モノクローム

管理人 : 倉成


12月2日

夕日に照らされて金色に輝いているススキ林の間の細道に僕はいた。辺りには他に何もない。地平線の彼方までススキ林が続いているだけだ。まぶしいほどに輝いたススキは、奇妙なほど均一な長さに生え揃っていた。時折風が吹くとその先端が小刻み揺れ、さらさらと気持ちよさそうな音を立てた。

細道をまっすぐ進むと、やがて黄色と黒の縞模様の建造物、踏み切りが現れた。どこにでもあるような踏み切りだ。しかしそれは西部劇に登場するロボットのように、この場にまったくと言っていいほどそぐわないものだった。踏み切りの前の空間だけが取り残されたかのようにぽっかりと丸く空いていた。線路は背の高いススキの穂に遮られて、見ることはできなかった。そして、その空き地の端に彼女は座っていた。

彼女は膝を抱えて下を向いたまま、指で土に落書きをしていた。それは何か重要なことを暗示している螺旋模様にも見えたし、電話の横に置いてあるメモの意味のない線の集まりのようにも見えた。

近づいていくと、落書きに僕の影が重なった。背中からあたる夕日で影は身長の倍ぐらいの長さになっていた。たぶん彼女はそれに気づいているはずだが、気づかなかったかのように落書きを続けていた。

僕の心臓はバクバクと早鐘のごとく脈を打ちつけていた。無意識のうちに膝がガクガク震えた。緊張しているのだ。何度も何度もこのときのことを想像していろんな台詞を考えたはずなのに、いざこうして目の前にしてみるとその内容はすっかり抜け落ちてしまっていた。

焦るな。焦らなくても彼女は逃げやしない。

気を落ち着かせるために僕は大きく深呼吸をした。そして意を決して屈み込み、彼女に声をかけた。

「久しぶりだね」

極力しっかりした声で言ったつもりだったが、語尾が少し震えてしまった。まだ気が動転していてうまく声が出せなかったのだ。

その言葉に反応し、緩慢な動きで彼女は顔を上げた。それから少し目を見開き、驚いたような、少し困ったような、そんな感情が入り混じった表情をした。

「元気にしてたかい?」

「うん。そっちは?」

「元気だよ。変わりはない」

そう言って僕は彼女の隣に腰を下ろした。風になびいた彼女の髪がふわりと浮いて流れてきた。僕の記憶が正しければ、最後に見たとき肩より少し上ぐらいのショートカットだったはずだ。でも今はそれよりもだいぶ長い。

「髪、また伸ばしたんだね」

「似合う?」

「よく似合ってる。かわいいよ」

彼女はにっこりと笑った。屈託のない笑顔。それは僕が今までずっと待ち望んできたものだった。

それからは一気に打ち解けることができた。他愛のない話ばかりだったけれど、本当に楽しかった。彼女は笑い、僕も笑った。相変わらず彼女はよくしゃべった。それは僕のよく知る彼女だった。何も変わっていない。まるであの頃が戻ってきたかのようだ。

これで心の準備はできた。僕にはどうしても伝えなくてはならないことがあるのだ。話が途切れたときに頃合いを見計らって思いきって切り出してみた。

「ねえ、聞いてほしいことがあるんだ」

「なあに?」

口もとに微笑を浮かべながら、彼女は首を傾げた。そんな些細な癖も僕には懐かしく感じられた。

「君のことが好きだ。今までもずっと好きだったし、これからもそれは変わらないと思う」

言ってしまったら急に肩の荷が下りたような気がした。今まで言えなかったことがようやく言うことができたのだ。

僕は動かない。彼女も動かない。ススキの穂が楽しそうに合唱していなかったら、時間が止まってしまったかのように思ったかもしれない。

気の遠くなるような時間が流れてから、彼女はようやく口を開いた。

「そう。でも――」

列車が通り過ぎた。景色がくるくると変わっていく。彼女の言葉は轟音と突風に呑み込まれてしまった。続きが早く聞きたかったけれど、訊き返す僕の言葉も届かない。

諦めて僕はその列車が通り過ぎるのを待つことにした。しかし、列車は一向に終わる気配を見せなかった。次々と際限なく新しい車両が現れては、理不尽に轟音と突風を撒き散らしていった。長い長い列車だ。いつまで経っても終わらないような気がした。その間彼女はじっと僕のことを、僕だけのことを見つめていた。

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