「睦月には祭りもパーティーもない訳だが」

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 朝。
 目覚めたはいいがどうにも身体がだるい。
 疲れが溜まってるのかもしれない。
 今日はゆっくりするか……。
 タッタッタッ……。
 バタン!
?「起きて!」
司「……んあ?」
?「司くん起きて早く! 大変なの!」
司「真純さん……? 悪いけど今日は朝飯抜きの方向で……」
真純「それどころじゃないのよ!」
 真純の語気が荒い。
 いつもののほほんとした彼女と違うこの声は、非常事態の宣戦布告……。
真純「末莉ちゃんがいなくなっちゃったの〜」
司「…………へ?」
司「青葉!」
 バタン!
 しゅっ!
 かっ!
 扉を開けた瞬間、刃物がすさまじい量の集中線を背負って飛んでくる
 のを紙一重でかわす。
青葉「……」
 無念そうな顔。
 本気で殺す気だったのかと問い詰めたい所だが、今はそれどころ
 じゃない。
青葉「ノックしなさいとあれほど」
司「末莉をどこにやった」
青葉「……は?」
司「だから、末莉をどこにやった、と聞いてるんだ」
青葉「どういう事?」
司「とぼけんなよ。誰がどう考えてもあんたが原因だろうが」
青葉「話が見えてこないのだけれど」
司「…………」
 青葉に嘘をついている気配はない。
 だが、相手は魔女。
 何らかの術で自らの記憶を封印した可能性もないとは言いきれん。
青葉「末莉がいなくなったの?」
司「ああ。あんたがまた何かクドクドネチネチと呪詛を振り撒いた挙句
  氷で出来た刃物みたいな目で睨みつけて脅したんじゃないのか?」
青葉「知らないわよ」
司「……」
青葉「……」
 これ以上聞いても無駄か。
司「そうか。それは失礼した」
 青葉に背を向けて退室を試みる。
青葉「待ちなさい」
 予想通り、呼び止められた。
 ノックしなかった事、呼び捨てた事、その他もろもろ呪詛を吐かれる
 に違いない。
司「悪いが今は忙しい。言いたい事は後にしてくれ」
青葉「そうではなくて」
司「?」
青葉「末莉がいなくなったってどういう事? またあの子が家出したの?」
 おお、青葉が末莉……いや、他人の事に首を突っ込むような発言を。
 鬼の目にも……か?
 いや、この場合魔女の目にも、か。
青葉「何か非常に腹立たしい比喩表現で中傷されたような気がするわ」
司「き、気のせいだろ」
 相変わらずエスパーすら裸足で逃げる読心力だな。
司「で、気にするって事は何か心当たりがあるのか?」
青葉「ないわ」
司「……」
青葉「ただ、早朝にはこの家にいたわよ」
早朝?
司「何時ぐらいだ?」
青葉「五時頃かしら。何か焦った様子で廊下を走っていたわね」
 五時か……。
司「にしても、何でそんな時間に部屋を出たん……」
 ごいっ!
司「うぐおっ!?」
 何かビンのようなものが俺の人中に直撃した。
 もんどりうって倒れそうになる所をどうにか堪える。
青葉「余計な事は聞かなくていいのよ」
司「……了解」
 青葉の顔は少し赤みが差していた。

司「……と言う訳で、大本命、倍率で言うと1.000000000000001倍
  ぐらいの犯人候補だった青葉には心当たりがないそうだ」
真純「困ったわね〜」
春花「困った」
 第三十六回家族会議。
 お題は勿論、『行方不明になった四女についての考察と見解』だ。
 ちなみに青葉はいない。
 へそを曲げたのか、部屋から出てこなくなった。
準「……で? どうするの?」
司「ん……、取り敢えず家の外を中心に皆で探そうかと思うんだが……
  寛は?」
 寛がいない。
 いつもは率先してこういう事を仕切りたがるはずだが。
真純「そう言えば今日は見かけないわねぇ」
司「ま、奴がいないほうが円滑に進んでいいか。それで、だ」
 俺はホワイトボードにざっとタイムテーブルを書きこんだ。
司「皆から集めた情報によると、昨日の末莉の行動パターンは以下の
  通りだ。どこか問題や不適当な部分があったら指摘してくれ」

 昨日
 6:33 起床
 6:34 二度寝
 7:18 起床
 7:21 朝食
 7:30 登校
 7:30〜13:00 学校
 13:00〜13:30 昼食
 13:30〜16:00 掃除(一階全般)、洗濯等
 16:00〜17:30 戦場(二勝三敗)
 17:30〜18:45 夕食の準備
 18:45〜19:15 夕食
 19:15〜20:00 夕食の後片付け
 20:00〜21:54 テレビ
 21:54〜23:00 部屋
 23:00 就寝

 今日
 5:00頃 廊下……?
春花「はいは〜い、はい」
司「はいは一回」
春花「はい」
準「……司、先生みたい」
真純「本当ね〜」
司「いらん事は言わんでいい……で、春花、何だ?」
春花「戦場(二勝三敗)って何?」
司「チラシに載ってる安いブツをどれだけ手に入れられたか、って事だ」
春花「?」
司「買い物だ」
春花「なるほど」
準「これ見る限り、家出する兆候はないと思う」
真純「そうねえ。家出するにしても前までは書置きを残してたしねえ」
司「そう言えば」
 って事は、家出という線は消えるか。
真純「親戚の家にもど……る訳ないし」
司「当然だ」
春花「ツカサツカサ」
司「何だ?」
春花「おなかすいた」
司「後にしろ」
春花「う〜」
真純「もしかして……」
司「心当たりでも?」
真純「千と末莉の神隠しっ!?」
司「……」
準「……」
春花「……」
司「……#」
準「……(絶句)」
春花「おなかすいた〜」
真純「そ、そう!? じゃあ朝食の準備しましょうねっ!」
 真純は逃げた。
司「とにかく、俺たちに何の断りもなしにあいつが日曜の朝っぱらから
  どっか行くとは思えん」
準「そうかな」
司「む、違うか?」
準「何か言い難い事があって、あえて家族が起きる前に出ていったのかも」
司「言い難い事?」
準「デートとか」
司「……でえと?」
春花「誰と?」
準「だから……クラスメートとかにそういう人が出来て」
司「……な」
 なにぃぃぃぃ!?
 末莉に恋人ぉぉぉぉ!?
準「あくまで予想」
司「い、いくらなんでも飛躍し過ぎじゃないか?」
準「末莉だってそろそろ年頃だし」
春花「デートいいなー」
司「いくない」
春花「むー」
準「だから、今日一日は様子を見た方がいいと思う」
 確かに準のいう通りなら探した所で時間の無駄だが……。
真純「ゴハン出来たわよ〜」
春花「わーい」
準「……行かないの?」
司「……行く」
 釈然としない所はあるが、腹が減ってはなんとやら。
 取り敢えず、メシ食ってから考えよう。


春花「ごちそうサマンサ」
司「それはやめなさい」
春花「うい」
 いつもよりかなり平穏な朝食タイムを終え、日曜独特の緩やかな
 空気が流れる。
 普段ならこの空気に身をまかせてゆったりまったりする所だが……。
司「さてと」
 一息ついた所で立ち上がる。
真純「どこか出掛けるの?」
司「まあ、その辺をちょろっと。最近運動不足だからな」
準「……司は年少組に甘いから」
 見抜かれたか。
司「お前も似たようなもんだろ」
準「それは違う。司の方がひどい」
司「そうかー?」
真純「そうねー。司くん最近兄っぷりが様になってきたとこあるかも」
司「……」
 喜んでいい話ではないな。
司「……んじゃ、行ってくる」
春花「行ってくる」
 当然のように春花が腰を上げた。
司「ついてくるのか?」
春花「うん!」
真純「車には気をつけてねー」
春花「あい」
司「……ま、いっか」

 外は思ったより暑かった。
司「蒸し暑いな」
春花「ムシムシコロコロキン……」
司「やめいっ」
 六月の半ばは一年でもっとも湿度の高さが気になる時期。
 そして、空気のまとう不快指数がもっとも高い値をはじき出す
 時期だった。
 だが、そんな事でへこたれる俺じゃない。
司「いくぞ」
春花「おーっ」
 かくして、高屋敷末莉捜索隊(隊員二名)のつらく苦しい捜索の日々
 が幕を上げた。

春花「あ、あれおいしそー」
春花「むー、あれもおいしそー」
春花「ツカサ! あれすごいよ! メロンを丸ごと蒸してる!」
司「どんな食い物だ……」
 予想通りつらく苦しかった。


一時帰還。
司「午後からは二手に別れよう」
春花「えー」
司「えーじゃない」
春花「うー」
司「唸っても駄目」
春花「ぐるる」
司「野生化するなっ! さっき食ったばっかだろ!」
春花「冗談」
司「まったく……」
 午前中はこんなんばっかりで全く捜索にならなかったからな。
 せっかくの日曜……ま、俺にはあんま関係ないけど。
春花「じゃあ、私は自転車で探す」
司「そうしてくれ。末莉の行きそうな所とか心当たりはあるか?」
春花「何個か」
司「よし。じゃあ頼む」
春花「いえっさー」
 春花は勢いよく飛び出していった。
 ものの数秒で米粒ぐらいの大きさになる。
司「さて、俺も……」
真純「司く〜ん」
司「……何だ」
真純「私も……」
司「家にいてくれ。つーかいろ」
真純「何で〜!?」
司「いちいち説明するか?」
真純「……」
司「今までの所業を事細かに筋道を立てて鮮明に繊細且つ大胆に
  説明するか?」
真純「ひ〜ん」
 真純は逃げた。
 帰巣本能が著しく退化した生物に人の捜索を任せるほど愚かな事はない。
司「行くか」
 あらためて、高屋敷末莉捜索午後の部を開始した。

司「おらん……」
 末莉の好んで行きそうな本屋(いかがわしいコーナー)とかパソコン
 ショップ(いかがわしいコーナー)とかを一通り回ってみたが、
 影も形もなかった。
 普段それほど遊んでやってる訳でもないため、どうしてもめぼしい
 場所が偏るのは致し方ない所だ。
司「一休みするか」


公園に来た。
 どうでもいいが、一休みする場所として真っ先に公園を思いつくのは
 どうにもジジ臭い気がしないでもない。
司「吸い取られてる……?」
 心の中に、ある人物の妖艶な瞳が去来する。
 プライバシーに抵触する恐れがあるので名前は伏せておくが。
司「気のせいだと……いいなあ」
 などと考えつつ、ベンチに腰掛けた。
劉「やあ」
司「さてと」
 ベンチから立ち上がった。
 休憩終了。
劉「つれないなあ」
司「いくら神出鬼没が得意技と言ってもこんな昼間っから公園になんて
  いないでくださいよ……」
 仮にも大物だってのに。
劉「司君の香りに釣られてね」
司「……」
 自分の身体を匂う。
 無臭とまではいかないが、ほとんど匂いなどしなかった。
司「いい加減な事を」
劉「愛の為せる技だよ」
司「さようなら」
 がしっ!
劉「ここであったのも何かの縁」
司「作られた縁など縁ではない!」
劉「あそぼおよお〜。たいくつなんだよお〜」
司「幼児化するなっ!」
劉「ワタシ、アナタト、アソビタイネ」
司「特殊な外国人労働者になっても駄目なもんは駄目だ!」
劉「……最近付き合い悪くない?」
司「だから今日は用事が……あ、劉さん」
劉「おままごとがいいかい? それともゴム飛び?」
司「そんな遊びに誘ってたんかい……じゃなくて」
劉「あなたあ〜ん、この書類にサインしてえ〜ん」
司「いい加減にしろっ!」
 何かロクでもない条件を揃えた契約書を叩き落とす。
司「で、ウチの末莉見ませんでした?」
劉「末莉? あの髪の長い、君の妹やってる少女だっけ?」
司「それです」
劉「また家出したの? 随分忙しい娘だねえ」
司「今回はそうじゃないかもしれないんですけど、朝から行方不明でして」
劉「僕は見てないな。なんだったら探すの手伝おうか?」
 ありがたい申し出ではあるが、まだ事を大げさにする段階じゃないな。
司「いえ、もし今日見つからないようならお願いするかもしれませんが
  今のところは」
劉「そうかい。じゃあ遠慮しないで言ってね」
司「はい」
 劉さんは去っていた。
 これでいざという時の保険はかけられたか。
司「さて、もうひとふんばり」
 夕食までの時間、捜索を続けた。
 ……徒労に終わった。


まだ日は暮れてないものの、一般家庭が夕食を囲む時間帯。
 だが、そこに高屋敷家の末っ子の姿はない。
真純「……」
 母親は今にも泣きそうなほど心配顔だった。
 今回の場合、理由が全く不明瞭なのだから心配するのは当然と
 いえば当然なのだが、
司「そんな顔しても末莉は帰ってこないぞ」
 一応はそう言っておいた。
真純「うん……」
 返事に覇気がないのはこの際仕方ないか。
準「……もし今日の間に帰ってこないようなら」
司「そうだな。本格的に構える必要があるか」
 少し、考える。
 当然、都合のいい方向などあるはずもない仮定。
 なにしろあいつは不幸の申し子。
 上手く事が運んでいるはずはない、というネガディブ思考が
 脳裏から離れない。
 一瞬、もう名前も思い出したくないような奴等の顔が浮かぶ。
 もしバッタリ道で出会ったら、無条件に殴り倒すかもしれない連中。
司「……」
春花「ツカサ、顔怖い」
司「生まれつきだ」
春花「いつもは怖くないよ」
司「む……」
 落ち着け、俺。
 こんな所で想像の翼をいらん方向に広げた所で、周りを不安がら
 せるだけだ。
司「実はちょっと頭痛が痛くてな」
春花「頭痛が痛いか?」
司「ああ」
春花「なら私いいツボ知ってるよ。横になれ」
司「い、いやいい。そう言えば頭痛は痛くならないんだ」
春花「?」
司「大丈夫だから気にするな」
春花「そうか」
 なんとか誤魔化しきれたか。
 ふーっと息を吐いて横になる。
 視界に廊下からこっちを見ている青葉が映った。


青葉「……」
司「なんだ」
青葉「別に」
 会話はそれで終わった。
 青葉は居間には入らず再び二階へと戻っていった。
 それなりにあいつも気にかけてるんだろうか?
真純「夕食……どうしよっか?」
 困り顔の真純が聞いてくる。
司「八時まで待って、来ないようなら先に食べとこう」
真純「……そうね。そうしましょうか」
 現在、六時三十六分。
 後一時間半、か。
司「春花、腹は減ってないか?」
春花「うん」
 本当なら先に聞いとくべきだったんだが、表情を見れば食欲がない
 事は一目瞭然だった。
 本腰を入れて心配モードに突入した、ってとこか。
司「準は……」
準「ここにいる」
 先に応えられてしまったので二の句が宙を舞う。
 正直、一日中歩き回って疲れ果ててる事もあって喋るなりなんなり
 しとかないと眠気が襲ってくる。
 けど、今は待つしかなかった。

テレビ「八時だよ!」
テレビ「全員集結〜!」
 最近のゴールデンタイムのテレビ番組は時間をまたいで放送する事が多いが、この番組は八時ちょうどに始まる。
 以前として場の雰囲気は重い。
 つまりは、そういう事だった。
司「しょうがない、メシに……」
 ガラッ。
一同「……!!」
 この部屋にいる全員の視線が玄関の方向に向く。
 そして、皆して玄関へと足を運ぶ。
司「末莉……!?」


寛「今! 今まさに! 一家のMainstayことHIROSHI TAKAYASHIKIが威風堂々と我が家の敷居をまたいで! OH! またがない! まだまたがない! なんという鋭いフェイントかっ!」
司「……」
準「……」
春花「……」
真純「……」
寛「おおっ! 一家総出で私を出迎えるとなっ!? そうか、やはり今日という日を待ち侘びて……」
司「チッ、ハズレか」
寛「うおうっ!? ハズレ扱い!? しかも半角で!?」
春花「ヒロシ、紛らわしい」
寛「うおんっ! 春花までカス扱い!?」
準「……(ため息)」
寛「おおおううっ、準くんの汚物でも見るかのような蔑みの目が私を、私を狂乱のEcstasyへと導いて……!?」
寛「KA・I・KA・N」
司「Nirvanaにでも行ってろっ!」
 ゴスッ!

寛「…………ソワソワ」
司「…………」
寛「…………ウジウジ」
司「あーつ! うっとおしい!」
 居間に入った寛がさっきから何かソワソワしていてウザい事
 この上ない。
司「何か言いたい事があるんならとっとと言え! 聞くだけは聞いて
  やるから!」
寛「…………デモォ」
司「ハ ッ キ リ 喋 れ」
司「今日び女でもそんな態度は取らんぞ」
寛「そうか。では僭越ながらここいらで誰がこの家の主かハッキリ
  させようではないか」
司「何故そうなるのかこれっぽっちも理解できないが、望む所だ。
  勝負してやる」
寛「ふっ。これだから野蛮な人種はいかん。我々は考える葦なのだよ。
  何事も暴力で肩をつけるのは無能のやる事だ」
司「テメエ……#」
寛「まあ聞け愚息よ」
司「なんだ」
寛「今日は何月何日何曜日だ」
司「……なんの話だ?」
寛「今日が何月何日何曜日かも即答できんのか? これだから
  フリーターは……」
司「無駄飯食らいの放蕩道楽親父に言われる筋合いはないっ!」
準「……六月十六日、日曜日」
 準が割って入ってきた。
 と言っても、視線は虚空を漂っているので積極性は欠片もないが。


司「……だそうだが、それが何か?」
寛「むぁだ解らんのか! これだから○×△□の裏に※%¥$が
  ある奴は……」
司「テメー!? 何事実無根な事をさも当然の如く言ってやがる!」
寛「HAっHAっHA、隠さんでもよいではないか。なあ末莉……」
寛「むっ? 末莉はいないのか」
 …………忘れてた。
司「末莉がいなくなった。今朝からだ」
寛「ふんむ」
司「あまり驚かないんだな」
寛「まだ帰ってきとらんのだろ」
 ……こいつ、何か知ってる?
司「おい」
 TELLLLLLLLLLLLL!
 非常に間の悪い事に電話が鳴った。
 一番近い位置にいるのは……俺か。
 やれやれ。
 寛を詰問するのは後回しだ。
司「はい、もしもし高屋敷です」
景「久美景二十一歳独身です」
司「いつの間に歳食ったんだ」
 電話は久美からだった。
景「ひっさしぶり〜」
司「そうか? つい先月一緒に牛丼を食ったような」
景「そだっけ?」
司「で、何の用だ?」
 今は取り込んでる、と言おうとした時。
景「末莉ちゃん、ちゃんと帰った?」
司「……はっ?」
 ガラッ
末莉「ただいまでーす!」
 こうして、高屋敷末莉捜索隊は一日を持って解散の運びとなった。


景「いやー、久しぶりに園の皆と早朝ピクニックを敢行する事になって
  ねー。で、せっかくだからとゆー事で」
司「ウチの末莉をさらっていった、と」
景「だって可愛いんだもーん……って、人聞きの悪いことを言わないで
  ちょうだいな。ちゃーんと断りはいれたよ」
司「……」
 何となく話が見えてきた。
寛「おお末莉よ。ピクニックは楽しかったか?」
末莉「はい! とっても楽しかったです!」
 受話器を当てている耳とは反対側の耳に聞こえる、核心的な会話。
司「あー……久美、一つ聞きたい事がある」
景「なーにー?」
司「これからの質問に対するお前の答えは裁判等の公式な場で証拠と
  して提出する可能性があるんだが、それでもいいか?」
景「そ、そんなに凄い質問なの?」
司「いや、いたってシンプルだ」
景「ふーん、別にいいけど」
司「うむ。では聞くが、久美景。貴方が末莉を連れて行くにあたって、
  断りを入れた相手は誰ですか?」
景「寛さんだよ」
 証拠入手成功。
 よって、これより詰問に入る。
司「……ありがとう」
 受話器を置く手に自然と力がこもった。

寛「……最近息子が履歴書の趣味の欄にDV(domestic violence)と
  書くんです」
司「うるさい黙れ」
末莉「わっ、なんかおにーさんが青葉おねーさんみたいに……」
 ギロリ。
末莉「ご、ごめんなさいっ!」
司「二人とも正座」
寛「やだねっ! 何で私がそんな事を!」
司「それ以上口答えするなら貴様の大事にしてるひよこ写真集
  『PIYO・PIYO』を今すぐ焼却する」
寛「さて、話を聞こうじゃないか」
 二人とも背筋をビシッと伸ばして正座した。
真純「なんか司くんお父さんみたい」
春花「ツカサおとーさん」
司「外野うるさい」
司「さて、まずは末莉からだ……って言ってもお前に説教するのは
  ちょっと筋違いか」
 こいつにしてみりゃたまたま早朝起きてた所を久美に強奪された訳だし。
 それでも一応注意だけはしておくか。
司「えー、今後長時間出掛ける時は俺か真純さんに言付ける、もしくは
  書置きしておく事。間違ってもこの人の皮を被って人の言葉を
  操ってはいるが明らかに俺たちと異なる未確認生命体U.L.O.
  なんかに断りをいれたからといって安心しない事。
  Could you understand?」
末莉「あ、あんだすたんっ」
司「よし。ならもう正座は解いていい」
末莉「はふぅ〜」
 たかが一分程度の正座で足が痺れたのか、横にコテンと転がる末莉。
 最近の若い奴はこれだから……。


司「で、次はあんただ。何故末莉の事を黙ってた?」
真純「って言うか、一日中いなかったのよね」
司「そうなのか?」
真純「ええ」
 寛の方に目をやる。
 鼻の穴に指を突っ込んでベロベロバーをしていた。
司「ガッデム!」
末莉「うあっ、おにーさんが鬼の形相に〜」
寛「だってだってだって〜」
司「だっては一回も言わんでいい!」
司「何 で 一 日 中 家 に い な か っ た ?」
寛「だからー、今日は六月十六日日曜日」
司「それがどうしたんだってんだ!」
準「六月の第三日曜日……」
 例によって準がボソッと割り込んでくる。
司「それが何だってんだ?」
末莉「あああーっ!」
 まだ足が回復しないのか寝そべったまんまの状態で末莉が叫んだ。
末莉「きょ、今日は、今日は父の日です!」
司「……チチノヒ?」
春花「乳の日?」
司「それは違う。多分」
春花「?」
寛「そうそれ! さすが末莉! お前はやはり父親思いのいい娘だにょ!」
司「その語尾はなんだ。意味不明だぞ」
寛「父の日! それは一家の大黒柱たる父を崇め、一家の中心たる
 父に感謝を捧げ、一家の大統領たる父を誉め称え奉る日!
 一家が総力を尽くしてこの偉大なる父の偉大たる所以を祝うべく……」
司「やかましい!」
 チチノヒ……ああ、父の日か。
 ようやく理解した。
 だが……。
司「それが今回の件と何の関係があるんだ?」
寛「解らんのか? 愚考と愚行によって形成されたヌシのしょぼっくれた
  理解度ではこの父の海より深い配慮が解らんのか? そうかそうか」
司「この際貴様の暴言は無視しておいてやる。だから話せ」
 でないと話が進まん。
寛「ほんっと〜〜〜〜〜〜〜〜〜に解らんのか? 惚けてる訳でも」
司「ない」
寛「……」
 幾分かの間。
 そして、寛が吼えた。
寛「私の為に父の日記念豪華絢爛パーティーを開いてくれるという事を
  あらかじめ想定しておいてそれをひた隠しに隠すであろう健気な
  子供たちを思いやってあえて姿をくらました私のこのマリアナ海溝
  より深い深いふかーーーい思慮が解らんのかあっっっっっ!?」
司「そんなたわけた自意識過剰な思慮が理解できてたまるかあぁぁっ!」
 ドスガタバタン!
末莉「ああっ、結局こうなりますか……」
真純「さて、夕食の準備をしましょうねー」
春花「おなかすいたー」
準「……携帯、末莉に持たせた方がいいかも」
 高屋敷家は以前としてこんな感じだった。


オマケ』
司「ところで末莉よ」
末莉「はい?」
司「何故日曜の朝五時なんて時間に起きてたんだ?」
末莉「ひあっ!?」
 あからさまな動揺。
 禁忌の質問だったか?
司「いや、言いたくない事なら無理にとは言わんが」
末莉「そ、そんな事はなかとですよ。えとですね……ラジオ体操……は
   まだ始まってないし……朝シャン……は死語だし……」
 今考えてるのがバレバレだった。
末莉「そう! あのですね、学校で飼ってるウサギさんたちに餌を
   やらなきゃいけなかったんですよ!」
司「そ、そうか」
 一応納得したフリをしておいた。
 この数分後、何やら数冊の怪しげな本を胸元に抱えて小走りに
 自分の部屋に戻る末莉を発見したが、さすがに声はかけなかった。

『オマケ2』
青葉「あら」
末莉「にあっ!?」
 急いで部屋に戻る最中、青葉おねーさんと遭遇した。
 ま、まずひ。
末莉「あ、青葉おねーさまにおかれましては本日も大変麗しゅう……」
青葉「何を言ってるの?」
 あう……。
青葉「ところで、今日は黙っていなくなってたみたいだけど」
末莉「あ……」
 心配、してくれたのだろうか。
 春花おねーさんやおにーさんも一日中探し回ってくれたらしいし、
 今日はまた皆に迷惑をかけてしまった。
 何故私はこうなんだろう……。
青葉「別にいなくなるなとは言わないわよ。それはあなたの自由」
末莉「うあっ」
 やっぱり、心配なんてするはずないか。
青葉「ただ、家を出るんならせめて家の長兄ぐらいには声を掛けなさい。
   こっちにまで飛び火が来るのは迷惑」
末莉「は、はいっ!」
青葉「よろしい」
 そう言って、青葉おねーさんは背を向けた。
 長兄……兄?
 青葉おねーさんから初めて聞いた、その言葉。
 もしかして……。
青葉「それと」
末莉「きゃん!」
 突然声を掛けられたので持っている物を放り投げそうになる。
 あぶないあぶない。
青葉「トイレに妙な物を置いておかないように」
末莉「いやーーーーーーっ!?」
 青葉おねーさん少しだけは笑っていた。
 でも、それを喜ぶ余裕は、私にあるはずもなかった。

 おしまい。
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