「FAMILY PLOJECT」

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 西暦2×××年。
 人が集い、人が戯れ、人が支配するとある世界に一つの異変が起こった。
 ――支配者の陥落。
 それは即ち、新たなる世界の幕開けを意味していた。
 このような事態は今に始まった事ではない
 人は世につれ世は人につれ、時代が変われば自ずと最高権力者も変わる。
 ただ、世界のTOPに君臨する者が『人間』以外であるというのは、実に
 数百万年ぶりの事だった。
 その支配者の名は『フォーゲル』。
 人と同じ姿格好をしているが、人ではない存在。
『魔物』と呼ばれる種族だ。
 人よりも総じて身体能力に優れ、人を狩り、人を貪る。
 彼らが人の世に蔓延るようになった事で、人は生態系ピラミッドの
 頂点から零れ落ちた。
 捕食される側に回ったのだ。
 勿論、そこで黙ってその存在に甘んじるほど、人は潔いものではない。
 徹底抗戦。
 それが、数百万年という期間この世界の王として君臨していた『人間』
 という種族の出した、愚かしくも勇敢な回答だった……。

 沢村司。
 年齢――二十歳、趣味――特になし、特技――料理・ツッコミ。
 ……職種――フリーター。
 それが、俺こと沢村司の主なパーソナルデータだ。
司「……はぁ」
 自分の事を正直に書いただけなのに、ちょっとブルーが入る。
 いい年こいてフリーターなのはこの際いいとしよう。
 趣味もまあ……なくていいとは言わんが、特に問題はない。
 そう、問題なのは、この『特技』という欄だ。
 ここは絶好のアピールチャンスだというのに!
司「嘘は泥棒の始まり、か」
 誰から教わったかなどとうの昔に忘れてしまったが、ひどくありふ
 れた諺を口にしてみる。
司「……ま、いっか」
 泥棒の始まりならまだ後でどうにでも矯正できるだろ。
 問題なのは、現在なのだから。
 よく解らないこじ付けで自分を納得させた俺は、特技の欄に
 『功夫(クンフー)』と付け加えた。
 魔物危機対策委員会、通称『MMC』。
 日本における魔物に関した問題はすべてこの組織が受け持っている。
 もっとも、日本国の魔物に対する対応は世界のそれから大幅に遅れを
 取っており、その組織規模は決して巨大とは言い難い。
  理由は簡潔。
 現在の日本における魔物の被害・損害の数は決して大きくはない、
 と言う事だ。
 人間が起こす犯罪に比べれば、それこそ物の数ではない。
 そして、その戦力も対人間用に構えた自衛技術で十分フォロー
 出来得る範囲のものなのだ。
 何の事はない。
 MMCはその存在を必要とされていないのだ。
 では何故このような組織が存在しているのかと言うと、つまる所
 ……世界に対する体裁。
 それだけだ。
 魔物の被害件数及びその生息数は国によってまちまちだが、世界一の
 経済を誇るアメリカ、世界一の国土と人口を誇る中国をはじめとした
 強国は軒並み莫大な損失を受けている。
 特にアメリカは事実上侵略されたと言ってもよいぐらいだ。
 だが、日本にはほとんどその害が見られないのは何故なのか。
 理由は二つ。
 一つは、この国は経済や技術こそ世界有数の強国であるが、それ以外
 の、特に自然に関した部分では非常に粗である、と言う事だ。
 魔物は日本を貧弱な土地と判断したのだ。
 それ故の優先度の低さがこの国の侵略を遅らせている。
 魔物が現れて以来、始めの内こそ緊張感を保っていたが、数年、十数年
 と経つ内にすっかりそれがなくなってしまった。
 そして、もう一つの理由があるのだが……これはまた別の機会に記す
 としよう。
 MMCは日本における魔物に関した問題を全て受け持っている。
 ……額面上は。
 しかしほとんど予算の回って来ない現状では、せいぜい相談や街の
 パトロール、小規模の戦闘による標的の打破が精一杯だった。
 後一つ。
 有志の募集――。

司「すいませーん」
 仰々しい建物の中に入ると、そこはひどく寂れていた。
 閑古鳥が鳴くとはこのような場所を言うのだろう。
 横に長く伸びた窓口にはほとんど受付人はおらず、待機用のパイプ
 椅子には紙くずが乗っていたり軽くサビが見受けられたりした。
 場末の職安……。
 そんな感じだった。
 いや、行った事ないけど。
司「すいませーん!」
 さっきより強めの声で人を呼ぶ。
 そして待つ事数十秒。
?「……」
 男は返事もせずのそのそとやって来た。
 五十代ぐらいか、白髪混じりの髪を短く刈り上げている。
 太い眉はいつぞやの総理大臣を連想させた。
 こいつが受付人って事か。
司「あの、ここで受け付けているって聞いたものですから……」
 そう言ってあらかじめ記述しておいた申込書を見せる。
『魔物危機対策委員会 入会申込書』
 簡単な履歴と顔写真を載せたその紙は、とても薄っぺらかった。
?「……」
 男は無言でそれを受け取る。
 何か言えよ。
 こっちはわざわざ今のバイトを辞めてまで来たんだぞ。
 そんな態度で、こんな場所でじゃ……後悔しちまいそうだ。
男「……動機は?」
司「……は?」
 待望の一言目は意味が不明瞭だった。
男「委員会に入りたいっていう理由だ」
 吐き捨てるようなその声でようやく理解する。
 動機。
 勿論用意してある。
司「昔、両親を亡くしました」
 これだけ言えば解るだろう。
 特に深い傷がある訳でもないが、堂々と言うのも同情を買うようで
 気が引けた。
男「……」
 男は表情を変えない。
 一貫して、つまらなそうな、覇気のない面。
男「くだらねぇ、な」
 そのままの顔でそう吐き捨てた。
司「……」
 ムカッときた。
 けど、そこで突っかかるほどガキじゃない。
 一応、それなりの覚悟で来たつもりだ。
 ギリギリではあるが予測の範囲内だ。
司「くだらない、ですか」
男「ああ、くだらん。実に不愉快な理由だ」
 男の顔が少し赤らんでいる事に、そこで気付いた。
 怒り、か?
男「敵討ちで就職活動? 馬鹿馬鹿しい。お前は一体いつの人間だ。
  情けなくないのか?」
司「なっ……」
男「いいか、はっきり言ってやる。ここを見りゃ解ると思うが、
  この組織は決して裕福な職場じゃない。無駄飯食らいの無能職員
  なんぞ雇う余裕なんて、ノミの心臓サイズもありゃしないんだよ」
 淡々と、そして嫌悪を隠しもせず、男はそう言葉を紡いだ。
 無駄飯食らいの無能職員だと?
司「まだ職員にもなってない人間にいう事じゃないと思いますが」
 言葉に明らかな不快感を乗せたのは久しぶりだ。
 だが、男はまったく同じない。
 ガキの戯言と言わんばかりに。
司「俺がそうなる、と言いたいんでしょうけど」
男「解ってるじゃないか」
司「なりませんよ。ちゃんと働きます」
男「敵討ち、と言う理由でか?」
 男は笑った。
 勿論、嘲りを込めて。
男「なら聞こうじゃないか。もしお前の両親を殺害した魔物を見つけ
  たら、お前はどうする?」
司「……」
 その問いの趣旨に若干思う所があった。
 だから、即答を避けた。
男「なるほど、少しは頭が回る」
 これは面接だ。
 この男は今、俺と言う人間を試している。
 挑発とも取れたあの笑いから、それを汲み取った。
男「質問を変えよう。お前さんは人を殺せるかい?」
司「どういう……事ですか?」
 今度は真意の全く読めない質問。
 戸惑いが言葉に出た瞬間、僅かに後悔した。
男「言葉のままの意味だ。お前さんに人を殺せるか、と聞いてるんだ」
 男の表情に揺らぎはない。
 ただ静かに、こちらの答えを待っている。
司「……場合によります」
 少しの時間で考えをまとめ、簡略に答えた。
男「ほお。ならその場合とやらはどのような?」
司「自分が殺され掛けた時、自分の大切なものが壊されかけた時です」
 端から持っている思想だった。
男「ふ、ははは!」
 男は笑う。
 今度は本当に愉快そうに。
男「なら、それ以外の時は殺せないと?」
司「ええ」
男「笑わせるな!」
 初めて見せた、解りやすい感情。
 怒。
男「人を殺せない者に魔物が殺せると思っているのか!? いいか、
  奴らは俺達と同じ格好をしているケースがままあるんだ。それを、
  人と同じ顔、同じ身体をした奴らをお前はどうやって殺すんだ!?」
司「……」
 反論の余地がないほどの正論。
 そして、真意をついた言葉にはいつだって棘がある。
 真実とは、過酷なものだから。
男「……帰れ」
 男は静かに宣告した。
司「待ってくれ」
 俺は、その宣告を拒否した。
 これから言う言葉は、おそらくひどく幼稚。
 そして、情けないほど真実の俺だ。
 己を晒す覚悟に呼吸を一つ。
 そして、真摯な目を男に向けた。
司「両親を殺された事は……恨めしい。けど、それは大した理由じゃ
  ない。体裁のいい理由を挙げただけだ」
男「理由は他にある、と?」
司「ああ」
 一度不正解を出されたから別の理由を慌てて考えた。
 そう取られているだろう。
 それがないとは言わない。
 そして、それは俺の未熟さを雄弁に語っている事も否定しない。
 けど、これが俺の本当なのだから仕方ない。
男「いいだろう、話せ」
 何かを察したのだろう。
 男は態度を多少緩めた。
 よし。
 後は、強い決意と説得力を表現する。
司「俺は世界平和とか権力奪回とか、そういうのはどうでもいいと
  思ってる。どうでもよくないのは、理不尽な事だ」
男「理不尽……?」
 MMCのコンセプトとも言えるものの放棄より、男はそっちに
 興味を示した。
 勝機は、ある。
司「奴らが何の目的で人を襲い、人を食らうのは、俺達が牛や豚に
  やってる事と同じならば納得がいく。理屈では。けど、その結果、
  『俺』が両親を失ったのは納得いかない」
男「……」
司「顔も見た事の無い奴の不幸なんてどうでもいい。けど、自分の不幸は
  腹が立つ。それが逆らう事の出来ない強い力なら尚更だ」
男「保身……だな?」
司「その言葉が一番適当かもな」
 MMCに入れば、跳ね上がるリスクを条件に魔物に対抗する力を得られる。
司「襲われる確率は低いが教われたらアウト。襲われる確率は高いが襲わ
  れても抗う事が出来る。俺は、後者を選ぶ。一人で生きて行く為に」
 一人で生きる力をつける為に。
司「人は一人で生きて行ける。けど、それには条件が必要だ。それをここ
  で手に入れたい」
 屁理屈、だ。
 日本代表に選ばれる為に強いチームに移籍するサッカー選手と似ている。
 組織が求めるものと俺が求めるものとの間に接点は一つ。
 手足となる代わりに頑丈な手袋と靴を得る。
 そんな所か。
司「だから、自分にとって必要なら、例え相手が人の形態をしていた
  としても殺す。そうじゃなければ殺さない」
男「命令でも、か?」
司「命令を無視したらクビ、と言うのなら殺す」
 子供のような応答。
男「……っ、ははははははははっ!」
 咳を切ったかのように、男は笑い出した。
 さっきまでとは明らかに違う、楽の感情がそこに見えた。
男「そう言うのを世間で何というのか教えてやろうか?」
司「身勝手。もしくは我侭、だな」
男「或いは阿呆、だ」
 その通りだと思った。
男「なるほど、ようやく解った」
司「?」
男「いや、こっちの話だ。ははははは!」
 何がそこまで愉快なのかは解らないが、男は笑い続けた。
 そしてひとしきり笑い終えた後、
男「不採用」
 そう結論を唱えた。
 
 
司「……へビィだ」
 建物を出た所で、俺は一人嘆息した。
 世間が冷たいのは知ってる。
 一大決心だったんだ。
 賃金の高い今の職場を辞めたのも。
 一時期とは言え組織に身を置こうとしたのも。
 だが、一度拒否→本心を暴露→和解&採用という俺の目論みが
 成就する事はなかった。
 これで、職なし男決定。
 もう元の職場にも戻れまい。
 どうやって生活しようか。
司「……へビィだ」
 そう呟く俺の横を長身の女が横切った。
 長い黒髪。
 スラッとした、でもメリハリのある身体。
 そして、ゾッとするほど美しい顔。
司「……」
 少し、気になった。
 その女が向かっていったのが先ほどまで俺がいた、『魔物危機対策
 委員会 ○×支部』と銘打つ場所だったからだ。
 けれど、それが後をつけるほどの好奇心に発展する事はない。
 他人事だ。
 あの女が採用されようがされまいが、どうでもいい事だ。
 興味はない。
司「コンビニに寄ってかないとな」
 別の仕事を探さなきゃいけない。
 情報誌を購入する必要があった。
 暫くの間収入がなくなるが、まあ蓄えはそこそこあるし、大丈夫だろ。
司「……はぁ」
 ため息一つ。
 暫くやりきれない気持ちを整理して、整理がつきそうにもない事を
 確認したので歩き出す。
 その一歩を踏み出した時。
男「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
司「……?」
 遥か後ろからけたたましい悲鳴。
 さっきの男の声だ。
 何かあった?
司「……」
 俺は無言で踵を返した。
 今度の事象はそれほどの好奇心に発展したからだ。
 早足で先ほどの建物へと引き返す。
 重い足取りだった所為で殆ど進んでなかった為、すぐ現場に向かう
 事が出来た。
 しかし。
 その事が、俺のこれから先……人生すらも左右しかねない大事に至る
 事など、この時の俺には知る由もなかった。

(To be continued……?)
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