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はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』

はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 13:40:30 ID:/gi3XZjH0
 かくして『式守の秘宝』は再び封印された。
 伊吹も助かり、物語はハッピーエンドで幕を閉じたのだ。

 が、幕が閉じたのはこの一連の事件に関する話だけだ。
 彼等彼女等の物語は、まだまだ続く。




 さて、本編の主人公であり一応このSSの主人公でもある小日向雄真は、実母である鈴莉から自分が膨大な魔力を秘めていることを改めて教えられ、今後魔法を学ぶため魔法科に転科するかどうかの選択を迫られた。

 ……とういか、転科を強制されていた。

「今回のことで、魔力が活性化しちゃったのよ」

 秘宝を鎮めるため、そして伊吹を助けるために雄真の魔力は大回転を行い、どうやらすっかり『お目覚めになられた』らしい。

「まあ並の魔法使いの十人や二十人、軽く干からびる位の魔力を放出したのだから、当たり前と言えば当たり前よね?」

 ――などと、とんでもないことを口走る鈴莉。

「……御薙先生」

 そのトンでも無いお言葉に、一堂真っ青だ。
 が、鈴莉は平然と返す。

「大丈夫よ、この程度。何しろ雄真くんは私の息子!
 その証拠にこうしてピンピンしているでしょう?」
はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 13:41:29 ID:/gi3XZjH0
 ……何気に親馬鹿な言葉だが、流石に皆苦笑しか出来ない。

 兎に角そういう訳で雄真の魔力が活性化してしまった為、ちゃんとした制御法を学ばないと危なっかしくてしょうがない――安全装置の無い爆弾の様なもの――らしい。

「制御具では駄目なのですか?」

「『無いよりはマシ』程度ね。暴走を抑えられない制御具なんて、意味無いでしょう?
 まあ暴走以前に、一寸興奮しただけで『すぐ限界』でしょうけどね?」

 春姫の言葉に、鈴莉は溜息を吐きつつ答える。

「そんなに凄いのですか? 雄真の魔力って?」

 『制御具も役に立たない程の魔力』と聞き、杏璃が身を乗り出す。

「凄いというより『凄まじい』と言った方が正確ね。
 秘宝を鎮めた時でさえ、無理矢理起こして寝ぼけてた様な状態よ。
 これで本調子になれば……」

 想像もつかない、と首を振る鈴莉。

 この女傑をして、ここまで言わせるとは。
 雄真の魔力、恐るべし。

「……お前、本当に人間か?」

「うるせー」

 ハチが呆れた様な突っ込みに、雄真は憮然と返す。
 流石に化け物扱いは面白くないのだ。
はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 13:50:58 ID:/gi3XZjH0
「まあ、私が雄真くんの魔力を抑えておくから、制御具をつければ取り合えずは大丈夫。
 あっ、制御具は寝る時もちゃんと付けなさいよ?」

 雄真くん自身は本能的に防御するだろうから大丈夫だけど、部屋は崩壊するわよ?――と脅す。
 そのあんまりの言葉に、雄真は思わず一番望んでいたことを口走った。

「封印はしてくれないのですか?」

「あのねえ、生物の魔力――それも活性化状態の魔力――を永久封印するのはとても難しいことなの。
 ましてや雄真くん程の魔力を永久封印なんて、事実上不可能よ。
 雄真くんも『ある日突然封印が解けちゃいました』なんて嫌でしょう?」

 生物の魔力波長は常に変化する。波長の方向性も大小も、全て。
 そこに法則性は見られない。
 (一寸した体調や感情の変化にも左右されるからであろう、とは言われているが正確な所は不明である)
 故に、単調な波長である無生物の魔力に比べ、封印が著しく困難なのだ。
 それでもある程度までの魔力ならば力づくでどうにかなるのだが、それ以上は……

「それこそ、その生物の生命活動を完全に停止させるしかないわね」

 真顔で言う鈴莉に、一堂はようやく事態の深刻さを飲み込んだ。
 (今までは、どこか冗談めいた雰囲気があったのだ)


 ……雄真は、黙って俯いていた。一人激しく葛藤していたのだ。

はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 13:52:18 ID:/gi3XZjH0
 『部屋が崩壊する』程の被害が出るということは、自分の近くにいた者も巻き込まれる筈だ。

 ――自分の魔力が、他人を傷つけるかもしれない。いや、その可能性が高い。

 その未来予想は、雄真の胸を激しく打った。
 自分は、あの時以上の間違いを起こすかも知れないのだ。
 
 ――俺は、また逃げ様としたのか? あの時と同じ選択しか出来ないのか?

 愕然とする。自分は、そんなにも臆病な人間だったのか。
 が、臆病だろうがなんだろうが、もう逃げられない。
 こうなった以上、正面から見据え、取り組まなければならないのだ。

 何より、自分の過去を克服するために。二度と同じ過ちを繰り返さないために。

 そう。だからこそ自分自身で魔力を制御出来る様にならないといけない。
 
「御薙先生! 俺、魔法科に転科します! 見事魔力を制御して見せます!」

「そう! 嬉しいわ! ……じゃあ、ここにサインを御願いね。
 後の手続きは、『親として』私が全部やっておくから♪」
 
 今までの真剣さは何処へやら、鈴莉は雄真にサインをさせると『気が変わらない内に』とばかりに学園へと向かう。

「鈴莉ちゃ〜ん! 待ちなさ〜い! 雄真くんの親はあたしよ〜!!」

 鈴莉の『親として』発言に反応し、叫びながら鈴莉を必死に追いかける音羽。
 ……他の者は鈴莉の余りの豹変振りに、ただただ呆気にとられることしか出来ないでいた。

はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 13:53:28 ID:/gi3XZjH0
「……今までの御薙先生の言葉、もしかして嘘じゃあ?」

 だとしたら、俺の決意は一体?

 額に汗を浮かべつつ、雄真はそれだけの言葉をやっとの思いで口にする。

「う〜ん。嘘……じゃあ無いとは思うけど、少し大袈裟なお話だったのかもね。
 でも嬉しいな、雄真くんと一緒になれて」

 あの時の返事、待ってるからね――と春姫。
 ……何故だろう。あの時、返事を伸ばして貰って正解だった様な気がするのは?

「ふんっ! あんたもあたしのライバルに認定してあげるわ! 光栄に思いなさい!」

 一応歓迎してくれているのだろうか? 杏璃の言葉だ。

「小日向雄真、貴様は私が認めた男だ。下手な成績を出そうものなら……覚悟しろよ?」

 ……伊吹、脅すのは無しにしようぜ?

「兄さん、酷いですよ〜 せっかく一緒の校舎になれたのに、伊吹ちゃんと一緒に行っちゃうなんて〜」

 すももよ、いい加減少しは兄離れしなさい。兄はお前の将来が少し心配だぞ?

「ふふふ。雄真さん、不幸そうですね? 占って差し上げましょうか?」

 ……小雪さん。勘弁してください、マジで。
 最近、小雪さんの占いは『不幸を占う』と言うよりも、『不幸を呼び寄せる(増やす)』一種の呪いの様に思えてならないです。
 主に、俺限定の。
はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 14:09:45 ID:/gi3XZjH0
「これも何かの縁。小日向殿、宜しくお頼み申す」

「小日向様、これからも宜しく御願い致します」

 有難う。なんか一番下心が無さそうな二人の言葉が、一番嬉しいよ。

「酷いわ、雄真! あたしを捨てて魔法科の子達を取るのね!?」

「畜生! 羨ましいぞ〜!!」

 半泣きの準と血の涙を流すハチ。
 あ〜、勘弁してくれよ。本当。

 まあそんな訳で……
 こうして俺は普通科から魔法科へと転科し、魔法使いへの道を歩み始めたのだ。




 ――新学期。

 俺は、魔法科へと転科した。
 春姫や杏璃、沙耶や信哉達と共に、新たな学園生活を送るために。
 新たな一歩の始まりだ。

 ……が

「あのう〜御薙先生? 何故俺は『中等部』にいるのでしょうか?」

「あら? だって魔法科に転科するんでしょう?」

 俺の心からの疑問に、御薙先生は不思議そうに問い返した。
はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 14:11:48 ID:/gi3XZjH0
「俺、高等部の二年ですよ?」

 ……何故だろう。激しく嫌な予感がするのは。

 必死に嫌な予感を押さえつけ、一縷の望みをかけて主張してみる。

「……だって雄真くん、『魔法の単位を全然持って無い』じゃない」

「やっぱり〜!?」

 嫌な予感、的中。

 本来、この世界では初等部と中等部は義務教育であり、科が分かれるのは高等部に入ってからのこと。それまでは皆共通の課程をこなすのだ。
 ……魔法科を除いて。

 魔法科とは、特殊な才能と特殊な教育法を必要とする科だ。
 故に、初等部の内から教育していく必要がある。
 通常の義務教育に加え、魔法学というトンでもなく膨大な教育課程をこなさねばならないのだ。
 無論、高等部に入ってからも同様である。
 普通科と同等の教育課程――でなければ普通科と一緒に授業を受ける筈も無い――に加え、主要教科数個分のボリュームがある各種魔法学までこなす彼女等は、間違いなく『エリート』であった。

 この話を聞き、雄真は真っ青だ。
はぴねす!SS『世の中そんなに甘くない』投稿日:2006/10/24(火) 14:13:53 ID:/gi3XZjH0
「聞いて無いですよ!?」

「だって聞かれて無いもの」

「クーリングオフを要求します!」

 俺の決意は儚く砕けた。そりゃあもう、呆気なく。

「……雄真くん? 初等部から始める?」

「……不肖、小日向雄真。中等部魔法科で粉骨砕身頑張らせて頂きます」

 ランドセルを背負った自分を想像し、俺は無条件降伏した。
 だって……なあ?

「がんばってね♪」

 御薙先生は、そりゃあもういい笑顔で笑った。


 こうして俺は普通科から魔法科へと転科し、魔法使いへの道を歩み始めた。
 ……瑞穂坂学園高等部普通科二年から、中等部魔法科一年として。

 どちくしょう!!





 終了です。
 俺設定、俺流解釈が多数散りばめられておりますが、どうか御容赦を。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:32:30 ID:jhNvT+Gz0
「ふんふんふ〜ん、ふんふんふ〜ん♪」

 魔法科校舎の廊下に陽気な鼻歌が響く。

 余程機嫌が良いのであろう。
 その鼻歌を奏でる人物は周囲の目もものとせず、わが道を行く。

 そんな様子を周囲の者達は――
 ある者は我が目を疑い、
 ある者は我が耳を疑い、
 またある者など、『自分の脳に何か深刻な問題でもあるのではないか?』と懸念する有様だ。

 鼻歌だけで周囲を混乱させる程の人物、それが御薙鈴莉という存在なのだろう。

 が、そんな他人の様子など知ったことじゃあない。
 現在『幸せいっぱい夢いっぱい』状態の彼女は、普段のポーカーフェイスをかなぐり捨てて鼻歌を歌い続けている。


 ……しかし何故、彼女はこうも浮かれているのだろう?

 答えは簡単。『最愛の息子と再会出来た上、息子が魔法の道に復帰した』からだ。
 それは何よりも彼女が望んでいたことだった。




 ――鈴莉は魔法の研究の為、雄真を小日向家に預けた。

 これはある意味正しく、ある意味間違っている。
 何故ならば彼女は『雄真のために彼を小日向家に預け』、『雄真のために魔法の研究に没頭』したからだ。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:33:28 ID:jhNvT+Gz0
 雄真は膨大な魔力を持って生まれてきた。
 それこそ、この国でも屈指の魔力を持つ鈴莉すら超越する程に。

 鈴莉は狂喜した。
 それこそ我がこと……いやそれ以上に。

 もしこれが他の者ならば、鈴莉の心に恐ろしいほどの対抗心が芽生えたことだろう。
 何せ鈴莉は負けん気が人一倍強い。特に己の最大の能力である魔法で差をつけられるなど、到底容認出来ない筈だ。
 が、彼女に湧き上がったのは純粋なる喜び。
 己を越える能力を持って生まれてきた息子への祝福の思いだけだった。
 自分より優れた魔法使いになることを彼女が喜べる唯一の存在、それが雄真(息子)だったのだ。

 鈴莉は雄真をこの国一の、いや史上最高の魔法使いにすべく、英才教育を始める。
 雄真は彼女の期待に答え、すぐにその優れた才能の片鱗を表した。
 それを無邪気に喜ぶ彼女。
 ……それは彼女の人生でも最良の時期であった。

 が、そんな幸せは長く続かなかった。
 突然雄真が『魔法をやめる』と言い出したのだ。

 鈴莉は狼狽した。
 雄真を史上最高の魔法使いにしようと目論んでいたから、では無い。
 『魔法をやめる』ということは、雄真自身の生命に直結する程の大問題だったからだ。

 雄真は膨大な魔力を持って生まれてきた。
 が、魔力は諸刃の剣。大きければ大きい程その反動も強くなる。
 それ故に、魔力を制御できなければ大変なことになる。
 その暴走は周囲を巻き込み大被害を与え、その刃は自分自身にすら向かうだろう。
 だからこそ鈴莉は、雄真を魔法使いにしようとしたのだ。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:40:03 ID:jhNvT+Gz0
が、本人にやる気が無ければどうしようもない。かえって害になるだけだ。
 雄真の決意の固さを知ると、鈴莉は魔法をやめることに同意した。

 幸い当時の雄真はまだ魔法に目覚めたばかりであり、かつ鈴莉が常に管理していたため、何とか雄真の魔力を鎮め、休眠させることが出来た。
 彼女は雄真の魔力を鎮めると、魔法関係から一切遠ざけるため、断腸の思いで雄真を小日向家に預けた。
 ……その際に姓まで変えることに同意したのは、自分の未練を断ち切るため、そしてなにより雄真自身の幸せのためを考えた最後の親心だった。

 こうして鈴莉は泣く泣く泣く雄真を手放したのだ。

 以後鈴莉は魔法教育と魔力封印の研究に没頭する。
 もし雄真が再び魔法の道を目指した時、少しでも楽が出来るように。
 もし雄真の魔力が活性化しても、鎮めることが出来る様に。
 皮肉なことに、彼女の名声を不動のものとしたのは、これ等の研究の成果ゆえのことだ。

 『国屈指の魔法の使い手』としての鈴莉よりも、『世界的な魔法教育の権威』『世界的な封印研究の権威』としての彼女の方が何倍も評価されたのである。


 ……まあそんな過去の話はどうでも良い。
 そんなことよりも失った時間を取り戻すことの方が、現在の鈴莉にとっては遥かに重要なことなのだ。

 そう。彼女には野望がある。

 雄真を歴史に名を残す大魔法使いとすること。
 雄真に再び自分を母と呼ばせること。
 雄真と再び一緒に暮らすこと。

 その野望を叶えるため、鈴莉はこうして日夜裏工作を続けている。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:41:36 ID:jhNvT+Gz0
「〜♪」

 幸せいっぱい、夢いっぱい。鈴莉の幸せ指数は急上昇、連日最高値を更新中だ。
 だからこそ、こうして鼻歌の一つや二つ出るのも当然だった。

 幸せ、足りすぎである。




――――高等部魔法科二年教室。

「〜♪」

 さて、ここにも『幸せいっぱい夢いっぱい』の人物が一人。
 誰であろう、御薙鈴莉の直弟子であり、瑞穂坂学園きっての才媛でもある神坂春姫その人だ。

「〜♪ 〜♪」

 やっぱり鼻歌なんか歌っちゃったりして、御機嫌そのものである。

 ……まあ想い人と10年越しの再開を果たし、その上同じクラス――魔法科は一学年一学級――になるという、まるで盆と正月が一緒に来たようなめでたさだ。浮かれるのも無理ないのかもしれないが。

 ――雄真くんと毎日一緒♪ 隣同士で一緒に授業を受けて、お昼も一緒に食べて、放課後は一緒に魔法の勉強♪

 そう。自分はクラスメートであり、雄真の実母である御薙先生の直弟子だ。おまけに幼馴染でもある。一緒にいても何ら不思議なことはない。
(幼馴染に関しては異議を挟みたい所ではあるが、彼女の脳内では既にそう設定されているらしい)
 既にクラス委員の特権をフルに利用し、雄真の席を自分の隣に確保してあるという周到さだ。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:45:09 ID:jhNvT+Gz0
 ――帰りは一緒に帰って、お休みには一緒に買い物に行ったりなんかして♪

 今後の展開を想像し、恍惚となる。
 一世一代の告白は棚上げされたのは無念だが、断られた訳ではない。
 チャンスは幾らでもある。押して押して押しまくるのだ。

 ――あっ、転科したてで色々不慣れだろうから、色々世話をしてあげる必要もあるわね?

 どうやら、この調子で世話焼きも独占する積りの様だ。

 ……彼女もやっぱり、幸せが足りすぎていた。


「……春姫、やけに御機嫌ね?」

 杏璃が幾分引き気味に尋ねる。

「そう? わかる?」

「そりゃあ、わかるわよ。さっきから誰かに声をかけられても上の空、全然反応しないじゃない」

「え…… 全然気が付かなかった……」

 そう言って首を捻る春姫。
 常に周囲に気を配る、如才ない彼女にしては珍しいことだ。

「ま〜、浮かれるのはわかるけどさ、もっとシャッキリしなさいよ?
 春姫と雄真はあたしのライバルなんだから!」

 そう言う杏璃も雄真の転科に満更でも無さそうで、クラスメート達に雄真のことを色々教えている。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:55:41 ID:jhNvT+Gz0
 ――曰く、『一寸意地悪だけど悪い奴じゃあない』

 ――曰く、『自分の新たなライバルだ』

 等々、杏璃にしてはかなりの高評価に、クラスメート達の期待も高まる。
 このため、クラスメート達の想像する最大公約数の雄真像は――

 あの御薙教授の一人息子で、
 杏璃がライバル視する程の魔法使いで、
 春姫と杏璃が高評価する程のいい男。←ここ重要。

 ――という『それ何処の完璧超人?』的な、過大評価もいいところの虚像となっていった。




 ――HR直前。

 皆の視線は、教室のドアに集中している。
 HRの大分前から、皆今か今かと転科生が来るのを待っているのだ。

 ガラガラ。

 ドアが開く。
 ……が、入ってきたのは担任の老教諭だけだった。

「??? え〜、HRを始めます」

 老教諭は皆の視線に多少戸惑いつつも、何事も無かったかの様にHRを始める。
 そのHRは全く普段通りで、転科生の『ての字』も無い。

「え〜、これでHRを終わります。皆さん、今日も一日がんばってください」
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 11:57:01 ID:jhNvT+Gz0
「まっ、待って下さい!」

「? 神坂さん、どうかしましたか?」

 老教諭は、普段の彼女らしからぬ慌て振りに、驚いた様に尋ねる。

「あの! 雄真くん……じゃなくて転科生が今日来る筈なのですが!?」

「はい? ……いいえ、聞いていませんよ? そんな話は?」

「そっそんな筈は無いです! 昨日の夜だって雄真くん、ちゃんと魔法科に転科するって!!」

 どうやら二人、休み中も結構マメに連絡を取り合っていた様だ。

「ああ、ああ、思い出しましたよ。そういえば今日、普通科から魔法科に御薙教授の御子息が転科してくると……」

「それです! それ!」

 余程切羽詰っているのだろうか? まだ老教諭が話し終えないうちに、続きを促すかの様に声を発する。
 ……本当、普段の彼女らしくない。

「でも、彼は確か中等部に転科するそうですよ?」

「「「「はい?」」」」

 春姫一人に止まらず、クラス全員が思わず聞き返す。……今、何と仰いました?

「彼は、魔法学関連の単位を一つも持っていませんからねえ〜 気の毒ですが、仕方が無いでしょう」
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:02:48 ID:jhNvT+Gz0
 その当たり前過ぎる老教諭の言葉に、『それはそうだよなあ』的な雰囲気がクラスに流れる。
 魔法学をここまで学んできた者達からすれば、それは嫌でも納得出来る言葉だったからだ。
(魔法科は、単位が足りなければ義務教育だろうがなんだろうが次に進めない、というスパルタ式教育なのだ)

 が、諦めきれない者がここに一人……いや二人。


「でっでも、雄真くんは天才なんです!」

「いや……神坂さん…… 天才だろうがなんだろうが、単位が無ければ……」

「そうよ! それに御薙先生がその気になれば、単位の百や二百どうにでもっ!」

「……柊さん。御願いですから、そういう不穏当な発言は謹んで下さい」

 老教諭は、二人の攻勢にたじたじだ。
 彼女達の勢いに押され、とうとう真実を口に出してしまう。

「第一、これは御薙教授がお決めになったことです! 
 あの人がこうと決められた以上、この決定は絶対です!」

 どうやら鈴莉はかなりの権力者らしい。

「ということは、御薙先生が高等科への編入を許可すれば、雄真くんはこのクラスに転科出来るのですね!?」

「そんなことは私の口から言えません!」

 老教諭は答えを拒否するが、その態度が雄弁に答えを物語っていた。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:15:13 ID:jhNvT+Gz0
「こうしちゃいられないわ! 急いで御薙先生の所に行かないと!」

「あっ待ってよ! 春姫!」

 二人は窓から勢い良く飛んでいく。向かう先は恐らく御薙教授の所だろう。


「……………………」

 老教諭とクラスメートは、そんな二人を呆気に取られながら見送った。


「兄様、私達は如何いたしましょうか?」

「うむ、小日向殿のことは心配なれど、学生たる身で授業を放り投げる訳にもいくまい?」

「でも……」

「何、小日向殿のことなら心配いらぬ。きっと中等部でも上手くやっていかれるであろう」

 何せ伊吹様が認められた程の者だからな、と信哉。

「……それもそうですね。寂しいですが、仕方ありません」

「うむ」




――――御薙教授研究室。

「先生!」
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:16:13 ID:jhNvT+Gz0
「あら? 神坂さんに柊さんも。一体どうしたの?」

 二人の来訪にさしたる驚きも見せず、鈴莉は尋ねた。

「先生! 何故雄真くんは、高等部ではなく中等部に転科するのですか!?」

「だって単位が無いのだもの。しょうがないじゃない?」

「でも酷すぎます! 今頃どんなに心細い思いをしているか!」

 可哀想な雄真くん、と嘆く春姫。

「で、私にどうしろと?」

「今すぐ、雄真くんを私達のクラスに転科させて下さい」

「駄目よ」

 鈴莉はきっぱりと断る。

「! 『無理』じゃなくて『駄目』なのですね!
 やっぱり先生は、雄真くんを高等部に転科させることが出来るのですね!?」

「出来る出来ないを問われれば、勿論『出来る』わ。
 ……でも駄目。これは雄真くん自身のためなの」

 丁度いい機会だから貴方達にも教えてあげる、と鈴莉は話し始めた。


 雄真を魔法科高等部二年に転科させること自体は、さして難しいことでは無い。少なくとも彼女には。
 が、はたしてそれが本当に雄真のためになるだろうか?

はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:22:57 ID:jhNvT+Gz0
「今まで10年以上、魔法から離れていたのよ? 魔法学だってろくに学んではいないわ。
 そんな状態では、たちまち落ちこぼれるわね。賭けても良いわよ?」

「そんなことさせません!」

「うんうん、私達は親友だものねえ。ちゃんと面倒見るわよ。ビシビシと」

「……そして瑞穂坂学園魔法科は、史上屈指の魔力の持ち主だけでなく、才媛二人までも失う訳ね」

 鈴莉は軽く溜息を吐いた。
 この二人――特に春姫の場合、本気で雄真と一緒にドロップアウトしかねない。
(仮に杏璃だけは残っても、春姫がいなくなれば杏璃もやる気を失うだろう)
 学園側としてそれだけは避けたいのだ。

「だから、中等部から始めるのが雄真くん本人のためだし、貴方達のためでもあるのよ」

 まあ中等部からでも大変でしょうけどね、と付け加える。

「「でも、頑張れば!」」

 尚も食い下がる春姫と杏璃。二人共、努力第一主義の徒なのだ。

「……神坂さんに柊さん? 学園はお勉強だけをする場所じゃあ無いわよ?」

「「え?」」

 突然の爆弾発言に、二人は目を丸くする。

「学園で皆と仲良くするのも勉強と同じくらい…… いえ、それ以上に重要なことよ。
 まあ貴方達には少し汚く聞こえるかもしれないけれど、『人脈作り』という奴ね」
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:24:04 ID:jhNvT+Gz0
 学生時代に育てた友人関係は、社会に出てから大きな財産になる。
 特に魔法使いという狭い業界では、一匹狼には生き難い。
 が、もし高等部二年から始めれば、雄真は勉強勉強に追われてとても友人どころの騒ぎでは無いだろう。
 第一、期間が短すぎる。

「でも……私達がいますし……」

 ……その貴方がいるから尚更なのよ。

 春姫の言葉に、鈴莉は内心で軽く溜息を吐いた。
(こうも雄真に対する執着心が強い少女が傍にいれば、他に親しい友人などとてもでは無いが望めない)

「兎に角、これは雄真くんの新しい人生、その第一歩なの。
 雄真くんは独力で勉強して、独力で親しい友人達を作る必要があるのよ。
 だから邪魔しては駄目よ? 今が一番大切な時なのだから」

「でも! 『親しい友人』って中等部の、それも女の子じゃないですか!?」

「あら? 全員が全員そうじゃあ無いでしょう?
 それに今は中等部生でも、高等部に入れば高等部生、大学に入れば大学生になるわよ?」

 4年の年の差なんて直ぐに埋まるわよ、と鈴莉。

 少し補足しておく必要がある。
 魔法科……というより魔法使いそのものに言えることだが、実は男性よりも圧倒的に女性の方が多いのだ。
 比率で言えば10対1にはなるだろう。
 だから確率論的に言えば、鈴莉の言う『親しい友人達』は『中等部一年の少女達』となる。
はぴねす!SS『世の中やっぱり甘くない』投稿日:2006/10/28(土) 12:30:49 ID:jhNvT+Gz0
「うわあ…… 雄真、気の毒に……」

 話を聞いている内に、何だか雄真が『違う世界の人』になった様な気がし、杏璃は思わず合掌する。

「だから雄真くんが中等部に慣れるまで、邪魔しちゃあ駄目よ?
 少なくとも転校初日から10日は会っては駄目、最初が肝心なのだから」

 他の同級生と壁を作ることになりかねないため、厳に注意する。
(本当は10日でも少な過ぎるが、流石にそれ以上は我慢出来ないだろうと考え、鈴莉は現実的な数字を口にしたのだ)

「そんな!」

「い、い、わ、ね? ……もし破ったら、『雄真くんの母』として考えがあるわよ?」

「はい……」

 がっくりと項垂れながら返事をする春姫。
 こうして彼女の計画は頓挫し、大幅な修正を迫られることとなった。


 やっぱり世の中、そんなに甘くないのである。





SS投稿終了。
しかし、投稿に1時間もかかるとは……orz
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 21:54:37 ID:YP053rRx0
――――中等部魔法科一年教室。

「大ニュース! 大ニュースだよ〜!」

 興奮した少女の声が教室に響き渡る。
 そんな少女の様子に、いかにも生真面目そうな少女が呆れた様に声をかけた。

「上杉さん。貴方ももう中等部生なのですから、もう少し慎みをお持ちになったらどうですか?」

「やだな〜明日香っち。ノリが悪いぞ?」

 が、少女はさして気にもせず、声をかけた少女――明日香というらしい――にお気楽そうな言葉を返す。
 明日香も慣れているのかそれ以上は追求しない。

「……貴方が元気過ぎるだけです。で、何です?」

 その代わりに続きを促す。
 ・・・・・・何だかんだ言っても、やはり気になるらしい。

「ほい?」

 明日香の言葉に、少女は僅かに首を傾げる。
 その仕草はまるで仔猫の様だ。

「貴方が『大ニュースだ』と仰ったのでしょう!」

「あ〜、あれね」

「全く、貴方と言う人は……」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 21:58:16 ID:YP053rRx0
 二人の会話に、クラスメート達も集まり始める。
 皆、大ニュースとやらが気になって集まったのだ。
 皆の注目を意識した少女は、コホンと咳払いを一つすると、大袈裟な身振り手振りで話し始める。

「な、なんと! 本日転校生がやって来るのですよ!」

 ……惜しい。転科生だ。

 『おお〜』とどよめきが起こる。

 変わり映えの無い学園生活において、転校生の登場は正に一大イベントである。
 特にここ瑞穂坂学園魔法科中等部においては、その大半が初等部からのエスカレーター組だ。
 故に皆、面白い様に食いついてくる。

 ――ふっふっふ〜 入れ食いだよ〜

 そんな様子に少女は内心ほくそ笑む。

 何せ、今回のニュースはとびっきりのとびっきりなのだ。
 ネタは何段階もある。
 皆の話題の的になること間違い無し、である。

 ――今日こそ必ずや、明日香っちの驚愕の顔を拝んでやるのだ♪
 
 そんなどうでも良い野望を胸に秘めた少女は、得意満面で話を続ける。

「全く…… 皆中等部にもなって、子供なのだから……」

 はしゃぐクラスメート達を見て、明日香は嘆く。
(『もう初等部生じゃあないのだから、いい加減もう少し大人になって欲しいものだ』と彼女は常々思っているのだ)
 ……が、そんな彼女に異議を挟む者が一人、にこやかに反論する。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:02:12 ID:YP053rRx0
「え〜、でも転校生ですよ? 期待の新人ですよ?」

「そうそう! 期待も期待、超ド級のニュ〜フェイスだ! 話が分かるね〜葵♪」

「……『期待の新人』って何ですか? 野球じゃああるまいし」

 どこかずれた調子で喜ぶ葵と、すかさず合いの手を入れる少女に、明日香は軽く溜息を吐いた。

「ふっ」

 ……そんな明日香を見、勝ち誇った様に笑う少女。

「……何ですか上杉さん。その笑いは」

「勝負だ! 明日香っち!」

「……またですか? いい加減諦めれば良いものを」

「もちろん諦めないよっ! 今日こそあたしのこと『彩音っち♪』って呼んでもらう♪ いざ尋常に勝負!」

 ちなみに勝負とは、少女――上杉彩音――のニュースに明日香が驚いたら明日香の負け、驚かなかったら勝ちという他愛も無いものだ。
 ……が、当人達にとってはそうでも無い。
 もはや意地の問題なのである。プライドとプライドのぶつかり合いという奴だ。
 しかも明日香が負けた場合、彩音のことを『彩音っち♪』と呼ばねばならぬ屈辱が待っているのである!
(ちなみに『明日香っち』と呼ばれることに関しては、初等部の六年間で既に諦めている)

「……いいでしょう。どうせまた私の勝ちでしょうが、乗ってあげます」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:04:11 ID:YP053rRx0
「よしっ! それでこそ女の中の女、明日香っち! 葵、審判頼むよ!」

「良いですよ?」

 審判を頼まれた葵は、にっこり笑って快諾した。
 その周りでは、級友達がどちらが勝つかで賭けを始める。
 ……まあ彩音に賭けるのは、大穴狙いのチャレンジャーだけであるが。


「ニュース第二弾! 転校生は、『特待生資格』を持っている!」

 再び『お〜』というどよめきが周囲から上がる。
 どうやら転校生は、かなりの才女の様だ。

「へえ、なかなかの方ですのね?」

 が、やはり同様に特待生資格を持つ明日香には余り効いていない様だ。

「どうどう? ライバル登場だよ、明日香っち?」

「良いライバルになって頂きたいものです」

「ちぇ〜素直じゃないな〜」

 そう言いつつも、彩音はあっさり引き下がった。
 何故ならネタはまだまだあるからだ。

「ニュース第三弾! 転校生の特待生資格は、ななんと『甲種』である!」

「なっ!?」

はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:08:11 ID:YP053rRx0
 流石の明日香も思わず聞き返す。
 それを見逃さず、葵はすかさず判定を下した。

「あ〜、驚きましたね? 『技有り』です〜」

 周囲のざわめきも凄い。
 『甲種特待生資格』とは、それ程のものなのだ。


 特待生資格とは『申請すれば無条件で特待生になれる』という資格であり、学園でも優秀な者にのみ与えられる資格だ。
 だから、特待生資格を持っている者全てが特待生として授業料等の減免措置を受けている訳では無い。
(裕福な子弟の多い瑞穂坂学園では、『学園に気を使うことになるから嫌だ』と申請しない家庭が少なくない)
 故にどちらかと言えば、優秀な者の証として扱われる場合が多い勲章的な資格である。
 が、私大三巨頭の一つである瑞穂坂大学を中核とするここ瑞穂坂学園で特待生資格を得るということは、全国屈指の優秀者と認められた様なもの、後々まで使える極めて実用的な勲章だ。

 特待生資格には甲乙丙の三種がある。

 丙種とは学年上位20%以内かそれに匹敵する生徒に与えられ、申請すれば授業料半減となる。
 乙種とは学年上位5%以内かそれに匹敵する生徒に与えられ、申請すれば授業料全額免除となる。
 ……そして甲種とは、学園がその才能を見込み、是非にと三顧の礼で迎える者にのみ与えられる資格だ。
 申請すれば授業料その他一切合財全て免除される上、寮暮らしならば寮費も只、おまけに小遣いまで貰えるという至れり尽くせりの資格である。
(無論、返還は不要)
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:10:33 ID:YP053rRx0
 当然その判定も厳しく、具体的に魔法科で言えば丙種は各学年に7〜8人、乙種は1〜2人に確実に与えられるが、甲種の場合は十年に一人与えられるかどうかだ。
 幼稚舎から大学まで見渡して、魔法科に一人も存在しなかった時代すらある。それ程の資格だ。

 ちなみに現在の魔法科は三人もの甲種保持者が在籍するという『黄金時代』で、学園関係者は『瑞穂坂学園魔法科こそ全国一! 帝大魔法科何するものぞ!』と鼻息が荒い。
 彼女等の存在を梃子に、瑞穂坂学園は名実共に魔法教育の頂点になろうとすら目論んでいるのだ。

 その三人とは――
 高等部三年、高峰小雪
 高等部二年、神坂春姫
 高等部一年、式守伊吹
 ――の三人である。

 ……皆高等部なのは偶然だろうか?


「はっはっは。どうかね、明日香っち?」

「くっ、伊吹姉さまと同格の転校生ですってえ〜」

 どうやら明日香、かなり効いている様だ。
 何しろ敬愛する『伊吹姉さま』と同格の相手である。
 多少気後れするのも無理は無い。

「どうやら効いたようだね〜」

 得意満面の彩音に、明日香は唇を噛む。
 が――
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:23:57 ID:YP053rRx0
「……ええ、効きましたよ上杉さん」

 ことここに至っては、明日香も負けを認めざるをえない。
 そう。式守明日香は誇り高き少女なのだ。

「えっ、あたしの勝ち!? やった!」

 六年以上の長きに渡る戦いの中、ようやく掴んだ初勝利。記念すべき瞬間だ。

「ええ。ですから約束どおり、『彩音っち♪』と呼んで差し上げます。一回だけ」

「さっ、詐欺だあ〜! あたしの六年間の苦労を返せ〜!」

 今呼びましたよね? と笑う明日香に彩音は手をばたつかせて抗議する。

「また驚いたら呼んで差し上げます。頑張って仕入れなさいな」

「無理! 無〜理〜! こんな大ニュースそうないって!? ……あ」

「?」

「ふふふ〜」

「??」

 彩音はMDを録音状態にすると、ニヤリと笑う。

「なっ、何ですか?」

「明日香っち敗れたり!」

「何をいきなり……」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:25:56 ID:YP053rRx0
「ニュース第四弾! 転校生は男の子だっ!」

「「「え〜!?」」」

 そのクラス中の驚きの声は、高等部にまで響いたという。


「う、嘘でしょう? 男子で甲種って?」

 クラスメートの一人が否定的な見解を示す。
 すると、次々に賛同の意見が噴出した。

「ガセネタ、じゃないの?」

「だよね〜 男子転校生がウチに来るだけでもレアなのに、その上甲種?
 ……それ、三毛猫の雄以上に有り得ないよ」

「皆酷いなあ〜あたしのニュースは正確だよ? 今までだってそうだったでしょう?
 それに三毛のオスだってちゃんといるんだから、甲種の男子だっているよ! ……多分、きっと」

 彩音もやはり自信が無くなってきたのか、最後の声は勢いが無い。

「そりゃあそうかもしれないけど、甲種の上に男子って…… 正直胡散臭いよ……」

 クラスの大半は否定的だ。
 ……まあ無理も無いが。

 前回でも話したが、魔法使いは圧倒的に女性が多い。
 魔法使いの男性など、全体の一割にも満たぬのだ。十数人の魔法使いを無作為抽出して、一人いるかどうかだろう。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:30:37 ID:YP053rRx0
 そして能力も女性の方が圧倒的に上で、男子の上位層ですら女性でいえば下の上程度のレベルでしかない。トップクラスでも中位層がやっとだ。
 だから『男子で甲種』など、確率的に有り得ないのだ。

「本当だよ! ちゃんと聞いたんだから!」

「なら、聞き間違えだよ」

 その一言に皆一様に頷くと、それぞれの席に戻り始める。
 慌てた彩音は、取り合えず間近にいた明日香に縋り付いた。

「ちょっちょっと待ってよ! 明日香っちいいの? メシア降臨だよ! ピンチだよ!?」

「何です、メシアって?」

 彩音に縋り付かれた明日香は、怪訝そうに返す。

「中等部魔法科一年。そこでは学年主席である式守明日香の独裁により、男子は塗炭の苦しみを受けていた。
 そこにメシアが降臨するっ! ……って展開だよ? 燃える世紀末救世主伝説だよ?」

「……貴方は漫画の読みすぎです。第一、私達の学年には男子はいません」

 そう。中等部魔法科一年に男子はいない。
 女子校、と言う訳ではない。単に男子の実力が足りないだけの話だ。
 
 先程も述べたが、男子の魔法レベルは女子のそれと比べて大きく劣る。
 故に、超一流である瑞穂坂学園魔法科に男子が入学出来る可能性は低い。限りなく低い。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:32:08 ID:YP053rRx0
 また合格できたとしても、実技でついていけないことはほぼ確実で、ならば相応の学校に始めから入学した方が賢明というものだろう。
 ……とはいえ、一般学力や座学系魔法学で非常に優れた成績の男子が一芸入試枠で入学してくる場合もあるし、中には上条信哉の様な高レベルの男子魔法使いだっているのだ。
(彼の場合、総合的には中の上レベル――それだって男子としては破格だ――の魔法使いだが、戦闘魔法に特化したそれはその体術と合わせて凶悪な戦闘能力を発揮する)

 故に、各学年には数人の男子が存在する。
 が、中等部一年には一人もいない。これも珍しい。
 ……まあ稀に起こる、確率論的な必然性による現象ではあるのだが。
(こうなると余計男子はこない。誰しも『男は自分だけ』なんて状況、御免被るからだ)


「う〜、皆ノリが悪いよ〜」

 皆からガセネタと断定された彩音は、がっくりと膝をつく。
 そんな彼女にクラスメートから容赦の無い一言。
 
「黙れ、狼少年ならぬ狼少女!」

「冤罪だ!?」
 
「……ま、その転校生とやらが来れば、事の真偽が判明するでしょう」

 明日香の一言で、一瞬足を止めたクラスメートも再び動き出した。
 そして各々の席へ。

「明日香っち……」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その1投稿日:2006/11/06(月) 22:37:49 ID:YP053rRx0
「あと上杉さん。もし先程のニュースが嘘、もしくは誇大広告だった場合、学級裁判を開きますからね。覚悟して下さい」

「あう〜」

 にっこり笑いながらキツイことを仰る明日香さんに、流石の彩音も言葉を失う。


「皆冷たい……」

 先程の興奮は何処へやら、すっかり熱気の冷めた教室で、何事も無かったかのように先生を待つ生徒達。
(どうやら転校生の件すら『無かったこと』にされている様だ)

 そんな中、項垂れる少女が一人と……

「甲種の男の子ですか〜 エリートさんなのですね〜」

 と期待に目を輝かせる少女が一人。
 仲良く机を並べて座っていた。





 SS投稿終了。
 470越えそうなんで分けました。続きは次スレで。
 まあウチDIONなんで、次いつ投稿出来るか不明ですけどね。
 ……しかしここで分割すると完全にオリだよなあ。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 11:46:32 ID:EqgSUV+Z0
――――中等部魔法科一年教室……のドアの前。

「うう……」

 緊張する。恐ろしく緊張する。

 雄真はまるで石化したかの様に、教室前で固まっている。
 その額には脂汗が流れていた。

 ……まあ無理もないだろう。

 何せ、高二にもなって中一と一緒に勉強をしなければならないのだ。
 その恥ずかしさたるや、察するに余り有る。

 が、いつまでもこうしている訳にはいかない。

「小日向君、大丈夫? 顔真っ赤よ?」

 担任の先生も心配そうに顔を覗き込む。
 若い女性で、どこか少し頼りなさそうな先生だ。

「やっぱり、御薙教授も一緒の方が良かったんじゃあ?」

「ごめんなさい。それだけは勘弁して下さい」

 雄真は、先生の申し出を即行で断った。

 この年で母親同伴なんて、勘弁して欲しい。
 只でさえこの少し前、自分も一緒に行くと言い張る鈴莉をなんとか追い返したばかりなのだ。
(それに、そんな不用意な発言をしたらあの人のことだ、ひょっこり登場しかねない)
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 11:48:47 ID:EqgSUV+Z0
 ――あの人も、本当に読めない人だよなあ。

 先程までの鈴莉の様子を思い返し、雄真は内心溜息を吐く。
 何故だかしらないが、彼女はやたらハイテンションだった。
 その意図を訝しむ程に。

 ――『雄真くんたら、照れちゃって♪』なんて言うんだものなあ……どこまで本気やら……

 どうも、からかわれている様な気がしてならない。

「小日向君? もうそろそろ……」

 流石に時間を気にしだした先生が、雄真に催促する。

「分かりました。ええ〜い! たのもう!」

 ガラガラ

 気合を入れ、扉を開ける。

 ……それは小日向雄真、運命の第一歩だった。




――――中等部魔法科一年教室。

「たのもう!」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 11:52:04 ID:EqgSUV+Z0
 豪く大時代的な声と共に、教室のドアが開いた。
 そして入ってきたのは、何と男の人。
 ……その後を、慌てて先生がついて来る。
 (普通、逆だ)

 ザワザワ……

 訳が分からず生徒達が響めく。
 その『男の人』が転校生だなどと、誰も思い至らない。
 (そりゃあそうだ)

「はい、皆〜 静かにして下さい〜」

 が、流石にいい学校の生徒達だけあって、先生の一言で騒ぎが静まる。

「え〜、皆さんに転科生の紹介をします。
 皆、仲良くしてあげて下さいね? クラスで一人だけの男の子だからって、虐めちゃ駄目ですよ?」

 ! ザワザワ……

 再び響めきが起こる。
 転科生に驚くというよりも、如何見ても年上の男の子がクラスメートになるということに驚いているのだ。

 ……そして、驚く者がここにも。

(先生、『クラスで一人の男の子』って!?)

(言葉通り意味ですよ? この学年には今まで――それこそ幼稚舎から――男の子はいませんでした。
 だから、小日向くんが始めての男の子です。 最初はいろいろ戸惑うかもしれないけど、頑張ってくださいね?)
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:00:24 ID:EqgSUV+Z0
(ちょっ! いえ……そういうことでは無くてですね!?)

 そこで気付く。
 何故、あれほど鈴莉がハイテンションだったかを。

 ――御薙先生! 謀りましたね!

 雄真の脳裏には、高笑いをしている鈴莉の姿が浮かんだ。
 きっと自分の不幸を肴に、楽しんでいるに違いない。
 ……全く、まるで小雪先輩みたいな人である。
 (無論濡れ衣だ。親の心、子知らずの典型的な例だろう。
  どうやら鈴莉の野望が適うのは、まだまだ先の様だった)

 そんな雄真の心情を他所に、先生は淡々と紹介を続ける。

「普通科の高等部から転科して来た、小日向雄真くんです」

「「あ〜!!」」

 その瞬間、生徒達の響めきの中でも、とりわけ大きな声が二箇所から上がった。




「え〜、皆さんに転科生の紹介をします」

 その声に、彩音はガバッ!と机から顔を上げた。
 見ると大きな男の子、いや上級生が壇上にいるではないか!

 ――あれが転校生?
 (転校生ではなく、転科生です)
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:02:12 ID:EqgSUV+Z0
 どうみてもかなり年上の『男の人』を見、首を捻る。
 が、それも一瞬。
 ふと気になることが頭に擡げる。
 ……いや、どこかで見たような人なのだ。

 ――む〜。

 悩む、悩むが出てこない。
 直ぐそこまで出かかっているのだけれど。

「普通科の高等部から転科して来た、小日向雄真くんです」

 ――雄真? 小日向雄真?

「あ〜!!」

 間違い無い! 絶対間違いない! 『あの』神坂先輩が告白してた人だ!!

 これは大ニュースである。それも超々ド級の大ニュースだ。
 甲種特待生や男子転校生なんてニュース、目じゃ無い。

 ――早速発表して、先程の汚名挽回(←間違い。正解は『名誉挽回』、汚名は『返上』するものだ)しなければ!

 いやいや上杉彩音、待て待つのだ。
 慌てる乞食はなんとやら、ちゃんと裏をとってからでないと。
 そう。神坂先輩にそれとなく聞き、反応を確かめるのだ。
 発表するのはその後でも……

 そうだ。それかいい。
 ジャーナリストたる者、真実を報道しなければならない。
 嘘や誇張など、もっての他である。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:07:00 ID:EqgSUV+Z0
 先程までの意気消沈は何のその、彩音は不敵に笑った。




「え〜、皆さんに転科生の紹介をします」

 この時点では、明日香は然程驚かなかった。
 多分、あの年になって急に魔法使いとして覚醒したのだろう、と当たりを付けていたのだ。

 ――同じ瑞穂坂の普通科にいた方ではないかしら?

 それならばウチに来たのも説明がつく。
 やはりいきなり違う学校、それも中等部に行くのは心細過ぎるというものだ。
 
 ――お気の毒に。

 すでに中等部の履修過程を終え、大学入学目指して頑張っていた時期だろうに、また一からやり直しだ。
 幾ら魔法使いが希少な存在とはいえ、あんまりといえばあんまりである。

 明日香は心根の優しい少女である。故に、雄真の境遇に対して心から同情していた。
 ……彼の名を聞くまでは。

「普通科の高等部から転科して来た、小日向雄真くんです」

 ――雄真? 小日向雄真?

「あ〜!!」
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:15:06 ID:EqgSUV+Z0
 ――あれが伊吹姉さまを誑かした男、憎き小日向雄真! 

 明日香は名門式守家、その分家の出身である。
(式守の姓を許されるだけあり、実家は分家の中でも高位の存在だ)
 当然、伊吹とも面識がある。
 ……というか、非常に親しかった。憧れていた。
 例えて言うならば、まるで伊吹が那津音を慕っていた様に。
 その敬愛する伊吹を誑かす稀代の極悪人を、どうして許せるだろうか?

 先程までの憐憫の情は消えうせ、激しい敵意が渦巻く。


 『誑かす』と言えば聞こえが悪いが、まあ早い話が『雄真は式守家から伊吹の婿に見込まれている』のだ。

 事件が解決した後、式守家では主だった者が集まり、会議を開いた。
 議題は事後処理(主に伊吹への対応)についてだ。

 何せ、あれだけの失態をしでかした伊吹である。
 如何な次期当主とはいえ、失脚してもおかしくない。本家の出でないなら尚更だ。

 が、伊吹程の使い手は式守と言えどもそうはいない。
 加えて、鈴莉が事件の存在自体を否定しているので、事件は公にはなっていない。
 (まあ式守家は鈴莉に大きな『借り』が出来たが、それはまた別の話)
 故に、伊吹への罰は『暫しの謹慎』で済んだ。

 ……その代わり、新たな問題が持ち上がったが。

 雄真の存在とその力に、式守家は瞠目した。
 雄真は、幾ら暴走し始めたばかりとはいえ『秘宝』の暴走を鎮め、その上伊吹に魔力まで分け与えているのだ。

はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:16:32 ID:EqgSUV+Z0
 その力、如何程か!?

 式守家が驚愕するのも無理は無かった。
 これ程の力の持ち主は、式守の歴史を見渡しても見当たらない。
 『稀代の天才』といわれた式守那津音すら、上回るのではないだろうか?
 故に、式守家が雄真を『伊吹の婿に』と考え始めたのも当然と言えた。


 この話を聞いて明日香は酷く気分を害したが、それ以上に気分を害したのは、それを問い質した際の伊吹の態度である。

『お姉さまは平気なのですか!? あの様なことを勝手に決められて!』

『いや、まあ、仕方が無かろう? 全ては私の責任だ。寧ろ、軽くて驚いている』

『謹慎についてではありません! 御存知無いのですか!? 姉さまに婿話が持ち上がっているのですよ?」

『何だ、小日向雄真のことか』

 満更でも無さそうな伊吹に、明日香の苛立ちはつのる。

『何処の馬の骨とも知らぬ男と!!』

『……雄真は『馬の骨』では無いな。私が認めた唯一の男だ』

 咎めるような声。
 が、尚も明日香は言い募る。

『姉さま!』
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:20:06 ID:EqgSUV+Z0
『そっ、それにな? 確かに雄真は口は悪いし多少意地悪ではあるが、悪い奴では無いのだ。
 むしろ……』

『…………』

 顔を真っ赤にして雄真を弁護する伊吹を見、とうとう明日香は説得を諦めた。

 伊吹姉さまは悪い男に騙されている、自分が何とかしなければならない。
 ――という、実にはた迷惑な強迫観念を残して。

 かくして、明日香の『伊吹のための』暴走は始まった。

 ……本当、伊吹と那津音の関係そっくりである。




「先生、小日向先輩が甲種特待生という話は本当ですか?」

 さて、あっちの世界に行っている二人を他所に、教室では葵が一人質問をしていた。
(他のクラスメート達は気後れし、それ所で無い)

「は? 甲種?」

 何度目かの葵の質問に、雄真は首を捻った。
 甲種とは超エリートにのみ許された称号、自分には縁が無い代物である。

 代わりに答えたのは、先生だ。
はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:26:14 ID:EqgSUV+Z0
「本当ですよ。小日向くんは魔法学こそ学んでいませんが、その力はもの凄いのだそうです。
 だから理事会と魔法科首脳部は全会一致で、小日向くんに甲種特待生資格を贈ることを決定したのです」

 『力』だけで甲種!?

 クラスの誰もが唖然とし、言葉も出ない。
 『力』だけで甲種を得られるなんて、前例が無い。
 ならば一体、如何程の『力』だろうか!?

「とはいえ、魔法に関しては素人も同然です。
 皆さん、小日向くんを助けてあげて下さいね?」

「あの……先生? 俺、そんな話聞いて……」

 雄真は慌てて説明を求めるが、先生は話を聞いちゃあいなかった。

「……って、もうこんな時間!? じゃあ、そういうことで〜」

 雄真の戸惑いもなんのその、先生は慌てて教室を駆け出していく。
 そういえば、始まりの礼も終わりの礼もしていない。余程慌てていたのだろうか?

 ……ついでに、雄真の席すら決めていない。

「……俺の席は?」

 雄真は一人、壇上に立ちつくすしかなかった。


はぴねす!『世の中やっぱり甘くない』第2話その2投稿日:2006/11/10(金) 12:27:38 ID:EqgSUV+Z0
 SS投下終了。

 皆様、有難う御座います。
 御蔭で安心して続きを投下できました。
 ではまた第3話で。 ■戻る■