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帰らざるもの

142 :帰らざるもの 1/10 :04/07/22 15:37 ID:tt+RjP65
「おはよう、おばあちゃん」
村の片隅に立てられた小さなお墓にいつもの日課。
墓標に刻まれた文字はおばあちゃんの名前―――トゥスクル。
「え……うん、アルルゥも元気だよ。ちょっとやんちゃ過ぎるけどね」
クスクスと小さな笑いが零れる。
「そうそう、おばあちゃん。あのね、アルルゥが……」
ここにくると心が休まる。
おばあちゃんと他愛もない会話をして他愛もないことで笑ったりして。
おばあちゃんはもういない……いないけど常世から見守ってくれている気がする。
「あ、もうこんな時間!アルルゥにご飯作ってあげないと……。
それじゃあ、おばあちゃん。また来るね」
振り返って駆け出そうとした時、ふと声が聞こえた気がした。
その中に含まれた単語にピタっと足が止まってしまう。
「……うん、そうだよね。きっと、きっと帰ってくるよね」
胸をギュッと掴む。
そこにあるのはたった一つの大事な―――仮面。
サァッと暖かな風が吹き抜けた。
…………ド………ドド………
………?
「……気のせいかな。なんだか地面が揺れてるような」
…ズ……ドド……ドドド……
む〜?なんだか遠くのほうで土煙があがっているような。
…ズドドドドドドドドッ……
段々こっちに向かって来ているような、それに―――白い塊。
「……ムックル!?」
ズドドドドドドドドドドッ!!
真っ白な体毛を持つムティカパがもの凄い勢いで走ってくる。
「え?なに?なに?」
おろおろと左右を見渡す間にもどんどん距離は近づいて……。
衝突―――寸前で盛大な土煙をあげながらスライディングストップ。


143 :帰らざるもの 2/10 :04/07/22 15:38 ID:tt+RjP65
ズザザザーと綺麗な音を立てて止まったムックル。
辺り一面もうもうと立ち込める土煙。
「う〜、ゴホっ……ゴホッ」
涙目になりながら手で口を覆う。
もう一度ふいた暖かな風に土煙は流されて―――。
「こらっ!アルルゥ!」
やっぱり予想通りの影がムックルの背に乗っていた。
尻尾をパタパタ振りながら、けれど不機嫌そうな顔でこちらを見ているアルルゥ。
肩にのったガチャタラが『キュッ?』と小さく首を傾げる。
「危ないでしょ!ムックルを暴れさせちゃ駄目だってあれほど……」
怒られたムックルが『キュフ〜…』と小さくなる。
そんなムックルを小さく撫でながらアルルゥが一言。
「…………ごはん」
「だから―――え、ごはん?」
面食らったエルルゥ―――が先程の目的は思い出したらしい。
「あ、ごめんアルルゥ!すぐに仕度するからね。」
慌てて家のほうに駆け出そうとしたエルルゥ。
「…………エルンガー、ごはん」
聞こえた声にピタリが止まる。
さすがは獣の主か、命の危険を感じ後ずさり始める。
「アルルゥ……?」
ニコニコ笑っている顔とは対照的に声は絞り出すよな―――。
ビクッ!!
ガチャタラ、アルルゥの胸元へ緊急避難。
ムックル、力の限り全力疾走。
アルルゥ、ムックルにしがみつきながら寝たフリ。
「こらぁーーー!!待ちなさい!!」
この村では毎度毎度お馴染みになった光景が繰り広げられる。
「ああ、今日もいい天気ですなぁ」「そうですなぁ」「元気ハツラツ」
村人は一人として我関せずを決め込むのである。


144 :帰らざるもの 3/10 :04/07/22 15:38 ID:tt+RjP65

「ハクオロさん……」
夜、柔らかな月光の下で小さな溜息。
ぐりぐりと指先でいじるのは大事な仮面。
今はもう眠りについてしまった大事な人の事を想う……。
ヤマユラの村はすっかり元通りになりました。
けど、ここまでするの結構大変だったんですよ?
崩れた家の片付けをしなくちゃいけないですし、人もいませんでしたから。
それでも一生懸命頑張ってやっと元通り……おばあちゃんの愛したヤマユラに。
おばあちゃんの後を継ぐ形になるのかな?村長にもなりました。
本当は、わたしなんかに無理だなーとは思ったけどなんとか頑張ってます。
住む人は変わっちゃったけど広がる自然やこの風景はちっとも変わっていません。
毎日アルルゥやムックルを追いかけまわしたり、薬草を取りにいったり……。
あの頃と何も変わってない。

けれど時々、時々想ってしまいます―――あなたがいない、と。
本当はあの時お別れするのは嫌でした。
無理言ってでも……わがまま言ってでもあなたを引き止めたかった。
でも、そんなこと出来るはずもなくて……
あなたを……あなたを本当に想っていたから
多くの罪を背負ってきて、苦しんでいたハクオロさん。
もう、これ以上苦しまないように眠らせてあげてもいいんじゃないか……。
そう思って、あの時あなたの手を手放したのに―――。
やっぱりわたしは駄目みたいです。
ハクオロさんがいなくなった後心に大きな穴ができちゃいました。
痛くて、苦しくて、切なくて……けれど愛おしかった。
こんなにも心を占めて―――そして唐突に消えてしまったあなたがちょっぴち恨めしいです。
でも、きっとハクオロさんがいれば「それは契約のせい……」と悲しそうに笑うんでしょうね。


145 :帰らざるもの 4/10 :04/07/22 15:40 ID:tt+RjP65
確かに、ハクオロさんを想う気持ちは偽りかもしれません。
けど、それでもいいんです。
あなたのことが……あなたのことが好きだから。
契約を一方的に破棄された後もあなたのことが好きだから。
偽りであろうとなかろうとわたしは―――ハクオロさんと一緒にいたかった。
「なのに……なのにどうしてっ」
不意に目の前が霞んで大事な仮面がぼやけて見える。
頬を伝う暖かな雫が一滴零れ落ちた。


「あれ、確かここは……」
気付けば蔦の生い茂る森の奥に立っていた。
夜の森、けどいつもは煩いほどの虫の音や木々のざわめきが全く聞こえない。
まるで森自体が気配を押し殺しているように……。
けれど、エルルゥが気にしたのはそんなことではなく―――。
「ここって確か……ハクオロ…さんに会った場所?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
暗くてよく見えないが確かにここはあの場所。
アルルゥが死に掛けて……、そしてわたしがハクオロさんに全てを捧げた場所。
どうしてここに……。
疑問が浮かぶ、が不意に何かの気配を感じて顔を上げた。
暗闇の中でゆっくりと浮かび上がる影。
そこにあったのは―――白と青の巨体、ウィツァルネミテア。
「え?」
驚きで目を丸くする。
どうして?何故?どうやって?あなたは?
何か言わなければいけない、と思うのだが声が出ない。
そんなエルルゥを見下ろしながら巨体が喋る。
『汝ノ願イハ何ダ』
竜の顎、居並ぶ鋭い牙の奥で低く、重い声が響いた。


146 :帰らざるもの 5/10 :04/07/22 15:41 ID:tt+RjP65
「え?」
一瞬だけ思考が止まる。
願い……?
『汝ノ願イハ何ナノダ、小サキ者ヨ』
何も喋らないエルルゥに焦れる事無くウィツァルネミテアが言葉を続ける。
『願イガアルカラ汝ハココニイル、願イガアルカラ我ハココニイル』
重々しくゆっくりとした喋り……けれどどこかに優しさを含む。
ハクオロ……さん?
ズキンと胸の奥が痛む。
聞いてはいけない、聞いてはいけないと思うが想いは止まらない。
「ハクオロさん……なんですか?」
震える声を必死で絞り出し期待を込めた眼差しで問いかける。
けれど―――。
『ハクオロ……?我ハウィツァルネミテア』
心のどこかで違うと思っていたのかショックは少なかった。
でも、やはり頬を流れる雫を止めることは出来ない。
噛み合わせの違った歯車がギリギリと不協和音を奏でる。
俯き黙ってしまったエルルゥ。
けれどウィツァルネミテアは言葉を続ける。
『小サキ者ヨ、願イガナイノナラバ我ハ行クゾ』
その言葉に弾かれたように顔を跳ね上げるエルルゥ。
行ってしまう……ハクオロさんとの最後の繋がりが行ってしまう。
また、あなたを手放すなんて―――イヤ。
「ま……待ってください!!」
既に後姿を見せて立ち去ろうとしていた巨体が動きを止める。
「ハクオロさん……ハクオロさんを返してください!」
悲痛な叫び、本心からの精一杯の呼び声。
しかし、ウィツァルネミテアは動かない。
沈黙だけが場を支配する。



147 :帰らざるもの 6/10 :04/07/22 15:41 ID:tt+RjP65
が、ゆっくりとウィツァルネミテアが頷く。
半分だけ振り向くと―――
『汝ノ願イ確カニ承ッタ』
その特徴的な重々しい声で呟くとそのまま歩き去ろうとする。
焦ったのはエルルゥだ。
「ま……待ってください!」
木立に消えて行くウィツァルネミテアを慌てて呼び止める。
寸での所でその巨体がピタリと動きを停止する。
『何ダ』
重々しい声。
その声に押されないようにゆっくりと深呼吸する。
「あの……契約……代償は?」
声が震えているのが自分でも分かる。
契約は双方何かしらの代償が必要となる。
しかし、ウィツァルネミテアはその代償を聞かずに去っていこうとする。
言わなければ良かったとも思うがそれではハクオロさんが帰ってこない気がするのだ。
どんな代償でも受け入れるつもりだった。
ハクオロさんが帰ってくるのなら―――。
けれどウィツァルネミテの反応は予想外のものだった。
何も言わずにまた歩みを再会したのだ。
「え?あの!ちょっと!」
叫ぶ、けれどウィツァルネミテは歩みを止めない。
しかし、森の暗闇に消えていこうとする瞬間に確かに呟いた。
『代償ならばもう貰っている』
それは懐かしいあの人の……優しい声。
反射的に足が走り出していた。
「ハクオロさんっ!!」
走る、走る、走る。
だが、どんなに走ってもその巨体に追いつけずどんどん離されていく。
「やだ……やだ!ハクオロさん!!」


148 :帰らざるもの 7/10 :04/07/22 15:43 ID:tt+RjP65
靴が脱げ裸足になり…葉が足を傷付けても走った。
折角会えたのに……折角帰ってきてくれたのに!
木の根に躓き、大地に叩きつけられた。
「あうっ」
打ち付けた体の節々が悲鳴をあげる。
けれど、一時でも見失いたくなくて……。
涙で濡れた顔をあげればそこにもうウィツァルネミテの姿はなかった。

「ハクオロさんっ!!」
ガバッ!と跳ね起きる。
はぁはぁと荒い息をつき辺りを見回せば―――自分の部屋だった。
チュンチュンと小鳥が囀り明かり取りの窓からは陽光が差し込む。
「夢……?」
慌てて足を見てみる、けれど怪我などない。
ちょっと気だるい感じを除けばいつもと同じ体調。
「夢……本当に夢……だったんだ」
少しだけ視線を巡らせば机の上に無造作に置かれた仮面。
手を伸ばして手に取ると確かな重みが返ってくる。
「そっか……夢、だよね。そうだよ……ね…っ」
また、視界が歪む。
緩やかに頬を流れた雫が仮面の上にポツリと落ちる。
一粒、また一粒と仮面を濡らしていく。
押さえられない、押さえられるはずもない。
ただ悲しくて、嬉しくて、やっぱり悲しくて……。
「ハクオロさん……」
ギュッと仮面を抱きしめ久しぶりに涙が枯れるまで泣いた。

「おはよう、おばあちゃん」
今日も今日とて日課。
薬草取りのついでに取ってきた花を添える。


149 :帰らざるもの 8/10 :04/07/22 15:44 ID:tt+RjP65
エルルゥとアルルゥ、姉妹の名前と同じ花。
「うん、アルルゥも大丈夫。今日はね……」
また他愛もない話。
けれどあの夢のことは話さない。
話せばそれだけ辛くなるから―――また泣いちゃいそうだから。
「ん、じゃあ、おばあちゃん。また明日」
墓前を離れて空を見上げれば快晴、快晴。
今日は洗濯日和かな?
「〜♪〜〜♪〜♪」
鼻歌交じりに家に向かう途中に、村の人たちが話しかけてくる。
「あら、エルルゥ様。今日はご機嫌ですね?」
「何かいいことありました?」「元気ハツラツ」
「良かったらこれどうぞ」「この前はありがとう御座いました」
あはは、何でもないですと笑って誤魔化しながら歩いていく。
そんなこんなでようやく家についたと思ったら―――
「………すー……すー」
アルルゥが居間でお昼寝中。
ガチャタラもムックルも寄り添うように眠っている。
「まったく、アルルゥ。こんなところで寝たら風邪引くよ?」
ゆさゆさと揺すってみるが起きる気配なし。
小さく溜息をつくと上から毛布を持ってきてそっと掛けてあげる。
もぞもぞと潜り込むアルルゥ。
何か安心した顔つきになり―――
「………すー……おとう……さん」
少しだけ胸に痛みがはしる。
ゆっくりと息を吐いてトゲのような痛みを抜く。
「ふぅ……ハクオロさん、早く帰ってこないと嫌いになっちゃいますよ」
小さく胸の中のモノを握り締める。
「あ、お洗濯しなくちゃ……」

150 :帰らざるもの 9/10 :04/07/22 15:45 ID:tt+RjP65
慌てて洗濯をし始めるも考えるのは……。
「いけないいけない。」
小さく頭を振って考えを追い払う。
ひたすら、じゃぶじゃぶごしごし……。
そのせいか早く終わって、次は洗濯物干し。
「〜♪〜〜♪〜〜〜♪」
てきぱきと干していく。
と、カランと足元に何か落ちる。
少しだけ声をあげそうになってしまった。
仮面……唯一あなたとわたしを繋いでくれるもの。
それが地面に寂しく転がっていた。
「どう……して?」
そっと拾い上げてみる。
陽光に当てられたせいか人肌の温もりを持った仮面。
それは今の今までつけられていたようで……。
また視界が霞んだ。
けれど、頬を流れそうになる涙を必死で堪えた。
「だめだめ、わたし村長ですから…」
村長になった時に誓った、涙は見せないって……。
泣くなら一人の時に。
村長が泣けばそれだけ皆に心配を与えるから。
でも、それでも―――
「だから、うっ……く……だめ…」
涙を押しとどめるたびに悲しみが胸に突き刺さる。
心が潰されそうで―――
「エルルゥ、無理をしなくていい」
不意に聞こえたその声に心臓が止まりそうになる。
「一人で何でも抱え込もうとするな。」
懐かしくて、切なくて、優しい声。
「楽しいときには笑い、辛いときには泣く。それが人だろう」


151 :帰らざるもの 10/10 :04/07/22 15:46 ID:tt+RjP65
それは、ずっと待ち焦がれていた、待ちわびていた声。
「だから……もう我慢する必要はない」
我慢しきれず振り向けばそこにいるのは―――

「ただいま、エルルゥ」

村長になったときに人前で泣かないと決めた。
けれど……今だけは今だけは泣いてもいいよね?
大好きな人を抱きしめて、大好きな人の胸に身を預けて。

「おかえりなさい、ハクオロさん……」
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