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新しい朝〜ねがぽじより

191 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:42:39 ID:hhJY0lL/0
「ごちそうさま」
 二人で手を合わせる。
「ひなた、おいしかったよ、最後の晩餐」
 皿を片付けながらわたしは言う。
「何、縁起でもないなぁ。まひる、お風呂に入っちゃって、歯磨きしたらちゃんとバッグにしまって
おくようにね。転校初日なんだから、朝、慌てて香澄さんや美奈萌さんに迷惑かけたら駄目だよ」
「はーい。ひなたはしっかり者だなぁ、きっといいお母さんになれるよ」
「そこ、普通『いいお嫁さん』でしょ」
 思わず言い返したけど返事が無い。浴室に行ってしまったらしい。
 皿を洗い、よく拭いて、片付けていく。湿気を残さないように。この部屋はしばらく無人になるの
だから……
「おっ先ぃ!」
 わたしが物思いにふける間もなく、能天気な声でまひるがお風呂から上がってきた。
          ********************
―――さしてすることも無く、明日も早いので、もう寝ることにする。頭と頭を突き合わせソファに
毛布で寝るのもすっかり慣れた。もう少し寒くなっていたら、布団もこの部屋に入れることになって
たのかな。
「おやすみ、ひなた」
「おやすみ」
「…………」
「…………」
「あのさ、まひる」
 我慢できずに話し掛ける。少し驚いた気配が伝わる。
「何、何」
 嬉しそうなまひる。そんな様子についとまどい、素っ気無い口調になる。
「さっき、『ひなたはいいお母さんになれる』って言ったでしょ」
「うん、うん」
「何で『いいお嫁さん』じゃないわけ」
 よく考えたら、何こだわってるんだ、わたし。『やっぱりどうでもいい』そんな風に言おうと
する前に、明るい声でまひるが答える。

192 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:43:47 ID:hhJY0lL/0
「それはもう、クリアしてるから」
「え?」
「あたしね、お嫁さんてさ、まぁ、お食事やお洗濯やお掃除やそんなのもお仕事だとは思うんだけど、
一番大事なものって……………」
「寝てない?」
「そんなことないって、んー、引き上げることだと思うんだ」
「は?」
「誰だってさ、ましてや外でいろんな人に会って働く男の人って、きっと、つらくなったり、
へこたれたりしてさ、沈んでっちゃう ことってあると思うのよ」
「うん」
「そんな時に自然にさ、当り前に元気付けてあげられるのって大事だと思うんだ」
 一寸間があく。言葉に思いを込めるようにまひるが口を開く。
「ひなたは、あたしにそうしてくれたんだよ」
「そんな事―――してない」
「してくれたよ!自分では気づいてないだろうけど」
 ガサ、わたしの顔をまひるが上から覗き込む。
 こんなに近い距離に――心も身体も――二人がいるのはあの日以来かもしれない。
 あの日、まひるに助けられた、まひるは覚えてないけど。そして誰も知らない、あの日から始
まった、そして今も続くわたしの想い。
「それなら、まひるだって」
「あたしは、そもそも男だか女だかも怪しいからなぁ」
「まひるだって!―――蓼食う虫も好き好きって言うしさ」
「はは、ナイスフォロー、かぁ?」
 素直になれない自分にわたしはそっと舌打ちした。
「そういえば不思議でさぁ」
 まひるは、つと離れるとうつぶせになって話を続ける。
「あたしってば結構、しょっ中ドジったり、バカやったり、インパクトのある事してる割には
昔の記憶とか曖昧なところがあって―――まぁ、鳥頭なだけかも知んないけど」
 突っ込まれる前に自分で言う、まひる。

193 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:45:06 ID:hhJY0lL/0
「でも、そんなこぼれ落ちた自分のかけらをひなたが全部拾い集めてさ、守ってくれてる様な
気がするんだよね」
 一寸詰まりながらも何とか返答する。なるべくいつもの口調に聞こえるように。
「わたしが生まれる前のことは知らないわよ」
「そりゃ、そうか……ねぇひなた、何か話さない?」
「別にいいけど」
 無愛想に答えながらも、わたしはうつぶせになり、まひると向かい合った。
「んー、それじゃあさ」
 それから、わたしたちは他愛の無いおしゃべりを続けた。今までよそよそしく感じさせた二人の
溝を埋めるように。でも、本当にわたしの伝えたかったことは何も言えないままで。
           *****************
「んにゃーねむいー」
 案の定、寝不足のまひるは半分溶けたような顔で、みんなの前に現れる。いるのは一緒に女学院に
通うことになっている香澄さんと美奈萌さん。それと何となく見送りにきたという透さん。
「もう、初日だってのに何、その顔は。夜更かししてたの?」
「ちぃーす、美奈萌。朝まで別れを惜しんでひなたと生トークしてたのさ」
「そっか」
 ぽつんと呟く、香澄さん。
 わざとか天然か、明るい声で透さんが言う。
「いやー、でも寂しくなるなぁスチャラカ三人組がいなくなると」
「…誰がスチャラカだぁ…」
「まひるの事でしょ」
「あんただ、あんた」
 寝ぼけて力の入らないまひるの反論に、するどくつっこむ二人。スチャラカかはともかく、いい
三人組であることは間違いない。
 わたしは二人に向かって丁寧にお辞儀をして言った。
「いたらぬ…まひるですが、よろしく面倒を見てやってください」
「あー、そんな気にしないで」
「自分で言うな―――まひる、そう言えば、今度はいつ帰省するの?冬休み?」

194 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:45:51 ID:hhJY0lL/0
 困ったように少し眉をしかめてまひるは言う。
「あー、それね」
「もしかして帰らないの?実家に」
「んー、この部屋も借りといてくれるみたいだし、ほら、一人ってのも気楽だし、ハハ、あ、そろそろ
駅行った方がいいのかな…ふぁー…」
 寂しがりの癖にまひるは強がる。でも、帰ってきなよ、とわたしは言えない。父さん、母さん、まひる
とのギクシャクした関係を見たくなんか無かったから。
「一寸、まひる寝ないでよ」
「しょうがない二人で運ぼう、美奈萌」
「まったく。あ、じゃあ、ひなたちゃん、透、行くね」
「またね、ひなたちゃん、透」
 言いにくいことを言って、気が抜けてふにゃふにゃになったまひるを、香澄さんと美奈萌さんが
両側から持ち上げ、連行していく。
 それはそのまま三角関係の図だ。まひるはどっちを選ぶんだろう。あの屈託の無い笑顔を独り占めに
するのは誰なんだろう。
―――わたしじゃないんだ。まひるにとって、わたしはただの妹なんだから。事実は違っているにせよ。
「お互い取り残されちゃったね」
 話し掛けられて、わたしの物思いは中断される。透さんの言葉をはぐらかすようにわたしは言う。
「あの、まひるが寮生活なんて不安で。いくら三人一緒の部屋っていっても、あ、でも透さんも
女学院にもぐりこもうとしてたとか?」
 多分、まひるの冗談だろうけど、そう思いながら訊いてみる。
 まじめに透さんは答える。
「あー、いろいろ八方手を尽くして、手続きをしてみたんだが」
「無茶だ」
「学校側の転入日確認の電話を、親がとってばれてアウトだ」
「そこまでやったんかい」
 ついつっこんでしまった。―――それにしても、香澄さんや美奈萌さん、透さん、三人とも、
「あたしには真似できないや」
「いや、そんなことは無いよ。学力審査さえとおれば、後はどうにでもしてあげる」
「そうじゃなくて―――みんな、まひるに真っ直ぐだなぁって」

195 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:47:21 ID:hhJY0lL/0
 冗談めかして聞こえるように、無理して笑いながら言う。
 透さんが腰をかがめ、わたしの顔を覗き込んできく。
「ひなたちゃんは―――あきらめちゃうの?」
「え?」
「きょうだいじゃないんでしょ?本当は」
「何でそれを―――」
 頭が真っ白になる。何で透さんが?まさかまひるも…
 出し抜けに透さんが頭を下げる。
「ごめん、かまかけた」
「あ、ハハ、やられた。えと、何で分かったんですか」
「見てたら分かる―――まひるのこと大好きな人たちのことは―――あきらめちゃうの?」
 トクン、と自分の鼓動が聞こえ、わたしの足は走り出す。駅に向かって、と、急ブレーキ、振り
返って、透さんに言う。
「ごめんなさい、わたし、まひるに忘れ物!」
 透さんが手をあげる。ついでに訊いてみる。
「どうして、ライバル増やすような事してくれたんですか?」
 にっと笑って答える。
「香澄と美奈萌は手強そうだからさ、かく乱作戦しようと思ってね。ひなたちゃん、グッドラック!」
 わたしも親指を立てて、ウインクして返す。
「グッドラック!」
      *******************
 間に合うかどうかも、何を伝えたいのかも分からないまま、わたしは走る。
 駅に着き、ポケットの小銭でどうにか改札を潜り抜ける。ホームにつくとまひるの背中、電車に
乗り込もうとする………わたしは叫ぶ、思いのありったけをこめて。
「まひる!」
 プシュー。扉が閉まる。ホームにはまひる。香澄さんと、美奈萌さんを乗せたまま、電車が走っていく。
「いっちゃったか、ま、どうにかなるでしょ。どうしたのひなた」
「まひる!」
 駆け寄っていく、少し二人の間に距離を置いて、立ち止まる。
「どうしたの、あたし何か忘れ物した?」

196 名前: 新しい朝〜ねがぽじより 2005/11/10(木) 20:48:14 ID:hhJY0lL/0

「お布団、お部屋に入れとくから!」
「え?」
「やっぱり考えてなかった、もっと寒くなってからも毛布一枚じゃ寝てらんないでしょ」
「ありがと」
 照れたように鼻の頭をかくまひるに、わたしは続ける。
「わたしの分も置いとくからね」
「え?」
「帰ってくる時はちゃんと電話するんだよ。独りぼっちになんか、もう、させないんだから」
「ありがと」
 そう言って、まひるはわたしの方に一歩近づいて、言った。
「ひなた―――いっぺんしてみたい事があったんだ、いいかな」
 あっと思う間もなくまひるはわたしの側により、そして、ぎゅうっと抱きしめた。それから
頭を撫ぜながら、
「どうだぁ、まるで仲のいいきょうだいみたいだろー」
 まひるが嬉しそうに言った。
「しょうがないなー」
 わたしは目を閉じ、笑みを浮かべた。
―――それから、しばらくして次の列車が駅に着いた。まひるは何の憂いも無いような笑顔で言う。
「いってきまーす」
 わたしも精一杯の笑顔で言ってみせる。
「いってらっしゃい」
 今度はもっともっと素敵な『おかえりなさい』が言えるように。

         おわり

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