ねえ、宍戸さん。俺、もう言っちゃってもいいですか…









          都大会も終わり、もうすぐ関東大会というある日、滝さんとの試合に勝利した宍戸さんは、監督に土下座をし、
          自慢の髪を切るまでして正レギュラーに復帰した。

          俺は部室に宍戸さんがやってくるのを待った。
          他のレギュラーたちは早々に帰ってしまい、一人になってから随分経つ。
          宍戸さんどうしちゃったんだろう…?まさか、滝さんの闇討ち??
          滝さんのやばそうな雰囲気を思い出し、俺は部室を飛び出した。


          レギュラー以外の部員たちが利用する部室のドアを開けると、片づけで残っていた1年部員たちが驚いていた。
          ここにレギュラーが現れることはめったにないから。
          「宍戸さんもう着替えに来た?」
          「いいえ。まだコートにいましたよ」
          「一人で?」
          「たしか」
          「そうか。ありがとう」
          あからさまにほっとした内心をいい人の笑顔で包み隠し、俺は礼を言ってコートへと急いだ。


          宍戸さんが不動峰の橘さんに負けて以来、特訓のパートナーを務めてきた俺は、どうしても今日中にお祝いの言葉をを言いたかった。
          全力でダッシュしてコートへと戻ると、沈みかけた夕日に照らされたコートを背に、一人黙々と掃除をする宍戸さんの姿があった。
          長く伸びた俺の影に気づいた宍戸さんが顔をあげた。
          「よぉ、長太郎。どうしたんだ?」
          「宍戸さんこそ、こんな時間まで何してるんですか?先輩たちみんな帰っちゃいましたよ」
          「髪…片付けてたんだ。やっぱ不気味だろ」
          切りっぱなしで不揃いな髪のまま、俺の方を向いて笑う。俺は、この笑顔に…弱い。
          もうずっと、周囲にバレバレなほど参っている。
          「不気味って(確かにそうだけど)俺、滝さんともめてるのかと思って探しに来たんです」
          「ばーか。そんなわけねぇだろ。アイツそこまでバカじゃねえよ」
          …。やっぱりこの人放っておけない。色々と無頓着すぎる。
          掃除を再開した宍戸さんの横に立ち、俺は言いたかった言葉を言った。
          「宍戸さん、レギュラー復帰おめでとうございます。また一緒に試合出られますね!」
          「ああ、お前が練習付き合ってくれたおかげだ、サンキュな。」
          顔を上げて、まっすぐ俺を見てそう言うと、ふと眉をひそめて怒ったように続けた。
          「お前、何で監督にあんなこと言った?二度と言うなよ」


          『では鳳…お前が落ちるか?』監督の問いかけに、『構いませ…』俺は反射的に答えていた。


          今、思えば俺は2年だし、監督は負けた人間を二度と使わないと言いつつ、
          自分より強いヤツがいなかったら間違いなく復帰は可能だという打算が無かったといえば嘘になる。
          でもそんなことは関係なく、あの時は本当に自分がレギュラー落ちしてもかまわないと思った。
          宍戸さんが3年で引退だとか、血のにじむような努力を見てきたとか。理由は色々あるけれど…
          好きな人の願いを叶えてあげたい、という気持ちが一番強かった。

          「しょうがないじゃないですか。本当にそう思ったんですから」
          「バーカ。」
          そう言うと、くるりと背を向けてさっさと掃除の残りを済ませ、ポツリと呟いた。
          「でも、お前の気持ち、俺すっげー嬉しかったぜ、長太郎」
          そしてそのまま、早足で部室へ引き上げていく。

          「あ、待ってくださいよ、宍戸さーん」
          慌てて後を追いかけながら、俺はさっきの言葉を噛み締めていた。
          俺のでしゃばりを、監督の心象を悪くしたんじゃないかと心配し、それでも嬉しかったと言ってくれた。
          怒っているような言い方も照れているだけ…
          ああ、俺もうだめかもしれない。嬉しすぎて宍戸さんLOVEゲージが振り切れそうだ。
          今までも何度も二人きりの練習のときにだめかも…と思ったことがあったけど
          宍戸さんの心境を思い、気迫を感じ、何とか踏みとどまってこられた。
          拒絶されて今までの関係が壊れてしまうのも怖かった。
          しかし、今日は…非常にまずい。ダメだダメだと思うほどに、気持ちは昂り、前を行く背中に思わず手を伸ばして、
          力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られる。

          そんな俺の葛藤を知らずに、宍戸さんは誰もいなくなった平部員の部室から、レギュラーの部室へと荷物を運びこんでいく。
          俺はなるべく宍戸さんの顔を見ないようにしながら、荷物運びを手伝った。
          「なあ、お前どうかしたのか?」
          荷物を運び終わって、着替えようとした時、宍戸さんが俺の顔を下から覗き込んだ。
          (を見ないようにしてきた俺の努力を…
          ばっちり目が合った瞬間、理性の糸がブツリと切れた。

          気がつくと俺は、自分より一回り小柄な宍戸さんの身体を、思い切り抱きしめていた。
          嫌われてこれまでのようには付き合ってもらえないかもしれない、という俺を踏みとどまらせていた恐れも何もかも、
          その瞬間吹っ飛んでいた。
          「宍戸さん。俺…ずっと好きだったんです。宍戸さんが好きです。」
          戸さんの肩に顔を埋めて、ずっと言いたくて、でも言ってはならなかった言葉を告げた。
          その言葉にビクリ、と肩を震わせると、
          「ちょっ、お前、やめろ。放せって。」
          驚いた顔でただ俺を見つめていた宍戸さんは、俺を押しのけようとする。
          「嫌です。放したら、きっと逃げるでしょう?それでずっと俺のこと避けるでしょう?俺、本気です。
           男相手にこんな冗談言うわけないです。」

          言ってしまった言葉は戻らない。うやむやにされるくらいならきっぱり拒絶されたほうがずっとマシだった。
          俺は審判を待つ罪人の心境ってこんな感じかも、と頭の中の妙に冷めた部分でそんなことを考えながら、
          宍戸さんの返事を待った。


          「逃げねぇよ。マジ痛ぇから、加減しやがれ」
          「すみません…」
          腕の力を弱めると、宍戸さんは「ふぅ」と息をつき、そして俯いて
          「イキナリ驚かせるなよ…」と呟くと俺の背中をポンポンと叩いた。今度は俺がビクリとする番だった。
          てっきり「オラ放せ、この馬鹿ヤロウ!気持ち悪ぃこと言うんじゃねぇ」と罵られるかと思っていたから。
          宍戸さんは宥めるように俺の背中を叩きながら、痛ぇよこの馬鹿力、とかブツブツ俯いたまま呟いていた。
          「宍戸さん?」
          覗きこむと、顔が赤い。これまで髪で隠されていて日に焼けず、白いままのうなじも真っ赤になっている。
          「俺も、おまえのこと好き…かもしれない」
          耳まで赤くして、やっと聞き取れるような小さな声で言った。
          「っ!!本当ですか?」
          「・・・ああ。他の野郎にこんなこと言われたら気持ち悪ぃだけだけどよ…お前は…違うような気がする
          「俺、嬉しいです。宍戸さん!」
          信じられない宍戸さんの告白に、俺はまたも力いっぱい宍戸さんを抱きしめる。
          今度は文句を聞き入れるつもりはない。
          届かないはずの想いが、届いたのだから。

          ジタバタ暴れる宍戸さんのうなじにそっと触れると、くすぐったそうに身じろぎする。
          長かった髪がバッサリ無くなってしまったことが悲しくて
          「髪、勿体なかったですね。綺麗だったのに」とポツリと漏らすと
          「んなもん、また延ばしゃいーだろ」
          きっぱりとした返事が返ってきた。
          「そうッスね!」
          自然に顔がほころぶのを感じながら俺は答える。この潔さがますます愛しい。

          気持ちが通じただけで信じられなくて、満足だと思っていたはずだったのに、こんなにも貪欲な自分に驚きつつ、
          せっかくのチャンスをものにしない馬鹿はいないよな、と、また暴れだした宍戸さんの顎を捕まえて、強引に仰向かせ
          「好きです…」
          ともう一度万感の思いを込めて、ため息とともに言葉を吐き出して、そっと口付けた。

          唇をはなすと、宍戸さんはさらに真っ赤になって口元を押さえて、
          「なにしやがる…」と俺の頭を思いっきりはたいた。
          そして背を向けるとさっさと着替えて帰り支度を始めた。
          そんな宍戸さんの様子にくすくす笑いながら、俺も手早く着替える。
          はたかれた頭の痛みすらも愛しいと思えるほど、甘い幸福感に浸りながら…
          「可愛いですね、宍戸さん。好きですよ。」
          次々と溢れてくる愛しさをつい口にだしてしまうのだった。

          「馬鹿言ってねぇで、オラ、とっとと帰るぞ。」
          照れ隠しに大声で言って、俺をガスッと蹴っ飛ばすとそそくさと部室を出て行く。
          後について外に出ると、もう星空が広がっていた。
          俺は、宍戸さんと見たこの風景をきっと忘れないだろう。
          叶うはずのない俺の想いが叶った瞬間を、そして俺と宍戸さんのBrandnew Daysが始まった瞬間を…






          あとがきみたいな言い訳
              なんでしょう、このクサさ…ごめんなさい。笑ってください。あの歌を聞きすぎるとこうなってしまいます。
              そして、滝さんにあやまります。たっきーそんな悪人じゃないと思うよ…



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