カーテンの隙間から漏れる月光は、電気を消した部屋で絡みあう二人を照らし、
闇の中仄白く浮かび上がらせていた。
それはお互いを感じあうための行為。相手への思いを伝えるための手段。
………永遠の愛を紡ぐための儀式の一つ。
ベットでお互い横になり、背中越しにぎゅっと抱きしめる。お互いのぬくもり
を服越しに感じつつ、舌と唇を使って髪を掻き分け、隠されていた耳朶に軽く歯
をたてる。その瞬間、腕の中にいる愛おしい者から「あっ」っと軽く声が漏れた。
「相変わらず………敏感」
そう耳元でささやき、そのまま舌で耳を愛撫する。耳の裏側にも舌を這わす。
耳朶を唇で啄み、舌先で転がすように舐める。耳への攻撃が弱点なのは知ってい
る。だからもっとゆっくりと楽しみたい。声を出さないよう、ぎゅっとシーツを
きつく握りしめている、その姿がとてもいじらしく、たまらなく愛しい。絶対に
声を出させたい。加虐心が燻りをみせる。
少しきつめに耳朶を噛んでみる。それでも声は漏れない。今度は、舌先をとが
らせ、ゆっくりと耳の穴を犯す。いつもなら声がでていてもおかしくはなかった。
耳への攻撃の中では一番弱かったはずだ。しかし、今日は声を出さない。きつく
シーツを握ったまま、固く目を閉じていた。ますます、いじらさを強く感じた。
愛おしいと思う気持ちも強くなる。
ぎゅっと抱きしめる腕に力が入る。ちょっと苦しそうな顔を見て、あわてて力
を緩めようとしたがあえてそのままでいる。その苦しそうな顔を見ていたい。燻っ
た加虐心が強さを増す。………どんな可愛らしい言葉で許しを請うのだろう。そ
の発せられる言葉に興味を持った。そういうことを考えつつ、徐々に抱きしめる
力を強めていく。………どれだけ耐えられるのだろう? 我慢しなくてもいい。
だから、今は早く声が聞きたい。
ぎゅっと唇を結んで、苦しみに漏れそうになる声を抑える。正直きつくて、今
にも声が漏れるかもしれない。でも、その苦しみの中にもいつしか快感を見出せ
る様になっていた。愛しい者が与えてくれる苦しみ。その苦しみも愛を感じるこ
とによって、快感へと昇華する。その、幸せを伴う苦痛を感じると、ぞくぞくと
体が震える。
自分はおかしいかも? そんなことは気づいている。でも、愛する者がくれる
ものなら何でもよかった。例えそれが苦痛であっても愛おしく感じる。自分には、
愛する者以外、何もないから。愛する者以外、意味を持たないから。
きつく抱きしめられていた腕が解かれる。苦しみから解放され、大きく息を吸
う。そして目尻に浮かぶ涙を拭った。
「………あっ」
不意に声が漏れる。服の上から、胸をまさぐられた。指の動きによって、自分
の胸の形が変わるのがわかる。自分のもっとも気に入っている胸を触られるのは
うれしく思う。そして、それは精神的、肉体的にも快感をもたらす。
「ようやく………声を出してくれた」
後からうれしそうな声が聞こえた。そして、その声の主は着ている服を脱がし
にかかる。あっという間にシャツを脱がされ、指が直接胸に触れる。ゆっくりと
感触を楽しむような揉みしだき方。そして、いつもの様に繊細なタッチの指先で
胸の先端を転がす様に愛撫してくれる。
ゆっくりと、ゆっくりと執拗とも取れる胸への攻撃が続く。いつしか絶え間な
く声を上げている自分に気づく。その声を漏らす唇に、そっと指が這う。唇に沿っ
て指先を滑らせ、一周したところで口内に指が進入してくる。それを舌先でつつ
いて迎える。そして、差し出された指を一本一本唇でくわえ、舌を絡ませて唾を
まぶしていく。
「指………いれてほしいの?」
質問への答えを待たず、ショーツの中に手が入った。そして、敏感な穴へいき
なり2本の指が進入する。何度となく受け入れた指はすんなりと奥深く埋まって
いった。その指が自分の中で動くたび、今までにない強い刺激が、口から嬌声と
なって漏れる。強い享楽の刺激に頭がぼーっとなって、もう何も考えられない。
「それじゃ………いれるね」
その言葉に頷いたとき、すでにショーツは脱がされ、待ちきれずに大きく足を
開いた状態だった。そして、キスを求めつつ、巨大な物が体内に入ってくる感覚
に身を任せた。初めて受け入れたとき、正直痛みだけが先行した。しかし、幾度
と無く受け入れるうち、好きな人の一部が自分の体内にあるということに喜びを
感じ、それと共に肉体的な快楽も得られるようになっていった。
「……気持ちいい? 孝之ちゃん」
眼鏡の奥の瞳に喜びの色を浮かべつつ、愛美は孝之に聞いた。
「うん………。マナマナ……とっても気持ちいいよ………あっ」
「そう、よかった……孝之ちゃんが感じてくれて。こんなに大きくしてくれて。
ほら、もっと気持ち良くしてあげるから。……感じてね孝之ちゃん」
そう言って、愛美は孝之の唇に自らの唇を合わせた。そして、孝之の奥深く埋
められている自らの握り拳の指を一本一本開いていく。指を開くたびに温かな腸
の粘膜を爪がかすめ、孝之から喜びとも苦しみとも取れる声が漏れそうになる。
しかしそれは、愛美の唇によって押さえつけられ、荒い息づかいと共に唇を通し
て愛美だけに伝えられる。それがうれしくて、孝之の中にある掌をゆっくりと閉
じたり開いたりしてみる。
「ほら、こっちもしてあげる」
愛美は大きく隆起している孝之の物に手を伸ばす。鈴口から溢れるカウパー氏
腺液を指でのばす。その刺激だけで、孝之の物が激しく跳ねた。そして、ゆっく
りと掌で包み込み、上下に動かす。もう一方の手も、ぎっちりと締め付けてくる
穴の奥深くへ出し入れを始めている。
「あっ………だめ………マナマナ。………もう……すぐにいきそうだよ」
「いいのよ、孝之ちゃん。我慢しなくても。いつものように、お口にだして」
泣きそうな声をあげる孝之に、愛美は天使のような微笑みをみせ、孝之の大き
くなった物の先端を口に含む。その瞬間、孝之は達し、小刻みな律動とともに、
愛美の口の中にドロドロとした白濁の液を吐き出していく。その律動が収まるま
で、愛美はゆっくりと顔を上下に動かし、最後の一滴まで搾り取ろうとする。
「………マナマナ」
孝之はそっと愛美にキスをする。そして、唇を割り、舌を愛美の口内へといれ
る。まだ、自分の吐き出した物が残る口の中に。ドロドロとしたなま暖かい感触
が舌に伝う。いつ味わっても美味しいとも思えない。どちらかと言えば、かなり
不味い。自分の口の中にも流れ込む液をゆっくりと飲み込む。
「孝之ちゃん。美味しくなかったら無理しないで良いのよ」
「そんなことないよ。マナマナが美味しいって言ってくれるんだもん。不味いわ
けないよ」
「もう………孝之ちゃんったら」
愛美はそう言って微笑んでいた。その微笑みを見て、孝之は幸せだった。オレ
にはマナマナがいる。だから、今は幸せだと感じていた。
「今度は、マナマナを気持ちよくしてあげる」
「あ、今日は良いのよ、孝之ちゃん。………あのね、今日は孝之ちゃんに嬉しい
お知らせがあるのよ。私のお腹の中にね………孝之ちゃんがくれたものが入っ
ているの」
「…………えっ」
愛美の言葉に、孝之の頭の中は真っ白になった。それが何を指すのかはすぐに
わかった。呆然とした表情のまま、嬉しそうに微笑んでいる愛美を見つめる。
「喜んでくれないの?」
「そんなことはないよ。マナマナが喜んでいるんだよ。嬉しいに決まってるよ」
愛美の心配そうな言葉に、孝之はそう言った。そして、自分を必死で納得させ
ようとしている。永遠に続くと思っていたマナマナとの二人の生活。自分はそれ
を望んでいた、胸に十字架を背負ったときから。そして怖かった、マナマナが自
分以外の者に取られることが。………自分にはマナマナしかいないから。
「私、両親に捨てられたでしょ。でも、この子は大丈夫よね。私と孝之ちゃんの
子供だもん。幸せを感じてくれるわよね」
その愛美の言葉は、既に孝之には届いてはいなかった。
時計の針が3時を指していた。普段なら寝静まって音もない部屋に、今は子供
のような泣き声が聞こえる。愛美にすがりついて泣いている孝之の泣き声。
「………どうして………孝之ちゃん」
それが愛美が発した最後の言葉であった。不安を取り除きたかった。マナマナ
との永遠を邪魔する者を。ただ、それだけであった。いくら呼びかけても、もう
愛美からの返事はない。孝之自身は、縋り付いている愛美の鮮血を浴び真っ赤に
染まっている。傍らには、いつもは台所に置いてある包丁が転がっていた。どう
してこうなったんだろう。マナマナを奪われることが、不安で、不安でしょうが
なかった。そして、気づいたときには愛美の腹には幾度と無く包丁を突き立てた
痕があった。溢れ出た鮮血が白いシーツを真っ赤に染めていた。
「………マナマナ。いつまでも一緒だよ。すぐにいくから」
そう言って、孝之は傍らに落ちていた包丁を拾った。そして、自分が愛美にし
たように、自らのお腹に包丁を数度突き立てた。そのまま、愛美の上に重なるよ
うに倒れる。
血が流れていくのが分かる。その血が愛美の血と混じり合う。今度また生まれ
変われるとしたら、やっぱりマナマナと一緒がいいよ。薄れゆく意識の中、孝之
は考えた。この混じり合う血のように次も一緒がいいよ。そして不意に気づく。
……………お腹の子供もマナマナとオレが混じり合ったものだったんだ。だから、
マナマナも喜んでくれていたんだ。
………ゴメンなさい………マナマナ。
(おわり)