。
オイラは、アンナの胸に手を置いた。
- 「あっ…やあっ…!」
何分触ってたか覚えてない。一時間ぐらい触ってたような気がする。
アンナの胸はやわらかい。オイラの手を吸いつけて、離さない。
乳首を抓る。アンナのからだが跳ねる。
「ああっ…!」
アンナの喘ぎが脳を揺さぶる。
それがオイラをおかしくさせる。もっと、声が聞きてえ…
手は自然と下へと伸びる。取り憑かれたように。
頼りない一枚の布が、アンナを隠してる。少し湿ってて、筋が浮かび上がってる。
また頭痛がした。アンナに聞きもせず、手を掛けて一気にずり下げた。
「や……!」
なんにも生えてない丘から、きらきら光るものが溢れそうになってる。
指でそっと割れ目をなぞる。ねばっこいのが絡み付いてくる。
「ああっ…! はぁあっ・・・!」
さっきよりもずっと色気を含んだ声がアンナから漏れる。背中がぞくぞくする。
指を奥深くまで入れて掻き混ぜる。…すげえ、熱い……
往復させる度、どんどん雫が溢れてく。布団に染みが広がる。
「んあぁっ…! いぃ……」
アンナの声が、さらにオイラの中の何かを引きずり出す。
そしてすぐに、それは姿を現した。
- 限界だ………
オイラは手を止めて、立ち上がった。
アンナが急に止まった手に、物足りなそうにオイラを見た。
「葉…?」
「わりい、もう、限界だ」
汗を吸い込んで背中に張り付いてたシャツを脱ぎ、ズボンを下ろした。
アレはさっきから痛いほど反応してる。最後の一枚を剥がす。
自分でも見たことないくらい、太く、大きくなってた。どくどくと脈を打っている。
アンナもびっくりしてるみたいだ。不安げに表情が変わった。
「いいよな?」
一応聞いてみる。だめだっつっても、もう遅いけど。
さっきみたいに少し黙った後、頷いた。
オイラはそのいきり立ったものを、アンナの濡れそぼったそこに、宛がった。
「あ……」
アンナのからだが強張る。
大丈夫だ、心配すんな、優しくしてやっから。
そう言おうとしたけど、だめだった。
暴走しそうになる自分を抑えるだけで精一杯だ。
だから、出来るだけ優しく、ゆっくりと腰を進めて入れていく。
濡れてるせいか、するすると入っていく。途中で、何かに引っかかった。
「ああっ! 痛っ…!」
オイラはびっくりして腰を止めた。アンナはぎゅっと目をつぶっている。
「ごめん…でも、もう止まらん」
「…いい、わよ……きて…」
根元まで一気に押し込んだ。
何かがぷつっと破けた感じがした。
- 「…ああっ!!」
アンナの目尻から涙がこぼれた。シーツに染みが出来た。
「わ、わりい…そんな痛かったか?」
「…っ、ちがうわよ…そんなのじゃ、ない…」
よく解んなかったけど、ほっとした。
安心したら、下半身の感覚が蘇ってきた。
…熱い。すげえきつい……もう、イッちまいそうだ……
オイラの体はもっと快感を欲しがって疼く。
「動いても、いいか…?」
これも、形だけだ。アンナの返事を待たずに、勝手に腰が動き始めた。
「あ、ああっ…!!」
速めるうちに、アンナの声とからだがぶつかり合う音が高くなる。
「…よおっ…! もっと、ゆっくり…」
…無茶言うな。もう無理だ。
アンナの顔が歪む。これまで何回こんなこと想像したかわからねえ。
今、オイラはそれをやってる。アンナと繋がってる。どうしようもなく、気が昂る。
もっと繋がりたい。
オイラは、アンナに口付けて、思い切り舌を絡めた。
「んんっ…!! はぁ……んっ!」
甘ったるくて熱い息が鼻先にかかる。頭ん中がぼんやりする。
…さっきから耐えてっけど、もう、ホントに、限界だ………
「アン…ナ…」
「葉……!」
息が詰まって切れ切れの声で、互いに呼び合った。
「あ…くっ……!」
「あ、あああああぁぁぁぁ………」
アンナの声が、どこまでも響いた。
オイラは、アンナの中に、今までにないほど、長い時間、出し続けた。
- アンナが隣で寝息を立てている。
よっぽど疲れたのか、シャワーを浴びて一緒にアンナの布団に入ったら、すぐ寝ちまった。
服を着るのがおっくうだったから、オイラもアンナも裸のままだ。
触れている肢があったかい。あんなにあった肌の赤みはもう引いてる。
すっかり乾いた髪がアンナの顔を隠している。
オイラはその髪を掻きあげた。いつもの白い頬が見えた。
髪を撫でたまま、しばらくアンナのことを見つめていた。
さっきまで歪んでた顔は、今は見てるこっちが和むくらい穏やかだ。
「ん………」
アンナのからだが捩るように動いたと思うと、うっすらと目が開いた。
「んっ…」
完全に目が開かないうちに、抱き締めてキスをした。
「んっ…ふ……はぁっ…」
今朝と同じことだけど、全然違う。
アンナもオイラの腰に手を回してきた。
アンナの指が脇腹の古傷に触れた。そこだけ肌の感触が曖昧だった。
そうだ……
ふと気が付いて、唇を離した。
「葉…?」
とろんとした目を顰めて、アンナが訝しげに聞いてくる。
「そういや、まだ言ってなかったな」
「…え?」
アンナがきょとんとする。…おまえが言った言葉だよ。
陳腐で、わがままで、照れくさいけど、一番わかりやすい言葉だ。
オイラの三年間の気持ちがこの一言で伝わる。それ以上は余計だ。
オイラは、その一字一字に言霊を込めて、たった五文字の告白をした。