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基本的に他人の日記は読んではいけません。
やや焦り気味の足を押さえながら、一乃谷双七は家路を歩んでいた。
日は傾きつつはあるが、まだ暮れるまでには時間がある。たぶん今日も叔母がわりのす
ずと刀子と一緒に愁厳は遊んでいるのだろう。それには付き合えるかもしれない。
いまいちすずは愁厳にたいして甘くなり勝ちだ。それを抑えるためにも自分がついてや
らねばならないと思う。
だがそのための一貫として愁厳にすずおばさまと呼ばせたら、すずはショックで耳と尻
尾を出してしまった。そのくせ、刀子とすずは共同で自分をボコってきた。
ボコられながら、双七は
「しかたがない、じょじょに愁厳をしつけるしかないか」
と、改めて思った。
しかしながらそういったことに双七は、ここ最近、なかなか付き合えないでいた。神沢
市動乱の後、市内と市外の規制がいささか緩和されたとはいえ、それにまつわる妖達が海
外レベルでの交流がさかんになり、それらの事務処理にたいし八咫鴉にこき使われること
が多くなっていた。妻の刀子は神社の事務や寮の経営で忙しく、どうしても婿である双七
がその他の雑務に従事せざるえない。
休日にもかかわらず八咫鴉邸に呼び出されたのも、新しく海外からくる留学生とその世
話に寮が使われることになることの通知とその打ち合わせに費やされた。
どうやらロシアからの組織解体後の子供達が、そろそろ高校に進学しつつあるのでその
受け入れ先として、神沢学園に選ばれたらしい。前もってチェックはしておいたがある程
度、様子を見て欲しいとのことである。
もっとも肝心要の神沢学園側の代表である虎太郎は、金領学園代表でもある自分のもう
一人の師匠と麻雀を打ちにいったようで、もう一人の姉である薫がこめかみを抑えながら、
タバコをくわえながら会議中に報告してきた。だからこそ今日は早く事務を終えることが
できたのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、自宅である一乃谷神社にたどりついた。
「ただいま!!」
引き戸をあける。愁厳とすずの靴はない。
タイミングが悪かったか。残念に思う反面、不振に思う。
いつもなら刀子がよく通った声で、
「おかえりなさい。あなた」
と返事をするはずである。
靴を確かめる。たしかに刀子の歳のわりに可愛らしい靴はある。
賊であろうか?足を忍ばせながら廊下を歩く。全ての器官を開放する。音、匂い、触感、
視覚、空気の味。すべてが機能する。
ただ甘くくぐもったような音だけが聞こえた。
「ま、まさか!」
心中に、妻である刀子の陵辱シーンがフラッシュバックする。
『クククッ、旦那でもこんなこと、してもらったことはないだろう?』
後手に縛られ、たわわな胸を強調するかのような亀甲縛りにされた妻の刀子が昼下がり
の和室にあられもなく転がされている。秘所にバイブを突っ込まれ、くぐもったような、
濡れたものを動かすような音を立てていた。
『そんなこと…ありません。こんなこと、で…感じるものですか…』
顔はほの赤く、気丈に賊へ応答する刀子。だがどこかしら甘い声であった。
『その、強がりがどこまで持つものかな。まあいい、じっくりためしてみてやろう』
『ああ、双七さん…』
そんなシーンが頭を瞬間的によぎった。
いかん。軽く首を振って気を引き締める。
手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。たとえそうなっても、賊を一撃倒す。それだけを
考えよう。
そもそも刀子と真っ当にわたりあえるような賊がいるのかどうかということを忘れてい
る時点で、冷静でないと思うのだが、それを現時点で双七に求めるのは酷というものであ
ろう。
居間の前に着いた。甘い、浮かされたような愛する妻の声が聞こえてきた。
『んっ…ああっ…、はぁぁあああ』
手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。まず様子をみなくては。音をださずにふすまを開
ける。どんな光景でも大丈夫なように心を凍らせる。
しかしそこから覗いた風景はまったく双七が想像していたものとはちがうものであった。
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