デザート

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この夏、一度は零れ落ちたチャンス。
あたしはそれを再び手にすることができた。
偶然と呼ぶにはあまりに運命的なヘルプの要請。
都会から離れた海に近いその場所。
そこで最後の夏を過ごせることに少し心が踊る。
だけどそれはそこに彼も一緒にいるから。
また彼と楽しく過ごす日々を取り戻すことができたから。
それがすべて。
でも、あたしがこの夏に期待していたのはそれだけじゃない。

バイトのない時間や休みの日でさえ、彼は必要以上にあたしに話し掛けてはこなかった。
そしてそれは4号店のヘルプに請われた者としての当然のけじめだとも思ってた。
派閥なんて呼ぶまでは行かなくてもどこかそれっぽく感じられるような馴れ合いをあたしたちの間で行うことは、今の4号店にはマイナスにこそなれ決してプラスにはなり得ない。
それくらいの分別はある。
本店にいたときほど彼と談笑できないのは少し寂しかったけど、お互いの立場をわきまえればそれはやっぱり当然のことだとも思う。
彼だって、そんなことを考えてるからこそあたしと少し距離を置いている。
4号店であんなに頼りにされてるほどなのだからきっとそうにちがいない。
あたしはそう思い込んだ。
本当はそれ以外の理由も少し感じていたのだけれど、実際4号店で懸命に働く彼はとても輝いて見えたから。
昔の彼を見ているようであたしの胸は高鳴ったから。
だから連休に彼と海で遊べたのはとても嬉しかった。
二人の距離の理由は彼の仕事に対する誠意からなんだと改めて信じられたから。
コンテストに出ると告げてたのに予選には姿を現してくれなかったことが不安だったけど、本選に気後れするあたしを気遣って彼が海に誘ってくれたから。
そして……
いつもあたしの方が彼をみつめてるだけだから、時には彼にもあたしをみつめて欲しかった。
そんな気持ちで参加したコンテスト。
だから順位なんてどうでもよかった。ただ彼さえ見に来てくれれば、それで。
彼は見に来て応援してくれたし、あたしは優勝もできた。
でもそんなこと以上にもっと嬉しかったのは……

海にいたとき、不意に風が吹いた。
そのとき彼は確かにあたしを、あたしだけをみつめていた。
照れて誤魔化したけれど彼の眼差しは間違いなく他の誰でもないあたしに向けられていた。
そのことが一番嬉しかった。
あたしだけが彼をみつめる日々がこれからは変わっていく。そう思えた。
そのことがあったからあたしは少し勇気を出せた。

“これから毎朝、あたしが朝食作ってあげる”

彼はあたしの勇気を快く受け止めてくれた。
そして、あたしは少し自分に自信が持てた。
彼もあたしを見てくれている。
本当の自分の気持ちを伝えず、彼を見つめているだけのあたしから一歩先に進むことができる。そんな気がした。
あたしは毎朝彼の部屋を訪れた。
幸せそうに朝食を頬張る彼をみつめるあたしは幸せだった。
本当に。
でも……


「ああぁ・・・うぅ・・・んっ・・・はぁ」

あたしの部屋にはテレビもコンポもない。
だから布団を被り耳を塞ぐ。

「ダメぇ・・・んっ・・・ああぅ・・・んくっ」

美春さんの部屋までは聞こえるほどではないのかもしれない女性の嬌声と……

「朱美さん、俺、また・・・」

みつめるだけの恋に終わりはない。
だって始まってさえいないのだから。
あたしは想い出と見つめるだけの恋に酔い、そして今、恋に破れて感傷的になっている自分に酔っている。
ぽろぽろと涙がこぼれているのにどこか冷めている。

“やっぱり、目に見えないものはあたしにとって暗闇でしかない……”

そう心の中でつぶやく意地っ張りで素直じゃない自分をあたしは簡単に受け入れる。
そうするとまた自分に酔えるから。

取り返しのつかない、そして抗いようのない事実に酔うことでしか対処できないあたしは弱虫、いくじなし……
ううん……違う。それだけじゃない。
弱虫で、そしてそれでいて自分勝手。
これほどまでにみつめつづけるあたしの想いに気づいて欲しい。
そしてそれに気づいたらあたしに好きだと言って欲しい。
言葉にしてあたしを安心させて欲しい。
いつもそう思いつづけていた。

「ああ、私も・・・もう、我慢できない」

その果てに、今、あたしは手に入れた。
恣意と臆病の代償を……

「あぅ・・・あぁ、い、いくぅ!! あぁ、ああああ!!」

それでも、あたしは思う。
いつだって、あたしは彼だけを見つめていた、と。
でも、彼は最後まであたしのことに気づきはしなかった、と。
目に見えないものは暗闇でしかないと自分に言い聞かせながら。
それは手を伸ばしても決して手の届かないものだと、頑なに意地を張りながら……

                              Fin
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