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『悠久の時を…共に』

271 :『悠久の時を…共に』 1/6 :04/09/14 23:09:44 ID:n9vNUhDG

―――夜の闇に舞う白い雪、深々と降り積もる白雪が全てを覆い隠す。

白と黒とが交じり合った山道を二つの影が歩いていく。
静まり返った世界に、ただ雪を踏み締める軽い音だけが響く。
一方の影は片方よりも背が高く、艶のある黒髪に僅かに積もった雪が歩くたびに零れ落ちていく。
筋肉質の身体にはベルトが規則的に張り巡らされた拘束具のような黒のレザースーツ。
その上に闇に溶け込むような黒のコートを着込んでいる。
歩くたびにコートの下から金属の擦れる音が響く。
まだ少しあどけなさが残る相貌は今はやや沈み、固い。

「後悔……していますか?」

寄り添うようにして隣を歩いていた影が問う。
鈴を転がしたような涼やかな声、はらりと雪が舞い散る。
腰まで届く青緑色の髪を揺らめかせながらこちらを見つめる僅かに潤んだ瞳。
美しい、という言葉さえも陳腐に思える、まさしく美の象徴のような女性だった。
心配そうに八の字細められた眉、彼女の吐く息が白い靄となって虚空に溶ける。
そっと、決め細やかな白い指先が頬に触れた。
その感触で見とれてしまっていた意識が戻ってくる。
「後悔はしていないさ……」
頬を撫でる感触はそのままに影は呟いた。
そう、後悔はしていない。
あの時……彼女の憎しみを、悲しみを全て背負った紅の騎士を葬った時から。

俺は彼女と生きる道を選んだ、永久の時を生きる道を―――……吸血鬼として。



272 :『悠久の時を…共に』 2/6 :04/09/14 23:10:41 ID:n9vNUhDG

あれから二年、時というものはあっという間に過ぎていった。

『イノヴェルチ』は滅び、『夜魔の森の女王』―――リァノーンを狙うものもいなくなった。
いや、正確にはまだハンター達はリァノーンを狙っている。
最古の吸血鬼であり、最強最悪の吸血鬼である彼女を滅ぼすのは彼らの使命だからだ。
幸いにして、今のところはハンターに会わずにすんではいるが……。
二年、長いようで短い二年。
失踪当初は何かと取沙汰されていた俺という存在も少しずつ風化し始めている。
香織や弥沙子、鏡子……彼女たちの記憶からも徐々に薄れていくのだろう。
自分という存在が忘れ去られていくというのが恐怖を感じるものだと初めて知った。
しかし、今傍らにいる最愛の……リァノーンはこれを二千年も繰り返して来たのだ。
人が生まれ、成長し、生活し、そして死ぬ。
幾度となく、彼女はその瞳で見続けて来たのだろう。
ならば、この程度の恐怖で足が竦んでいては彼女と共にあるなど出来ないだろう。
なにより、自らの選んだ道、最早後戻りは出来ないのだから。
そっと首筋に手を当てる。
何かを探すように手をゆっくり上下させるが返ってくるのは寒さで強張った皮の感触。
リァノーンに噛まれた噛み傷はもう存在しない。
それは吸血鬼化が完全に進行してしまった証でもある。
今リァノーンを失ったとしても人間には戻らず、哀れな吸血鬼が一人残るだけだ。
「……どうかしましたか?」
黙り込んでしまった姿にまたもや心配そうに顔を曇らせるリァノーン。
「いや、なんでもないよ。」
大切な人に何度も心配な顔をさせては置けないと小さな笑みを浮かべ答える。
訝しげな顔をしていたリァノーンも静かに、ゆっくりと笑みを形作る。
どことなく、あどけない少女のような可憐な笑みだった。
それきり会話もなく、また二人はゆったりと歩き始める。
沈黙が返って心地よかった、何も話さなくても分かり合えるそんな感じがして……。


273 :『悠久の時を…共に』 3/6 :04/09/14 23:11:08 ID:n9vNUhDG
顔を上げる、雲の切れ目から覗く白い満月が綺麗だった。
どことなくリァノーンを思い出させるその情景にリァノーンの方へと顔を向ける。
と、その瞬間、闇夜を切り裂く鋭い風切り音が聞こえた。
吸血鬼としての動体視力が捉える情景、薄暗い木立の間から飛来する銀の煌き。
ほとんど反射的に虚空へと腕を突き出し―――握り締めた。
拳の中に感じる確かな感触。
その円柱は拳に収まりきらず、両端からはみ出た風切羽と鏃が存在を主張していた。
ほぼ、こちらの心臓一歩手前、リァノーンの顔が険しくなる。
「どなたか知りませんが、惣太に危害を加えるつもりなら容赦しませんよ!」
彼女の透き通るような髪がゆっくりと持ち上がる。
それと同時に彼女の周りの大気に乱れが生じる、降る雪が重力に逆らい上昇する。
『ロードヴァンパイヤ』特有の念動力、彼女を最強足らしめる所以だ。
静かな怒りを放つ彼女を横目に握り締めた矢を観察する。
そう、見覚えのあるこの矢、普通のボウガンの矢よりも一回り大きな銀矢。
もしも、この推測が正しいのならば来るべくして来た時が来たのだろう。
そう、なぜなら彼らはハンター―――……吸血殲鬼なのだ。
ゆっくりとコートの下から引き抜くはハンドガード付のナイフ……『愉悦の侯爵』。
それを待っていたのかどうか定かではないか装着すると同時に木立から現れる人影。
にやけた口元に瓢けた雰囲気、鋭利な眼差しを獲物を狩る愉悦に歪めた男、『フリッツ・ハールマン』。
その手には無骨にカスタマイズされたフリッツ愛用のカービン銃。
「おーおー……やっと見つけたぜ、ヴェドゴニア」
冷たい冷笑を浮かべながらフリッツが喋る。
破壊の意思を込めた銃口はピッタリとこちらをターゲットしている。
それを見て、攻撃の意思を見せるリァノーンを片手で制した。
フリッツがいると言うことは近くにモーラもいるはずだ。
ここで戦闘を始めれば相手の思うツボになりかねない。


274 :『悠久の時を…共に』 4/6 :04/09/14 23:11:47 ID:n9vNUhDG
「すっかり吸血鬼らしくなりやがって……ナイト様気取りか?」
心底楽しそうに嘲るフリッツ、カチャリとボウガンの矢が装填された。
「まあ、元々お前は気に食わなかったんだ。
 しかし、これでお前を狩ることが出来るようになったわけだ」
「奇遇だな、俺もあんたのことは気に食わなかったんだ」
お互いに邪悪な笑みを浮かべ、片方は引き金に力を込め、片方は足に力を込める。
一触即発の空気のなか、不意にフリッツが溜息と共に銃口をあげる。
予想だにしなかった展開に困惑する。
「ちっ、やめだやめ。俺だって命は惜しいからな。
 『ロードヴァンパイア』二人相手に勝てるわけねえだろ」
珍しく諦観の念を見せたフリッツの姿に少々唖然とする。
「あの時殴られた借りは最初の一発でチャラにしといてやるよ。」
あの時とは二人を人質にリァノーンの居場所を聞きだそうとした時のことだろう。
後で鏡子が無傷だったことを確認し、多少は反省したりもした。
「……モーラは?一緒じゃないのか?」
さっきから周辺の気配を探ってみたりもしたが潜んでいる様子はない。
「あん?てめえには関係ねえだろ」
ちょっと……いやかなり不機嫌そうにフリッツが呟く。
と、不意に視線を感じ、振り向けばリァノーンが困惑顔で佇んでいた。
本来は敵であるはずのハンターと普通に会話しているのだから困惑もするだろう。
が、リァノーンに何か言おうとする前に足元に耳障りな金属音を立てミリタリー模様のバックが落下した。
「お前らのことは多くのハンターが狙ってる。だがな、てめえを狩るのは俺だ」
狩人の顔に戻ってフリッツが宣言する。
ショルダーバックの中身は音で判断する限り銃器の類だろう。
「今度会った時は迷わず狩ってやる。灰は灰に塵は塵に…だ」
それだけ告げるとフリッツは踵を返し、木立の中へと歩き始めた。
背中に二対の視線を受けながら最後に小さく呟く。

「あばよ、相棒」



275 :『悠久の時を…共に』 5/6 :04/09/14 23:12:09 ID:n9vNUhDG
先程の山道から幾分か離れた国道、道路の半分を占拠しながらハマーが止まっていた。
「おかえり」
フリッツがドアを開け、その巨体をハマーに押し込むと助手席から声が掛かる。
見なくても誰だかわかる、もう十年以上一緒にやっているパートナー。

「あれで良かったのか?敵に塩なんか送って……」
珍しく歯切れの悪い言葉を受けてモーラが小さく笑みを浮かべる。
「いいのよ。『イノヴェルチ』を潰せたお礼とすれば安いものでしょ?」
「だがな……」
まだ口ごもるフリッツ。
確かに『ロードヴァンパイア』を狩ることは全てのハンターの悲願と言っても過言ではない。
彼女の指先一つで国家が滅亡することとてあるのだから。
だが、今彼女には彼がいる、悠久の時を共に生きていく連れ添いが。
自分には手に入らなかったものだ、小さく溜息をつく。
「フリッツ、次はアイルランド?」
それを誤魔化すかのように声をあげるモーラ。
「ん?ああ―――」
車道を占拠していたハマーは大きく白い息を吐き出すと重々しく走り始める。
車内から漏れる声はどことなく吹っ切ったような気配を漂わせていた。

やがて走り去った後の痕跡も深々と降り積もる白雪に消え去っていった。




276 :『悠久の時を…共に』 6/6 :04/09/14 23:12:55 ID:n9vNUhDG

「良かったのですか?」

深々と降り積もる白雪の中を二つの影が歩く。
「ん?何が?」
背の高い方の影が答える。
その拍子に肩から提げたショルダーバックが甲高い金属音を奏でた。
「あの方たちと行くという選択も―――」

「あ……」という小さな声と共に、ふわりと青緑色の髪が宙に舞う。
すっぽりと腕の中に納まった身体をしっかりと抱きしめながら耳元で囁く。

「俺は、君とずっと一緒にいる。ずっと……」

こちらを見上げる紅玉の瞳は溜まった涙で潤んでいた。
一拍、鼓動の音が跳ね上がる。

深々と降る白雪、白と黒とコントラストの中、二つの影は確かに重なった。
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