6月2日。
いつもと変わらぬ喧噪の教室の中で、乃絵美はひとりうつむいて座っていた。
昨日の失禁が、クラスの中で溝を作ってしまっていた。
皆、一様に乃絵美の姿を見ると、気まずそうな表情で顔を逸らす。
更に言えば、クラスの皆が思っているようなただの失禁ではない。
バイブレーターを入れられて、何度も昇り詰めて、挙げ句に堂島の目の前で失禁してしまったのだ。
クラスの皆以上に、乃絵美は居心地の悪い思いをしている。
みよかたちから、それとなく話を聞く限り、堂島が即座に連れだしたおかげなのだろうか、それには気づかず、ただの失禁だと思っているらしい。
(良かった・・・)
少しだけ胸をなで下ろす。
けれど、高校生にもなって、衆目の中失禁をしてしまった少女は、やはり奇異と憐憫の目でみられてしまっているのだった。
「はぁ・・・」
乃絵美は、今日何度目かになるため息をついた。
昼休みのチャイムが鳴る。
早く教室から出たくて、急いで弁当を取り出した。
(お兄ちゃんと・・・お昼食べよう)
思えば、今朝の兄は様子がおかしかった。
顔を赤らめ、こそこそと洗濯機を回していたのだ。
泣きはらして腫れぼったい顔にきづかれたくなくて、
「お兄ちゃんがお洗濯するなんてめずらしいね」
なんて。
冗談めかして、クスリと笑って通り過ぎたのだけど、
(あれって、お兄ちゃんはきっと・・・)
昨晩、乃絵美がしたフェラチオの後を、夢精か何かと勘違いしたのだろう。
(でも・・・)
それは、真奈美のことを想ってのことだということも、乃絵美には痛いほど判っている。
(お兄ちゃん・・・)
思い出すほどに、乃絵美の小さな胸がせつなく痛んだ。
「伊藤・・・乃絵美?」
呼び声。
「あっ・・・チ、チャムナ・・・さん?」
それは、チャムナ・フォンだった。
「は、はいっ」
慌てて、チャムナのほうを向く。
相変わらずの仏頂面。いつものことだけれど、やっぱり少し不機嫌そうにも見える。
「放課後、昨日と同じ来客室に来い」
昨日と同じ来客室。
それは、堂島がいる部屋だった。
「えっ・・・」
不安そうに、乃絵美は両手を胸に寄せた。
両手を非対称に寄せる、乃絵美が不安なときによく見せる癖だった。
(また・・・昨日みたいに・・・)
昨日の恥辱が脳裏に蘇り、暗澹とした気分になる。
「・・・伝えたぞ」
チャムナは、変わらぬ無表情できびすを返す。
「あ・・・」
乃絵美が何の意思表示も見せる前に、チャムナは自分の教室へと消えていった。
「はぁ・・・」
放課後のチャイムが鳴ると、乃絵美は再び陰鬱なため息を漏らす。
それは、昼まで漏らしていたため息とは違う。
絶望と、これからされることを予想するため息だった。
(昨日、あんなにしたのに・・・)
陰唇の一番擦れるところが、まだひりひりと痛んでいる。
フィアッセに飲まされたペーストのせいで昨日は気づかなかったが、かなり乱暴に弄くってしまっていたらしい。
(今日は・・・・やだな・・・)
そう思って、ますます暗くなる。
「眠いし・・・行きたくないな・・・」
それは堂島のせいではなく、乃絵美が兄と契ろうとした結果なのだけれど、事実2時間ほどしか寝ていないせいで、今もぼんやりと睡魔が漂っている。
「どこに行きたくないって?」
突然、耳元で声がした。
「わわっ」
慌てて、声のほうに向く。
「菜織ちゃん・・・びっくりしたぁ・・・」
それは、兄の幼なじみ。氷川菜織だった。
「教室にひとりきりで、何してるの?」
菜織は、いつもの笑顔に少し心配を織り交ぜて聞く。
周りを見ると、もう全員帰って後だった。
「あ・・・ぼんやりしてたみたい」
そう言って苦笑する。
「で、どこに行きたくないの?」
菜織は、先ほどの独り言に興味を持ったのか、執拗に聞く。
「な、何でもないよ」
と、慌てて否定する。
「弱音なんてめずらしいじゃない? やなことなら、この菜織ちゃんが替わってあげるからさ」
替わる、という言葉にはっとして、菜織の顔を見る。
菜織の屈託のない笑顔は、今の乃絵美には眩しすぎる。
(替われるわけないよ・・・)
と思い悩んで、顔を背けてしまう。
乃絵美に替わるということは、菜織が陵辱されるということ。
そんなことは頼めない。そう思うとなおさらにうつむいて押し黙るしか無くなってしまう。
「ほーらっ。そんな暗い顔して遠慮しないで。図書委員の仕事?」
けれど、取り合わずに菜織は乃絵美の肩に手を回して、大きく抱きかかえるようにして優しく聞き直した。
「・・・図書委員の仕事は仕事・・・だけど・・・」
歯切れ悪く応える。
それは、間違いではない。
来客室の奥にいるのが、堂島でさえなければ、普通の図書委員としての仕事になる筈だったのだから。
「わかった。じゃ、私が替わってあげる! 図書委員って、外の人を案内したりするんだよね」
返答代わりに、顔を背けたまま頷く。
「判った。じゃ、具合悪くなって帰ったって言っておくから・・・大丈夫。私、神社の娘じゃない? 案内とか得意なんだから」
クラスから避けられている乃絵美には、その優しい包容と言葉が、どんな優しさよりも応えた。
(関係ない菜織ちゃんなら・・・堂島さんも、変なことしないかも・・・)
そんな気すらしてきた。
「じゃあ・・・」
そう言って、菜織の手を握った。
乃絵美が学校を出て10分後。
菜織は、教えられた来客室の扉をノックしていた。
「入りなさい」
奥からは、男の声。
それは、待ちかねた堂島の声だった。
堂島は、昨日挿入前に伊頭首相からの電話が入り、結局自身は満足することなく終わっていた。
それだけに、昨日の乃絵美の痴態を思い出しながら、今日は一日中弄ぶつもりでいる。
(ヒヒ・・・あれだけじらしたんだ。今日は乃絵美も・・・)
必ず待っているに違いない。
そう確信していた。
しかし。
扉を開けたのは、乃絵美とは似てもにつかない活発そうな少女だった。
乃絵美より少し年上なのだろうか。
制服のリボンが、チャムナと同学年であることを示す。
「乃ぉー絵ぇー・・・えぇっ!?」
ズボンの下でいきりたつ陰茎を隠すように、慌ててソファーにかけ直す。
「な、何かね。部屋を間違えとるよ」
狼狽して、咳払いをして見せる。
「あのー。乃絵・・・じゃなくて、伊藤さんは具合が悪くて先に帰ったので、私が替わりにご案内しますので」
そういって、菜織は愛想笑いをする。
子供らしさの残るぎこちない愛想笑いが、堂島を落胆させた。
「・・・いい」
帰っていい、と手を振ると、怪訝そうな顔をしながら菜織も立ち去った。
もとより、乃絵美の代役なのだ。
無理に固執するよりも、おとなしく帰ったほうが気が楽だった。
「さて・・・用事も済んだし」
菜織は、大きく伸びをしながら考える。
(今日は、真奈美が病欠だったから・・・アイツ、気にしてたっけ)
想い人のことを考えると、少しだけ胸がさざめいた。
「・・・じゃ、私も、真奈美ちゃんのお見舞いに行こうかな」
どんな言い訳をしようか、どんなお見舞いを持っていこうか。
(うん。行こう・・・真奈美ちゃんと二人きりにするのも・・・不安だもん・・・ね)
そんなことを考えながら、菜織は帰路についた。
同刻。
菜織の去った来客室は、激しい衝突音の後に、クリスタルの灰皿とアルマのソファーが不幸せな合体を試みさせられて、ソファーのスプリングがむき出しになったところだった。
「乃絵美ぃっ・・・!」
激情に駆られて興奮した堂島は、肩で息をしていた。
「くそ・・・くそっくそっ・・・くっ・・・」
ひとしきり暴れると、息を整えて、電話の内線番号を押す。
それは、内線一覧にない秘密の番号。
理事専用回線だった。
「・・・チャムナを連れて来なさい」
ぶっきらぼうに、それだけを言うと、受話器を置く。
堂島のズボンの膨らみは、チャムナが来るまで待ちきれないかのように硬くそそり立っていた。
翌日。
久々に、ゆっくりと睡眠をとった乃絵美は、この一週間の塞いだ気持ちが幾分紛れた心持ちになっていた。
昨日は遠巻きにしていたクラスの皆も、徐々にだが普段のように接するようになっている。
窓から見える初夏の青空が、いつにもまして晴れやかな気持ちを誘っているようだった。
昨日、堂島の相手を買って出てくれた菜織は、兄との約束があるといい、これからしばらくはロムレットでアルバイトをするのだと言っていた。
そして、着替えで二人きりのとき、堂島のところに行ったものの、何もなくすぐ帰らされたと笑って伝えてくれた。
(菜織ちゃん・・・優しいな)
と、心の底から感謝してしまう。
兄と仲良さそうにロムレットでアルバイトをしている姿を見ると、少しだけ妬けてしまうのだけど、今日ばかりはそれすらも祝福したいほどの気持ち。
(ずっと、こうならいいのに・・・)
つかの間の幸せが続くことを祈ってしまう。
けれど、それは更なる破滅へと堕ちていく間の、ほんの一瞬休息でしかないことに、乃絵美はまだ気づいていないのだった。
「乃絵美」
授業が終わってすぐに、教室に入ってくる生徒がいた。
「チャムナ・・・さん」
褐色の少女である。
チャムナは、いつものように肩を押さえて顎を突き出した見下すような姿勢のまま、乃絵美をにらみつけている。
「あ、あの・・・何か・・・?」
後ろめたい気持ちが、口を淀ませる。
見ると、チャムナの口元はうっすらと切れて血のにじんだ痕があった。
「それ・・・堂島さんに・・・?」
チャムナは顔をしかめて俯いた。
(やっぱり・・・私のせいで・・・)
堂島は、菜織を帰した後に、この褐色の少女を力ずくで犯したのだろうか。
「今日は来るのよ・・・いい?」
怒気を含んで、吐き捨てるように言った。
「あ、あの・・・・その・・・」
思わず、言葉に詰まってしまう。
チャムナがされた暴力に、乃絵美も晒されてしまうのだろうか。
そう思うとすくんでしまう。
睨み付けるチャムナの視線が怖くて、ふと視線を落とした。
そのとき。
(あっ・・・!)
チャムナの短いスカートから伸びる細くしなやかな褐色の太股に、一条の筋が見えた。
(ええっ!?・・・精液!)
ゆっくりと内股を伝う乳白色の液体が褐色の肌に目立っている。
(今、ここに来る直前まで・・・堂島さんに・・・?)
そうとしか思えない。
そして、同じことをされようとしている。
乃絵美は、恐怖でいっそう身がすくんでしまった。
「・・・絶対に来るのよ。来なかったら・・・」
言い捨てると、昨日と同じように、返事も待たずに踵を返した。
(そんな・・・・・・!)
絶望に打ちひしがれて、乃絵美は目の前が暗闇に閉ざされる想いだった。
それから、どれほどの時が流れただろう。
実際には1時間と過ぎていないのだが、乃絵美にとっては無限にも感じられる長い時間がたったかのようだった。
気が付けば、行き慣れた図書室の閲覧コーナーにいた。
(昨日のように・・・)
とも考えたけれど、菜織が早々にロムレットに向かったために、それも敵わないこととなっていた。
他に代役を頼める人も思いつかない。
(どうしたらいいの・・・)
そうやって、同じことを何度も考え続けているのだった。
「はぁ・・・行くの・・・やだな・・・」
呟いて、向かいに人が座っているのが見えた。
「あっ・・・」
それは、成瀬真奈美だった。
「乃絵美ちゃん」
真奈美の瞳が眼鏡の奥で、穏やかに微笑みかけている。
「は、はい」
思わず、背筋を伸ばして身構えてしまう。
(綺麗・・・)
間近で見ると、本当にそう思う。
ため息が出そうだった。
(こんなに綺麗だから、お兄ちゃんも・・・)
今の自分の境遇と比べて、暗澹たる気持ちに拍車がかかった。
「ねえ、乃絵美ちゃん」
緊張している乃絵美をリラックスさせるような優しい口調で語りかける。
「・・・来賓の案内で、悩んでるんでしょう?」
思わぬ指摘に、乃絵美は驚いて真奈美の顔を見た。
「くすっ。そんなに驚かなくてもいいよ。実はね、菜織ちゃんから聞いたの」
言われて、菜織の優しい表情が脳裏をよぎる。
(菜織ちゃん・・・)
ただ代役を申し出ただけでなく、こんなにも乃絵美のことを心配してくれていたのだ。
感謝で胸がいっぱいになった。
「それでね、菜織ちゃんは今日アルバイトがあるから、私が代わってあげられないかなって・・・私でよければ、だけど」
そう言って、照れ笑いをする。
真奈美は真奈美なりに、兄と接する様子をみて眉をひそめる乃絵美の様子を察したのかもしれなかった。
「ん・・・」
思わず、涙が出た。
「乃絵美ちゃん?」
心配そうに、真奈美が様子を伺う。
「大丈夫・・・その・・・嬉しかったから・・・」
しゃくりあげそうになりながら、ようやく言葉を絞り出した。
「うふふ。まかせて。図書委員としては乃絵美ちゃんより新人だけど、これでもひとつ年上なんですからね」
そう言うと、にっこりと微笑んだ。
「・・・遅いな」
何度目になるか数えるのも飽くほどに、時計を見ては呟いていた。
横では、堂島の手下たちがチャムナにのしかかり、代わる代わるに犯していた。
「ちゃんと伝えたんだろうな」
もう一度念を押す。
「は、はひぃっ・・・ひゃんとぉ・・・あふぅっ・・・」
男たちに嬲られながらも、チャムナは堂島の問いに応える。
「あのぉっ・・・ひっ・・・ふぅ・・・」
乳白色の液体まみれになった口をぬぐいながら、チャムナは堂島に話しかける。
「なんだ?」
時計のほうを向いたまま、堂島は生返事だ。
「のっ・・・乃絵美が・・・来たら・・・約束・・・」
堂島はうんざりして、頷く。
「わかっている・・・お前が探している生徒のことだろう。そのために、この学校を探し出して、わざわざ留学生として呼んでやったのだ。乃絵美のことがなくとも、見つけ次第呉れてやる」
言いながら、葉巻に火をつけた。
(コイツも・・・妙にこだわるものだ)
堂島は、チャムナと交わした約束を思い出す。
日本に戻っていった生徒を追っているのだという。
そして、そのためだけに、全てを捨てて単身ミャンマーを離れ、堂島の言いなりになり、どんな命令も聞くのだと・・・
「しかし・・・遅い」
堂島は、壮年の男性とは思えないほどに股間を硬くして待ち焦がれていた。
昨日、チャムナを呼んで、罰として手下に犯させた際にも、堂島自身はその私刑に加わっていない。
(乃絵美・・・儂は、お前だけに・・・)
それほどまで思い詰めている。
これまで、数えられないほどの女性を嬲り蹂躙し尽くしてきた男とは思えないほどに、この代議士は、乃絵美という端から見ると可愛らしくはあるものの平凡な15歳の少女にのめり込んでいる。
乃絵美に出会って、まだ6日しか経っていないにも関わらず、堂島はもう乃絵美なしには生きられないと思うほどに、恋いこがれていた。
(今日こそは・・・)
全てを犯しつくし、そして乃絵美の身も心も手に入れるのだ。
そう心に誓っていた。
コンコン。
と、控えめにノックが鳴る。
昨日の少女のようながさつな音ではなく、気弱そうな乃絵美らしいノックのようだった。
万が一、違う生徒だったときの用心に、チャムナを見えないところに下がらせた。
「・・・入りなさい」
堂島の胸が高鳴る。
「あの・・・」
ゆっくりと開いた扉から首だけを覗かせたのは、乃絵美ではなかった。
「あ・・・」
昨日に続き、二度目になる大きな落胆で、堂島はソファーに腰を落とした。
同時に、奥から、チャムナの感嘆の声が漏れた。
「・・・真奈美。見つけた」
それは、新たな贄の誕生だった。