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大切なひと、大切なキモチ。

大切なひと、大切なキモチ。(1/13)2006/04/30(日) 17:32:46 ID:DspVjCqP0
4月22日 土曜日:午前 私立瑞穂坂学園

(そうかぁ……とうとう姫ちゃんにも彼氏さんが……うふふ)
週末最後のビッグニュース。
わたしの昔からの大切なお友達である姫ちゃんに、ついに訪れた喜びの日。
その喜ばしい知らせに、わたしは朝から顔がにやけっ放しだった。
(それにしても、ホントに羨ましいなぁ……姫ちゃん)
校門で彼氏さんを待ち受ける姫ちゃんの顔は、本当に幸せそうで……
見ていると何だか、こっちの方までウキウキが移ってくるようだった。
(……どんな人なんだろうな……姫ちゃんの彼氏さん)
何しろあの姫ちゃんの彼氏さんだから、とってもステキでカッコイイ人に違いありません!
わたしは顔をにやけさせながら、彼氏さんの顔をあれこれ想像させていた。

……そう。本当にウキウキしていたのだ。
みんなから本当のことを耳にする、その時までは……
大切なひと、大切なキモチ。(2/13)2006/04/30(日) 17:33:36 ID:DspVjCqP0
4月22日 土曜日:放課後 1年教室

「……うそ……」
茫然自失の体で、わたしは呟いていた。
できれば一生知りたくなかった、衝撃の真実。
(おい、聞いたか○○? あの神坂さんに、ついにオトコができたんだって)
(相手は……確か、普通科2年の小日向雄真……だっけ?)
(くーっ、何故なんだ神坂さん? 何でよりによって雄真なんかに……)
校内を騒がしく駆け巡る、今世紀最高のカップルの噂。
その噂は、学年を違えるわたしの耳元にも、容赦なく襲いかかってくる。
――神坂さんの、恋人だって――
(……嫌……)
――雄真のヤツが――
(……もう……やだ……)
――コヒナタ――ユウマ――ガ――
(もう……聞きたくない!! そんなこと!!!)
気がつけばわたしは、耳を塞ぎながら、Oasisの方へと駆け出していた。
大切なひと、大切なキモチ。(3/13)2006/04/30(日) 17:37:01 ID:DspVjCqP0
4月22日 土曜日:午後 カフェテリア『Oasis』

「……やっぱり……そうだったんですか……」
「……ゴメンねすももちゃん……ツライ思い、させることになっちゃって」
柊さんの言葉の前に、がっくりと肩を落とすわたし。
やっぱり……姫ちゃんの恋人は、兄さんだった。
兄さんと同じクラスの柊さんが言うのだから、間違いないだろう。
「ホラすももちゃん! これでも飲んで元気出してよ」
わたしの身を案じてか、柊さんが冷たいアイスコーヒーをわたしに差し出す。
「でも……柊さん……」
「いいのいいの! これはあたしからのおごりってことで」
「……ありがとう……ございます……」
中途半端にお礼など言いつつ、わたしはそのアイスコーヒーを喉に通した。
少し苦くて、ちょっぴり切ない味。
それがまるで、わたし自身の心を映し出しているようで、余計切なくなる。
「……じゃあね、すももちゃん。あんま思いつめるんじゃないわよ」
「……はい……」
柊さんにそう言われても、わたしの心は、なかなか晴れそうになかった。
大切なひと、大切なキモチ。(4/13)2006/04/30(日) 17:38:36 ID:DspVjCqP0
4月22日 土曜日:夜 すももの部屋

プルルルルル……
夜中急に鳴り響く、わたしの携帯。
『あ、もしもし。すももちゃん?』
電話の主は……姫ちゃんだった。
兄さんもまだ帰ってきてないことを考えると……
きっと今の今まで、姫ちゃんは兄さんといっしょにいたんだろう。
「……何の用ですか? 姫ちゃん」
少しトゲを含ませ、わたしはそれに応対する。
『……あの……今日私が電話したのは……』
「……兄さんのことですね」
『うん……』
わたしの言葉に、姫ちゃんが口を濁らせる。
『すももちゃんも……もう……知ってるかも知れないけど……』
「……知ってますよ。学校中噂になってましたからね」
『うん……そうだね』
一言一言、まるで腫れ物に触れるかのように言葉を濁す姫ちゃん。
今のわたしには……そんな姫ちゃんの態度が、何だかすごく腹立たしかった。
「……よかったですね、姫ちゃん。兄さんと付き合うことになって」
『……』
冷徹なわたしの言葉に、姫ちゃんは何も返そうとしない。
「兄さんは……とても優しくてカッコイイですから……
 学園一のアイドルの姫ちゃんには、お似合いかも知れませんね」
……何だか、自分が自分じゃないみたいだ。
こんな憎らしい言葉を、わたしは姫ちゃんにかけたいわけじゃないのに……
大切なひと、大切なキモチ。(5/13)2006/04/30(日) 17:39:23 ID:DspVjCqP0
『……すももちゃん……』
しばらくして、受話器からかすかに姫ちゃんの声が響いた。
「……何ですか? 姫ちゃん」
『……ゴメンね。すももちゃん』
「……!!!」
刹那、全身を掻き毟るような想いが私の全身を駆け巡った。
『結果的に、すももちゃんの気持ちを裏切ることになっちゃって……ホントに、ゴメンね』
「……」
違う……!!!
わたしは、姫ちゃんのそんな言葉が、聞きたいんじゃない……!!!
「……謝るなんて……姫ちゃんらしくないです」
精一杯、震える声で言葉をつなぐわたし。
『……すももちゃん……私』
「もう二度と、わたしに電話して来ないでください……っ!!!!」
最後のほうは、もう涙にまみれて、何を言っているのか自分でもわからなかった。
……とても歯がゆかった。姫ちゃんの卑屈に満ちた態度が。
兄さんと付き合えるなんて、わたしには願っても叶わないことなのに……
姫ちゃんにとっても、心から誇ってしかるべきことなのに……
それなのに……
何で今更、わたしに謝ったりするんですか……!?
「……」
ツーツーと虚しい電子音響く受話器を手に、呆然と立ち尽くすわたし。
……何やってるんだろう、わたし……
姫ちゃんに当たり散らしたところで、何か変わるわけでもないのに……
カチャッ……
折りしも階下で、扉の開く音がした。
……ちょうど兄さんが、姫ちゃんとの逢瀬を終え、帰ってきたところだろう。
「……行かなきゃ」
兄さんの前でまで、こんな醜いわたしを曝け出すわけにはいかない……
目元に滲んだ涙を拭い、わたしは兄さんの元へと歩いていった。
大切なひと、大切なキモチ。(6/13)2006/04/30(日) 17:43:01 ID:DspVjCqP0
4月23日 日曜日:昼 回ってないお寿司屋さんw

「それじゃあねぇ……アナゴと赤貝とー、あと大トロなんて頼んじゃおっかなー♪」
「へっ……へい毎度! 音羽さんのためなら、お安い御用でさぁ!!」
早速持ち前の笑顔で、大将さんにお寿司を値切りまくるお母さん。
わたしも随分、商店街での品物の値切り方について勉強してきたつもりでしたが……
やっぱり、お母さんにはまだまだ敵いそうにありません……
やがてカウンター席は、見たこともないようなきれいなお寿司でいっぱいになっていた。
「さぁて、どれから頂いちゃおっかしら?」
「あ、じゃあわたしは甘エビから……」
「あーっ、すももちゃんずるーい! わたしが食べようと思ってたのにー」
こうやって他愛もない会話をしつつ、食べたこともないような高級海の幸に舌鼓を打つ私たち。
それはとても穏やかで、心温まる情景だった。
……たったひとつ、この場に欠けたものを除けば。
いつもいつも……わたし達家族はずっといっしょだった。
兄さんは片時たりとも、わたしの傍を離れたことはなかった……
いつしかそれが……わたしにとって、至極当たり前のことになっていて……
いつか兄さんが、どこかにいなくなっちゃうなんて……全然、考えたことなどなかった。
「……」
今頃兄さんは、姫ちゃんと一体何をしてるんだろう……
ふたりでお洋服屋など巡って、わたしにも見せたことのない格好でキメてみたりして……
その後きっと、ふたりで映画館など行ってみたりするんだろう。
わたしには決して見せることのない笑顔を、互いに交わしながら。
「……」
わたしの知らないところで、わたしの知らない兄さんが、どんどん増えてゆく……
そのことが、わたしの胸の奥底を縛りつけて離さない。
大切なひと、大切なキモチ。(7/13)2006/04/30(日) 17:45:33 ID:DspVjCqP0
「……あらあら、すももちゃん大丈夫?」
……お母さんの声に、わたしはふと我に帰った。
「え、え、えっ? な、何ですかお母さん?」
明らかに動揺した口調で、言葉をどもらせるわたし。
「……やっぱり、お出かけはやめにした方がよかったかしら?」
「い、いいえ!! そんなことありません!!」
「嘘つくんじゃないの! そんなに目真っ赤にしちゃって」
「あ……」
お母さんの言葉で、わたしは初めて自分の状況に気がついた。
木製のテーブルの上に点々と散らばる、何かのしずく。
そして、頬を濡らす熱くて冷たいもの……
(泣いてたんだ……わたし……)
それまで漠然としか感じてなかった虚しさ、寂寥の想い……
しかし……こうして自分の涙を自覚することで。
わたしの想いは、もはや誰にも抑えられないほど膨張してしまっていた。
「ん……んぅぅっ、ふぇぇ……っ」
席に突っ伏したまま、ひたすら泣き咽ぶわたし。
兄さんがもう、わたしだけの兄さんじゃなくなってしまう……
そう考えただけで、悲しくて、とてもやるせなくて……
いつ果てるとも知らない悲しみに、わたしはひたすら泣き続けていた。
大切なひと、大切なキモチ。(8/13)2006/04/30(日) 17:46:49 ID:DspVjCqP0
……やがて泣き止んだわたしに、お母さんがそっと話しかけた。
「……寂しいよね、すももちゃん」
「……お母さん……」
「大事なお兄ちゃんを、他の女の子に取られちゃって……」
「……」
お母さんはこういう時、誰よりも強くて優しくて……
こうやって声を聞いてるだけで、何よりもすごく安心できる自分がいる。
「お母さんは……寂しくないんですか……?」
「あら、寂しいわよ。もちろん」
笑顔で、しかし開けっ広げに、その寂しさを語るお母さん。
「もうこうして十何年も、大事に育ててきた息子だもん。
 今更他の女の子になんて、できればやりたくないわよ」
「お母さん……」
「でもね……かーさん、こうも思ってるの。
 雄真くんが、春姫ちゃんみたいな立派な女の子を、ちゃんと捕まえて来れたこと。
 それがかーさん、親としてすっごく鼻が高いわ♪」
「……お母……さん……」
わたしはふと、姫ちゃんとお花見の席で再会した時のことを思い出していた。
久しぶりに会った姫ちゃんは……わたしの知ってる姫ちゃんとは、全然違っていて……
そのかわいらしさや上品なたたずまいに、女の子のくせにひどくどきどきしたこと……
今でも、鮮明に思い出せる。
大切なひと、大切なキモチ。(9/13)2006/04/30(日) 17:50:17 ID:DspVjCqP0
あの時……とっても綺麗に成長した姫ちゃんのことが、とても羨ましくて……
そして……そんな姫ちゃんをお友達に持った自分自身が、とても誇らしく思えて……
(……姫ちゃん……)
兄さんも姫ちゃんも……わたしにとって、みんなに誇れるとても大切な人だ。
そのふたりが、お互いのことを認め合い、こうして結ばれたこと。
それは何だか、とってもステキなことのように思えた。
「だからさ! すももちゃん」
お母さんはそっと身をかがめ、うつむくわたしに目線の高さを揃えてくる。
「すももちゃんは、すももちゃんにできることを、精一杯やればいいの!
 何しろすももちゃんは、雄真くんのたったひとりの妹じゃない!」
「わたしに……できること……」
わたしが、兄さんと姫ちゃんのために、できること……
それは、一朝一夕の間には、到底思いつきそうになかった。
「ゆっくり考えなさい。すももちゃんが、お兄ちゃんに本当にしてあげたいこと……」
「……兄さんに……してあげたいこと……」
わたしは……おふたりのために、一体何がしてあげられるんだろう?
わたしはそれからずっと、そのことについて、ひたすら想いを巡らせていた。
大切なひと、大切なキモチ。(10/13)2006/04/30(日) 17:51:24 ID:DspVjCqP0
4月23日 日曜日:夜 すももの部屋

プルルルルル……
緊張するわたしの手の中では、わたしの携帯電話が、しきりに呼び出し音を鳴らしている。
……結局あの後、わたしは一日中考えて、考えて……
そしてようやく、ただひとつだけ、できることを思いついたのだ。
『す、すももちゃん? どうしたの、急に……』
すごく慌てた口調で、電話口に立つ姫ちゃん。
はやる気持ちを抑えつつ、わたしはできるだけ明るく、姫ちゃんに切り出していた。
「大スクープですよ姫ちゃん。今日は何と、兄さんの大好物について教えちゃいます!」
『雄真くんの……大好物?』
「わたしが妹として十数年間、兄さんを観察してきた努力の集大成です!
 姫ちゃんも、どうか心して聞いてくださいね!」
『で、でも……すももちゃん……』
「いいんです! 姫ちゃんは、わたしにとって一番大事なお友達ですから……」
わたしの熱意に、姫ちゃんもついに折れたようだ。
『うん……じゃあ、お願いしちゃおっかな?』
「はい!! じゃあまずは、わが小日向家の定番、すももコロッケからです!!」
……それからわたしは、姫ちゃんにいろんなことを話した。
兄さんの大好物、食べるときの順番、そして、本当に嬉しいときの兄さんのしぐさ……
どれもこれも、わたしが十数年間ずっと秘密にしてきた大切な知識だ。
こんなに長い間大切にしてきたことを、誰かに打ち明けるのは、すごく寂しいけど。
わたしにとってこんなに大切なものだからこそ、姫ちゃんには、絶対に知っていてほしい……
大切なひと、大切なキモチ。(11/13)2006/04/30(日) 17:52:23 ID:DspVjCqP0
4月23日 日曜日:深夜 すももの部屋

『……何だかすももちゃんのおかげで、雄真くんのこと、いっぱいわかっちゃったな』
「エヘヘ……絶対誰にも内緒ですよ、姫ちゃん」
姫ちゃんとわたしとの間で、共通の秘密がどんどん増えてゆく。
そのことが、何だかすごくくすぐったかった。
「……それで、ですね……姫ちゃん……」
『? 何、すももちゃん』
「これからはずっと……姫ちゃんが……兄さんのお弁当を作ってあげてください」
『え……で、でも……』
「いいんです……姫ちゃんには、ずっと兄さんといっしょにいてほしいですから……」
姫ちゃんに託した、わたしの願い。
それは同時に、兄さんをずっと慕い続けてきた自分との、決別の証でもあった。
『……うん。明日……さっそく頑張ってみるね』
「はい! 是非とも頑張ってください!」
『うん! ありがとう、すももちゃん』
そのままわたし達は、互いにおやすみを言いながら電話を切った。
「……」
携帯を胸に抱きながら、ふと傍らのベッドに横たわるわたし。
大切なひと、大切なキモチ。(12/13)2006/04/30(日) 17:55:57 ID:DspVjCqP0
(……兄さん……)
これでもう、わたしは兄さんに、お弁当を作ってあげなくてもよくなった……
明日から……少しだけ、わたしに自由な時間ができる。
兄さんのことを考えなくてもすむ、自由な時間が……
「……」
ふと胸の中に、どうしようもない空虚が広がってゆくのがわかった。
今まで1日たりとも欠かすことのなかった、お弁当作りの時間。
兄さんに喜んでもらえる、とても平穏で、とても幸せだったひととき。
だけど……それとももう、今日でお別れ。
「うぅ……っくっ……ふぇぇぇん……っ」
埋めようのない虚しさに、わたしはひたすら泣きじゃくった。
今夜はずっと、わたしは兄さんのことを想い、泣いて、泣いて……
そして泣き止んだとき、わたしはきっと、兄さんとの決別を果たすんだろう。
(せめて今だけは……わがままな妹で……いさせて下さい……!!)
嗚咽の声が周りに漏れるのも気にせずに。
わたしはずっと、ベッドの上で、涙が枯れるまで泣き続けていた。
大切なひと、大切なキモチ。(13/13)2006/04/30(日) 17:56:51 ID:DspVjCqP0
4月24日 月曜日:朝 小日向家

新しい朝がやってくる。
兄さんとの関係に、少しだけ変化の訪れる、新しい朝が。
「よっ、と……」
ベッドから身を起こすと、さっそく制服に着替え始めるわたし。
心は、随分と澄み切っていた。
今ならきっと、兄さんとも、正面から向き合うことができる。
兄さんの幸せを、心から祝ってあげることができる……!
……やがて兄さんが、寝ぼけ眼で居間にやってきた。
「ん? もう制服に着替えたのか、早いなぁ」
既に制服に着替えているわたしを見て、驚く兄さん。
「はい、今日は先に出ますので」
「あれ、てことは俺の弁当は?」
兄さんはまだ、わたしが当然お弁当を作ってくれるものと思っているようだ。
まったく……せっかく妹がこうして立派に兄離れを果たしたというのに、
兄さんはまだまだ、妹離れができないようですね。
少しのいたずら心と、兄さんへの溢れんばかりの慕情に。
わたしは兄さんに、いたずらっぽく微笑んでみせた。

「ありませんよ。明日から早起きして、自分で作ってくださいね!」

(終わり)
はぴねす!温泉の人2006/04/30(日) 17:57:55 ID:DspVjCqP0
>>166-178
・・・とまぁ、こんな感じです。
何か終盤書いてて、思わずほろっと来ちゃいました・・・;

本編では語られなかったすももの想い、いろいろ妄想してみましたが、いかがだったでしょうか?
ではまたノシ

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