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僕の名は、アル。アルフォンス・エルリック。 今日は兄さんと共に、久しぶりに軍司令部までやってきた。 (中略) それにしても助かったー・・・。 本当に軍施設の内部って怪しいんだよね。何をしているのかさっぱり分からないからより怪しい。何より錬金術師って一風変わった人が多いし。大佐はもとより師匠も少し変わっているし、師匠の旦那さんも・・・、不思議な人だよなぁ。ああ、あと物凄くマッチョなあの少佐も、変わっている。優しくて強くていい人だったけど。 そんな事を考えながらも、僕はゆっくりと中尉の後ろをついていく。 廊下に微かに木霊するのは、金属音の足音だ。だから、気をつけないと大きく響いてしまう。・・・何故こんなに静かなのだろう。 ふいに静寂だった廊下に小さく聞こえてくる音に、中尉は足を止めた。 何処からか漏れて聞こえるハミング。 ハミング?!・・・これは、ハミング、でいいのだろうか。 野太い低音で渋味のある癖に偉く陽気でホップで・・・・・・ 「・・・不気味ね」 中尉が的確なコメントを落とした。 僕も頷き音の発信元を探るように廊下の先を見渡した。 ふと先に気付いた中尉が1つのドアを無言で指し示し、そこには『男子専用更衣室』と書かれている。・・・てか何故に軍に更衣室? 「シャワー室も兼ねているのよ。夜勤は交代制だから」 「・・・なるほど」 疑問にさらりと答えてくれた中尉は、何事もなかったかのようにあっさりと前を通り過ぎる。 しかし、僕はあっさりと通り過ぎれなかった。 ・・・・・・気になる。 ドアの『男子専用更衣室』の下にある『覗き厳禁』という文字も気になるのだが、この声には聞き覚えがあった。 ・・・低く、渋いバリトンがリズミカルにハミング。恐い。 僕はそっと、ドアを開けて、中を覗いた。 ・・・いや変態じゃないよ。断じて言うけど、気になるだけだよ。 気分はホラー映画かサスペンス。殺人鬼ジェイソンか家政婦えつこ。 この声は効果音としてはホラーだが、・・・殺人鬼に襲われるシャワー中のおっさん、というのは余りに不味い画なので、やはり家政婦は見た!の方かな。・・・つまりやっぱり覗きなのか。 恐る恐る、室内を覗く。 更衣室の正面、ドア向かいの壁には大きな鏡があった。 その前に立つ人影。 大きくなるバリトンのハミング。 僕は、反射的に叫び声を上げていた。 「うわああぁぁぁ――――――――っ!!!」 「ぬおおおぉぉ――――――う?!」 突然の叫び声に驚いた鏡の前の人物が、叫び返した。 男は全裸だった。いや正確には、ほぼ全裸。 隆々と盛り上げる筋肉。眩しい汗。 腕を肩まであげたポーズのまま、上半身を捻り、振り返った。飛び散る汗が、彼の周囲で煌き、白い歯が光る。 驚きと唐突な上体の捻りに、全身の筋肉がビクビクビクビク震えている。 特にこちらに向けているケ、ケツが・・・・・・――― そして、ほぼ全裸の姿で唯一身に着けているのは、 ふーんーどーしー!! 「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁああ!!!!!」 「ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!」 負けずに叫び返すほぼ全裸の男は、例の 「アームストロング少佐、何をしてらっしゃるのですか?」 筋肉で紳士な少佐だった。 僕と少佐、2人しての大音声を(しかも僕のは恐怖の)聞きつけて戻ってきたホークアイ中尉が相変わらず冷静に言う。不思議だ。中尉、彼の姿を見て何も思わないんですか?!眉さえ動かしませんでしたよね?! ・・・・・・凄い人だ。 というかもっと凄い人がぁここに! 「ぬぅ?アルフォンス・エルリックではないか?久しぶりだな」 普通に挨拶されても、ごめんなさい、僕対応できません。 「いやはや、突然叫ばれて驚くではないか。普通に挨拶せぬか普通に。久方の邂逅に感激する気持ちは我輩も同じだがアルフォンス・エルリック」 いえ、さっきのは挨拶じゃないんです・・・。驚いたのはこっちです・・・。 そして『ぬぅ』で叫ばれると更に驚きます。 僕は、あまりの衝撃に、うまく言葉が出てこなかった。 「お、おひさ、おひ、おひさ、おひさし、おおお、おひ」 「落ち着いてアルフォンス君」 哀れむような同情の眼差しで言う中尉に、僕はコクコクと頷くしかない。 相変わらずほぼ全裸のアームストロング少佐は、ガバっと素早くポーズを変え、爽やかに笑った。 「ふっふっふ。我輩の美々たる肉体に見惚れておるな?」 僕は頷いていた首を慌てて今度は左右に振った。 同情の色を深め、中尉が溜息を落とす。 「それにしても一体・・・、何ですかその格好は」 そう、それこそ僕も聞きたかった! 「ふ、ふ、ふ、ふん、ふんど」 「何故に褌などを・・・」 未だ言葉が上手く出てこない僕に代わって、中尉が言う。 するとアームストロング少佐は、また豪快に笑って胸を反らした。 「これは、我輩の勝負下着である!!」 「・・・褌が、ですか?」 「褌が、である!!」 その部分を誇示する少佐は、凄く満足そうだ。力むときゅっとお尻が締まり、白い褌が眼に痛い。中尉もそれは同じようでこめかみを指で揉むように押さえ、それでも声は冷静に言う。 「止めて下さい。百害あって一利なしです」 「ぬう?!これは我がアームストロング家に代々伝わる勝負下着ですぞ!祖父もこれを身につけ祖母に求婚したのだ!」 「少佐もこれから誰かにプロポーズを?止めた方が宜しいかと思いますが」 「いや今から重要な会議があるのだ」 中尉の指摘はいちいちもっともで、しかも冷たく的確なのに、少佐は全くへこたれない。双方さすが、としか言い様がない。 その堪えていない少佐の様子に、中尉は声の温度を数度下げた。 「脱いで下さい。・・・問答無用で脱がせますよ」 「ぬう?!」 それはやーめーてー・・・っ! それ取ったら完全に全裸に・・・っ。害が甚大じゃなくなります。 さすがの少佐も、ホークアイ中尉の冷徹な声音に、不満そうに唸るしかないようだ。 唸りつつ、僕をチラリと見て、何故か満足そうに笑った。 そして、どうだ、とばかりに僕を示して言った。 「アルフォンス・エルリックも我輩と同じではないか」 がーん 中尉も僕を見て、またあっさりと納得して言う。 「まぁ・・・・・・・・・・・・、お揃いですね」 が、がーん お そ ろ い ? 衝撃の事実だよ兄さぁん!なんで今ココに居ないのさ兄さんのバカー! 確かに僕は裸と云えば裸だけど、でもコレは、コレは・・・ 「コレは褌じゃないんですー」 下半身に僅かに垂れている白い布を示して言った僕の情けない声に、中尉は興味深そうに注視して、首を傾げた。 「しかし、機能と形状は全く同じね、褌と。ならコレはフンドシです」 「そんな・・・言い切らなくても・・・」 首を傾げつつも、はっきり断言しきった言葉に、一気に力が抜けた。 と、その時、打ちひしがれる僕の肩を、力強い手が叩いた。 顔を上げると、少佐がにっこりと微笑んでいる。 僅かな前髪をふわりと揺らして、頼もしい声で僕に言う。 「男らしいではないかアルフォンス・エルリック!」 ・・・―――男らしい?! 鎧になって初めて、いや生まれてこのかた初めて云われた言葉だ・・・ 「漢と書いておとこと読む男らしさだ!我輩とお揃い!」 その瞬間、僕の頭には『お揃い<男らしさ』というベクトルが成り立った。 はっきり言えば、『男らしい』という言葉が祝福の鐘の音と共に頭の中で鳴り響いていたのだ。 更にはっきり言えば、かなり嬉しかった! そしてアームストロング少佐は、少し寂しそうに呟いた。 「最近の若者は、この素晴らしさに気付いておらんのだ」 因みに『この』が示すのは『フンドシ』のことだ。 思った通り、ようやく兄さんと合流できたのは、宿舎の部屋でのことだった。 今朝とは一転して兄さんは機嫌が良かった。 資料室で大佐と会えたのだろうか。 「ああ、用もないのに来たぞあの無能大佐」 聞けば兄さんは楽しそうに言う。そんなに嬉しかったのか。ちょっと複雑。 兄さんは更に楽しそうに、ニヤリと笑って言った。 「閉じ込めてやった」 「え?」 「だから、あの無能大佐を、」 「え?なに?」 要領を得ない僕に、兄さんは瞳をキラキラと輝かせケケケと邪悪に笑う。 瞳は無邪気なのに笑いは邪悪。凄いギャップ。というか器用なことを。 そして兄さんは至極満足そうに言う。 「資料室に閉じ込めた。電気を壊してからドアを壁に練成して」 さすがだよ兄さん! 資料室には窓がなく、換気口しかない。 しかも場所が場所だから、あの大佐も焔など出せないだろう。もし燃え移ったら一気に全ての資料と書類が灰になる。待っているのは中尉のお説教と地獄のような仕事の山と始末書だ。そして、火が練成出来ないとなると、真っ暗で錬成陣も書けない。電気を破壊されたが為に。 さすが兄さんだ。 そこで僕も今日の出来事を手短に兄さんに報告。 話が進むにつれて次第に無言になる兄さんに、しかし僕は気付かず、ただ弾む声を隠せなかった。 「それから少佐と話が盛り上がっちゃってさ。コレの良い所とか、」 またまた因みに『コレ』とは例の金隠しのことだ。うわ、凄い別名。 「もっと世に普及させようって話になってね、会を創ってまず手始めに軍内での勧誘から始めるつもりなんだ」 「・・・・・・・貝」 言葉少ない兄さんが不思議だ。 「あはは。貝じゃなくて会だよ兄さん」 しかしここはきっちり説明しておかないと。 「でもね、会員は軍人ばかりで皆忙しいから普段は個々に活動しようって事で、その名も『フンドシ個々に露出しよう友の会』って言うんだ。略して『フンコロ友の会』」 「キモイわッ!!」 「でね、偶にお菓子なんか作って、キャンペーンに配ろうか、なんて。会の名物お菓子にするんだよ。その名も『フンコロ菓子』」 「ダジャレかい!!」 「僕、副会長に任命されちゃった。もちろん少佐が会長で」 「断れぇ――――!!!」 「会のマスコットには兄さんをって言われてるんだけど。会員募集のキャンペーン時に、にっこり笑って『フンコロ菓子』配るだけでいいからさ。あ、出来れば褌着用で」 「イヤだぁぁぁぁぁ―――――!!!!」 絶叫すると兄さんは髪を掻き毟り、悶絶している。 おそらく、その光景をリアルに想像したのだろう。錬金術師には細部までいきわたる想像力は必須だ。今、兄さんの頭の中では、身体を鍛えた褌一丁の男達が煌く汗も鮮やかに、その中に埋もれている自分の姿が描かれているのだろう。 イヤダーイヤダーと、尚も髪をぐしゃぐしゃに掻きまわしている。 でも僕は思う。 兄さんが居れば、入会希望者は確実に増えるに違いない、と。 特に、あの大佐は嬉々として会に入るかもしれない。兄さんの傍に居られるとなれば、褌なんてなんの・・・その・・・・・・うっ イヤダーイヤダーイヤダーイヤダーイヤダーイヤダーイヤダぁ・・・・・・・ 先程兄さんが叫んだ台詞そのままに、僕は呻いた。 錬金術師には想像力が必須と言っておいて何だけど、この頭に浮かんだ絵はもの凄く嫌だ!! ああ、でも僕は錬金術師。 消えない!消えない!嗚呼、嫌な絵が消えない! 頭を壁に打ち付けても消えないよ!!! ■■■ リザ・ホークアイ中尉は忙しい。 書類を抱えて足早に廊下を歩いていると、ふと、ある部屋から呻き声とガンガンと鈍い金属音が聞こえてきた。ドアが僅かに開いている。 そこから中を警戒しつつ、覗き、ズサっと思わず反射的に1歩後退した。 部屋の中には、エルリック兄弟がいた。 兄のエドワードは髪を掻き乱して悶絶し、その直ぐ傍らの壁に、弟のアルフォンスが鎧の頭を何度も打ち付けて何かうわ言を呟いていた。 「・・・大佐が褌一丁」 耳を欹てた彼女は、聞こえた一言にまたもズザザっと後退した。 もはや本能的に。 暫し固まり、やがて、ふぅ、と重い溜息を落とした。 「やはり錬金術師は変わり者ばかりね」 そう、アルフォンスは気付いていないが彼も、彼の兄もやはり風変わりだ。常識の眼から見れば。例に漏れず錬金術師、ということだろうか。 そして彼女は、何事もなかったかのように再び足早に歩き出した。 「・・・私は忙しいのよ」 そう、彼女は忙しい。姿を消した大佐探しの為、余計に忙しい。 今見てしまった光景が、 自分の発した『お揃いね』から波及した事態だとは考えもつかずに、 爽やかに、忘れ去る事にした。 ■■■ 今日も僕らの周囲は賑やかだ。 ■ end ■
[佐渡 暁] |