雛祭り。
我が家では圧倒的に女性の数が多い。
小さい頃はよく分からない理由で俺の為とか言って雛人形を出された記憶がある。
今ではそんなのは関係なく自分たちの為に出されていたのが分かった。
そして、今でも雛人形は飾られている。
「良い歳なんだから、もう出すのやめろよ……」
「煩いッ!娘が出来た時の為に飾ってんのよ」
そんなのはただの理由であって、否、伯母にとっては本当の理由なのかも知れないが。
他の理由として着物を着たいというのもあったのだろう。
「女の子の日だから良いじゃないのよ」
「……女の子って云う歳かよ」
パキッと音が鳴る。
その音が鳴る方へ目をやると、孝子が持っているビールの缶がヘコんでいた。
「何か言ったかしら?」
青筋を立てながらそう言った。
「いいえ、何も」
そう言わなければいけないという状況なのは長年の付き合いで分かっている。
「フフッ、2人は仲良しね」
「どこが!」
「あ〜ら、竜也は私が嫌いなの?」
ふふんと笑いを浮かべながら俺の座っていた場所に近づいて来た。
「ちょ、孝子酔っぱらってるだろ……」
遠ざかろうにも腕を捕まれ動けない。
「これくらいで酔っぱらう訳無いじゃない」
大抵の酔っぱらいはそう言う物だ。
「離れろって……」
「あー、何々?私も混ぜてー」
帰ってきた百合子が孝子と別の方の腕を掴む。
「ちょ、百合子!」
本来の男性ならば美女2人に囲まれるのは嬉しいことであろう。
だが、俺は嬉しくも何ともない。
しかもよく知っている伯母2人だ。
喜べる筈がない。
「百合子ッ!」
俺を無視し、頭上で会話が始まる。
「分かりました、お姉様っ!」
ビシッと敬礼して見せながら笑顔で階段を駆け上がって行く。
「……どうしたんだ?」
「すぐ分かるわ」
「お待たせー」
「ほら、竜也行ってきなさい」
「え、あ、何?」
ソファーから立たされ背中を押される。
「はーい、ご案内〜」
「……百合子、まさか」
「そのとーり!さ、脱いで脱いで」
「止めッ、か、母さーん」
助けを呼ぶが絶対叶わないだろう。
幼少から分かっていた事だ。
何だかんだでこういう事に関して母さんは傍観者なのだ。
寧ろ喜んでいる気すらする。
「百合子ッ!はーなーれーろっ!」
「これ着たら、離れたげる」
ピンク色の可愛らしい着物を指さしながらぎゅうぎゅうと俺にしがみつく。
「嫌に決まってんだろ!」
「……写真」
「は?」
「竜也の小さい頃の写真をシゲちゃんたちにあげても良いんだけどな〜」
「はっ!?」
「どうする〜?」
百合子の目が本気なのは分かった。
「脅しか……?」
「どうかなー?」
俺が着なかったら確実に写真は配布されるであろう。
俺の幼少時代の汚点。
孝子や百合子に着せかえ人形の如く遊ばれ、大量に撮られた写真。
……悲しいかな現在に至り、脅される事になろうとは。
「……分かった」
「よーし!」
上機嫌になり、鼻歌を歌い出しながら俺の着付けが始まった。
「はーい、御披露目」
「あらあら」
「遅かったわね、にしても、見事に化けたわね」
「どう?力作」
「たっちゃん可愛いー」
軽く拍手をしながら喜び出す母さんに軽く目眩を覚えながら俺は孝子の近くに行った。
「……着替えて良いか?」
「駄目に決まってんでしょ。もう少し待ちなさい」
「もう少し……?」
突然部屋中にピンポーンという音が鳴り響いた。
「来たっ!」
「へ!?」
缶ビールを握り締めながら孝子がダッシュして玄関へ行く。
「いらっしゃーい、さ、上がって上がって」
その声に応えるように複数の声が返ってきた。
「お邪魔しまーす」
聞き慣れた声ばかりなのは俺の気のせいか?
寧ろ誰が来たにしろこの格好を見られる訳にはいかない。
「……っあ」
腕をガシッと取られる。
「折角皆来てくれたんだから御披露目しましょ、たっちゃん」
母さんのこの発言に百合子は爆笑していた。
「……母さん」
俺の行き場のない気持ちは次に来た人物たちで打ち破れた。
「たつぼーん」
「おい、水野来てやったぞ」
「みーずの!」
「すいません、お邪魔します」
「えと、これ功兄から」
目の前が真っ暗になる気がした。
視線が合った瞬間、奴等と俺の時間が止まった気がした。
「取り敢えず集めれる連中だけ呼んであげたわ、喜びなさい竜也」
「……っ!」
「たつぼん、可愛ぇ!」
「水野!何それ!滅茶苦茶可愛いー!俺のため?俺のため?」
「バーカ。俺のために決まってんだろ、な、水野」
「水野君きれー……」
「あぁ、良く似合っている」
「……嘘だ」
今まで築き上げた俺のイメージが音を立て崩れさっていく。
「……最悪だ」
近寄ってくる奴等を気にもせず俺は自分の内へと逃げ込んだ。
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07.3.3