いつもと変わらぬ日常
――――――なあ、波児
――――――あ? なんだ…?
――――――ちょっくら、実家(ドイツ)に行ってこようと思ってんだ
――――――ああ、珍しいじゃねーか。お前の方から出向くなんざ
――――――まあな。……やり残したこともあるし。あいつも……………あいつが一緒に 行くっつーからよ
――――――そっか。……気をつけてけよ
――――――……ああ
+ + + + +
「あいつらが消えて、2年経つのね〜」
窓の方へ視線を向けたまま、誰にとはなく呟く。
「どうしたんだ、ヘヴンちゃん? 出し抜けに」
「あいつらがいなくなったのって、今くらいの時期だったじゃない。波児曰く、ドイツへ行ったんだっけ?あの万年金欠症なあいつらが、海外に行く金なんてあるものですか。きっと、借金かなんかして、どうにも首が回らなくなって夜逃げしたのよ」
「おいおい……それは、ちょっと言い過ぎなんじゃ……」
「そーなんですか? ヘヴンさん。だから、ちょっと行って来るって言って、2年も行方知れずなんですね」
「そーよ、絶対!! ヘタすると、取立て屋にスマキにされて、今頃太平洋に沈んでいるかもしれないわね」
「え〜ッ、二年間も海の中にいたら、ふやけちゃいますよね〜」
賢明な波児は、そういう問題じゃないと思いはしても、口に出すことはなかった。
「今すぐ、助けに行かなくちゃ」
「そ〜です! 行きましょう、先輩」
「行くっきゃないよね、レナちゃん」
頭の中はすっかり海難救助隊な2人に割って入るのは、相も変わらず豊満なボディの持ち主なヘヴンだった。
「待って、2人とも。意気込みは買うけれど、今から行っても手遅れよ。あの辺りはサメの棲み処(すみか)だから。ひとたび人なんかが入り込んだら、まずサメの餌食。運良くサメに出くわさなくても、激しい潮の流れで、それこそ死体すら浮いてこないわよ」
「え〜、そうなんですかぁ?」
気づけば、HONKY TONKの看板娘2人のおかげ(?)で、話はあらぬ方向へと進んでいく。
ひとりため息をつく波児。
それも、常と変わらぬ風景だった。
+ + + + +
カラン……
ドアベルが、来客を伝える。
「いらっしゃ……………?!」
不自然に途切れた波児の声に、その場にいたヘヴンと夏実とレナまでもが、入り口へと視線を移した。
「久しぶり〜波児さん。あ、みんなも、久しぶり〜♪」
眩しいくらいの明るい声の後に。
「よう、みんな変わんねーなぁ。お、ヘヴンもいんのか。胸ちぃーっとばかし垂れたんじゃねー か? エステ行けよ、エステ」
傲慢なくらいの強気で遠慮のない声が続く。
「蛮さん!! 銀ちゃん!!!」
「えへへ、夏実ちゃん久しぶり。レナちゃんも久しぶり〜vv まだHONKY TONKで働いてたんだ」
「働いてますよぉ〜もう、2年もどうしてたんですかぁ?」
「まだ、奪還屋さん、続けてたんですね。今日はその子奪り還してきたんですか?」
銀次の腕に抱かれた赤ん坊を、夏実とレナが揃って覗き込む。
「かわい〜vvv」
「かわい〜ですねvv」
赤ん坊はつぶらな黒い瞳をクルクルと2人に向けている。別段驚きも戸惑いもしていないの は、小さいながらに大物っぷりを現していた。
「えー、なに言ってんの、2人とも。この子は“オレの子”だよ。やだなぁ……ほらぁ、似てるで しょ」
暢気に明るく言う銀次の言葉に、2人して瞬間冷凍され。
しかし、すぐさま解凍された2人は、同時に驚きの声を上げる。
「ええ――――――ッ、銀ちゃんの子ぉ―――!!!??」
「ホントですかぁ?」
「うん。ホント、ホント。凛(りん)って言うんだ。女の子でね、もうすぐ2才なんだ。ほら凛、よろしく〜して?」
銀次が凛に挨拶なさいと催促したとたん、ペシンと小さな手が顔面を叩いた。
「痛ぁ〜…酷いよ、凛。なんでペシするのぉ……?」
「銀ちゃん、かっこ悪い〜」
キャラキャラと楽しそうに笑う2人に、銀次も満更でもない嬉しそうな笑みを返す。
「…ちょ…ちょっと?! なに、ホントなの? 銀ちゃんの子って……この、子…?」
話のやり取りを、カウンターに腰を掛けたまま聞いていたヘヴンも、やはり驚きを隠せずに凛に近づく。
「ヘヴンさんも、変わりなく艶っぽいね〜」
「あら、ありがとv」
動くたびプルンと揺れる胸は、相変わらず銀次には目の毒だった。
「ほら、この人はね〜、ヘ・ヴ・ン・さんって言うんだよ〜vv よろしく〜凛です〜」
凛の頭に手をやって、ペコリとお辞儀をさせる。しかし、それが気に喰わなかったのか、その銀次の行為で凛のご機嫌は一気に下降線を辿ってしまったようだった。
「あッ…いたたたたた―――ッ、凛、痛いってば」
銀次の金髪を掴んで、ギューギュー引っ張り出す始末だった。
「おい、凛。なにご機嫌ななめになってんだ? 銀次も、チビにやり込められてどーすんだよ。―――ったく」
凛を銀次から受け取った蛮が、呆れた口調で2人を嗜める。
「あら」
「まあ…」
「なんだよ」
凛を抱き上げた蛮の口調に反して、やわらかな表情と。
腕の中の凛の嬉しそうな表情とが、酷く似通っていることに、皆一様に驚きを隠せない。
「銀ちゃんの子と言うよりも……」
「うわぁ……v 蛮さんと凛ちゃん、そっくりです〜」
「かわいステキです〜」
女性の方が唐突な出来事にも強いというのは、いまだ現状把握ができないでいる波児を見れば明らかだった。
「そりゃ、当たり前だろ。オレの子なんだからよ」
今日1日で何度驚いただろう彼女たちは、蛮の言葉に再び容赦なく驚かされたのだった。
+ + + + +
「蛮くんの……子?」
「ああ」
「でも、銀ちゃんは銀ちゃんの子だって言いましたよ」
「うん!! オレと蛮ちゃんの子だよ〜」
「………………はあ?」
銀次と蛮を除いた4人の頭は、理解しているはずなのに理解できないという、摩訶不思議な状況に陥っていた。
カウンターの定位置に腰掛けてコーヒーを注文する様子は、2年前と何ら変わりはないのに。
蛮の膝の上には、蛮のミニチュアのような凛がいる。
「波児、ガキ用にジュースな」
「あ……ああ…」
いつもの波児なら「ツケで飲むんじゃないだろうな」とか「水なら出すぞ」なんて嫌味のひとつでも出ようものだが、さすがにショックからまだ抜け切らないのだろう。
蛮に言われるがまま、オレンジジュースをコップに注いでいる。
「ほら、オレンジだ。……専用カップとかじゃなくていーのか?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言ってコップを受け取ると、
「凛、両手で持てよ。そう……慌てずにゆっくりな」
コップの底を支えてやって、一気に呷(あお)ったりしないように、調節しながら飲ませてやる。その様子はまさに親子のそれで。
波児は疑いようのない事実に、なんとか自分を納得させるのだった。
しかも、そんな2人をこれ以上ないくらい幸せそうな笑みで見つめている銀次を見れば、尚の事信じざるを得なくなってくる。
「2才……だったか? その…凛は」
ふと思い出して確かめてみたくなった波児は、必死でジュースを飲む凛を見つめながら、銀次とも蛮ともなく聞く。
「うん。2ヶ月後に2才になるんだ。可愛い盛りって言うのは、本当だね〜。オレ、ホントに可愛くって、目の中入れちゃえそうだもん」
応えたのは、すっかり舞い上がっている銀次だった。
相変わらず言っていることがよくわからないのも、らしいと言えばらしい。
「…………と言うことは、だ。実家(ドイツ)に行くって挨拶に来たときには、お前は妊娠8ヶ月だったってことか?!」
今でもはっきりと思い出せる記憶の中の蛮の体型は、今とさして変わってはいなかったはず だ。まして8ヶ月の目立つ腹などではなく、細身のすっきりとした体型だったように思う。
「ああ。……オレ、あまり腹が突き出る体質じゃなかったみたいだな。しかもこいつ、未熟児で産まれたからな」
そういう問題でもなかろう……。
しかし波児は、それ以上突っ込むこともなく。納得することにしたのだった。
今更なにをどう思ったって、現に子供は目の前にいるのだから。
「目の色は黒いんですね、凛ちゃんは」
夏実が、凛の目の位置に屈み込んで言う。
「ああ……こいつの瞳は、銀次に似たんだな」
「え……銀ちゃんですかぁ?」
夏実どころかレナまでも思わず銀次を見つめてしまい、2人にマジマジと見つめられた銀次はどうしていいかわからず、ただ照れ笑いを浮かべる。
「銀ちゃんの目、黒じゃないですよ」
「目が大きいのは、そっくりですけど…」
レナのそっくり発言に「え、そう?」などと暢気に照れている銀次だった。
「あ?!……ああ。こいつ、昔は目も髪も黒かったんだぜ。まじ、凛とそっくり」
そう言う蛮も、もちろん昔の銀次など見たことはないが、かろうじて残っていたという、ボロボロになった黒髪の頃の銀次の写真を見せてもらったことがあった。
「ちあ〜う! しょっくりやな〜い〜」
盛り上がる大人たちの言葉を遮るように、舌っ足らずでたどたどしい声が割り込んできた。
「なんか……凛ちゃん、怒ってますけど」
「そうなんだ。こいつ、銀次に似てるって言うと怒るんだよ、なぜか」
「え〜、なんででしょうね〜」
「なんでだよぉ〜、り〜ん〜(>_<)」
蛮に抱かれた凛を覗き込んで悲しみを訴える銀次だったが、ぷいーっとソッポを向いてしまった凛には、銀次の切なさは到底伝わらなかったのだった。
+ + + + +
「それはそうと、あんたたち……、仕事はどうするの?」
「仕事?」
唐突に、ヘヴンが思い出したように、声を上げた。
銀次が暢気に返事を返す。
「奪還屋よ。これからどうやって生活していくつもり?」
実のところ、ドイツから帰ってきてすぐここに直行してしまったので、今後のことは何一つ考えていなかったというのが本当のところなのだが。
「働くよ! また奪還屋(GetBackers)やって。ね、蛮ちゃん」
「ああ。家賃も払わなきゃなんねーし。こいつの食い分も増えたしな」
凛を見る目は殊更優しい。
あれから2年。
おそらくは想像以上に様々なことがあっただろう彼らは、しかし以前より落ち着いて穏やかになった。
「じゃあ、やるのね。ちょうどあんたたちにピッタリの仕事があるんだけど、仕事再開のお祝いにどうかしら?」
「わあ〜☆ ヘヴンさん、ありがとー!!!」
「ケッ、以前みたいに怪しいモンじゃねーだろうなぁ。テメーの持ち込む仕事は、油断ならねーからな」
「なあに? そんなに言うんだったら、仕事あげないわよ」
「ええー!! ヘヴンさん、待って待って。ば…蛮ちゃんも本気で言ったんじゃないから。ね、 ね、やります! やらせていただきます!! どんな仕事でも、ね」
「オレらにピッタリってことは、オレら以外適任はいねーってこったろ。遠慮すんな。やってやるぜ。オレらにかかれば、アッと言う間だからな」
――――――これも、変わらぬ日常。
2年前までそう思っていた時間が、再びゆっくりと動き出すのだった。
END
ここまでお読みくださいましてありがとうございまいた。いやはや、なんと言っていいやら…(-_-;)ははは……。笑って許してくださると嬉しいかぎりです。実はこれが嬉し恥ずかしシュサの処女作です。正真正銘。それが、パラレル夫婦(コブ付き)話なんて。しかも中途半端なとこで終わってるし。つーか、まだまだ終わってないんですけどね〜。いわば第1章ってとこです。そのうちいつか、続きを書きたいです。いつになるかはシュサのノリしだい〜(^_^;)ホントはこの後にエッチーシーンがあるんです(^_^;)……ってそこ書けって? そのとおり! 管理人 |
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