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やっぱ一奈は先生が殺らないと

「まぁいいか。それじゃ---------死、ねぇっ!」
一奈の手から炎のツララが投擲された。
巨大な質量と凶悪な破壊力を秘めたソレは真っ直ぐに九鬼耀鋼の顔面へと吸い込まれていき・・・

グシャリ

九鬼の頭部が消滅した。
「アッハハハハハハ!終わり終わり、終わっちゃたねー、くきよーこー!!」
一奈は笑う。
先ほどまで自分を殺すと言っていた人間が、自分を息子の仇だと言っていた人間が、復讐のためだけに生きてきたと言った人間が、結局自分に傷一つつけることができずに力尽きたのだ。
これ以上の喜劇が存在するだろうか、と。
「フ、フフフフフフ・・・。全く本当に見かけ倒しだったわね!何が、殺すぞ、よ。殺されてるのはアンタじゃない。キャハハハハッ!!!」
笑う、笑う、笑う。
手が鉄板に溶接されているせいで、頭の無い九鬼の体は力なくそのまま機体にぶらさがっている。
それが余計におかしかった。
おかしくておかしくて涙が出そうだった。
笑うことに夢中すぎて、一奈はソレに気付かなかった。
鉄板に溶接された九鬼の手、そこにわずかな力が込められていたことに。
「キャハハハハ、・・・ぇ?」
笑いながら振り返り、その場を離れようとする。
その時、ベリッ、と溶けた穴から耳障りな音が響いた。
反射的に視線を下げた一奈は信じられないものをみたかのように凍りついた。
ベリ、ベリ、ベリ。
既に動かないはずの九鬼耀鋼の手が鉄板からはがされ始めているのだ。

そして・・・。
手は完全に鉄板からはがされ、頭の無い九鬼耀鋼の体が自らの力で機体の上に這い上がってきた。
「何よ・・・アンタ、人じゃなかったんだ?」
当初の衝撃からはすぐに立ち直り、心底おもしろそうに一奈が言う。
床に降り立った九鬼の体は、その手を頭部に持っていくと、自分の頭が無いことを確認する。
その体が震えたかと思うと、消失した部位からは肉が盛り上がり、骨が形成され、九鬼耀鋼は正に一瞬で再生していた。
「・・・そのようだ。なにぶんここ数年間は自分が人だろうと妖だろうが、そんなことはどうでもよくてな。成り行きに任せた結果とでも言おうか。」
「ふ〜ん、まあいいや。考えようによってはコレって結構面白いことよね。なんたって・・・何度でも殺せるんだから!!」
吼えて一奈が炎のツララを放つ。
しかし、次に一奈の顔に張り付いたのは驚愕だった。
九鬼は放たれたツララをかわそうともしなかったのだ。
ジュウジュウと、肉の焦げる音が聞こえる。
体を貫いたツララは決して溶けず、そのまま九鬼の体を炎で侵食しつづけている。
本来ならば激痛が襲うどころか即死してもおかしくない傷である。
にもかかわらず、九鬼耀鋼は笑っていた。
「ハ、ハハハッ!いいぞ一奈!!その殺意、どんな状況であろうと自分の勝利を確信し続けるその自信!!やはり復讐の相手はこうでなくてはいけない!!こうでなくてはオレが報われない!!」
体にツララを突き刺したまま九鬼耀鋼が前進する。
「さぁ、一奈・・・。もっと殺しあおうじゃないか!」
右手でツララをつかんで引き抜く。
右手は炎に侵されることもなく、そのままツララを投げ捨てる。
「行くぞ!!」
九鬼が鉄板を蹴った。
一奈はツララを形成しようとして、停止。
妖となって向上したのは身体能力だけではない。
瞬時に自分のツララを形成してから発射までの一連の動作が完了するよりも相手の間合いへの接触のほうが早いことを計算。
有効な対抗手段として近接戦闘を選択。
炎を纏った貫手を放つ。
「ハッ!!」
しかし相手は人間の身であったころからその身一つで妖を打ち倒してきた魔人である。
力任せに放たれた技など物の数には入らぬといわんばかりに、抜き手は容易に捌かれ、体勢を立て直すまもなく顎を狙った一撃が繰り出される。

とっさに首を後ろにそらすことで回避。
そのまま後ろへ思い切り跳躍する。
追撃。
九鬼耀鋼の動きは速かった。
一奈の足が地面に触れると同時に九鬼の右足が振るわれる。
回避は不可能、一奈はとっさに腕を交差させることでの防御を試みた。
まるで丸太で殴られたかのような衝撃が一奈を襲い、体は背中から壁に叩きつけられた。
「く、カハッ・・・!?」
衝撃で肺の中の空気が搾り出された。
目の前が一瞬真っ暗になる。
視界が戻ると同時に目の前からせまる巨大な圧力を確認。
体をひねり、そのまま壁を離れる。
寸前までいた場所には九鬼の掌が打ち込まれていた。
接近戦では分が悪いと判断した一奈は、距離をとって自らの間合いでの戦いに持ち込もうとする。
が、九鬼がそれを許さない。
もとより狭い機内での戦いである。
距離をとろうにも少し下がればすぐに壁に背をつけることになる。
「チィ!?」
いまさらながらに自分にとっての戦闘条件の不利を悟った一奈であったが、もう遅い。
間合いはとれず、苦し紛れに放つ攻撃は全て捌かれ、蛇のような一撃は致命傷にならないようにするのが精一杯だった。
妖となって爆発的に向上した身体能力と体力であっても、それは無限ではない。
九鬼の一撃が触れるたびに、その限界は近づいていた。
「ッ!?何よ、アンタ!しつこい男は嫌われるんだから!!女の子にはやさしくしなさいよ!!」
苦し紛れに一奈が叫ぶ。
九鬼耀鋼は唇を歪ませそれに答える。

何度目になるかわからない苦し紛れの攻撃。
それが九鬼のこめかみを掠めた。
衝撃が脳に伝わったのか、一瞬九鬼の動きが鈍る。
そこで一奈は距離をおくことを選択するべきだった。
しかし彼女は追撃を選択した。
思い出さなくてはいけなかった。
九鬼耀鋼は近接戦闘においては一奈の数段上に存在することを。
疑問を抱くべきだった。
今まで触れることすらできなかったはずなのにという問題に。
気付かなくてはいけなかった。
体勢を崩したはずの九鬼耀鋼の瞳に宿る獰猛な光に。
「アハッ!も〜らい!!」
そして一奈は無邪気に笑い
「阿呆が・・・。」
九鬼の双掌に腹部に食い破られた。
「九鬼流絶招 肆式名山 内の壱 焔螺子。」
両の掌から伝えられた衝撃は一奈の内部に響き渡り、その全体をすさまじい破壊で蹂躙した。
「ガハッ!?あ・・・グエェ・・・!!」
腹部を押さえその場に崩れ落ちる一奈。
目からは涙が、鼻からは鼻水、口からは血と涎がとめどもなく零れ落ちている。
そんな状態の一奈に上から声がかけられる。
かろうじて顔を上げた一奈の目に入ったのは九鬼耀鋼の顔。
そこに浮かんでいる表情は、この世のものとは思えないほどに歪んだ喜びだった。
一奈は初めてこの男を怖いと思った。
「さて、一奈。決めたのか?」
九鬼耀鋼はそういった。
しかし一奈はそれが何に対する決定を指しているのかわからなかった。
時折嗚咽をもらしながらも沈黙していると、再び声がかけられる。
「決めたのか、と聞いたんだ。最初に選択肢は示してやっただろう?」
そこで一奈は体に電流が流れたかのよう体を硬直させた。
最初、この男はなんと言っていたのか。

思い出したくない記憶を無理に探ろうとしたとたん、九鬼耀鋼が動く。
最初に投げ捨てたカンフュールを拾い上げた。
機内のとっかかりにひっかかっていたおかげで飛ばされずにすんだようだ。
「決めていないなら今決めろ。決められないなら一つずつ試してやる。」
そしておもむろに、一奈の太ももにその先端を突き刺した。
「ギッ、ア、アアアアァァーーー!!?」
機内に絶叫が響いた。
九鬼はそんなことは全く意に介せずに、突き刺したカンフュールに体重をかける。
ズブズブと先端が一奈の足に埋もれていく。
「ヒグッ!痛いいたいイタイイタイ痛い!!」
「これが刺殺だ。次は・・・。」
目の前で苦しむ一奈に九鬼はゾっとするほど穏やかな声でつぶやき、その喉に手を伸ばす。
「絞殺だな。」
グシャリ、と一奈の喉が握りつぶされた。
「カッ!?・・・ッ・・・ッ!!」
喉を潰された一奈は叫び声すらあげることができなくなった。
ビクビクと痙攣する一奈に対し、九鬼の破壊は続いていた。
「その次はなんだったかな・・・あぁ・・・。」
今度は一奈の背中から異音が響く。
上から思い切り拳を叩きつけられたのだ。
ハンマーのような拳は筋肉を断裂させ、肩甲骨を叩き割った。
「撲殺だったな。」
連続する激痛に、もはや一奈は明確な意識を保てなくなっていた。
目は白目をむき、口は何かを求めるようにパクパクと開閉を繰り返している。
「さぁ、選べ一奈。選択肢はまだまだあるぞ・・・!」
それでも九鬼耀鋼は止まらない。
裂き、潰し、抉り、毟り、砕き、貫き、千切り、穿ち、そしてまた・・・。
ありとあらゆる破壊が一奈の体に行使された。
九鬼耀鋼がその動きを止めたとき、もはや一奈の体はところどころが骨と筋と腱と皮でつながれた肉の塊と化していた。

「・・・?」
それを掴み、目の前まで持ち上げると九鬼は信じられない、といった顔をした。
「なんだ・・・一奈。もう終わってしまうのか!?」
床に叩きつける。
「おい!こんなに簡単に死ぬんじゃない!ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!!お前はまだ死んではいけないんだよ!もっとオレを痛めつけなきゃいけないんだよ!オレに血を流させなきゃいけないんだよ!!」
叩き付けた肉塊を足で何度も踏みつける。
「お前は強くなくちゃいけないんだよ!そうじゃないとオレはなんのために生きてきたんだ!?これじゃあ、あんまりじゃないか!この程度の結果を認められるわけがないじゃないか!」

九鬼耀鋼は狂っていた。

機内の隅で一部始終を見届けていたすずは震えが止まらなかった。
人とは・・・これほどまでに壊れるものなのだろうか、と。
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