Melody of Silence 〜高屋敷青葉と高屋敷準の黙然たる一日〜

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 高屋敷家の朝は、意外ではあるが早い。
 一家の内、父・長男・長女・次女の四人が時間の不規則な職に就き、
 母・三女の二人が無職。もっとも、その内の三女はごく稀に仕事に
 赴く事もあるが、その時間はやはり不規則といえる。
 唯一、四女だけが朝から時間に縛られている。
 つまり、家族の実に86%が毎朝早く起きる義務はない、という
 事になる。
 それでも、父の唱える『高屋敷家家訓』によって、高屋敷家の朝は
 全員集合を余儀なくされる。
 ただ、この日はいつもとは少し違っていた。
 長男は仕事先の上司に『飲茶』と呼ばれる懇談会に呼ばれ、
 昨日から帰っていない。
司『いい加減に帰してくれ!』
劉『Zzz』
司『寝てるんなら俺の足首を掴んでるこの手を離せえっ!』
 三女は珍しく入った仕事のリハーサルの為、早朝から出勤。
春花『これ着るの?』
男『そうだYO! 色っぽいだろ?』
春花『んー、ま、いっか』
 四女はバイト先の人たちと慰安旅行。
末莉『うわーっ、健康ランドって広いんですねー』
ジョディ『デショー? マツリ、メイイッパイリフレッシュスルヨ!』
末莉『うわー! うわー!』
 父は事業拡大のため渡米。
寛『ふむ、ここがかの有名なデス・バレーか』
寛『……』
蠍『……』
蠍『フシュルルル』
寛『ぬおおおあああああああっ!?』
 母はというと、高屋敷家から200kmほど離れたデパートに向かって
 延々と歩いていた。
真純『四年に一度の五輪バーゲン……必ず勝ち残って見せるわ』
真純『……』
真純『何か忘れてるような……?』
 と言う訳で、今日の高屋敷家の朝には、住人は二人だけ。
 高屋敷青葉と高屋敷準の二人だけ。
 二人は、今だ夢の中だった。


 高屋敷青葉の朝は割と穏やかだ。
 基本的に彼女は二度寝はしないし、大抵の場合自力で起きる。
 ただし例外もある。
 それについては、いろいろと倫理的な問題が生じるのであえて
 ここでは語らない。
 ともかく彼女は穏やかな朝を好む。
 だから、たまに春花が襲撃に来た時はちょっぴり機嫌が悪くなる。
 もっとも、春花の場合は末莉ほど踏み込んでは来ないので、適当に
 相手をすればすぐにいなくなるからそれほど苦痛はない。
 高屋敷青葉が朝の食卓に付く理由は三つほど。
 一つは、生理的な欲求。
 一つは、最低限の体裁。
 そしてもう一つは……暖をとるため。
 ただ、この事を本人は頑なに否定するだろう。
 それが高屋敷青葉の高屋敷青葉たる所以なのだから。
青葉「……」
 ともあれ、彼女は今日も一人で起床した。

 高屋敷準の朝は苦渋に満ちている。
 基本的に彼女は二度寝マニアだし、大抵の場合他力で起きる。
 ただし例外もある。
 それについては、いろいろと倫理的な問題が生じるのであえて
 ここでは語らない。
 ともかく彼女は朝が苦手だ。
 だから、たまに末莉が起こしに来た時はちょっぴりうっとおしい。
 もっとも、末莉の場合は春花ほど踏み込んでは来ないので、適当に
 返事をすればすぐにいなくなるからそれほど苦痛はない。
 高屋敷準が朝の食卓に付く理由は三つほど。
 一つは、彼女なりの気遣い。
 一つは、最低限の栄養補給。
 そしてもう一つは……契約。
 その事に、本人はほんの少し思う所があるのだが、それを
 口にする事はない。
 それが高屋敷準の高屋敷準たる所以なのだから。
準「……」
 ともあれ、彼女は今だ熟睡中である。

一方、その頃。
司『は、離せぇ……#』
劉『Zzz』
司『うぬぬぬぬ……#』
 シュポン!
司『や、やっと取れた』
司『さあ帰ろ……』
ウェルカム『ヘイブラザー! 景気はいかがア!』
ウェルカム『ああっ! ツカサちゃあああン!』
司『うああっ!?』
劉『やあウーさん』
司『ぐああっ! 起きやがった!』
劉・ウェルカム『今日も朝までエンジョイプレイ』
司『ノーーーーーーーーーー!!』


 陽の光がカーテンを包み、微風がそれを優しく撫でる。
 影がワルツでも踊っているかのように優雅に揺れ、無人の部屋を
 少しだけ安らぎに彩る。
 静かな朝を歓迎するかのように。

 高屋敷青葉は静寂を苦としない。
 むしろ歓迎する事請け合いだ。
 だから、朝の食卓に誰もいないこの現状に憤りや寂寞感はない。
 だが、一つ問題が生じる。
 彼女は料理をしない。
 出来ない、ではなく、しない、だ。
 詭弁と言われるかもしれないが、彼女には一人暮らしの大学生並みの
 自炊能力ぐらいは備わっているのだ。
 仮に好きな男でも出来れば、その能力は短い期間で一般家庭の主婦
 クラスへと変化するだろう。
 しかし、現実の彼女は全くと言っていいほど料理をしない。
 必要がないからだ。
 家族計画における高屋敷家長女としての生活は、彼女から料理という
 生活概念を奪った。
 そして、彼女はその現状に不満はなかった。
青葉「……」
 ただ、今日という日に関しては、別の話だった。

 高屋敷準は静寂を苦としない。
 何故なら彼女自身が寡黙だからだ。
 不器用な彼女は自分の心情を雄弁に主張するよう巧みさも、在りの
 ままを曝け出すような大胆さも持ち合わせていない。
 仮に好きな男でも出来た所で、その性格が劇的に変化する事は
 ないだろう。
 それでも、現実の彼女はかなり無理をして弁を為す。
 家族計画における高屋敷家次女としての生活は、彼女に
 コミュニケーションという生活概念を強いた。
 そして、彼女はその現状に多少の疲労があった。
準「……」
 ただ、今日という日に関しては、別の話だった。

一方、その頃。
春花『こんな感じでいいか?』
男『OOOH! ビューリホー! サノヴァビッチ!』
春花『このスカート短すぎるよ』
男『ノンノンノン! 見えそで見えない男のロマン♪ はい、復唱!』
春花『……見えそで見えない男のロマン?』
男『見えそで見えない女のコーマン♪』
春花『……』
春花『ぐるる』
男『ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』


 先ほどまで光に満ちていた空間が不意に色彩を渋めに変える。
 太陽はあっさりと出番をなくし、代わりに現れたのは重層な灰色の群れ。
 今日の天気予報は全国的に『張れのち曇り』であった。

 高屋敷青葉の職種は、似顔絵屋。
 近場の公園で人の似顔絵を描く事が主な生計維持の手段だ。
 ただし、彼女には一つ欠点がある。
 それは絵が下手糞である、というものだ。
 はっきり言ってしまえば致命傷だ。
 例えるなら、走るのが下手糞な陸上選手、といった所か。
 しかし走るのが下手糞な陸上選手でも金メダルは取れる。
 例えば、砲丸投げの選手。
 彼らが走る事を得意としているとは誰も思うまい。
 つまり、絵の下手な似顔絵屋にも生計を立てる余地はある、という事だ。
 似顔絵を描かなければいい。
 彼女は、似顔絵の代わりに呪画を描く。
 道徳的な視点から見れば決して黙認される事ではないが、彼女の場合は
 罰ですら関わり合いになるまいと自分から避けていく為特に問題はない。
青葉「……」
 彼女は気分屋だ。
 雨の日は勿論、今日のような今にも雨が降りそうな天気の日も外に
 出る事を嫌がる。
 濡れたくないし、道具を濡らしたくもない。
 つまり、今日は休日であった。

 高屋敷準の職種は、便利屋。
 ちまちまとした雑用程度のものから末端価格で0が5、6個つくような
 物の扱いまで、金銭獲得の手段は結構広い。
 ただし、彼女には一つ欠点がある。
 それは人付き合いが下手糞である、というものだ。
 ただ、それは大した傷でもない。
 例えるなら、走るのが下手糞な野球選手、といった所か。
 走るのが下手糞でもスターになった野球選手はいくらでもいる。
 つまり、人付き合いの下手な便利屋ぐらいいくらでもいる、という事だ。
 最低限の接触さえしていればいい。
 彼女は、稀に犯罪にすら手を染める。
 道徳的な視点から見れば決して黙認される事ではないが、彼女の場合は
 仕事の面では抜かりがない為特に危険はない……事もない。
準「……」
 彼女に休息の日はない。
 仕事の日は勿論、それのない日も準備やら依頼待ちやらで緊張感の
 途絶えない日はないのだ。
 ただ、この日は仕事も依頼も準備もない。
 つまり、ある意味今日は休日であった。

 一方、その頃。
末莉『あのー、“さうな”って何ですか?』
蘭霞『入ってみれば解るね』
ミーシャ『あ、じゃあ私と我慢比べしよっか』
末莉『へ? へ?』
 キー、パタン。
末莉『……』
ミーシャ『……』
末莉『……』
末莉『……りきいしっ』
 バターン!
ミーシャ『ま、末莉ー!?』


 時計の針が正午を指した。
 普段なら昼食の時間。
 しかし、この日の高屋敷家に調理担当の人材はいない。

青葉「……」
 高屋敷青葉は空腹だった。
 朝食を抜いた事が主な原因である。
 そのスレンダーな身体から容易に想像できる通り、彼女はそれほど
 量は食べない。
 ただ、だからといって他人より腹が空き難いという訳ではない。
 とりわけここ最近の食事は消化のいい物が多かったように思える。
 母の気遣い、ここに極まれりと言った所か。
 その所為もあって、高屋敷青葉は今猛烈に空腹だ。
青葉「……」
 人は腹が減ると機嫌が悪くなる。
 だが、機嫌が悪くなった所でそれを発散する相手すらいない
 この現状ではストレスにしかならない。
 いつもは自分の感情に割と正直な彼女だが、ここはあえて
 抑えるよう努めた。
 台所へと向かう。
 そして、冷蔵庫をオープン。
 調理せずとも食べられそうな食料を鷹のような鋭い目で捜索する。
 ハム。
 ソーセージ。
 チーズ。
 漬物。
 そのくらいだった。
青葉「……」
 それでも不満はない。
 とにかく、空腹さえ満たせばいい。
 高屋敷青葉の食に対する優先度は、
1. 胃を満たす。
2. 味
3. 栄養補給
 といった感じだ。
 だから、わざわざ自分で自分だけの食事を作るくらいなら既成の物を、
 それすらなければ材料の状態でも食べる。
 もっとも、これはあくまで自分のみに当てはまるもので、
 他人に対しては質の高いものや最大限の労力を要求するのが通常だ。
 何故ならば、高屋敷青葉だからだ。
青葉「……」
 今日の彼女の昼食は五分程度で終わった。


準「……」
 高屋敷準は寝起きだった。
 誰も起こしにこなかった事が主な原因である。
 そのボーっとした顔から容易に想像できる通り、彼女は低血圧だ。
 ただ、だからといって他人より睡眠時間が短いという訳ではない。
 とはいえ昨日の寛の奇行及び奇声によってちょっぴり睡眠不足。
 父の威厳、ここに失墜と言った所か。
 その所為もあって、高屋敷準は今猛烈に眠かった。
準「……」
 人は起きるとまたすぐ寝たくなる。
 だが、この時間に二度寝してしまうと堕落もいい所である。
 いつもは睡魔に対しては割と素直な彼女だが、ここはあえて
 起きるよう努めた。
 洗面所へ行く。
 そして、水道の蛇口をターン・オン。
 やたら勢いよく出てくる水で梟のような冴えない顔を洗う。
 むいっ。
 いー。
 わしゃわしゃ。
 ごぼーっ。
 歯磨き終了。
準「……」
 彼女の口の中が一般的な食事で汚れる事はほとんどない。
 とにかく栄養さえ満たせばいいという食品ぐらいだろう。
 高屋敷準の食に対する優先度は、
1. 栄養補給
2. 栄養補給
3. 栄養補給
 といった感じだ。
 だが、これはあくまで過去に負った心的外傷に起因する抑圧的な
 作用によるものであって、決して本意ではない。
 もっとも、これはあくまで自分の問題であって、その葛藤を表面に
 出さないように努めるのが通常だ。
 何故ならば、高屋敷準だからだ。
準「……」
 今日も彼女の昼食は五分程度で終わった。

 一方、その頃。
司会『レディ……ゴー!』
真純『えやあっ!』
主婦『ぐふぁっ!?』
主婦べス『くそだらあああああっ!』
真純『いやんっ!』
バブル主婦『おんどりゃあああっ! しばいたるぞわれえっ!』
メタル主婦『いやああああん、私もう帰るううう』
真純『負けないわよぉ!』
 ガシガシッ!
ホイミ主婦『ふほんっ!』
真純『取ったあっ!』
司会『そこまでっ! ¥980のプラダのバック、高屋敷選手獲得!』
真純『やったわっ! お母さん、私やったわよっ!』
キング主婦『高屋敷真純……中々やるわね。でも金メダルは私が頂くわよ』
司会『では次の種目、“国産松茸詰め合わせ、一袋¥880”を行いまーす』
一同『うおおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 高屋敷家の午後は、意外ではあるが穏やかだ。
 一家の内、父・長男・長女・次女の四人は大抵自分の部屋にいるか仕事。
 母・三女の二人が掃除、洗濯、炊事といった所謂家事全般を行っている。
 唯一時間に縛られている四女は学校から帰ってきてから
 家事の方に参戦する。
 つまり、トラブルメーカー同士が接触を起こす機会が
 ほとんどないのである。
 そもそも家事に関しては分担作業とするように決めたのだが、
 平日はほとんどをその三人がこなすのが現状だったりする。
 ただ、この日はいつもとは少し違っていた。

 高屋敷青葉はあまり家事をやらない。
 料理に関しては前述した通り、他の事に関しても決して積極的に
 行おうとはしない。
 といっても、彼女自身に生活力が全くない訳ではなく、ムードとでも
 言おうか、彼女の発するオーラみたいなものが彼女を家事から遠ざける。
 要するに、真純や末莉が彼女に気を使っているのだ。
 その事に関しては特に何の感情もない。
 やらなくていいのならやらない、というのが彼女の基本的な
 スタンスだからだ。
青葉「……」
 この日は家事担当の三人はいない。
 ただ、洗濯物は前日の内に真純がやってしまっているし、掃除は……
 一日やらなかったからといって床が腐ったり窓が致命的に
 濁ったりはしない。
 潔癖症かと思われるような態度や言動をとるが、これは過去の
 しがらみに依るもので、彼女の本質はアバウトな部分が多いのだ。
 という事で、彼女は午後を自室で静かに過ごした。

 高屋敷準はあまり家事をやらない。
 料理に関してはそもそも自身が食さないし、他の事に関しても決して
 積極的に行おうとはしない。
 といっても、彼女自身に生活力が全くない訳ではなく、仕事の関係上、
 一家で最も時間に不規則な生活環境が彼女を家事から遠ざける。
 要するに、家にいる時間という物理的な分量の問題という事だ。
 その事に関しては若干の罪悪感がある。
 やるべき事はテッテ的にこなす、というのが彼女の基本的な
 スタンスだからだ。
準「……」
 この日は家事担当の三人はいない。
 ただ、洗濯物は前日の内に真純がやってしまっているし、掃除は……
 一日やらなかったからといって床が腐ったり窓が致命的に
 濁ったりはしない。
 特に綺麗好きでもない彼女にはそこで積極的になる理由はないのだ。
 という事で、彼女は午後を自室で静かに過ごした。


 雲に隠れている太陽が西の空に沈んだ頃合、高屋敷家の一部に明かりが灯る。
 それからしばらくした後、一人の青年が覚束ない足取りでその家へと入って行った。
 沈黙は、彼を歓迎した。

司「た、ただいま……」
 どうにかこうにか劉さんとウェルカムから逃れてきた俺は、死にそう
 なほど衰弱した身体を引きずるようにして高屋敷気の敷居を跨いだ。
 玄関にある靴は二足。
 青葉と準のものだった。
 ……この二人だけ?
 珍しい取り合わせだな。
春花「BAD COMMUNICATION〜♪」
司「うおっ!?」
司「いつからそこにいた、つーか何故中国人のお前が○’zを知ってる?」
春花「うーん」
春花「何となく」
 ……ま、いいけど。
末莉「ただいま帰りましたー!」
真純「た、ただいまぁ……」
 背後から二種類の帰宅時挨拶の声が聞こえた。
春花「みんな鉢合わせ」
末莉「奇遇ですよねー」
司「だな……ん? 真純さん、顔色悪いみたいだけど」
真純「そ、そう?」
司「惨敗を喫したとか?」
 だとしたら財政面で大きな損失だが。
真純「……バーゲンは上手くいったんだけど……」
 そういって首にかけた銀色のメダルを見せる。
 ……何のこっちゃ?
真純「二位だったの」
司「二位?」
真純「頑張ったんだけどねー、最後に残った人が普通の人の
   八倍ぐらいの筋肉をまとったボディービルダー兼任の主婦で……」
司「……」
 だから、何のこっちゃ?
真純「肘は上手くガードしたんだけど、時折見せるマッチョなポーズに
   気を奪われてる隙にパパパッて商品を根こそぎ取られちゃって」
真純「一袋¥80の肉○粉、買いそびれちゃった。その差が最後に響いて二位」
司「よく解らんけど、それは買いそびれて正解だったと思うぞ」
末莉「そ、そうですね」
真純「?」


末莉「でも銀メダル、凄いです」
春花「マスミ、世界で二番目のバーゲニスト」
真純「……ありがとう」
司「やっぱり元気がないな。疲れか?」
真純「ううん、それもあるけどそれ以上の事が」
司「?」
真純「今日の分の朝ゴハンと昼ゴハン、作っておくの忘れてて……」
真純「青葉ちゃんの分だけは作っとかなきゃいけなかったのに」
司「あー……」
 いつもはそういう事には人一倍気が利く人なのだが、さすがに四年に
 一度の大勝負の前日にはそこまで気は回らなかったって事か。
真純「青葉ちゃん、怒ってるだろうなあって思うと……はぁ」
司「大丈夫だと思うけどな」
 俺だけが知っている、青葉の秘密。
 奴は真純さんの手料理がいたくお気に入りらしい。
 だから、ガッカリはしたかもしれんがその事で責める事はあるまい。
春花「おなかすいたよー」
司「末莉は楽しんできたか?」
末莉「はい! 『馬鐘温泉』とか『露鯉板温泉』とかいろんな種類の
   温泉があったんですよ!」
真純「謝らなきゃ……呪われる前に謝らなきゃ」
 姦しさが増した高屋敷家は、いつもの様相を取り戻しつつあった。

 一方、その頃。
寛『おのれ、何というしつこい奴よ』
蠍『フシュルルル』
寛『これでもくらえっ! スキャーレット・ニードゥル・アンタレス!!』
蠍『!?』
 ブシャアアッ!
蠍『シュルルル……』
寛『ふん、てこずらせおって』
寛『さて、ようやく次の視察に……』
ミ○『……』
寛『……』
 ごごごごごごごごごごごごごごご!(←空気の重みが増した音)
ミ○『降伏か死か、好きな方を選べ』
寛『ぬおおおあああああああっ!?』


 高屋敷準は屋根の上でタバコを吹かしている。
 ここは風が気持ちよい。
 だから、準は二週間に一度くらいはここで一時間ほど時を過ごす。
準「……」
 煙が宙に霧散する。
 それが目で見えなくなるくらい空気に広がった頃。
青葉「……」
 音も立てずに、高屋敷青葉が現れた。
 互いに人を拒絶するオーラをまとった者同士。
 だが、だからといってそこに奇妙な友情が芽生えたりはしない。
 共鳴する事もない。
 その代わり、お互いが微妙な距離の取り方を熟知している為
 非常に摩擦は少ない。
青葉「……」
 青葉は無言で準から1.7mぐらい離れた場所で立ち止まった。
 しばし沈黙。
 風が止まる、不意に。
 そう、ここは舞台。
 今日は曇っている為月明かりによる照明はないが、何故か素直な
 感情を表現してしまいたくなる魔力のこもった、高屋敷家でもっとも
 健全な光に満ちた舞台だ。
 だから、役者がそろえば風も止まる。
 演出だ。
青葉「……今日は、退屈だったわ」
 黒一色に染まった空をなんともなしに見ながら、青葉が呟く。
 少し棒読み気味なのは、慣れない舞台に立たされた所為
 なのかもしれない。
準「……そう、かも」
 こちらも少し緊張しているような言葉遣い。
 もっとも、準の場合は普段からこんな感じか。
準「でも……こういう日も、たまには」
青葉「そうね」
 たったこれだけの会話で、今日の舞台の幕は降りた。
 でも、役者の二人はそこから降りようとはしない。
 ただ静かに、自分と……近くにいる普段あまり接する事のない
 家族の存在を確めるかのように、静かに浸っていた。
 スポットライトもない、BGMもない、寂寞とした舞台。
 だからかもしれない。
 今日この場所に、この二人がいるのは。
 ……………………。
 終幕を見届けたかのように、一迅の風が吹いた。
 彼女等にふさわしい、沈黙の旋律と共に。

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