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恋占いの女神様

155 :恋占いの女神様 1/7 :04/07/23 23:22 ID:Wxxo1ptZ
「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き……」
 ぷちり、ぷちりと花びらが散る。
 花の名前は車輪花。占い花とも呼ばれるこの花は、ほぼ同数の確率で十七枚、もしくは
十八枚の花びらをつける。
「嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き……」
 だからこそ、と言うわけではないのだろうが、昔から恋占いによくこの車輪花が使われ
る。いわゆる花占いだ。好きな人の姿を思い浮かべ、「好き」、「嫌い」と交互に数えな
がら花びらをちぎる。最後の一枚が「好き」であればその恋は成就し、「嫌い」で終われ
ば実らないとされる。
「嫌い、好き、嫌い……」
 十六枚目を「嫌い」でちぎって、ひくりと手が止まった。残る花びらは二枚。どうカウ
ントしても、最後は「嫌い」で終わる。
「す……好き」
 震えるたおやかな指先が、十七枚を引く。途中から切れてくれないかな、とか後ろにも
う一枚隠れてないかな、とかそういう期待を裏切って、花びらは根元から、ぷちりと取れた。
「……き、き、き…………」
「姉さん、いいかげんやめようよ」
「なによこれ! ちっとも当たらないじゃないの!!」
 花卉を根元から引きちぎり、リュミスは吼えた。まさに火でも吹き出しかねない勢いだ。
「ね、姉さん。そもそも当たるとか当たらないとかって問題じゃ……」
「なんでよ! 確率二分の一なのに、なんで一回も上手くいかないのよ! ああもう! 
腹立つわね!!」
 ばつん、と物凄い勢いで花卉を地面に叩きつける。とんでもない勢いだ。爆風じみた一
撃の煽りを受けて、すでに引きちぎられた花びらが舞い上がった。うずたかく積まれた花
びらの山は、すでに千や万の数ではない。吹き上げるその様は、まるで花びらの竜巻だ。
「毎年毎年毎年毎年! 山丸裸にするまでやってんのに、どうして一回も当たりが出ない
わけ!? ちょっと責任者出しなさいよ!」
「せ、責任者って……」
 ぶちり、とどさくさまぎれにさっきの花卉を踏み潰す。これで占いは反故にしたつもりだ。

156 :恋占いの女神様 2/7 :04/07/23 23:23 ID:Wxxo1ptZ
「まったく。次、駄目だったら承知しないわよ。マイト」
 どっかと地面にあぐらをかいて、ふたたび車輪花を一輪引きちぎる。目に浮かぶのは怒
りと焦りと……それに、彼女らしからぬ恐怖の心。一息ついて、勇気を振り絞り、最初の
一輪を摘んだ。
「き、嫌い……」
「姉さん、それ十七枚だよ」
「うっさいわね! アンタは黙ってなさい!!」
 口うるさい弟に一喝加え、リュミスはふたたび花を叩きつける。邪魔が入ったからやり
直し。と、自分を納得させて、リュミスは新たに花を取る。
「えっと。今度は、好き……」
「いちいち毎回変えたりしないで、全部「好き」から始めればいいのに」
 十七枚になる確立が二分の一ならば、手当たり次第に「好き」から始めれば、いつかは
必ず「好き」で終わる。そのはずだ。だが、答えたリュミスの顔は、やはり烈火の如く怒
っていた。
「そんなのとっくの五百年前にやったわよ! やったら、千年だったか一万年に一度の異
常気象とかで、山中全部十八枚の花しかなかったのよ! 悪い!?」
 思わずマイトは天を仰ぐ。ここまで来ると、運命の神が彼女を目の敵にしてるとしか思
えない。そして間違いなく、それが誰か分かった瞬間、この姉は天界全土を焦土に変える。
なにしろ彼女は、竜族史上においても最強にして最凶にして最狂の存在なのだ。
「っていうかさ、ほら。占いなんて意味ないじゃないか。ブラッドだって、巣づくり頑張
ってるじゃないか。この間行ったけど、あんなに感じのいい巣は滅多に見ない……」
「あれは、私が強制したからじゃない! それにあの竜殺しの小娘と毎日毎日毎日毎日イ
チャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ!!」
 キィィィィィ! と超音波じみた声で叫び出す。
 傍若無人、極悪非道、最強無敵。様々な悪名高名を欲しいままにするリュミスも、惚れ
た男の前では普通の娘と変わらない。
 惚れた男はブラッド・ライン。マイトやリュミスのような純血種に比べると、はるかに
見劣りするような雑種の竜だ。特に美形と言う訳ではない。素晴らしい人徳を備えている
わけでもない。何かを為しうる可能性に満ちているわけでもない。その男に、リュミスほ
どの女がどうしてここまで惚れたのか、マイトどころかリュミス自身も分からない。

157 :恋占いの女神様 3/7 :04/07/23 23:24 ID:Wxxo1ptZ
 前に一度、マイトは訊いたことがある。
「ブラッドのどこに惚れたのさ?」
「全部」
 即答だった。
「恋って言うのはそういうものなのよ」
 そう頬を赤らめる姉の顔は、弟ながら嫉妬するほど綺麗だった。
「……竜殺し。なんであんなの飼ってるのよブラッド。そんなに私が怖いわけ?」
 リュミスがぼそりと呟く。泣きそうな声だった。
 ブラッドの元には、召使という名目で獣人の血が混じった竜殺しがいる。丁度、リュミ
スが「立派な巣を作りなさい。出来なきゃ死なす」と脅した直後から。
 竜殺しが怖いわけではない。彼女の炎は神すら焼き尽くす。たとえ竜族の天敵であろう
とも、定命の者でそれに耐え切る事は不可能だ。猛禽が蛇の天敵であろうとも、同体重以
上の大蛇に対しては手も足も出ないのと同じで、リュミスほどの規格外ともなれば、竜殺
しは決して勝てない天敵ではない。
 ただ怖いのは、そんなものを手元に置いているブラッドの意図だ。
 もしもそれが、リュミスへの害意によるものだったら。それほどまでに、彼女が嫌われ
ているならば……
(そんなの……悲しすぎる)
「……姉さん」
 唇を噛んで、リュミスは空を見上げた。涙がこぼれそうだったから。最強最凶の竜の女
王に、涙なんかは似合わないから。

158 :恋占いの女神様 4/7 :04/07/23 23:25 ID:Wxxo1ptZ
「あー。女の子泣かしてる〜! いけないんだ〜!」
 その沈黙を、愛らしい声が破った。
「誰!?」
 厳しく響くリュミスの声。見れば、山一面に広がる車輪花の花畑に見慣れぬ人影が立っ
ていた。
「えへへ」
 子供だった。近所の村娘だろう。簡素なつくりの木綿の服に、宝物のように真っ赤なリ
ボンをつけている。くりくりとした愛らしい顔を微笑みで輝かせ、娘はリュミスの元へと
駆けて来る。
「ねえ、お姉ちゃんが女神様なの?」
「……なによそれ?」
 いきなりの質問に、リュミスは眼を丸くする。
「お姉ちゃん知らないの? 恋占いの女神様」
 何が嬉しいのか、少女はケラケラと笑う。
「この山はね、ずうっと、ずうっと、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと前から毎年春になる
と女神様が降りてくるの。黄金の髪に紅玉の瞳。白雪の肌に真っ赤な唇。それはそれはう
つくしい女神様なのよ」
 唄うように少女は言った。
「それでね、女神様は車輪花を手に取って占いを始めるの。最初はお姫様のため。
『あの可愛いお姫様がお婆ちゃんになる前に、素敵な王子様と恋させよう』
「それが終わったら、次は国一番の美女のため。
『あの美しい娘に相応しい、美しい男と出逢わせよう』
「それから次は、平凡な街の娘のために。
『あの喋り好きの娘のために、話を良く聞く恋人をあげよう』
「それからそれから、村に住む働き者の娘のために。
『よく働く関心な娘には、立派な旦那様を探してあげよう』
「この世界にいる女の子、みんなの恋を占って、素敵な恋を探してくれる。とっても素敵
な女神様なの」
 えへんと少女は胸を張る。
「知らないわね、そんなの」

159 :恋占いの女神様 5/7 :04/07/23 23:26 ID:Wxxo1ptZ
 そんな女を見たのなら、頭から食ってやるとリュミスは口をへの字に曲げる。ここまで
占いに当たりが来ないのも、多分絶対その女のせいだ。
「それでね、世界中の女の子の恋を占い終わると、女神様を迎えに竜が来るの」
「……竜が?」
「そう、竜。金色の、とってもおっきい、とっても綺麗な竜が、女神様を乗せてぶわって
羽ばたくの。そうするとね、世界中の女の子のために占った車輪花の花びらが吹雪みたい
に舞い上がるの。すっごく綺麗な光景なんだから」
「……それって……」
 うめくようにリュミスが呟く。
 山一面の車輪花を占いに費やす女。女を迎えるという金色の巨竜。意味するところは一
つだけだ。
「それでね、その花びらの吹雪の中でお願いすれば、どんな恋だって叶うんだよ!」
「それはウソよ」
 即答。
「ウソじゃないもん!」
「ウソよ。絶対ウソ」
「ホントにホント! 絶対ホント!」
「ウソウソウソウソウソ! 絶対にウソ!」
「ホントだもん! お母さんもお姉ちゃんも、おばちゃんも、お母さんのお母さんも、お
母さんのお母さんのお母さんも、みんなみんなお願いしたもん! みんな幸せになったも
ん!」
「じゃあ、私は……」

160 :恋占いの女神様 6/7 :04/07/23 23:27 ID:Wxxo1ptZ
 ごぅ、と吹き鳴る風がリュミスの声をかき消した。
 空を翼が覆っていた。金色の巨大な翼。春の陽光を反射して鱗がきらきらと輝く。積層
した占いの花びらが、羽ばたく翼の風に嵐のように舞い上がる。
「……竜、だー」
 それは、黄金と言うには血が混じり過ぎていた。巨大と言うには少々小柄で貧相だ。ど
こにでもいるような、雑種の竜。
「……ブラッド……」
 でも、リュミスにとっては誰よりも待ち望んだ竜だった。嵐のような風を巻きながら、
竜はリュミスの前にふわりと降り立つ。
「リュミス。その、えっと……」
 竜の姿そのままに、ブラッド・ラインは彼女に囁く。照れているような、怯えているよ
うな声色。風に舞い、ひらりひらりと視界一面を覆う花びらの吹雪。
『その花びらの吹雪の中でお願いすれば、どんな恋だって叶うんだよ!』
 ごくりと、リュミスは喉を鳴らす。喉がカラカラに乾く。全身が震える。締め付けられ
るような胸の奥で、彼女はただ、祈っていた。
「リュミス。準備が、できた」
 まだ、何の準備か分からない。喜びよりも不安と恐怖の方が、ずっと大きい。
「俺の巣を見て欲しい」
 巣を見て、それで……
「俺と、結婚、してくれ」
 花びらはまだ散っていた。
 春の陽光を遮るような花びらの竜巻。どんな恋でも叶うと言う、女神が起こす魔法の嵐。
 不意に、リュミスの瞳から涙がこぼれた。
「リュ、リュミス!? どーしたんだ!?」
「何よ、眼にゴミが入っただけよ。それで求婚に来たわけね。よくもまあ待たせてくれた
わね。さぞかし立派な巣が出来たんでしょうね? 私の眼に叶うか楽しみだわ」
 涙眼で微笑んだ。答えなんてもう、ずっと前から決まっていた。
「行きましょう。乗せていってくれるわよね?」
 ブラッドの答えを待たず、その肩に飛び乗った。もう、二度と離さないと太い首を両手
でしっかりと抱きしめる。

161 :恋占いの女神様 7/7 :04/07/23 23:31 ID:Wxxo1ptZ
「そこの娘、運が良かったわね。花吹雪が見れて」
 これが最後の花吹雪だから、そうリュミスが振り返る。しかし、少女の姿はもう、どこ
にも無くなっていた。
「……? マイト、あの娘どこ行ったの?」
「娘? 娘って、誰?」
 マイトは首を傾げた。現れた村娘の存在など、最初から知らないと言った風に。
「ははん、なるほどね」
「何がなるほどなんだ?」
「別に。女の子の秘密よ」
「……女の子って歳でも――あうぎゃqwせdrftgyふじこlp。ごめんなさいごめ
んなさいごめんさない」
 生意気をぬかす年下の旦那に、軽く睨みを効かせてやって、リュミスは優しく微笑んだ

「今回だけは許してあげるわ。だけど、次舐めた真似したら許さないわよ?」
 晴れ晴れとした彼女の声は、遠く遠く、空の彼方まで響いて消えた。

                                           〜 HAPPY END 〜
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