5月31日。日曜日。

乃絵美が目を覚ましたときは、既に日も随分とあがった頃だった。

9時を少し回ったぐらいだろうか。

毎朝6時頃には起きて、弁当を作っている乃絵美には、随分な寝坊だった。

(そうか・・・今日って、日曜日)

カレンダーを見て胸をなで下ろす。

そして、すぐに陰鬱な気持ちになる。

昨日のことを、思い出してしまうから。

(あんなこと・・・)

思い出すと、恥ずかしさと後悔で押しつぶされそうになってしまう。

だから、できるだけ思い出さないようにしていたのだけど・・・

目を覚まして、一番に思い出したのは、昨日のことだった。

忘れなくちゃ、と呟いたとき、扉の向こうでせわしない足音がした。

(お兄ちゃん?)

慌てて、廊下に飛び出す。

昨日も、兄は帰りが遅く、帰ったのは乃絵美が寝た後だった。

ここしばらく兄とゆっくり過ごせたことがない。

(せめて・・・今日ぐらいは一緒にいたいな)

そう願ってしまう。

昨日、一昨日と、あんなことがあった後だから、余計に兄が恋しい。

(今日一日、お兄ちゃんに甘えても・・・いいよね)

そうすれば、きっと頑張れる。

あんなことは、もう忘れよう。

お兄ちゃんがいれば、きっと大丈夫だから。

「あ、おはよう。乃絵美」

今日の兄は、いつもより少しめかし込んでいる。

他の人には、わからないだろうけれど、乃絵美にだけはわかる。

間違いなく、普段と違う感じがする。

「どこか行くの?お兄ちゃん」

「ああ。丁度、デパートでミャンマー展やってるんだよ」

ミャンマー展。

陸上一筋で、たまに気に入った漫画を買い込むぐらいしか趣味の無い兄が行くには、自分の意志ではない何かが必要な場所だった。

「真奈美・・・ちゃんと?」

「ああ。真奈美ちゃんがお父さんからチケット貰ってたらしくてさ、3枚あったんだけど・・・」

「あっ、じゃあ、私も・・・」

「悪い。それが、菜織のやつも一緒に行きたい!とか言いだしてさ」

「そ、そうなんだ」

「普段は、そんなモノに興味示さないクセに、アイツも何考えてんだか」

「菜織ちゃんも、きっとお兄ちゃんのこと・・・」

好きなんだ。

乃絵美は、今更ながら菜織の気持ちを確認する。

兄の気持ちは菜織へは向いていない。

だからこそ、友情と幼なじみというギリギリの偽装で菜織と兄の関係は成り立っている。

菜織が兄への気持ちを積極的に表に現したら、きっと兄は拒絶してしまう。

だからこそ、菜織は言い出せないでいる。

そして・・・だからこそ、乃絵美も菜織のことを好きだった。

まるで、自分のよう。

妹としてしか見て貰えない自分と同じ。

(お兄ちゃんは・・・やっぱり真奈美ちゃんのことが・・・)

「そうなんだよ。アイツも、真奈美ちゃんのことが心配だって言うんだよな」

「えっ」

ふと我に返る。

「俺が真奈美ちゃんと二人きりで行ったら、真奈美ちゃんが危ないって」

「あ、う、うん」

「何だよ。乃絵美まで、そう思うのか」

「えへへ。どうかな。わかんないよ」

「ったく。俺が真奈美ちゃんの嫌がることなんて、するわけないだろ」

ずきり、と胸が痛んだ。

「そう・・・だよね」

「だよ。んじゃ行ってくる。乃絵美も日曜ぐらい店の手伝いなんかしてないで、ゆっくり休めよ」

「うん。行ってらっしゃい。お兄ちゃん」

足取りも軽く、兄は階段を駆け下りていく。

「お兄ちゃん・・・」

乃絵美はパジャマのまま、部屋に戻らず、兄の部屋の扉を開けた。

シンプルで片づいた部屋。

もちろん、多少は雑多に物が散らかってはいるけれど、同じ年頃の男の子たちよりは、綺麗に整頓されていると思う。

そんな中、部屋の角に置かれた机には、ミャンマー展のパンフレットがある。

そして、パンフレットの下に大和商事株式会社と印刷された封筒。

(何だろ・・・?)

ふと、手に取る。

封筒は封をしていない。

中を覗くと、極彩色に印刷されたチケットだ。

(これって・・・ミャンマー展のチケット!?)

ひのふの・・・と数えると27枚。

(こんなにあるのに・・・乃絵美は、誘ってくれないんだ)

それは、菜織に対し、アイツ何考えてんだか、と言っていたのと同じ理由。

「真奈美ちゃんと・・・二人で行きたいんだ」

判っていたことなのに、口に出すと、せつなさで胸が痛くなった。

封筒を机の上に戻すと、乃絵美はベットに腰を下ろす。

(私も・・・邪魔なのかな・・・)

そう思うと、余計に陰鬱になった。

脱力感で、座っている気力すらない。

力無くベットに横になる。

ベットには、先刻起きたばかりの兄の臭いとぬくもりがあった。

(あたたかい・・・)

横たえた身体を少し丸めて兄の体温が残る部分へと身体を移した。

(お兄ちゃんの・・・においがする)

身体の奥にある何かが、兄を求めている。

じゅん、と湿った感じ。

兄のいないときに、こっそりと兄のベットに寝て、兄を想う。

乃絵美の、秘密。

いつもは、気づかれないように、入浴後などできるだけ臭いが残らないように細心の注意を払うのだけど、そんな気にもなれず、ただ乃絵美を置いて真奈美のところへ行った兄のことだけを思い浮かべていた。

最愛の兄。

自分だけの、大切な、大好きな・・・お兄ちゃん。

「お兄ちゃん・・・大好きだよ」

いつものように道ならぬ恋に身を焦がす想像を膨らませながら目を閉じた。

ただ、少しだけいつもと違うのは、いつも堅く閉じてを胸に当ててせつない想いをこらえていた手が、乃絵美のシンプルな白のショーツの一番敏感な部分をなぞり始めていたことだった。

「ん・・・」

早くも、ショーツには微かに染みが出来始めていた。

「あ・・・」

漏れる吐息が、兄の部屋を満たしていく。

「お兄ちゃん・・・気持ちいい・・・よ」

誰に聞かせるでもなく呟くと、乃絵美はショーツの中に、その白く細い指を滑り込ませていった。

「んんっ・・・」

二本の指は薄い陰毛をかき分けて、陰唇へと到達する。

「あ・・・」

そして、大陰唇と、その中央を奔るクレヴァスの感触を楽しむように、ゆっくりと指が蠢く。

「ふぅ・・・んっ」

スリットに指が微かに触れただけで、声が漏れてしまう。

(こんなに・・・感じちゃう)

それは、罪悪感を伴う快楽。

「あぁ・・・んふぅ・・・」

なのに、指は止まらない。

止まらないどころか、更にどん欲に快楽を求めて、スリットの頂点にある肉襞を探り当て、そこをかき分けようとしていた。

「んっ・・・クリトリス・・・」

無意識に、声に出してしまう。

昨日、堂島に教えられたように。

恥ずかしさを感じながら、もどかしそうに包皮に包まれた敏感なクリトリスを晒そうとする。

「ひっ・・・んっ」

そのたびに、指がクリトリスに触れて、声が漏れる。

「ふあぁっ」

一際大きな声を漏らして、乃絵美が体を震わせた。

(やだっ・・・)

心の中で堪えようとしているのに、吐息が切なげに漏れてしまう。

「ふぅ・・・ふぅ・・・」

クリトリスが乃絵美の指によって完全に晒される頃には、乃絵美のスリットからはすっかり蜜が溢れ始めていた。

「気持ち・・・いい・・・」

昨日堂島に教え込まれたままに、今の気持ちを吐露する。

堂島のことを思い浮かべている訳ではないけれど、自らを愛撫する指は堂島が教えこんだままに、肉芽を探り当て、もう片方の手は柔らかな乳房の上に硬く結ばれた桜色の乳首を弄んでいた。

「あ・・・あぁ・・・ふっ・・・んっ・・・」

陰唇とクリトリスを愛撫していた指がスリットへも伸びていく。

「ふぁ・・・んっ」

硬く閉じられた一本の線を白い指が潜り込む光景は、かき分けるというよりもむしろ何もない肌に埋まっていくかのようだった。

「ん・・・んっ・・・」

指が先にすすむほどに、入り口近くの肉も巻き込まれるように指にまとわりつく。

昨日一昨日と堂島に陵辱されつくされたというのに、乃絵美の入り口は、処女と見まごうほどにきつい。

「くっ・・・ふぅ・・・」

違うのは、きついだけでなく、それが乃絵美を狂わすほどに気持ちいいといういやらしい事実。

「ふっ・・・ふうっ・・・」

人差し指と薬指に押さえられた陰唇の間に申し訳程度にギリギリ開いたスリット。

その裂け目に、乃絵美の中指が埋まっていくのだけど、その深さはかろうじて第一関節と第二関節の間まで。

(これ以上は・・・)

堂島の愛撫に解きほぐされて何度もイかされた昨日のような状態でもなければ、まだ乃絵美の15歳のスリットは指すらも満足に受け入れることは出来ない。

「んん・・・」

指はその程度しか入らないけれど、濡れた指が入り口とクリトリスを愛撫するだけで、震えてしまうほど気持ちいい。

「あ・・・あ・・・お兄ちゃん・・・こんなに・・・」

こんなに、濡れている。

そう言いかけて、唇を噛む。

軽い痙攣が乃絵美を満たしつつあった。

達しやすいのは、堂島の手引きによることもあったかも知れない。

ただ、今乃絵美を導いているのは、乃絵美自身の指の愛撫だった。

「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」

乃絵美は、もう肩で息をしてもおかしくないほどに、快楽に翻弄されていた。

「お兄ちゃん・・・あっ・・・もう・・・私・・・」

陰唇を挟み込んだ指に力がこもる。

「お兄ちゃんっ・・・」

大きく、乃絵美が弾けた。

弓反りになった乃絵美に、快楽の波が大きな大きな津波へと変貌して、襲いかかっていく。

絶頂が、目の前にあった。

刹那。

(えっ・・・)

乃絵美の脳裏に浮かんだのは、一糸まとわぬ兄の姿。

それだけならば、どれだけ幸福な想いに満たされたかも知れない。

でも。

兄の横にしなだれて兄の想いを思うままにしていたのは・・・

(真奈美・・・ちゃん!?)

兄が、真奈美の頭を優しく撫でて、唇を重ねる。

(やだっ・・・ダメっ)

脳裏のイメージなのに、幾億里もの距離があるような気すらするほどに遠い。

(私以外の子と・・・キスなんてしないでっ)

心の中の絶叫。

(私のほうが・・・お兄ちゃんのこと・・・ずっとずっと好きなのっ)

叫べども、兄の唇は真奈美のそこから離れようとしない。

それどころか、唇から漏れ見える舌は濃密に、真奈美と絡み合っていた。

(お兄ちゃんっ・・・!)

直後、現実の快楽が乃絵美を違う領域へと転移させてしまう。

現実の乃絵美は、この瞬間にも絶頂を迎えようとして、実兄の別途で悶える淫靡な15歳だ。

「んくっ・・・イ・・・イくうっ・・・」

耐えきれなくなった快楽が、乃絵美を絶頂へと導く。

「あっあああっあー・・・」

激しい痙攣を伴いながら、これ以上ないほどの力で反り返る。

きつく閉じられた双瞳から、涙があふれ出す。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

涙が止まらない。

「乃絵美・・・いっちゃった・・・よ・・・」

指にまとわりついた乃絵美の蜜が兄のシーツにほんのりと染みを作っていた。

部屋中、乃絵美のにおい。

あふれた涙は、快楽が招いたものだったのか。

それとも、兄を想ってのことだったのか。

「お兄ちゃん・・・すき・・・」

初めての自慰の余韻に身動きもままならないほど溺れてしまっている乃絵美には、やはり分からないことだった。

「でさ、真奈美ちゃんの勧めで、菜織のやつ、ロンジーを来たんだけど、やっぱり、ロンジーは・・・」

兄は、いつにもまして饒舌だ。

昨日の、真奈美とのデート。

それが、兄を興奮さめやらぬものにしているのは、わかる。

昨日、こっそりと兄のベットのシーツを取り替えながら、考えていた。

でも、考えれば考えるほど、絶望に打ちひしがれてしまう。

(お兄ちゃん・・・)

想えば、想うほどに、体の奥が熱くなる。

奥から、じっとりと蜜が溢れるほどに、感じてしまうのに。

(どれだけ想っても、お兄ちゃんは真奈美と・・・)

そこに行き着いてしまう。

けれど、だからといって諦めることもできない。

胸の奥底で燃える想いは、そう簡単には消せはしない。

(好き・・・だよ)

替えのシーツを抱きかかえて、脱衣所の洗濯かごの前まで行ったとき、脱ぎ捨てられた兄の制服のYシャツを見つけてしまった。

誰にも見咎められないか、周囲を伺ってから、シャツを掴むと、素肌の上にまとってまた部屋に戻っては自分を慰めてしまう。

覚えたての指戯は、15歳の少女の身体を禁断の快楽へ引きずっていってしまうのだった。

「それで、真奈美ちゃんときたら・・・」

ふいに、我に返る。

兄の話は、まだ続いている。

6月1日月曜日の登校中。

自分のいる場所に気づいて、思わず赤面してしまう。

兄と一緒に学校の廊下を歩いているのに・・・昨日のオナニーのことを考えてしまっていたから。

「あ・・・私、こっちだから」

「ああ。それじゃな」

いつもの分かれ道。

1年生の校舎と2年生の校舎。

しばしの別れに、少しだけ寂しい気持ちになりかけたときだった。

「正樹くん」

兄を呼ぶ声。

それも、女の子の声。

兄の親しい女の子は、皆よく知っている菜織の友人たちだけだった。

でも、今、兄を呼ぶ声は違う。

(誰?)

ふいに嫌な予感がして振り返る。

そこには・・・白いリボンをした眼鏡の少女がいた。

リボンの色はイエロー。

兄と同じ学年。

乃絵美は、1年先輩にあたるその少女を凝視する・・・必死に思い出そうとするけれど、菜織の友人には眼鏡をかけた女の子はいなかった。

(もしかして・・・)

嫌な予感は、どんどんと胸騒ぎに変わりつつあった。


「真奈美ちゃん」


兄は眼鏡の少女に駆け寄る。

「今日から、転入なんだよ」

乃絵美に背を向けている兄は笑顔を浮かべているのだろう。

眼鏡の少女の顔にも笑顔が浮かぶ。

頬が微かに染まっているのは、乃絵美の見間違いだと思いたかった。

(あれが・・・)

落ち着いて、物静かな少女。

知的で、優しそうで、兄の好みそうな綺麗な女性。

(真奈美ちゃん・・・なんだ)

病弱で、気弱な乃絵美には無い全てを兼ね揃えている・・・兄の恋人となる少女。

そんな予感がした。

「伊藤」

ふいに呼ぶ声がした。

「伊藤乃絵美」

もう一度。兄と違うことを確認するようにフルネームで呼ぶ。

「あ・・・はい。先生」

担任の教師だった。

「ちょっと、頼みたいことがあるんだがな」

眉を八の字に寄せて困ったような表情を浮かべて、頼み事をする・

「あ。はい。なんですか」

「それがな・・・学校の案内をして欲しいんだ」

放課後や、授業を少し抜けて、外部の賓客を案内することは、以前にも何度かあった。

本来、生徒会なり何らかの会があるのだろうけれど、エルシア学園では、図書委員がその任にあたることが多かった。

乃絵美も、一度だけ外国人の賓客を案内したことがある。

フィアッセと呼ばれるイギリス人の歌姫で、英語の話せない乃絵美が不安な気持ちで案内に望んだところ、相手のほうから流暢な日本語で話しかけられて、思わぬ楽しいひとときとなったのだった。

以来、賓客の案内は、乃絵美自身も心待ちにしているところでもあった。

「外部の方ですか」

「ああ。大事なお客様でね・・・」

先生が、話しかけたときに、乃絵美の視界の隅では、楽しそうに歩いていく兄と真奈美の姿が見えた。

(お兄ちゃん・・・)

暗い気持ちになりかけて、気持ちを奮い立たせる。

「いいですよ」

「悪いな」

「いいんです。それで・・・どんな方なんですか」

「ああ。政治家の先生でね」

政治家と聞いて、ふいに堂島を思い出す。

あの男も、政治家だった。

「次の理事会で、理事に選ばれる方だよ」

そういって、畏れ多そうに肩をすくめる。

(そんな立派な人なんだ)

ほっとする。

優しそうな初老の老人を思い描く。

St.エルシアの理事には、そういった資産家も多い。

図書委員の先輩たちに聞いた話では、一様に信心深く優しそうな老人たちだと言っていた。

新しく入る理事も、きっとそういう人なのだろう。

優しい大人と話すのは、好きだった。

商店街のおじさんたちや、出前先のひとたち。

皆、乃絵美に優しく話しかけてくれる、いい人たち。

(どんな理事のひとなのかな・・・)

想像していくほどに、楽しそうな気持ちになってきた。

「ああ、ここだ」

幾つも並ぶ来客室の一つの前で止まると、乃絵美を手招きする。

「ご案内いたしますって言うんだぞ。向こうには案内が来るって説明してあるから・・・じゃ、よろしくな」

先生は、そういって足早に去る。

取り残されて、少しの緊張。

それは、つかの間のこと。

楽しいひとときを期待して、ノック。

「どうぞ」

と声がして、静かに扉を開ける。


「乃絵美。待っていたよ」


来客用のソファーに深々と座っていたのは、堂島薫。

その人だった。

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