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君と僕とお前と私

君と僕とお前と私(1/34)2006/05/15(月) 22:28:36 ID:LZCRGtVC0
薙ぎ払い、打ち払い、斬りこむ!
鋼のぶつかり合う甲高い音と荒い息だけがその場を支配していた。


汗が飛び散り、顔は苦悶の表情に満ちていて、
それでも2人は美しかった。
それはまるで、予め設えられた、2人だけのワルツを踊っているようにも見えた。


この場は、他の何者も存在しない。
この時は、他の何者も介入しない。
この戦は、他の何者も邪魔しない。


嬉しかった。
でも否定したかった。
喜んでしまった。
それが苦しかった。


自分に望まれたことは一体何か。
自分が進むべき方向はどちらか。
自分が一体、どんな存在なのか。
それを忘れたことはただの一時として無かった。


それでも、嬉しかった。
どうしようもないくらい。
君と僕とお前と私(2/34)2006/05/15(月) 22:29:58 ID:LZCRGtVC0

   プリンセス・ワルツ 外伝


    『君と僕とお前と私』



深森家の朝は大抵が慌しい。


「ほら、新。クリス君。早く朝食を片付けてしまえ。」
「はーい。姉ちゃん。」
「分かりました、静さん。」


今の時刻は部屋の目覚まし時計で大体把握している。
着替えはすでに完了、教科書やノートの準備も万端。
ならば、この朝食にかけられる時間は・・・約10分!


「姉ちゃん、おかわり。」
「あ!ぼ、僕もお願いします!」
「はいはい。もっとよく噛んで食べろ。まだ余裕はあるだろう?」
「いや、今日はあいつが早めに来るって。日直らしいんだ。」
「ああ、そうだったのか。ふふ、ならゆっくりしていられないな?」
「そうなんだよ・・・あっ。」
君と僕とお前と私(3/34)2006/05/15(月) 22:31:07 ID:LZCRGtVC0
急いで食べていたためか、味噌汁が入った椀を倒してしまった。
しかも運の悪いことに、こぼれた味噌汁はクリスの足にかかり、容赦なく熱を伝える。


「あ、あ、あ、あ、あつ!あ!あつ!」
「ああ!クリス!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ではない!この馬鹿者!」
「まったく、慌てて食べるからこうなるんだ。ほら、クリス君。早くズボンを脱がないと染みができるぞ?」


そう言われ、慌ててズボンを脱ごうとして、ベルトに手をかけた時点で動きが止まった。
急に顔が赤くなったりするのを見て、(熱でもあるのか?)と思った姉と弟がいたのはご愛嬌。
朴念仁な弟と超絶ブラコンな姉は血が繋がってなくとも似ているようだった。


「あ、あの!部屋で着替えてきます!予備がもう1着あるんで!」


そう言い残し全力へ部屋へと走っていくクリス。
残された2人はその後ろ姿を呆然と見ているしかできなかった。


結局、今日の朝食はこの騒動のせいでもう終わってしまった。
君と僕とお前と私(4/34)2006/05/15(月) 22:32:03 ID:LZCRGtVC0
「のどかは先に行っちまったし、まあゆっくり行くか。」
「誰のせいで先に行かせてしまったと思っている。反省が足りないぞ。」
「まあまあ、落ち着けよ、クリス。別に遅刻になるわけじゃないんだし。」
「それはそうだが・・・いーや、ここで甘やかすとすぐ調子に乗るからな、お前は。」
「げ。な、何か今日のクリス厳しくないか?」
「別に?制服に味噌汁をかけられたりしたことなんて全然気にしてないぞ。」
「気にしてるじゃん・・・」
「何か言ったか?」
「いや、何も。」
「・・・ふん、全く。」


そう呟くクリスの頬は僅かに朱に染まっていた。
何も制服を汚されたから怒っているのではない。
むしろそれぐらい、いつもの事だと笑い飛ばしていたかもしれない。
怒っていたのは自分自身にだ。


(何故だ・・・
 あの場で服を脱がなかった・・・
 静さんがいたから?いや、違う!
 恥ずかしかったんだ!
 新に見られるのが・・・
 僕は何を考えているんだ!
 僕は王子なんだぞ!
 このワルツを勝ち進んで王子になるんだ・・・
 どうして新に見られたぐらいで恥ずかしがる必要がある・・・
 ちゃんとトランクスも穿いてるし、別に男同士で恥ずかしがる必要はない・・・
 僕は女じゃない。僕は男なんだ・・・)
君と僕とお前と私(5/34)2006/05/15(月) 22:33:13 ID:LZCRGtVC0
思い出すは今よりほんの少し昔のこと。
まだ自分があの城の中にいた時のこと。


・・・出来損ない
・・・半端者
・・・役立たず
・・・偽王子
・・・邪魔者


色々な言葉で揶揄された。
色々な言葉で嘲笑された。
色々な言葉で
色々な言葉で
言葉で
言葉で
言葉
言葉
ことばことばことばことばことばしか知らないのは自分は一人だったからそれは自分が万が一にも知られてはいけない存在だったから
でももっと色んなことで貶められていたと思う例えば見下した顔とかでだって自分は女なのだからしょうがないだから男にならなくてはいけない


王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ
王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ
王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ王子にならなくちゃ
おうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじにおうじに


それしか自分の進む道は無いと分かっていた。
君と僕とお前と私(6/34)2006/05/15(月) 22:35:28 ID:LZCRGtVC0
何となく覚えている。
自分について話している人たちのこと。


・・・何故だ!何故女が生まれ・・・
・・・んなことは、今まで起こ・・・
・・・うすれば良いのだ。こん・・・
・・・これではまるで出来損な・・・
・・・ともかく民に知らせては・・・


望まれなかった自分。
男ではなかった。
それだけが、致命的だった。


僕はただ
僕はただ


僕を見てほしいだけだ。
クリスという人物を見てほしいだけだ。


女だからいけないんだ。
男になればいいんだ。
でなければ王子になれない。
自分を誰にも見てもらえない。
君と僕とお前と私(7/34)2006/05/15(月) 22:37:09 ID:LZCRGtVC0
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


どうにも気まずい雰囲気が流れている。
自慢にもならないが新はこんな空気が苦手なのだ。
交差点を右に曲がった。
まだ学校までの距離は半分以上残っている。
必死に話題を探し話しかける。


「え〜と、そういえばさ〜。」
「え?な、何だ?」
「ほら、今朝も母ちゃん寝坊してたよな〜って。」
「あ、ああ。そうだな。本当に教師としての自覚があるのか・・・?」
「まあ、母ちゃんが朝早くに起きてたらそれはそれでやばいけどな。」
「・・・いや、朝早く起きたほうがいいだろ。」
「う〜ん・・・何ていうかどっちが母ちゃんらしいかと言えば、やっぱり寝坊するほうが母ちゃんらしくてさ。」


なるほど、それは納得できる。
その人物にはその人らしさというものがある。
それは誰にでも、等しく、平等に、残酷に、存在する。
王子らしいとは一体何なのか。
王子とはどんな人物が相応しいのか。
少なくとも女では駄目だろう。
ああ、いけない。
せっかく場の空気を読んで話しかけてくれたのにそんなこと考えるな。
こっちも何か話さなくては。
君と僕とお前と私(8/34)2006/05/15(月) 22:38:02 ID:LZCRGtVC0
「まあ、確かに。いきなり変わったら驚くな。」
「だろ?寝坊しない母ちゃんなんか母ちゃんじゃねえ!」
「何を力説してるんだ。全く・・・」
「そういえば、クリスの母ちゃんは?」
「え?」
「だからさ、クリスの母ちゃんや父ちゃんはどんな人なんだ?」
「・・・あ、いや。それは、また今度にしないか?」
「え?・・・どうしたんだ?」
「・・・分かった。話す。パートナーだから話すんだぞ。他言は無用だ。」
「いや、そんな、無理に話さなくてもいいんだって!」
「でも!」
「何となく聞いてみただけだからさ。そんなつらい顔をしなくちゃ話せないのなら話さなくていいよ。」
「つらい・・・?うん。そうだな。つらい。」


思い出すだけでつらい。
自分には両親がいない。
いや、父は生きている。
しかし、自分には滅多に会ってはくれなかった。
愛しているとも、可愛いとも、生まれてくれてありがとうとも、何も言ってはくれなかった。
母はすでに死んでいる。
子供のころの話だ。
すでに母のことは霧の向こう側にあるようにぼやけて思い出せない。
君と僕とお前と私(9/34)2006/05/15(月) 22:39:05 ID:LZCRGtVC0
「・・・つらい。僕は正直言って新が羨ましい。」
「羨ましい?どうしてだ?」
「だって、新自身を見てくれる人がいるから。姉と母親。・・・いないからかな。羨ましいんだ。」
「う〜ん・・・。いきなりそんなこと言われてもよく分からないぞ。俺自身を見てくれるのが羨ましい?」
「いや、いいんだ。変なこと言ってしまったな。忘れてくれ。」
「いや、でもさ、クリスはクリスなんだろ?」
「・・・は?」
「クリスはクリスだろ?今、こうやって立っているクリスがクリスなんだろ?」
「いや、その・・・馬鹿者!そういう意味ではない!」
「俺はちゃんとクリスを見てるよ?」
「っっ!!」
「そりゃ以前に女だからって変に意識しちゃったことはあるけどさ、もう2度と色眼鏡をかけたりしない!クリスはクリスだ!」


やばい。
まずい。
完全な不意打ちだ。
こんな近くにいたのだ。
自分を自分として見てくれる人が。
抱きつきたくなる。
いや、駄目だ。僕は王子だ。王子にならなくてはいけないのだ。
王子になることを望んでいる人がたくさんいるんだ。
裏切るわけにはいけない。
どうでもいいだろ、そんなの。
裏切るんじゃない。向こうが無視したからこっちも無視するんだ。
馬鹿を言え。そんなのできるか。
どうしてできないのだ。
どうしてもだ。
どうしてだ。
どうしてもだ。
君と僕とお前と私(10/34)2006/05/15(月) 22:42:24 ID:LZCRGtVC0
必死に自分の中の思いを否定する。
今までずっと王子として、王子になるために生きてきた。
今までの自分を殺すな。
こんな感情は違う。
ただの勘違いだ。
10年だ。
10年以上も王子になることだけを望んできた。
それ以外に無かったから。
生まれた瞬間からその宿命を背負っていたのだから。
だから王子になる。
みんなそう言ってた。
神官長ギジェも、エイプリルも、みんな僕がそうなることを望んでいる。
清白を騙し続けるわけにもいかない。
だから、だから!
王子になるしかないんだ!


強迫観念とも思い込みともとれる思い。
だがクリスの中には今までそれしかなかった。
『女』の自分も『男』の自分も
『友達』も『家族』も『恋人』も
クリスには無かった。


だから否定する。
はじめて生まれたこの想いを。
愛おしいのは気のせい。
恋しいのは勘違い。
狂おしいのは気の迷い。
そう信じ続ける。
君と僕とお前と私(11/34)2006/05/15(月) 22:43:41 ID:LZCRGtVC0
「・・・変な話しちまったな。」
「・・・そうだな。」
「この話は終わりにしようぜ。」
「ああ、そうしようか。」


助かった。
耐え切れなくなる前に向こうから話しを切ってくれた。
学校もすぐそこなんだ。
思考を切り替えなくては。


「そういえばさ、何か最近クラスメートが足りないような気が・・・」
「足りない?一体何を言ってるんだ?」
「いや、う〜ん・・・やっぱ気のせいかな?」
「気のせいさ。ちゃんとみんな出席してるだろ。」


そうだ。気のせいだ。
全部気のせいなんだ。
君と僕とお前と私(12/34)2006/05/15(月) 22:45:00 ID:LZCRGtVC0
そのころ・・・


「ふあ〜ぁ〜〜。おはよ〜静〜。」
「おはよう、母さん。」
「お、今朝の朝食もまた美味そうだね〜。」
「褒めてくれるのは嬉しいが、時間は大丈夫なのか?」
「え?・・・あっ。」
「やれやれ・・・まったく。寝る時間を早くしたら?」
「ん〜・・・そんな早く寝られなくてね〜。」
「3分で食べれば間に合うだろう。はい、ご飯。」


(封印が解けかかっている・・・
 毎晩封印を掛けなおしているんだけどな〜。
 愛する弟の危機に黙っていられないってか?
 ていうか毎晩あんたの嬌声聞かされるこっちの身にもなってくれって。
 あ〜あ。我が娘ながら何とも・・・)


「母さん、早く食べないと本当に間に合わなくなる。」
「はいはい。さっさと食べます。」


白米を箸で掬い口に運ぶ。
こんな当たり前の日がいつまで続くのか。
七重は笑いながらそんなことを考えていた。
君と僕とお前と私(13/34)2006/05/15(月) 22:45:56 ID:LZCRGtVC0
校内に8小節のフレーズが流れる。
それは学校という空間から開放される福音の響き。
つまりは放課後になったのだ。


「ねーねー、クリスく〜ん。私とデートしようよ〜。」
「ごめん、今日は新と買い物に出かけるんだ。」
「ががーん!ルン・・・トト子ショック〜!」
「ははは・・・ごめんね。」


そして開放された瞬間に突貫してきたのは嵐の姫、リリアーナ=ルンルン=ギュンスター。
『この世界』では笹原トト子と名乗っている。
プリンセスワルツに参加している姫の内の1人でまさに百戦錬磨の実力を持っている。
だがしかし、さすがの彼女もショックを隠しきれない様子だ。
それもそうだろう。なけなしの勇気を振り絞った(つもり)のデートの誘いをあえなく断られたのだから。
普通の女の子ならだれもがショックを受けてしまうに違いない。


「おーい、クリス。さっさと済ませて帰ろうぜ。」
「分かった。それじゃ、また明日ね。」
「うう〜・・・さよ〜なら〜〜〜。」




「まあ、後はこっそりつけちゃうけどね〜☆」
君と僕とお前と私(14/34)2006/05/15(月) 22:46:48 ID:LZCRGtVC0
買い物客で賑わう商店街。
制服姿でティッシュやトイレットペーパーを買い込んでるのは新とクリスの2人である。
そしてその後ろでこそこそと覗き見している少女もいた。
店員は通報するかどうか迷っているのだが、まあ仮に通報されても余裕で逃げ切るので問題は無いだろう。


「これで最後か?」
「え〜と、そうだな。これで必要なのは全部買ったみたいだ。」
「やれやれ。なるほどね。これは結構かさばるんだな。」
「そうなんだよ。姉ちゃんと2人で行ってたんだけどさ、クリスがきてくれて助かったよ。」
「べ、別にこれぐらい大丈夫だ。礼を言われるまでもない。部屋も借りてるのだしな。」


大丈夫だ。
話をしてても鼓動が激しくなったり顔が熱くなったりしない。
普通にすれば良いんだ。それで問題無い。
そうだ。これが普通なんだ。
友人であり戦友であるパートナーとの関係ってのはこういうものなんだ。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ。荷物頼む。」
「ああ、分かった。ここで待ってるから早く戻ってこいよ。」


一旦別れる2人。
これを好機と見る人物が『2人』いた。


1人は彼女


「やっほ〜クリスく〜ん。きっぐ〜☆」
君と僕とお前と私(15/34)2006/05/15(月) 22:48:08 ID:LZCRGtVC0
そしてもう1人は彼女。

「ふ〜、すっきりした・・・」
「どうも〜。ごきげんよう〜。」
「・・・・・え?な!エ、エイプリル・・・さん!ここ、え?男子トイレ・・・ですよね。」
「はい、もちろんですとも。そんな細かいこと気にしちゃ駄目駄目ですよ〜。」
「い、いや。細かく無いかと・・・」
「それはともかく、聞きたいことがあるのですよ。」
「え・・・?それってクリスのこと・・・?」
「はい!もちろんです!最近こう・・・何と言いますか・・・挙動不審になったりしませんでしたか?」
「挙動不審・・・?ん〜っと・・・」


思い出してみる。
そういえば今朝はどうも挙動不審だったような・・・」


「そういえば・・・」
「なるほど〜、やっぱりですか。」
「え〜と、これもやっぱり合身の影響・・・?」
「そうですね。ん〜ほら、あれですよ。他人の目が気になるというか、新様の目が気になるというか・・・」
「え?俺の目が気になる?充血でもしてるのかな・・・」
「そっちの意味じゃありませんよ〜。ほら、私の目を見て下さい。」
「え・・・はい。」
「もっとじっくり。」
「・・・はい。」
「もっと。」
「はい。」
「もっと。」
「・・・」
「聞こえますか〜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
君と僕とお前と私(16/34)2006/05/15(月) 22:52:29 ID:LZCRGtVC0
「は〜い。よくできました。100点満点あげちゃいますよ。
 これで後は、仕込みをするだけ・・・
 さあ、あなたは意識も心も私の目の中に吸い込まれてゆく〜吸い込まれてゆく〜
 そして私の言葉を忠実に実行するようになる〜実行するようになる〜
 では、まずあなたの名前は?」

「ふかもり・・・あらた・・・」

「あなたの好きな女性は?」

「みんな・・・すき・・・」

「ハーレム!?いやいや、今のはノーカンです。改めて、あなたが特別愛しているのは誰ですか?」

「・・・・・・くりす・・・・・」

「あらあら、やっぱりですか。うふふ、ではあなたに指令を与えます。」

「・・・・・」

「な〜に、簡単なことですよ。チンパンジーでもできることです。まずですね〜・・・」


新にとある指令を与えるエイプリル。
全ての指令を言い渡した後、彼女は何処へとも無く消えていった。
後に残ったのは何も覚えていない新だけだった。
君と僕とお前と私(17/34)2006/05/15(月) 22:54:08 ID:LZCRGtVC0
「それにしても新君って遅いね〜。」
「そうだね・・・ごめんね、君まで一緒に待たせちゃって。」
「いえいえ、良いんです!私はクリス君とお話がしたいんですから!」
「あはは・・・そうなんだ。」
「そうなんですよ〜・・・ってあれ?新君がきましたよ。」


ゆっくりと近づいてくる新。
その表情には先ほどトイレの中であったことを連想させるものは皆無だった。


「こら、新!遅いじゃないか。30分も何をしていた!」
「ああ、クリス。」


そっと『抱きつく』新。
その動作はあまりにも自然なのでその場にいる者に反応できた者はいなかった。


「・・・え?」
「・・・あれぇ?」
「ごめんな・・・クリス。待たせちゃったな。」


耳元で謝罪を囁く。
それはまるで恋人が久しぶりに邂逅したかのようにも見えた。
君と僕とお前と私(18/34)2006/05/15(月) 22:54:47 ID:LZCRGtVC0
「な、な、な、な、な、な、な!?おい!新!」
「もう、なるべく1人にはしないからさ・・・」
(ん・・・耳に息が・・・)
「悪かったと思ってるよ。・・・許してくれる?」
(だめ・・・・・新・・・暖かい・・・)
「ほらクリス。返事してくれよ。」
(く〜・・・離れなきゃ・・・でも・・・・・離れられない・・・)


脳髄が痺れる。
思考が停止する。
体が動かない。
それどころか、
この腕を彼の腰に回したい。
この体を彼の体に預けたい。
この声を彼の耳に囁きたい。


「くぅぅぅ・・・・・助けて・・・笹原さん。」
「きゃ〜きゃ〜何これ?禁断の恋?王子と従者の禁じられた愛!?
 あ〜もう、何よこれ!萌えるじゃないの〜!?」


必死に助けを求めるもその声は全力で萌えている(一応)姫には悲しくも届かなかった。
もう駄目だ・・・我慢できない。そう思ってしまった瞬間だった。


「さてと、それじゃ家に帰ろっか。」
「え?」


あっさりと体を離す新。先ほどの情緒を匂わすものは何も残ってなかった。
君と僕とお前と私(19/34)2006/05/15(月) 22:55:33 ID:LZCRGtVC0
リリアーナと別れた帰り道。
そこにいるのは普段と同じ新。
・・・見た目だけは。


「・・・だろ?」
「・・・だな。」


ごく普通の話。
ごく普通の顔。
そしてごく普通の態度。
新は普通だった。
いつもの新だった。
そこがどうしようもなくおかしかった。


(今のは一体?
 こいつが何で僕にあんなことを・・・?
 もしかして新も僕のことを!?
 ・・・いや、待て。何だ、『も』って。『新も』って。
 何を考えているんだ、僕は。
 どう考えてもおかしいだろ。
 ・・・誰かに操られている?
 ならすぐさま界律庭園に連れ込み何かに利用するんじゃ?
 う〜ん、人前であんな行動をとったのはおかしいけど・・・
 仮に操られているなら何が目的なんだ?)



(指令その1!謝罪は抱きついて耳元で囁くこと。
 上手くいってるみたいですね〜。)
君と僕とお前と私(20/34)2006/05/15(月) 22:58:00 ID:LZCRGtVC0
帰宅、着替え、夕飯、入浴。
呆気ないぐらいに普段と同じように過ぎていった。
特に着替えと入浴は乱入しようものなら4、5発は殴ってやろうと思っていたので拍子抜けだった。
おかしかったのはあの抱きついてきたことだけ。
やっぱりあれはたんなる新なりのいたずらなのか?
そこまで考え込んだところで気が付いた。
この後に、最高で最悪のイベントが待っている、と。


「じゃあ、電気を消すぞ〜」
「あ、ああ。いいぞ。」


合身した時の力を増すために毎日一つの布団で一緒に寝ているのだ。
だが、これは今という時にはこれ以上ないぐらいピンチでありチャンスでもある。


(違う・・・違う!
 こんなの僕じゃない!
 女と認めたら・・・僕は、僕は!)


自分の中に2人いる。
僕と言い、お前と呼ぶ自分。
私と言い、あなたと呼ぶ自分。
駄目!
良いよ。
駄目なんだ!
早くきて。
やめろ!
求めて。
君と僕とお前と私(21/34)2006/05/15(月) 23:00:31 ID:LZCRGtVC0
心が軋む、歪む、何もかも分からなくなる。
いっそ・・・こんな思いをするなら・・・新に出会わなければ・・・・・


最後まで考えることもできずに、
隣にあった温もりが覆いかぶさってきた。


「・・・な?あら・・・た・・・?」
「・・・ん・・・クリス。」
「ちょっと、新!いきなり何を。」
「クリス・・・。」
「やめろ!前歯をへし折るぞ!やめろってば!」
「・・・。」


無言で体を密着させてくる。
いやでも感じてしまう体温。
以外と筋肉もある。贅肉も少ないけど決して筋肉質というわけではない。
考えたくないのに、考えてしまう。
思ってしまう。
知ってしまう。


「お願い・・・やめて・・・。」
「・・・クリス。」


また耳元で声を囁かれる。
息が耳の中まで入ってくる。
君と僕とお前と私(22/34)2006/05/15(月) 23:01:39 ID:LZCRGtVC0
「・・・ん!・・・やぁ、だ・・・めぇ・・・や!」


ただ抱きしめられ耳元に口が近づいている。
それだけでこんなにも体が官能に打ちひしがれる。
頭の中も体の中もぐちゃぐちゃになる。
名前を囁かれるたびに自分の全てが感動と官能にすり替わっていく。
抑えようとしても声は漏れてしまい、秘所も熱く疼いてしまっている。
自分の全てが裏切っていく。
王子になるためだけに存在していたのに。
浅ましくも女の悦びに震えている。
相手も顔もまともに見えずに、それでも空気の動きだけでますます耳に近づいてくるのが分かる。
戦いのために必死になり今まで何度も自分を救ってきたその技能が、今だけは恨めしかった。
次に何をするのか分かってしまったからだ。


「やめ・・・あらたぁ・・・ぁぁ。」


言葉だけの抵抗を示す。
自分でも分かってる。
こんなの誘ってるようにしか聞こえないだろう。
ゆっくりと近づいてきて、小さな耳を優しく咥えこんだ。


「くあ!あぁぁぁぁぁん!!」


達してしまった。
屈服してしまった。
認めてしまった。
そして失ってしまった。
君と僕とお前と私(23/34)2006/05/15(月) 23:02:29 ID:LZCRGtVC0
「ぐ、あ・・・あああ・・・・・ああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


満足に力が入らない体に無理やり鞭を入れ全力で押し返す。
もう遅い。
何故この力がほんの10秒前に出せなかったのか。
後悔が激しく渦巻く。
目の前の人物に気を配る余裕すら無かった。
もしもあったなら後の悲劇は防げたかもしれない。
だが、無かったのだ。
だから、今こうなるのはどうしようもなかった。


(指令その2は、寝る時に襲っちゃうこと。
 やっぱり2人とも若いですね〜。
 そしてその3は・・・)


空間がずれる。
同じでありながら違うところに位置する空間。
どれだけ周りに被害を及ぼしても本来の世界には何ら影響は無い。
界律庭園に突如囚われてしまった。
いや、違う。
これを行ったのは目の前にいる人物。
その人物は剣を持っておりそれをこっちに向かって振り下ろす。


「っ!くううううう!!」
「・・・・・。」
君と僕とお前と私(24/34)2006/05/15(月) 23:04:23 ID:LZCRGtVC0
横っ飛びに回避するクリス。
前髪が汗で額にくっつくのが気持ち悪いがそうも言っていられない。
何故なら目の前の相手は焦点が合っておらず、あからさまにだれかの催眠だか洗脳だかにかかっている様子だったからだ。


「やはりか・・・、誰かに操られていたのか。」
「・・・・・・。」


返ってくる言葉は無言。
無視しているのでは無く、こちらの言葉を認知できない様子だ。
これは典型的な操られた時のパターン。
侍女のエイプリルに何度も教えてもらった。
そしてその解除の仕方も。


「術者を殺すか・・・ぶん殴って目を覚ます!」
「・・・・・。」
「embody!」


剣を手に持ち切りかかる!
横!に見せかけたフェイントを入れ彼の持つ剣そのものに自分の剣を叩き込む!
さほど狭くも広くもない部屋の中に鳴り響く甲高い音。
全力の攻撃に耐え切れず新の剣が弾かれ後方の壁に突き刺さる。
そしてがら空きの腹を目掛けて正拳突きを叩き込もうとする。
だが、彼は床を転がり避けると同時に突き刺さった剣を抜き再び構える。
そして打ち込まずに壁を背にしてクリスの攻撃を待つ。
君と僕とお前と私(25/34)2006/05/15(月) 23:05:26 ID:LZCRGtVC0
これは困った。
完全に『待ち』の体勢に入られた。
操られているとは新を斬るわけにはいかない。
この先のプリンセス・ワルツのために、
そして何よりも自分は王子だから。
操られた人ごと斬っているようでは王子とは言えない


「・・・いや、違う。僕は・・・僕の心は!」


認めたくない。
プリンセス・ワルツよりも、
王子としての宿命よりも、
何よりも自分自身の心が拒否している。
斬りたくない。
彼を斬るぐらいなら自分が!


「違う!違う違う違う違う違う!!!この程度、助けられないようで何が王子だ!」


新は一般人の中ではかなり強い部類に入るが、身体能力も剣の技術もこちらが上。
なら、フェイントを混ぜて揺さぶり、ガードを開けてから顎や鳩尾を殴ればいいだけだ。


「大丈夫だ。できる。簡単なことだ!」


気合を入れ、再び斬りかかる!
君と僕とお前と私(26/34)2006/05/15(月) 23:06:24 ID:LZCRGtVC0
上!下!上!斬!横!下!薙!横!
さらに多種多様なフェイントを織り交ぜ新の剣を弾こうとする。


(今!)


渾身の剛剣を放つ!
だが、その一撃は完全に見切られ防がれる。
二撃!三撃!四!五!六!七!八!
放っては防がれる攻撃。


楽しい!嬉しい!喜ばしい!
今だけは、この今の瞬間だけは!
彼を!
自分が!
独占している!


ただ純粋に切り結びあう自分と彼。
彼が斬り込んで来たりはしないし、
そもそも彼は操られている状態だ。
それでも、幸せを感じてしまう。
知らなかった。
自分の心はここまで壊れてしまっていたのか。


雑念を無理矢理振り払う。
今、やるべきことは新を助けることだ。
君と僕とお前と私(27/34)2006/05/15(月) 23:08:18 ID:LZCRGtVC0
九!十!
反応速度を完全に上回る速度で打ち込む。
だが彼はフェイントに引っかからずに確実にこちらの攻撃を読みきる。
まるでこちらの手の内を完全に把握しているかのように。


(くっ・・・それもそうか。僕の剣を一番よく知っているのは合身している新か。
 無意識だけど・・・いや、無意識だからこそフェイントに体が反応しているのだな。)
「ならば・・・こうだ!」


フェイントを入れずに最短距離で突撃する。
そして流れるように一閃!
剣と剣がぶつかるが全体重を乗せたその一撃は彼の腕力を超えていた。
少しずつ傾いていく均衡。
近づいてくる勝利の瞬間。


(力任せに・・・弾き飛ばす!)


もう少し。もう少しで終わる。
だがその時、聞こえてしまった。


「・・・クリス。」
君と僕とお前と私(28/34)2006/05/15(月) 23:09:42 ID:LZCRGtVC0
体中に電撃が走る。
声が聞こえただけで。
先ほどの官能を思い出してしまう。


「くっ!」


腰に回された腕も。


「・・・クリス。」


感じる体温も。


「・・・クリス。」


そして咥えられた瞬間に弾けた快感を。


「ぁぁ・・・あらた・・・・・・・・あらたぁ。」


手から剣が滑り落ちる。
目が潤み、体が火照ってくる。
思考が愛しい相手のことで埋め尽くされる。
欲しい。
彼が欲しい。
君と僕とお前と私(29/34)2006/05/15(月) 23:10:20 ID:LZCRGtVC0
優しく押し倒される。
今度は腰ではなく首に腕を回される。
温もりを感じる。
無くしていたパズルの最後の1ピースを見つけたような気がした。


「あらた・・・あらた・・・あらたぁ・・・」


相手に聞こえるのではないかと思うばかりに動悸が激しい。
それは若干の不安と、そして大多数の期待。
耳だけであんなにもされてしまった。
なら、本格的にされたらどうなるのか?
そんな不安と期待。
自分は王子ではなくなる。それでいいのか?
でも、それは自分を縛るものから開放されることだ。
そんな不安と期待。
痛いのかな?すごく痛いと聞いている。
でも、これで、ようやく、やっと、彼と1つになれる。
そんな不安と期待。
全てが混ぜこぜになりそしてようやく意思をもった声が発せられた。


「あらた・・・・・・・・・・・おねがい。」
「クリス・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐぅ・・・ぐぅ・・・ぐぅ・・・」
「・・・・・・・あれ?え?あらた!?おい!え?寝てる?ちょ、おい!生殺し!?」


覚悟を決めた瞬間の肩透かし。
この日は朝から味噌汁がかかったりと何だかんだあったが、
本日1番の不幸はこの生殺しとなったようだ。
君と僕とお前と私(30/34)2006/05/15(月) 23:11:51 ID:LZCRGtVC0
その頃、深森家屋内


「アラタ・・・マモル・・・」
「あ〜あ、また封印解けかかってるよ。
 ・・・今日のはまた強烈だね〜。」
「アラタ・・・アラタ・・・アラタ・・・グアアアアアアア!!」
「お〜よしよし。大丈夫だからな。
 にしても今日はまた一体どうしたんだい?」
「アラタガ・・・タブラカサレテ・・・ガアアアアア!!」
「・・・第6感ってやつ?
 というか嫉妬なのね・・・。
 あの弟にしてこの姉あり・・・か。
 まあ大丈夫だって。一緒に寝てるのはクリス君だし。」
「アラタ・・・アラタ・・・マモル・・・アラタアアアアアアア!!!!」
(・・・この子、クリス君が女だって知ってるのかね〜?)


どうやら彼女は明朝も寝坊しなければならないらしい。
君と僕とお前と私(31/34)2006/05/15(月) 23:12:36 ID:LZCRGtVC0
その頃、深森家屋外


「う〜ん・・・逃がしちゃったか〜。
 他の姫だったのかな?」
「きゅいきゅ〜い。」
「まあ確かにそうだけどさ。
 何で界律結界まで使っておいて本人が襲撃しなかったのかな〜?」
「きゅきゅ〜い。」
「イーリス姫も現れなかったしね。
 どうもきな臭いな〜。
 う〜ん、今は情報不足だね。」
「きゅ〜いきゅきゅい。」
「まあ、昼間に新君の様子がおかしかったら念のために気をつけておいてよかったよ。
 もし、あのままだったら・・・王子様が新君に・・・きゃ〜きゃ〜!!」
「きゅ〜い・・・」
「あ、う〜ん、ゴホン。まあ今日はこれで帰ろっか。
 夜更かしはお肌の天敵だしね。」
「きゅ〜い。」


生殺しの原因は彼女らしい。
君と僕とお前と私(32/34)2006/05/15(月) 23:13:09 ID:LZCRGtVC0
その頃、現クリス家


「う〜ん・・・上手く行きそうだったんですけどね〜。
 まあ、これでさらに男として意識すれば自ずと関係は深まるでしょう。
 あとは、殺し合いをさせるタイミングが・・・。
 ああ、そうそう。神官長もどうにかしてしないと。
 ・・・まあ、今は命令されたことをやるだけでいいでしょう。
 私は『依頼』は絶対に遂行するメイドさんですからね〜」


メイドの悪巧みはまだまだ続くらしい。
君と僕とお前と私(33/34)2006/05/15(月) 23:14:38 ID:LZCRGtVC0
そして再び新の部屋


頭から水を被ってようやく興奮は収まった。
結局何をしても新は目を覚まさなかった。
操られている状態は体力を異常に消耗するらしいからそのせいだろう。
冷静になって自分の行動を振り返ると自分自身に腹が立ってしかたない。
やっぱりあの時のことは一時の気の迷いなんだ。
自分は王子なんだ。
そして・・・彼は・・・このプリンセス・ワルツが終われば分かれるんだ。
ワルツが終わり、王位を継げばもう会えなくなる。
もう2度と会えなくなる。
胸が締め付けられる。
切ない。
考えるだけでもこんなに苦しい。
これは違うんだ。
ただ、友達を失いたくないだけだ。
それだけなんだ!


もしも思う。
操られてとかではなくて本当に『殺し合い』を行ったとき。
自分は彼を斬れるのか。
彼は自分を斬れるのか。
いっそ、自分で自分を・・・。
なんて素晴らしく、そして恐ろしい考えなのだろう。
その考えを否定する材料が無いことに気づいたと同時にクリスは眠りに落ちていった。
君と僕とお前と私(34/34)2006/05/15(月) 23:15:20 ID:LZCRGtVC0
深森家の朝は大抵が慌しい。


「だからさ〜何を怒ってるんだよ、クリス。」
「別に、何も。」
「全然別に何も無い顔じゃないってば。」


「母さん、また寝坊か?」
「ふぁ〜・・・うう、おはようさん。いや、まあ。ちょっとばかし夜更かししちゃってね。」
「またか。一体そんなに何をしてるんだ?」
「ん〜・・・月見酒とか?」
「・・・はぁ。」


いつもの日常。
穏やかな日々。
いつまで続くのかは分からない。
でも、
それでも、
これが壊れる瞬間は、
新だけは守ろうと決めた。
他の何を犠牲にしてしまっても。
例え自分を犠牲にしてしまっても。
そして願わくは、
ならなくちゃいけないから、なるではなく、
2人でなりたいから王子になるのだと、
胸を張って言える日が来ますようにと。
自らの指にある絆とも言える指輪にそっと願った。


そして本編に続く・・・

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