キャッチホン

 

けたたましい鈴の音が、民宿『炎』の元受付から鳴った。
乾燥し、閑散とした秋の空気に連なって響き、一定の律動で止み、
そして一刹那の間だけ出来た静寂を再び掻き乱す。
そんな喧静な旋律が四度ほど繰り返されると、
居間で垂れ流していたテレビを見ていたあたしは、音の正体を漸く理解した。
…そうだ。電話を引いたんだったわ……。
今から一週間程前、別の言い方をすればS.F.最終予選から三日後、
葉と蓮のあの激しい戦いの後、まん太が「今後こんなことがあったら危険だから」
と言うので仕方なしに不通だった電話回線を(まん太の金で)繋いだのだった。
…めんどくさいわね。
こういうとき、普段は葉が電話に出るけれど、
あいにく今は修行後のシャワーを浴びていて居なかった。電話は未だ鳴り響いている。
仕方なく、手元のリモコンでテレビの電源を切り、重い腰を上げて部屋を出た。
「はい、麻倉です」
古びて年季の入った黒電話の受話器を取り、耳に持っていく。
止んだ呼び出し音から矢継ぎ早に聞こえてきたのは、たまおの声だった。
『あ、アンナ様ですか?』
「なに?」
『すみません、あの…』
この電話の内容は大体分かってた。
たまおから掛かってくるときは決まってコレ。
『…今日の献立だと、買い物の予算が少し足りなくて……』
「で、増やして欲しいわけね」
『は、はい…』
それきりたまおの声が消えて、代わりに店内であろう、人の話し声やカートを転がす音が聞こえてきた。
…電話口だと許してもらえると思ってんのかしら、まったく……
電話が使えるようになってからというもの、この内容ばかりが掛かってくるようになった。
普通ならもちろん答えは「駄目」だけど、それで帰りが遅くなられても困る。
なのでつい許してしまう。それがたまおに味を占めさせた理由でもあるのだけれど。
「…………」
ここからHEIYUまではかなり遠い。腹具合と相談しながら考える。
…仕方ないわ。今日はいいか。
断れば空腹のまますっかり待たされると判断して、なしくずしに許可しようと口を開いた。
その時―――
「……きゃっ!」
石鹸の香りがしたかと思うと、あたしは強い力で後ろから抱き締められていた。
風呂から上がった葉が、音もなく、近くに来ていたのに、不覚にも気が付かなかった。
いつもより高い葉の体温が、服越しに伝わってくる。
『? どうかしましたか?』
「…いえ、なんでもないわ。ちょっと待ってて頂戴」
きつく抱き締められているから、後ろに居る葉の表情を窺い知ることが出来ない。
どうせいつもみたくユルい顔してるんでしょうけど。
受話器のマイクを手で押さえ、葉に小声で注意した。
「…おバカ、何やってんのよ……!」
返事は返ってこない。そのかわり、あたしを捕らえている腕の力が、痛いほど強くなる。
……こうなったらもう駄目ね……
己の欲情のままに行動するとき葉は、何を言っても返事をしない。
腕を解かせることを諦めて、それなら早く電話を切ろうと、また受話器を耳にやる。
「…予算だったわね。いくら足りないの?」
『は、はい。ええと…』
また店内の騒がしさが聞こえてくる。後ろには葉が抱き付いている。
…早くしてよね……
腰の辺りには硬いものが当たっている。
このまま長引くと葉から何をされるか分からなかった。
最近は月の物の関係で、ここ一週間は床を共にしていなかった。
あたしは内心焦りながらたまおの返事を待った。
でも、その危惧は…
「あぁっ……!」
予想以上に早く現実となった。
葉はワンピースの脇から手を入れて、あたしの胸を弄ってきた。
『え? 今何か言いました?』
「…っ、何でも、ないわ」
つい上げてしまった声を聞かれたのに焦りながら、
また漏れそうになる声を抑えて、あくまで冷静に返した。
そんなことはお構いなしに、葉は首筋に舌をなぞらせてきた。
ざらりとした感触に、背筋に鳥肌が立った。
「……っ、ぁ…」
葉を注意しようにも、電話先にはたまおがいる。
そのたまおはまだ予算の計算をしているようだった。
…こんなときに限って…
焦りと苛立ちが、次第に募ってくる。
なのに、あたしの体は次第に火照っていく。それは葉の温もりのせいだけではなかった。
更に葉は残った左手で下着を下ろして、あたしの中に指を入れてきた。
「…ぁぁ…! …んっ!!」
その時、向こうからたまおの声が聞こえてきた。
『…ええと、800円ほど足りません……』
そんな値段、いつもなら有無を言わさず駄目出しするけれど、今はそんな場合ではなかった。
「分かったわ、いいわよ……っ」
『あ、ありがとうございます』
中に入れられている葉の指が二本、三本と増えていく。
小刻みに震える内股が、自分の体液で濡れていくのが分かる。
でも、向こうにいるたまおはそんなことを知る由もない。
口を手で押さえて、必死にいつもの声を出そうと努めた。
「っ…! あとは? それだけ…?」
『はい。…あの、お風邪ですか? いつもと声が…』
こんなときだけ耳聡いたまおに、苛立ちが増大する。
「なんでも、ないわ。…っ、もう、切るわよ…」
『本当に平気ですか? お薬、買ってきましょうか?』
「…いいから、切るわよっ…」

…お願い、早くして…もう……!

『は、はい。では…』

「………ああああぁっ!!」

受話器のマイクからぶつりと音がしたのと、葉がクリトリスを摘んできたのと、
あたしが達したのは、ほとんど同時だった。
箍が外れたように今まで溜めていた喘ぎが溢れ出た。
もしかしたら聞かれたかもしれないと、あたしの心臓の鼓動が速くなる。
震える手で受話器を戻すと、漸く抱擁が解けた。
絶頂の快感で砕けそうになる踵を返し、葉を睨もうとした。
けれど、葉のいつもと違う真剣な顔に、その気持ちは掻き消された。
「ごめん、アンナ」
葉は、ぽーっとしているあたしを、今度は正面から抱き締めた。
「愛してる」
耳に息がかかって、同時に葉の声が鼓膜を伝って、頭の中を揺さぶる。
…ずるい。
そんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃない。
あたしは、葉の腰に腕を回して、抱き返した。
…今日のところは許してやるか。
と、そう思っているとおなかの辺りに硬いものが当たった。
顔を上げて葉を見ると、さっきとは打って変わっていつものユルい顔に戻っていた。
「…で、もう我慢できないから、いれていい?」


…………!!


軽快な音を立てて、葉は受付の向こうへと吹き飛んだ。
その後、帰ってきたたまおが再び薬を買いに行ったのは、言うまでもない。


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