３章 道中苦難
「……普通、軍隊で行くなり、家来を行かせるもんじゃないの？」
ファは諦めたような口調で言った。
ヤイムはにこりと笑った。
「隣国に軍隊で行くわけにはなるまい。戦争と間違えられる」
「だからって……たった三人なんて……」
「王がどうしてもと言いましてね。仕方ないのですよ。うちの王はまだまだ甘ちゃんですからね。自分の手で国を救いたいのでしょうね」
ロナルドの毒舌に、王は渋い顔をして、ファはそっぽを向いた。
ヤイム、ロナルド、ファは国境を越え、山道を歩いていた。
一度話した以上、ファは妹の所まで案内すると言い、王はそれに付いていくと言い、王の説得を諦めたロナルドも付いてきたと言うわけだ。
当然の事ながら、ファはロナルドが大っ嫌いである。側を歩くだけで腹が立つほどだ。
そしてまた、恐れてもいる。
ロナルドが妹に対して酷い事をするのではないかと思い、同行を力一杯反対した。
それに対しロナルドは「花さえ見つかれば絶対に何もしない」と誓い、ヤイム王も次にやったら首を飛ばすと言っていた。言葉通りの意味で。
「ファ。そう言えば妹ご名前をまだ聞いていないのだが」
「……アレアよ。繰り返すけど、妹は本当に病弱で、まだ平和な隣国の叔母の方に預けたくらいなんだから、驚かさないでよね」
「分かってる。誓って何もせん」
ヤイムは大きく頷いた。
空が暗く、遠くから小さな雷の音が聞こえてきた。
今日はこれ以上進むのは危険だとの判断で、近くにテントを張ることにした。
歩みは遅々として進まない。
隣国に花の存在が知れたら危険だと言って、ロナルドは出来るだけ人里離れた道を歩いているのだ。
粗末な夕飯（食べれるだけ幸せだ。平民はほとんど一日一食か二食なのだから。）を食べ、一心地すむと、いつものようにロナルドは見張りに立ち王とファが残された。
「……なあ、ファ」
「何？」
ファはもはや王に敬語を使っていない。
ここに来ているのがお忍びなので敬語を使わないように王に言い含められたのだ。
「ロナルドのことを許してやってくれんか？」
「……」
ファは返事代わりに眉を寄せ、きつく歯を噛みしめた。
正直、名前を聞くのも話題にするのも嫌だった。
「ロナルドは国を、民を、人を憂いたからこそ容赦ない行いをする。俺はどうしても、誰かを殺す決断とか、裏の世界を敬遠しがちだ。それならいっそ俺が替わってやりたいとすら思う。本当にどうしようもない甘ちゃんだ。
ロナルドは俺の従兄弟でな。俺よりよっぽど王に向いている。だが決してなろうとしない。俺を補佐し、支えてくれる。ファにしたことも多分、悪意からではないのだ」
「嫌！」
とりつくしまもない。
ファは立ち上がった。
「あんな奴、大嫌い！！あいつを庇うヤイムも大嫌いよ！！」
「ファ……」
「あいつは父さんの敵よ。あいつに父さんは殺されたのよ！
私だって地下室で、どんな目にあったか……。ヤイムは知らないくせに！……絶対、許さないんだから！」
これ以上話す気はない、とファはテントの外に飛び出した。
後に残されたヤイムはぽつりと言った。
「ううむ……。ロナルドはファのことを好いているように思えるのだがなぁ……」
いかんせんファがあれでは仕方ない。
ロナルドは決して態度にも言葉にも出さない。
だが王は何となくそうではないかと感じ取っていた。
その勘は決して外れていない気がしてならなかったのだ。
「どちらへ行くのですか？」
「……」
ファは外のロナルドに言われても無視をして通り過ぎた。
「お待ちなさい」
「痛っ……。放してよ！」
捕まれた左手は先日の牢屋にいたときに痛めていた。
「外は地盤が緩く、危険です。野犬や、化け物も出る。外出はおよしなさい。
それと……妹と共謀して先に逃げないとも限りませんしね」
ファはかっとして怒鳴った。
「そんなことしないわよ！！馬鹿にしないで！あんたなんか大っ嫌い！！」
「知ってますよ」
ロナルドはしれっとして答えた。ファは怒りにまかせてロナルドの手を振りほどき、テントに戻った。
「……お前も損な役回りだな」
ファと入れ替わりにヤイム王が出てきた。そして呆れ声で言う。
「素直に心配だからやめろと言えばいいのに」
「何の話でしょうか？」
ロナルドは微笑んだ。
ヤイムは肩をすくめた。
「なんでもない。お前みたいに頭で物を考える恋は大変そうでかなわん」
ロナルドに「やめろ」と言われて素直にやめるファでないだけになおさらだ。
「お話しが分かりかねますね。私はただ単純にファ嬢を逃がさないようにしようと思っただけですが」
ロナルドは一分の隙もない笑顔だった。
王は首を振って「そのスキルが俺にもあったらなぁ」などと言いつつ、テントに戻る。
王とファはついたての反対側でぐっすり眠っている。
朝までロナルドは外でただ一人、月を見ていた。
目を細めて、考えるそぶりで。
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