愛妹

 

「お兄ちゃん…」
ホロホロのベッドの上に、ピリカがいた。
「お兄ちゃん……」
呼ばれる度に体の奥が熱くなっていく。
いつもとは違う、艶を含んだ声。
ベッドの周りには、何かが散らばっている。明かりを受けて鋭く光る。
その光をまた、ピリカの肌が受けて妖しく光る。
「お兄ちゃん……来て……」
三度呼ばれ、ホロホロはその肌に手を伸ばした。
その時―――

「お兄ちゃん!」

先の声色とは打って変わって、別の意味で頭に響く高い声。
ホロホロは、もう一つの瞼を開いた。
「…………!」
「…お兄ちゃん?」
段々と鮮明になっていく視界には、またピリカが映った。
しかし、今度はちゃんと着るものを身に付けている。
…夢か。
最近、つまりSF本戦が近付くにつれ、こういう夢を見るようになった。
ピリカの存在が、何かの間を揺蕩っている。ひどく、曖昧なのだ。
ホロホロは、聞こえてしまうのではないかと思うぐらい強く鳴る胸を押さえた。
「どうしたの? うなされてたみたいだけど……」
ホロホロは、寝言で何か言ってしまったのではないかと一瞬どきりとした。
だがピリカの顔を見る限りそんな感じはなかった。長い髪は疾うに乾いていた。
…そんなに寝入っちまってたか。
今夜はSF本戦前夜、ホロホロは泣きじゃくるピリカを風呂へ促し、
オヤジに電話を入れたあと、ベッドに転がって物思いに耽っているうちに、寝てしまったのだった。
「……って、うぉい!」
ホロホロは突然声を上げて体を起こした。
ベッドの横に立っていたピリカの、いつもと違うローブ姿を見て驚いたのだ。
裾の部分が異様に短い。細く白い足が太股の上辺りまで覗いている。
もう少しで危うく見えそうだ。
「え? なに?」
ホロホロが何に驚いているのか分からず、ピリカは辺りをきょろきょろと見回す。
「い、いやお前、その、す、す、すそ…」
つい出てしまったホロホロの言葉を聞いて真意に気付き、顔を真っ赤にして今思い出したようにそこを手で隠した。
「し、仕方ないでしょ…! これしかなかったんだから…」
ぐいぐいと裾を引っ張りながら呟く。
「や、別に……」
ホロホロは視線をそこから外し、顔を背けた。そして自分のモノが硬くなっていくのに気付いた。
…やべぇ……
そのままの体勢では変化がばれてしまうので、腰を折り曲げて抱え込み、半ばうずくまるように、ベッドに座った。
「……どうしたの?」
ピリカは顔を赤くしたまま不自然な格好をしているホロホロに訊ねた。
「具合でも悪いの?」
腹痛とでも思ったのだろう。ピリカの顔から赤みは消え、代わりに不安気な表情が浮かぶ。
「な、なんでもねぇよ……」
…むしろ元気。
いろんな意味で痛いところを衝かれて焦るホロホロだが、今は動くに動けない。
「判らないじゃない。それに明日から本戦でしょう?」
そう言って今よりさらに近付いてくる。
ホロホロは腰を屈めたまま身を引いたが、ベッドの上なのでそれ以上は下がれない。
「なんでもねぇって…」
「ほら、動かないで」
ピリカの顔がぐい、と迫った。
「…………!」

ホロホロは突然の出来事に体全体が硬直した。
二人の額が合わさり、息がかかるくらいに顔と顔との距離が狭まった。
熱を計ろうと、ピリカがおでこをくっつけて来たのだった。
白い、絹のような肌。対比し、引き立て合うかのような唇の朱が、目に飛び込んでくる。
ホロホロの全神経が接触部に集中し、他の部位が自律して勝手に動いてしまいそうになる。
ホロホロは顔の位置はそのままに、雑念を振り払うように目前にあるピリカの顔から目を背けた。
そして、それが逆効果であることに気付いた。

…………!!

移動させた目の先には、屈んでいるためにローブが緩んでしまっている胸元があった。
そこは呼吸音に合わせて動き、その度、また、危ういところが見えそうになる。

…う……

頭が朦朧とする。だが意識は、段々とはっきりしていく。
目の前にいる『妹』をさらに深く踏み込もうとする。
その時、その『妹』の先にあるものの前に、壁が現れた。
…まただ。
こういうことを意識すると、決まってこの壁が前に聳える。
壁はガラスのようで、曇っていて、それから先が見えない。
曇りを作っている水滴が集まって大きくなり、下につう、と垂れ、その部分だけ曇りを晴らす。
しかし、またすぐに冷気が立ち、表面を覆う。
ホロホロはその壁の正体を知っている。
幼い頃から無意識のうちを築き上げられた、巨大な氷の壁だ。
意識によってこの氷の曇りを晴らし、向こう側を見ようとすると、
無意識がそれを妨げる。その堅固たる壁で威圧するのだ。
ホロホロは氷の壁を見上げる。上下左右、入り込めそうにない。
そして触れようともしないまま、いつものように壁から背を向けたとき、現実へと引き戻された。
「……おい」
上擦りそうになる声を抑えて、間近にいるピリカに、注意するように言った。
「…あ、ご、ごごごごめんなさい!」
それに必要以上に反応して、跳ねるように顔を離す。
両手を胸に重ねて、視線を泳がす。
…何だコイツ、自分でやっといて。
そう思ったが、それ以上は考えることが出来なかった。
額にはまだピリカの熱が残っている。
「熱は、ないみたいね、あはは…」
ピリカの態度を見て、ホロホロも何だか恥ずかしくなり、背を向けて横たわった。
それに何と言っても、今ピリカの顔を直視していれば、胸の内が顔に出てしまいそうだった。
「だから平気っつったろ。…もう寝んぞ。電気消せ」
ホロホロがそう言うと、ピリカは肩を少し震わせた。
床に就こうとしているホロホロを呼び止めるため、ピリカは弱々しい声を出した。
「あ、お兄ちゃん…」
ホロホロの頭に、嫌な感じが過る。それでつい、突っ慳貪に返してしまう。
「……何だよ」
ピリカはまた肩を震わせた。
今言おうとしていることを拒まれるのが怖くて、ホロホロの態度にいちいち過敏に反応する。
それを振り払うように大きく、息を吸い込む。目に、決意が宿る。
そしてついに、
「………隣で寝ちゃ、だめ?」
その胸中を、打ち明けた。
「…はあぁん?」
短い沈黙の後、ホロホロは間抜けな声を上げてピリカの方を見た。
ピリカは俯いて、窺うように上目遣いにホロホロを見ている。
ホロホロはもちろん、隣のベッドに寝たいと言っている訳ではないと解っている。
自分のベッドの中に入りたいと言っているのだ。
しかし、そんなことを許せば、きっと耐えられないだろう。
「バ、バカ言うな。自分のがあるだろ。いいから電気消せ。明日は早ええんだ」
そこまで言って、ホロホロはピリカが顔を俯けたまま、泣き出しそうになっているのに気付いた。
…そうか、明日には……
そして自分の馬鹿さにも気付いた。明日は出立の日。
もしかしたら一生会えなくなってしまうかも知れないのだ。
ホロホロは欲望を凍らせた。
…なに考えてたんだ、オレは。
わかったよ、と言った次の瞬間、その言葉に照らされたかのように、ピリカの顔が明るくなったのが、
照れ隠しに背を向けた時に、ホロホロの目の端に少し映った。
しかし、その後、また変化したピリカの表情を捉えることは出来なかった。
そんなこんなで、今、ホロホロとピリカは兄妹二人きり一つベッドの中にいる。
…しかし………
「………………」
…何でコイツはくっついてくんだ?
ピリカは自分の方に向いているホロホロの背中に、ぴったりと体を付けている。
ホロホロが離れようとすると、すり寄ってまた体をくっつける。
その都度ホロホロの背に、未発達の胸が押し潰される。
たまらなくなって、またホロホロは離れようとする。
繰り返しているうちに、ホロホロはベッドから落ちそうになった。
「おい、そんなに寄るな。暑苦しいだろ…」
嘘ではなかった。本当に、苦しいくらいに暑いのだ。
それに反して、妙な寒気を覚える。
さっき凍らせた欲望が、その熱で少しずつ溶け、血に混じって体中を流れているように。
「…だって」
「だって、何だよ」
「……だって、もう、お兄ちゃんと会えないから…」
ホロホロの背中越しにピリカの体の震えが伝わる。
言葉の最後の方はその震えで掻き消えてしまいそうなほど、掠れていた。
「……うぅ……っ…………」
そうして泣き出してしまったピリカを、
「…………!」
ホロホロは振り返って、優しく包んでやった。
しかし、体の寒気はまだ鎮まっていない。
「お兄ちゃん……」
ピリカもホロホロに抱き返した後、その胸に、一頻り涙を吸わせた。
だが、次にピリカが言った一言で、ホロホロのローブに染み込んだ涙は、一瞬にして乾いた。
「抱いて」

ホロホロはあまりにも唐突な言葉に、その意味が解らなくなった。聞き間違いかとさえ思った。
いや、本当は理解していたのかも知れない。
だからこそ、無意識がその言葉を認めようとしなかったのだ。
「なん……だって?」
しがみつくようになっていたピリカを離して、肩に手を置いたまま聞いた。
ピリカの手はホロホロのローブを掴んでいる。
「…………抱いて、欲しいの」
聞き間違いではなかった。肩の震えが手に伝わる。
ホロホロが何か言う前に、ピリカは続けた。
「私、いつからかは分からないけど」
ローブを掴む手に力が籠る。
ピリカの、艶かしさ、あるいは悲壮に似た何かを帯びた声が鼓膜を伝って脳を揺さぶり、不安定にさせる。
これ以上衝かれたら一気に崩れる予感、というより確信が、ホロホロの頭を過る。
「お兄ちゃんのことが、好きになってた」
顔を上げる。
ホロホロに向けられた眼差しは、スタンドの照明も相俟って今まで見たことのない、切ないものだった。
凍らせていた欲望を、ピリカの声の熱が絡みつくように溶かしていく。
垂れた滴がやがては川、そして滝のようになり氷の壁に被る。
曇りが晴れた。曖昧だったものが消えた。無意識の一部が消えたのだ。
壁の向こうにあるものを見据える。今はもうはっきりと見える。
残るは、壁のみだ。
「だから、もう、最後かも知れないから」
壁の向こうにいるピリカが言う。
「抱いて、欲しいの」
告白と同時に体を求めるほど、ピリカの中でホロホロに対する想いが募っていた。ましてや、もう別れる直前なのだ。
だから、このまま眠ってしまえば、また氷は曇るだろう。
ホロホロにとっても、氷を壊す、最後のチャンスだ。
「お兄ちゃん……」
ピリカが『妹』であることは変わりがない。
しかし、自分に嘘をつき、言い訳を無限に考えていても虚しいだけだ。

ホロホロは、氷の壁を突き破り―――
「…………ぁ」
向こうの領域へと、踏み込んだ。
ホロホロはピリカを抱き竦め、何か言おうとして動いた唇を奪った。
ただそれだけのことで、体中全ての血を持っていくように心臓が跳ね、頭がくらくらしてくるのをホロホロは感じた。
そしてそれは、ピリカも同じだった。
「……んっ…ふぅ…ちゅ……ぷ…」
二人の欲望は、今まで堰き止めていた氷の箍が外れたのを合図にぶつかり合い、渦を巻いた。
それと同じように、二人は舌を絡め合った。
唾液の混じり合う音の合間に、歯と歯のぶつかり合う音が響く。
やがてどのくらい絡めていたか分からない舌を解き、ホロホロはピリカの上に覆い被さった。
ホロホロはこめかみに痛みを覚え、そこから何かが突き破って出てきそうな感覚に襲われた。
いきなり抱き付きキスをする。こんなことが出来るのはこの『何か』のせいだった。
しかし、ひとたび気を緩めれば暴走しかねなかった。
それを抑え、ゆっくりと吐き出すように、ピリカのローブに手を掛けた。
「!………あ」
ピリカはこれから何をされるか分かっていたし、何よりそれを望んでいたのだが、
さすがに緊張しているらしく、ピクンと体を強張らせた。
ホロホロは再び口付け、その緊張を自分なりに取り去り力の抜けゆく隙に帯をほどいて引き、
また体を強張らせる暇もなく、包装でも解くようにローブを開いた。
ローブの上側をはだけさせると、今までそれに包まれていた胸元が露わになった。
白に、絶妙な配分で混ぜられた肌色。
スタンドの明かりがまるで淡雪のような体を浮かび上がらせる。
ローブの上に降り注いだその儚く消え入りそうな淡雪は、周りのものとは別次元としてホロホロの目に映った。
幾らかでも上品に見せようと徒労な装飾を施された
シーツ、テレビ、壁、そこに掛かっている絵画と言えるのかも分からない油絵、それを填め込んでいる額縁、
鏡台、何か文字が彫られている机、電話、そこから伸びるコンセントとソケット、扉。
それらからはさもしさが滲み、もはやホロホロの目の前に在る、
ありのままの半身の裸体の美しさを引き立てる要素でしかない。
「おぉ…………」
ホロホロは心の中で感嘆を上げたつもりが、実際に声に出してしまった。
「やだぁ……」
ピリカの顔が赤くなる。
心の声を聞かれてしまい恥ずかしくなったホロホロは、紛らすために、声の調子を崩した。
「胸、ちっせ……」
「!……バ、バカッ!」
ホロホロのわざとらしい揶揄に、怒りなど沸き上がる暇なく、恥ずかしさが込みあげ、
ピリカは目を瞑り背け、さらに顔を紅潮させる。
ホロホロは、その間に肌の上に手を滑らせた。
「……あ…!」
少ししかない、だが確実にある膨らみが、微妙な感触で、柔らかに押し返してくる。
「は……んっ」
手を動かすたび、微かにピリカの口から甘ったるい声が漏れる。
ホロホロは暴走しそうになるのを抑え、少しずつその根元を吐き出していく。
やがて触っているうちに、掌を擽るように頂点の突起が硬くなってくる。
手を離し見ると、やはり薄いピンク色の小さな乳首がつん、と天井を向いている。
「…………っ」
それを見られて、ピリカは既に赤い顔を両手で覆い隠す。
「恥ずかしがんなよ」
ホロホロは、ピリカの手をどけ、すぐにくちづけた。
そのまま顎、首筋、鎖骨と辿り、今のピリカとは対照に主張しているかのように勃っている乳首を口に含んだ。
「ひゃあっ……!」
その瞬間、弾かれたように声を上げる。
「変な声出すなよ、萎えちまう」
ホロホロはまたわざとらしくからかう。そうでもしないと、抑え切れそうにないからだ。
「……ばか、ヘンタイっ!」
さらに顔を紅くして顔を背ける。その仕草が、逆にホロホロを興奮させてしまう。
ホロホロは出来る限り優しく、左手で右の胸を撫で、片方の乳首を舌で撫でた。
「はぁっ…あぁ……!」
吸い付き、時には強く、緩急を付け、たまに軽く噛み、舌先でちろちろと擽る。
「や…ぁ…いぃ……っ……!」
続けて回りの肉を両手で寄せると、小さかった胸がそれなりの大きさになった。
ホロホロはその間に顔を埋めたり、交互に乳首を啄んだり、
思い付く限りのことをして、ピリカの反応を楽しんだ。
ただそれだけで達してしまいそうな感覚に襲われた。
そしてその快感の捌け口は、まだ頼りないローブに覆われている下半身へと向けられた。
愛撫に浸り続けているピリカに断りなくそこに手を掛け、ぎこちない手付きで開いた。
「あっ…!」
ホロホロの目に映った、まだ毛も生え揃わないつるりとした、
そしてまだ一度も異性に染まっていないそこは、既に湿り気を帯び、ひくひくと疼いていた。
「やっ…………!」
完全に晒された半身を隠そうとして動いた脚を、ホロホロは手で阻み、まじまじと目前に見据えた。
「や…だ……」
ピリカは仕方なく脚の力を抜き恥ずかしさのあまり、いやいやという風に首を振る。
「あぁっ…!」
不意にピリカは首を止め、さっきとは違う意味の高い声を上げた。見ると、ホロホロが割れ目に指を入れて掻き回していた。
「もうこんなになってる」
ホロホロは指を抜き、その先に付いて、てらてらと鈍い光を帯びる愛液をピリカに見せて言った。
「…………っ!」
自分の体から滲んだものを見せられ、ピリカの顔はこれ以上ないくらいに朱く染まった。
その様子を見てホロホロは何か心の奥底に埋もれていた感情が権化し、それが喉笛に爪を立て、
鼻孔の奥に手を伸ばし擽っているような感じがして無性に笑い出したくなった。
そうなるのを抑えて、にやにやしながら再び秘裂へと指を潜り込ませた。
「…ぁっ…っ…んっ!」
自分の手で弄るのとは全く違う快感でピリカは悦に入った。
唯一、ピリカの肌を隠している袖の部分から、か細い腕が伸び、
またその先にある指がベッドのシーツを握り締め、
ホロホロの指が動く度に刻まれる皺が深く長くなり、そこをスタンドの明かりが照らし影を伸ばす。
そうしてピリカは、喘ぎを聞かれないように抑えていた。
どこを触られるか判らない、そういった自慰との相違点が甘美を殊更に上げる。
だから、次にされることも予想が付かなかった。
「あ、あああぁぁっ……!」
包皮を剥き、ぷっくりと大きくなった陰核をこねられ、ピリカは声を抑えきれず、それと同時に達してしまった。
ホロホロが指を抜くと、そこからとろりとろりと愛液が溢れた。
顔の両隣にあるピリカの脚が細かく震えている。
「なんだよ、もうイっちまったのか」
ホロホロは立ち上がり、これからだぜ、と言いながら汗を吸ったローブを鬱陶しそうに脱いだ。
脚の間に付いているモノは、上に向かって反り立っていた。
「あっ………」
息を荒げ、余韻に浸っていたピリカは、口に手を当てて驚いたようにそれを見上げる。
細まった目は不安を示していた。
「怖いか?」
ホロホロが聞くと少し間を置き、ピリカは首を振って言った。
「ううん…来て」

『お兄ちゃん……来て……』

その言葉でホロホロは、頭の中でさっきの夢がフラッシュバックした。

『お兄ちゃん……来て……』

あの夢が、自身の奥底にあった欲望の鏡に映った夢が、もう会えないという最後の夜に実現したのだった。
…皮肉なもんだな。
だが、今夜が最後なら尚更、今やらなければならない。
ホロホロはゆっくりと覆い被さり、キスをしながらピリカの腕をローブの袖から抜いた。
唇を離し、いよいよ、というふうにホロホロはピリカの脚に手を掛けたとき、
「いやっ……!」
ピリカが絞り出されたような声を上げた。
「…………は?」
ホロホロは脚を掴んだまま固まり、半ば呆然としてピリカを見た。
今更、兄妹という変えようのない事実が背徳感でも引き起こしたのだろうか。ホロホロはそう思った。
「いやだ?」
聞くとピリカは目を瞑り横に向き、
「顔、見られてると………恥ずかしい……」
と呟いた。
…なんだ、そんなことかよ……。
ホロホロはほっとすると同時に、背徳感なんて言葉が浮かんだのは自分が気にしてるからか、と呆れた。
「わかったよ」
そう言って、ピリカを起こして自分の方に脚が向くように四つん這いにさせた。
「こんならいいだろ?」
ピリカが小さく頷くのが見えた。
…ホントは顔、見てえんだけどな。
そう思ったが、これでもかなりいやらしい格好である。
尻を突き出し、性器はおろかその上まで晒け出し、
頭を垂れて肘を突き、早く欲しいと強請っているように見える。
恥にまみれた姿に、ホロホロはまた笑い出しそうになった。
が、それはすぐに収まった。
汗を掻いた背中には水色の髪が張り付いている。
その髪には、いつもは寝るときに付けているヘアピンがなかった。
それで自分のベッドに入ってきたのだ。最初からこうすることを望んで。
一方ホロホロはなにかする勇気もなく、背徳感を理由に床に伏しただけだった。
…逃げてたのは俺の方か。
だが、そういうことを思っても少しも萎えない自身の一部にさらに呆れた。
しかし、そうして硬くなっているモノを意識すると、そこから発せられる欲求が呆れを覆って忘れさせ、支配してしまう。
要するに身体は正直だということだ。
ホロホロはその身体の支配に正直に従い、欲求の発信源の先端を秘裂に宛がった。
「ん……っ」
先を当てたとき、ピリカの体が強張った。
ホロホロは緊張と興奮が相半ばし、それに気付かず、
腰を押さえてゆっくりと先端を埋め始めていた。
「………痛っ…!」
進めるにつれてピリカは痛みを訴えたが、ホロホロの侵入は止まらなかった。
「わりぃ……止まんねえ…」
まだ入れてから間もなく半分も入っていなかったが、
ホロホロは先端から蕩けるような快感に酔わされていた。
「……あっ……んん…!」
やがて何かに引っ掛かり、それが分かったホロホロはさすがに留まった。

…いいのか?

自問自答する。
ここで留まった理由は、答えが傾いて、
これから先のことはまだ決まっていないまま、
何とかなるだろうと先延ばしにしていたからだとは分かっていた。
いや、答え、つまり自分のしたいことは分かっている。
だが、さっきからちらつく背徳感がその答えを曇らせてしまっているのだった。
背徳感、自分とピリカは兄妹だということがホロホロを迷わせている。
なかなか動き出さないので、ピリカがこちらの方に顔を傾けて不安げに口を開く。
「お兄ちゃん……?」
そう、ホロホロは兄なのだ。
「…っ…私は、平気だから……」
でも、そう思っているのはピリカも同じだ。ピリカもそのことで相当悩んだ末、今の状況に至っている。
覚悟は決まっているのだ。

…そうか。

覚悟、ホロホロはその言葉を思い浮かべ、何か気付いたような顔をした。
そして自分が情けなくなり目を強く閉じた。

…覚悟か。

「いいよ、来て」

…わかった。

そして、文字どおりピリカの気持ちに心で応え、
目を見開き、腰をぐっと押し込めた。
「………っ…あ……!」

ぷつり、と弾けた感じがした。
「あうっ……!」
ホロホロの腰とピリカの尻が重なった。
「………う……」
その瞬間、ピリカの中が引き締まり、ホロホロは思わず果ててしまいそうになった。
どちらにせよ余裕はない。戻る気にもなれないが後戻りも出来ない。
ホロホロはピリカに断りなく、というよりそれを忘れて動き始めていた。
「あ、あぁっ…! ちょっと、まって……」
ホロホロは待てと言われても止められず、そう言う気にもなれなかった。
「ん…あ……っ……!」
痛いからか気持ちいいからか、あるいは両方の体感が作用したのか、
往復させる度、そこだけ独立しているかのように
ピリカの中の壁がホロホロの肉棒にぎゅうぎゅうと絡み蠢く。
「はぁっ…! ん、ああ、あっ……!」
突き上げる度に苦痛と快楽を含むその喘ぎは、
いたずらにホロホロの性欲を掻き立ててやまない。
次第にピリカの顔を見てみたい、という欲求も込み上げ、
行動に移るにはそう時間もかからなかった。
「ひぁっ……!」
ホロホロのモノがぬぽりと音を立て引き抜かれ、ピリカの秘裂からは愛液が流れ出た。
「え?……あっ…!」
何が起こったのか解らずまごついているピリカを仰向けに引っ繰り返し、
すぐさま向かい合った形でピリカの脚を掴み、再び挿入した。
「…んんっ!」
「悪いな、やっぱ顔見たいわ」
「や……はずかし…っあ…ぃ……!」
ホロホロは言葉が終わらないうちに腰を振った。
ピリカは手で顔を覆い隠そうとしたが、ホロホロに手首を捕まえられてしまって出来なかった。
「もう…やだぁっ…」
少しでも羞恥を紛らわそう顔を目一杯背ける。
さっきから何度か繰り返されたその行為はホロホロを高ぶらせる要因に他ならなかった。
ホロホロは気の向くままに抽送の激しさを増した。
「あ、ああ、あっ……んんっ、ぁん…!」
喘ぎと同じに歪むピリカの顔が、ホロホロの腰の動きを速める。
目の端に溜まっていた涙が流れ落ちて横に伝った。
「……すげ、やらしい顔、してんな」
「んんっ……ばかぁ……あぁっ…!」
ホロホロは所々息切れしながらピリカをからかうが、
刻々と募る射精感に余裕がなくなってきた。
それを感じてさらに強い一体感を求め、
ピリカの首の後ろを捕まえて押し付け貪るようにキスをした。
ピリカもホロホロの背中に手を回し舌を結ぶように絡め、
痺れるような快感が背筋を伝う度に爪を立てた。
「……っ、あぁ……」
少しでも長く繋がろうと耐えていたが、もうすぐそこに限界が来ていた。

「っ…あ…ぁ……!」

そして幾許もなくピリカの中に、出口を求めて神経を巡るものの源を打ち付けた。
ピリカの反応も声も聞く暇がなかったが、放つのと同時に今までで一番、
中の壁が締まったので、達したのだろうとホロホロは揺らぐ頭で思った。
蠕動が終わるのを待って脈を打つモノを抜き取ると、
そこから秘裂にかけて三種の体液が混じって糸を引いていた。
ピリカを見るとホロホロと同じように息を切れ切れにして、
絶頂の衝撃が引いた後の余韻に浸っていた。
やがて、辛うじてうっすらと細く開いていた瞼が閉じ、
さっきまであんなに荒く波立っていたとは思えないほど
穏やかな息を立てて眠りに落ちた。
ホロホロはしばらくピリカの寝顔を眺めていた。
自分のやりたいようにやる。
ホロホロは欲求と背徳感に板挟みになっていたとき、そう思ったのだった。
いくら禁忌だからといって、最終的にはは自分が守るもので、
あっちから直接束縛してくるようなことはない。
ただ、その先に見える罰則や世間体が威圧しているだけだ。
あの氷の壁のように。それは、無意識に施され背徳感により造られた欲求の防波堤でもある。
さっきからしつこいほど頭を擡げる背徳感も、誰が始めたか判らないような、
きっとこれからも判らない、大昔からの思想の積み重ねであり、
それが何十億と在る人口に当てはまる訳がない。
だからといって見えない慣例を破ればそれ相応の返しが来る。
事実、混じり合った血と精液を象徴して、叩き割った氷は細く尖り、鋭く光っている。
でもそれは覚悟の上のことで、後は少しずつ溶かしていけばいいことだ。
覚悟、それがなければ何も出来ない。特に自分本意の行動を起こす、悪く言えば欲を満たす為には。
他人に優しくするのも罵るのも結局は自分の快感のためにやることで、本質的には同じこと。
ただそこに背徳感が付き纏うなら覚悟で通す。
自分がそうで良いと思ったらそれが真実。総ては自分の心が決めることなのだ。
今の状況は自分の心に素直になった結果だった。

「………………」
すぐ隣には顔を赤くして俯くピリカが横になっている。
赤面の原因は、事が終わった後、体液まみれの体を洗い流そうと
一緒に入ったシャワーの中で辛抱堪らず、また事を起こしてしまったからだった。
「……悪かったって」
ホロホロはなるべく腰低く宥めるが、ピリカはなお下を向いたまま顔を合わせようとしない。
ただ体は向かい合い、手はホロホロの胸に添えられているので怒ってはいないんだな、と安心した。
だったら何を今更恥ずかしがることがあろうか、と続いて思ったが、
ピリカがおもむろに口を開いたので思考が途切れた。
いや、発せられた言葉に反応して、と言った方が正しい。
「……絶対、戻ってきて」
顔は伏せたままだが、添えられた手に力が隠る。
「………………」
ホロホロはそんなピリカがいとおしくなり、またムラムラとしてきたが、
さすがに心身共々疲れたようで、気持ちを紛らしたいという欲求の方が強かった。
…湿っぽいのも好きじゃねえしな。
そうだそれなら、とホロホロの口元が緩む。
「……ああ、分かってる。…でもな……」
「……?」
でもな、という心做しか崩れた調子の言葉の続きが気になったのか、ピリカは少し顔を上げる。
その隙に、ホロホロがピリカの胸に手を当て、こう続けた。
「戻ってくるそん時までには、もうちょい胸、大きくしとけよ」

「………………!!」



プチュッ




THE・END


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