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キャッチボール

「刑二郎!早くしな!!後輩の皆さんがまっているわよ!!」
 階下から自分の母の怒鳴り声が聞こえている。
「お袋、すまん!まだ喪章がみつからねぇ!!」
「まったく、お前はいつもそうなんだからねえ〜」
 そういうやりとりをしながら、上杉刑二郎は自室の押入れのをひっくり返す。あまり整
理されているとはいえない自分の部屋だ。しかし狭い部屋の押入れのどこかに喪章はある
のだろう。問題はどの箱にいれたかである。
 おそらく下にはみゅうや伊緒がいて、自分が来るのを待っているのだろう。
 親にたのめば、喪章ぐらいは買ってくれるだろう。だがそれを頼むような気にはなぜか
なれなかった。
 そうだ。親友の葬式なんだから、きちんと自分の喪章で決めないといけない。
 上杉刑二郎という男は、がさつなようでそういったことには結構まめな男なのである。
ただそのための準備がいささか下手なだけである。
 刑二郎はとりあえず目に付いたものを押入れからだした後、外にに出る
 自分の喪章を最後に使ったのはいつのことだっただろうか。そういえば小学生高学年の
伊緒のおばあさんが亡くなったとき以来ではないだろうか。
 そのときには愁厳が落ち着いて、喪章を貸して…
 記憶が戻る。思わず幼馴染がもっと落ち着いて探すように促しにくるのではと思った。
 「そっか、愁厳はもういねえんだな…」

 親友の妹から、そしてその恋人である双七から親友が死んだ事実をつげられても、刑二
郎は現実感をもてなかった。
 片方がいないときにも、片方がいるということに慣れすぎてしまったからだろうか?
 その事実を告げたあとで耐え切れずに、すすり泣きながら双七の胸に抱かれた刀子の姿
を見て、刑二郎はそれが事実であると、頭の上では認識せざるえなかった。
 だが刑二郎の実感は、なかなかそれが現実であるということを拒み続けていた。
 刑二郎の母や伊緒の母や生徒会の他のメンバーの手助けで葬儀の準備をしている間でも、
そうだった。
 しかしこうやって手間取っていると、別な意味でやっぱり友人がいなくなったのだなと
実感する。
 押入れの中身である大小の箱がちらかった自室の惨状をみて、憂鬱になる。独り言をつ
ぶやきながら、整理箱のの中身をチェックするべく、足を進めた。
 「本当、しゃーねぇーな…おわった!!」
 急にバランスを崩した。刑二郎は頭から箱へと突っ込む。箱の中身が散らばった。
 「っ痛え!」
 毒づきなが体を起こす。さらに物が散らばったことに刑二郎はますます憂鬱になった。
 「あーあ、これも片付けねぇと…」
 うんざりしながら、視線をおとそうとすると、黒い布が目に入った。
 確かにすこし皺がよっているとはいえ、探し物の喪章であった。
 「あった、あった!」
 後輩達や親を待たせずにすむと、刑二郎は安堵した。怪我の功名というやつであろうか。
 余裕を取り戻した刑二郎は、幸運の元にして痛みの原因となったものをみる。
 どうやら古くなった野球のボールに足を取られたらしいことに気づいた。だがそのボー
ルをみて、少しショックをうけた。
「このボールって…」
 そう古い軟式野球のボールだった。ところどころ手垢で黒ずみ、使い込まれている。し
かもボロボロだ。
 記憶が想起させられる
 間違いない。愁厳とよくキャッチボールをした軟球だった。




 自分が野球を辞めると愁厳にいったとき、愁厳はただ
「そうか」
と答えた。理由は聞かなかった。
 ただ最後に俺とキャッチボールをしようといった。
 なんでといぶかしむ刑二郎を部屋から道具一式を持ち、むりやり一乃谷神社境内へ連れ
だしたのち、刑二郎はグローブを渡した。
 いつになく強引な態度にいぶかしみながらもしぶしぶながらもキャッチボールを始める。
愁厳の体力に合わせた速度だ。これでも平均的な中学生が相手にできるのは少ない。
 だがそれにもかかわらず
「もっと速く投げろ!」
滅多にいわぬ挑発を愁厳はする。
人が辞めようとしているのに、何故無理やり投げさせようとするのか、刑二郎は腹がたっ
た。親友だったはずなのに、未練があるのに、何故傷口に塩をかけるようなことを行わせ
るのか。
 平均より上の愁厳の力に合わせて投げていたつもりだったが、力の制御ができなくなっ
た。
 よし、投げてやろうじゃないか!俺の力の限りを!
 投げた!鈍い音がする。ボールが返る。受け取る。
 こんな球を受け取れるのは大の大人でも無理がある。ましてや人妖の力を使ってのこと
だ。受け取れるかどうかは人妖でないかぎり無理だ。
 だがその球を
「もっと速く投げろ!!」
と、挑発する
 激昂する。力の限り投げる。鈍い音。ボールが返る。受け取る。
「もっとだ!もっとだ!」
 投げた、もっと鈍い音がした。それでもボールが返った。刑二郎は受け取った。
「もっとだ。いい球を出せ!」
 繰り返す。

投げた、投げた。投げた。返った。返った。返った。
 投げている内に、だんだん刑二郎も怒りがおさまってきた。すると周りがみえてくる。
 愁厳のグローブはぼろぼろだった。手から血もでているらしい。だがそれでも愁厳は痛
みを訴えず、ボールを受け取り、返した。
 大人でも受け止めるかどうかわからぬ球である。大丈夫なはずがない。
 ようやく刑二郎は理解した。おそらく愁厳は刑二郎の苦悩をしっていた。全力を出せな
い哀しさを。
だから刑二郎の全力を受け止めようと決心したのだ。未練はあるかもしれないが、自分の今ある力を出してみろといっているのだ。
 いいだろう。これが俺の本当の球だ。
「いくぞ!愁厳!!これが俺の本気だ!!」
 宣言する。
「来い!!」
 受け止めた。
 今までの自分ができた最高のピッチングをイメージする。それに伴って体が動く。ただ
ただ投げる。そのことがうれしかった。
 白球が手を離れた。
 ズドム!!
 綺麗に愁厳のグローブの中に白球は入った。焦げた匂いがする。
「刑二郎はいい球を投げれるじゃないか!」
 親友はそういって微笑んだ。

「おい!!愁厳!はやく七海病院へ行こうぜ。頭に血がめぐりすぎていた!!」
「刑二郎、俺は大丈夫だ。それと俺のグローブが壊れたな。当分キャッチボールができな
くなったな」
 剛速球を何度も受けているはずである。苦痛に顔を歪んでも、おかしくない。だがいつ
ものように友人は冷静な顔のままであった。
「いや、野球辞めたからよ。俺に付き合う必要はもうないからさ」
「そうか、野球を辞めたとしても、俺はお前の本気の球をいつでもみたいからな。もしキ
ャッチボールがしたくなったら、いつでもよんでくれ。相手になるからな。さて刀子が風
呂に入りたかっているようだから俺は失礼する」
 そういって愁厳は離れへと姿を消した。
 愁厳が去った後、境内で手にボールを持ちつつ、刑二郎は泣いた。悲しみもあった。未
練もあった。だがよろこびもあった。そしてこれで別れられることも悟った。
 そうしてその次の日、正式に野球部を辞めた。その日以来、刑二郎はボールを自分から
は手にしない。




 想起がとまる。
「愁厳、お前か?」
 ボールは答えない。
 だが刑二郎は親友が心配させてしまったような気がしてならなかった。
「ありがとよ、いつも相手になってくれて。だから心配するなって…後輩を助けないとい
けないからな。お前が気になっていることも、みゅうや刀子や皆でするからさ」
 喪章をつけながら、ボールに少し話しかけた。偶然かもしれないが、こうやって話しか
けてくれた親友に感謝した。
「刑二郎!!」
 今度はもう一人の幼馴染からだ。自分の準備はできた。
「見つけたぞ!今行く!」
 どなりかえしながら、扉をあける。そして部屋を少しだけ振り向いて、白球に少しだけ
目を向けたのち、扉を閉めて後輩達の元へと刑二郎は向かった。
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