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素直になれない

395 :素直になれない :04/10/17 14:56:18 ID:5nFr4V3p
10月17日(日) 夜 高遠家 七瀬自室
机に向かう七瀬は何度も溜息をついていた。
「こんな気の重い誕生日は生まれて初めてじゃないかしら?」

チンピラ達にあわや暴行を受ける寸前の危機。偶然通りかかった浪馬の行動。そして
普段とは立場を逆にした浪馬のお説教。昨夜の事件以来、七瀬は一種の混乱状態にあっ
た。不安と恐怖、驚きと安堵、喜びと困惑、感謝と反発・・様々な感情が荒れ狂い、彼女は
ひどく高ぶっていた。

(な、なによ、織屋君ったら偉そうに。私は間違ってないわ。あの人たちが悪いから注意
しただけなのに、どうして私を怒るの? お、おかしいわよ! ちゃらんぽらんでいい加
減で、いつも私に注意されるくせに、あんな・・あんな・・真剣な目をするなんて・・)

(そもそも織屋君に助けて貰わなくったって・・・織屋君がいなくたって・・・・わ、私はちゃ
んとあの人達を説得して・・・・ううん、私は震えてただけだった。怖くて足が竦んでた。
もうダメだと思った。織屋君がいなかったら私は今頃・・・・・・)

396 :素直になれない :04/10/17 14:58:11 ID:5nFr4V3p
(で、でも織屋君って、やることなすこと二枚目半なのよね。助けてくれるにしてももう
少しスマートにできないものかしら? 不器用というか、今ひとつ決まらない人なの
よ。その・・昨日はちょっと・・か、か、カッコイイと思わないでもなかったけれど。
で、でも私への注意の仕方はやっぱり納得できないわ! 織屋君のバカ!)

七瀬は昨夜からずっとこの調子で堂々巡りをしていた。浪馬とはあれ以来合って
いない。掛かってきた電話も居留守を使って出なかった。

(今は織屋君と話をする気分じゃないわ) その癖、彼女はこうも思った。
(ここに様子を見に来てくれてもいいのに。ほら、恋愛小説だとよくあるじゃない? 
それで二人の気持ちが一気に燃え上がるのよ・・・あ・・私別に織屋君の恋人じゃない
んだっけ・・・でも、友達ならそれくらいしてもいいはずよ? ホント織屋君って気配
りができない困った人ね。もう呆れちゃうわ)
自分で避けてる癖に、相手には会いに来いという滅茶苦茶な理論で浪馬を責めながら、
七瀬はとうとう机に突っ伏してしまう。溜息がまた出た。

397 :素直になれない :04/10/17 15:00:17 ID:5nFr4V3p
(明日はせっかくの誕生日なのに。自治会のみんなが何かしてくれるって言ってたわね。
母さんもご馳走用意するって張切ってる。でもこんな気分じゃ嬉しくないわね・・・あ)
突然ガバと七瀬は身を起こした。(織屋君は・・・覚えてくれてるかしら?)

(ふ、ふんだ。もしプレゼントくれても私は受け取らないわ。そうよ、私に偉そうにお説
教する人から貰ったって嬉しくないもの。その場でつき返してあげる。絶対受け取る
もんですか! 頭下げたってダメよ。織屋君なんか、織屋君なんか・・)
完全に意地っ張りモードに入っている七瀬は、やっぱり心の中で浪馬に悪態をついた。
しかし体は正直なもので、彼女の顔は真っ赤だった。

(で、でも・・もし・・・・・織屋君が何も言ってくれなかったら・・・・)
確かに浪馬が七瀬の誕生日を覚えている保証はない。その事実を思い出した七瀬は、
また机に突っ伏す。長い長い溜息をまた一つついた。

(覚えてくれてなかったら、私やっぱり悲しいと思うのかな・・・・・あ? で、でも)
七瀬は、またたま身を起こす。起きたり突っ伏したりと実に忙しい。

398 :素直になれない :04/10/17 15:02:28 ID:5nFr4V3p
(お、織屋君には私の誕生日を祝って、プレゼントを贈る義務があるはずよ!)
どこをどう思考が飛躍したのか、七瀬はまた妙な理屈を思いついたらしい。

(春先から毎日のように話しかけてくるし、どれだけ断ってもしつこく誘うし、しかた
ないから一緒に行ってあげれば何時間も引っ張り回すし! 私が貴重な時間をどれだ
け割いたと思ってるの? 近頃じゃ、わ、わ、わ、私の・・を触ろうとしたこともあっ
たわね。ホントエッチなんだから。あげくに昨日はお説教までするのよ?)
最近は浪馬に誘われるのを心待ちにしているのも忘れて、七瀬は一人憤然とした。
もっとも顔はやはり真っ赤だ。それどころか耳まで赤くなっている。

(これで私の誕生日を忘れてたり、プレゼントを渡さないなんて許されるはずないわ!)

浪馬のくれる誕生プレゼントは断固拒否するが、浪馬にはプレゼントを贈る義務がある。
際限なく暴走する無茶苦茶理論に、むろん七瀬自身は気づいていない。

399 :素直になれない :04/10/17 15:13:31 ID:5nFr4V3p
(と、いうことは・・・・) 七瀬の無茶苦茶理論は、更に発展するらしかった。

(お、織屋君には義務があるんだから、無理に断ったら可哀想ね。そ、そう言う理由
があるなら、私も受け取ってあげてもいいわ、うふふふ。じゃなくて・・・織屋君に義務を
果たして貰うにはそうするしかないのよ。織屋君が私にプレゼントを渡して私が受け取
る・・うん、簡単なことじゃない。それですべてうまく行くのよ!)

結局七瀬は浪馬のプレゼントを受け取るつもりになった。いや、彼女の理屈からする
と、浪馬がプレゼントを渡し自分が受け取るのは、既に確定した未来のようだ。

恋する乙女心は、酷く回り道したり、時には後戻りするものの、それでもやはり、落ち
着くところに落ち着くものである。ただ七瀬は、人並みはずれて迂回路が多かった。
要するに意地っ張りなのだ。

400 :素直になれない :04/10/17 15:15:42 ID:5nFr4V3p
「ふあ・・・・」
ふいに七瀬が欠伸をした。

他人から見みれば支離滅裂な理論展開ではあったが、一つの結論にたどり着いたことで、
張り詰めていた気持ちが落ち着いたのだろう。思えば、昨夜はほとんど一睡もしていなか
った。

「ふう・・今日はもう寝ましょうか?」
「明日は織屋君に寝不足の顔なんて見せられないものね!」
七瀬はつぶやくとイスから立ち上がり、ベッドにもぐりこむ。
横になるとたちまち激しい睡魔が襲ってきた。全身にしびれるような感覚が走り、
彼女は急速に夢の世界に引き込まれてゆく。


401 :素直になれない :04/10/17 15:18:10 ID:5nFr4V3p
途切れ行く意識の中、七瀬は再び浪馬のことを想った。
朦朧としているせいだろう、今度は素直な気持ちがあふれ出た。

(織屋君・・・・明日・・楽しみにしてるからね・・・・・)
(言って欲しい。他の誰よりも、織屋君におめでとうって言って欲しい・・・)
(忘れてないよね? 覚えてくれてるよね?)
(もし忘れてたら、私泣いちゃうからね・・・・)
(・・・織屋君・・・・ありがとう・・助けてくれて・・・・・)
(あの時のこと・・・明日会ったら謝りたい・・・謝りたいの・・・・)
(織屋君・・・織屋・・・クン・・・・・私の・・織・・屋・・・・)

後には七瀬の静かな寝息だけが残った。
END
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