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「屋上にて〜ねがぽじより」

336 名前: 「屋上にて〜ねがぽじより」 1/3 2006/02/15(水) 23:08:05 ID:RJxLWYuk0
放課後、透は一人で屋上へと向かった。校内にあまり残りたがらない彼にとって珍しい事だ。
人の波に逆らうように階段を上っていく。それから、少し、重めの扉を開ける。と、先客がいた。
多分、この学校で一番屋上を愛する者。透が笑い掛けながら言う。 
「まひるは本当に高いところが好きだな」
「透だって来てる」
「今日は特別だ」
「え?」
疑問に答える気は毛頭ない透は、ただ言葉をつづる。 
「知らないだろうけどさ、なるほど、お前が愛するだけあってこの屋上にはさまざまな物語の可能性があるんだ」
 まひるが戸惑っているのが分かるが、透は気にしない。ただ、遠景を見つめ、ゆっくり語る。
「・・・例えばここは、本当の気持ちに気がつかないようにしていた二人が、勇気を見せて、互いに一歩を踏み
出したところ」
 遠くを眺めやっていた透は屋上の出入り口のほうへ体を向ける。言葉は続けたままで。
「また、ある時は、強がりで、人には笑顔しか見せない誰かさんが、思い切り泣いていい、涙を見せていい人を
見つけた場所だった」
 スタン、スタン、スタン。透はアンテナ検査用のかすがい状の上り口を使って、屋上の入り口の屋根へ
―――いつもより更に空に近い場所へと上っていく。
 慌てて、まひるは後を追う。何度か跳ねてかすがいに飛びつくが、なかなかうまく上れない。
「下からパンツが見えるぞ」
 いつもの調子で透が軽口を叩く。
「誰もいないでしょ」
「そうだな。校舎に残ってる人ももう、ほとんどいないはずだ。それで、この高さにいるのは俺たち二人
だけ――この町の中で、もしかしたら世界で――そう錯覚してもいいか」
「一体何を言って…」
 背を向け下界を眺めていた透が不意に振り返り、両手を広げる。
「そして、この屋上である男は、自分の力と頭脳さえあれば不可能など無いと信じていた男は、
世界とひきかえにしてもいいほど愛している、ただ一人の人の事すら、本当には救えないことを
思い知らされるんだ」

337 名前: 「屋上にて〜ねがぽじより」 2/3 2006/02/15(水) 23:08:59 ID:RJxLWYuk0
 再び透はまひるに背を向ける。
「いろいろな未来の中で、確かに男とその人との距離はけして遠いものではない。けれど一番近く
には成り得ないんだ。それならいっそ」
 透は何となくといった感じで空を見上げる。しかし、両のこぶしはしっかり、握りしめて。
「駄目だよ、透」
 まひるには何のつもりか知る由も無い。それでも、何か言わずにはいられない。
「落下も飛翔もたいして変わらないさ」
 透は、鳥のように、あるいは十字架のように、両手を真横に伸ばすと、ためらうことも無く、屋上から
この世に別れを告げた――はずだった。
「バカ透!」
 透の頭の上から、まひるの声がする。右手で透の襟首をつかみ、もう片手ではアンテナの台を抱え込んで。
「おかしいな」
 透は思わず口に出す。振り返った時、まひるはまだ上りきれていなかったはずなのに。
「まったく、お前はいつも俺の計算外だ」
 せっかく、家にいかにもノイローゼの学生めいた遺書を残しておいたというのに。こちらは
心の中だけで呟く。
「こんのぉ、バカ透、よく聞け!あんたの左手のほうに雨どいだかパイプだかがある。それで右足の
方に釘、じゃなくてえーと、くないじゃなくて」
「ボルトか?」
「多分それ。それがあるから、それ使ってどうにか上がってきて。スケルだって嫌でしょ、あたしと
心中みたいになったら、どんな噂になるか」
「死んじゃったら、関係ないだろ」
「ぐ・・・・・・」
 噂か、まひるとだったら望むところだけどな。そんな考えを頭によぎらせながらも、透はおとなしく
言うことに従う。手を離すなんて選択肢がまひるにあるわけがない。

       *****************************

「ふぁ〜。一生分の馬鹿力使い果たした〜」
 ぺたんとまひるがへたりこむ。


338 名前: 「屋上にて〜ねがぽじより」 3/3 2006/02/15(水) 23:10:01 ID:RJxLWYuk0
「流石に俺も」
 仰向けに寝転がり、空を見上げる。
――あぁ、青いな。さっきから散々空を見ていたはずなのに。今、気づいた。
 雲ひとつ無いはずなのに、影がよぎる。まひるの顔。怒ってる。
「もう、スケルとなんか絶交だ」
「当然だな。それに――」
 言葉の続きを遮るように、まひるが言った。
「でもね、駅前の『ラ・メール』のスペシャル・パルフェ&ホットショコラをおごってくれたら、
許してやってもいいよ」
 透が驚いて上半身を起こす。と、次の瞬間、まひるはもう、満面の笑顔を見せていた。
「安い友情だな」
 皮肉に聞こえるのを覚悟の上で透が言うと、何てことも無いようにまひるがこたえる。
「知らなかった?友情はけして高いものじゃない――でも、非売品なんだよ」
「敵わないな、まひるには」
 あたりまえか、太陽相手に勝てる奴なんていない。雲にその姿を隠されたって、当の太陽はちっとも変わらずに
中で輝いているんだ。仕方ないと思いつつ、ちょっとだけ抵抗。
「なぁ、『よしかわ』のクリームあんみつで手を打たないか」
「わ、この人、安い友情を更に値切ろうとしてるよ」
「今、懐具合が悪くてさ、よしかわなら何とかツケが利くから。仲直りは早いほうがいいだろ」
「んー、じゃ、香澄と美奈萌と小鈴ちゃんと、ついでにひなたも連れて皆で行こう。勿論、透のおごりでね」
「・・・・・・かえって高くつくじゃないか」
 まひるは腰に手を当て、胸を張り、高らかに宣言する。
「は、は、は、あたしの勝ちぃ」
 お日様を前に俺たちがすべき事。手を広げて、全身でその陽を浴びればいい。それから、お日様に
向かって、ただ、二カッと笑えばいい。

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