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日常一幕

「双七さんはいらっしゃいますかっ!?」
 時刻は放課後。生徒達は軽く談笑をしながら帰宅したり部活動に明け暮れたりしちゃったりする時間帯である。
 そんな時にずばばーん、と生徒会室の扉をかなり激しく開けて一人の女性が開口一番にそう叫んだ。
 彼女の名前は一乃谷 刀子。この学校の生徒会会長である。艶のある黒い長髪とふくよかな胸とかがチャームポイント。
 普段御淑やかで清楚でほわわん(語弊あり)とした空気を持っている彼女だが何故か今は殺気立っていた。
 その殺気に当てられたのは生徒会室にいた彼女と同じく三年の上杉 刑二郎とその彼女である新井 美羽。そして愛野 狩人であった。
 ちなみに狩人は刀子の一喝により絶命した。蘇生するには暫し時間がかかるだろう。
 というわけで嫌が応にも矛先は先の上杉 刑二郎と新井 美羽へと向けられる。
「い、いや来てねぇぜ。なぁ、みゅう」
「は、はいです」
 そう答える二人は多少どもっている。まぁ突如現れ怒りを露にしてる刀子を前にしてそうならない方がある意味変ではあるのだが。
 しかし答えを聞いた刀子はそれでは納得しないらしく生徒会室を見回してからクンクンと鼻を動かした。
(……臭い、あるんでしょうか?)
(……さぁなぁ)
 普段は冷静沈着ともいえる刀子だが暴走――主に双七が関わる――するとこのように見境がなくなるというかタガが外れるというか。
 とにもかくにもクンクンと鼻を鳴らしてから刀子は一言うぅむと唸り、暫し考えてからポツリと呟いた。
「双七さんの隠し持つ卑猥な本は実は単純でベッドのし」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ刀子さんストーーーップ!?」
 と、その刹那刀子の呟きをかき消すように、ズバーンと生徒会室にあった掃除ロッカーから一人の男が飛び出した。
 ツンツンと逆立った髪の毛にある程度整っているであろう顔つき――今にも泣きそうな表情で酷く情けないことになってるが。
 そして案外しっかりと作りこまれた体躯を持つ彼の名前は如月 双七という。

 さて飛び出したはいいものの如月 双七は自分のミスを呪った。美羽は双七を憐れむような目で見つめ、刑二郎は「南無南無」と呟いて両手を合わせていた。
 そんな刑二郎と視線が合った。
 ――助けてください、旦那。
 ――無理。
「もう一度聞きますよ双七さん…」
 まぁ当面双七が解決しなければいけないのは眼前に笑顔で立っている刀子である。
 表面上は笑顔だがその額には青筋が浮かび噴火する火山を背景差分としてしょっている。まるで薔薇を背負う狩人のようだ。
「双七さん”は”! 私が双七さんの家に泊・ま・り・に! 行くことに不満はありませんよねっ!?」
「却下却下却下却下却下却下却下却下ーーーーー!!」
 そんな鬼気迫る刀子に背後から跳び蹴り(正確にはドロップキック)を食らわせつつ唐突に一人の少女が現れた。
 ちみっこい少女だがその立ち振る舞いには何処か優雅な部分が現れ――今はまるで獣のようにフゥフゥと息をしているが――ている。
 少女の名前は如月 すず。一応双七の妹…否、正しくは姉という立ち位置にいる女性である。詳しくは本編を見れ。
「認めないわよ刀子! そんな爛れた生活を送らせてなるものですかっ!」
「ま、爛れたなんてそんな破廉恥ですわ義姉さま。私はただ双七さんと二人で愛を確かめ合いたいだけですよ」
「はっ! じゃあ何で”私”の家に泊まりに来る日が! 私がさくらの家に泊まりに行く日と同じなのかしらねぇぇぇぇ」
「あらあらそんな事まで説明しませんとわかりませんか?」
「随分とやり口が露骨ね刀子。今までみたいにひっそりとするなら見逃してあげなくもないわよ?」
「おほほほほほほ」
「あはははははは」
 こえぇよ。とその場に居る全員は静かに思った。狩人も一度蘇生したが気に当てられてまた死んだ。ゴメンな狩人。
 ばくばくと高鳴る心臓と背中に流れる嫌な冷たい汗を感じつつ如月 双七は思案した。
 はて、何でこんなことになってしまったのやら――

 のっけから回想へと至る。事の始まりはそもそも昼休みの時の話であった。

『明日の昼食なのですけど、一緒に食べませんか?』
 勿論、と双七は返答した。断る理由も何もないし、第一最も愛している女性からの提案を飲まないわけがなかった。
 しかしふと疑問に思う。そんな風に言わないでもずっと一緒に食べてきたではないか。そう問うと彼女は頬を赤らめてこう答えた。
『…双七さんと二人っきりで食べたいのです』
 昼食時はいつもすずや生徒会の面々が一緒にいて確かに二人きりではなかった。
 たまに二人きりになっても何処からかすずが飛んで来て(比喩ではない)いつの間にか一緒に食事を取ってることがしばしばである。
『双七君は二人きりになると何をするかわからないからね!』
 けだものだから! と叫んですずは一緒に食事をとる。
 だけどなすず、俺もそこまで分別がないわけじゃないぞと呟くがすずも刀子も視線を逸らすだけで答えはしなかった。何故。
 それはさておきそんな刀子の台詞を聞いて頭の中が真っ白になってしまった双七。阿呆のように首をカクカクと上下に振った。そして、
『よかった』
 といいながら華の咲くような、本当に愛らしい笑顔を浮かべる刀子を見て更に赤くなるのであった。
 ここまでなら美談である。更に双七が本当に刀子と二人っきりで食べていたのならまさしくいい話だ。萌えイベントだ。
 事実如月 双七は刀子と一緒に食事を取った。二人きりで、である。だが何故か刀子は終始不機嫌であった。
『何かあったの? 刀子さん』
 無論双七は問うた。そりゃ気になるだろう。彼女が少し不機嫌だからだ。
 しかしそんな双七の問いにも『何でもありません』なんてちょっと頬を膨らめつつそっぽ向かれては追求するわけにはいかなかった。
 ここまで、まだここまでは普通だった。予定通りだったのだ。

 問題は昼休みももう終わりそうな時間帯。屋上から校内に入り談笑する二人の前にすずが現れてこう言ったのだ。

『ねぇ双七君。私、今度の土曜日と日曜日にさくらの家に遊びに行ってくるね』

 それを聞いた双七は泣きそうになった。人間を嫌ってた彼女が他人の家に泊まりに行くといったのだ、嬉しくないわけがない。
 そんな涙ぐむ双七を見て『もうしょうがないなぁ』なんていうすずは苦笑いを浮かべつつも何処か嬉しそうだった。
 それ故に横で何事か思案し、そして閃いて、何やらとんでもなくいい笑顔を浮かべる刀子に気づかなかった。

『じゃあ私は土曜日と日曜日に双七さんのお家に伺いますね?』


 無論、泊まりで――


 別にいいんじゃないか、と双七は思う。確かに最近…その、なんだ、どれだ。そう、刀子さんとえっちぃな事もしてない。ご無沙汰である。
 だからまぁ刀子さんの提案は嬉しかった。大手を振って「勿論」といいたかった。
 そんなよこしまな思いを見抜いたのか、すずが吼えた。


「ぜぇぇったい認めないからねっ!」
「お付き合いを認めてくれたじゃないですか」
「それとこれとは別っ!」
 言い切った。ちなみに「置いといて」のジェスチャー込みである。

「いい、刀子。付き合うのは認めるけど私の眼が黒いうちは節度ある付き合いをしてもらうからね!」
「節度あるだなんてそんな……あの夜の双七さんはまるでけだものみたいで」
 思い出したのかくねくねする刀子。
「双七君っ!?」
「はいぃっ!」
 すずが刀子から視線をはずさず叫ぶ。誰も特に見てないのに姿勢を正す双七。冷や汗が止まらない。
「それにその日の朝も双七さんが急に…まるでけ・だ・も・の」
「双七くぅぅーーーん!?!?」
「はいぃぃぃー!?」
 背中に九尾を背負ってすずが吼えた。ちなみに刀子はその時のことを思い出したのか両手を頬に添えながらくねくねしている。
「ぬぬぬぬぬ……」
 と、暫く唸っていたすずだが何か閃いたのか腕を組んでふふん、と笑った。
「…ふん、刀子って意外と淫乱なのねぇ」
 ゾブリ、と笑顔のまま刀子さんの背中に刃が突き刺さった。比喩だが。
「……すずさんも随分とブラコンみたいですねぇ」
 反撃、といわんばかりに刀子も少々いやらしい笑みを浮かべてすずを見る。だがとうの本人はきょとんとした表情を浮かべた。
「…? 双七君、ブラコンって何?」
「えぇ!? えっとだな、それは…」
「”言え”」
「ブラザーコンプレックスの略称で弟、ないし兄に完全依存しその人がいないと生きてられないとかそんな感じだったと思います、サー!」
 あくまで双七的見解ではあるが。
「ふーん…違うわね刀子」
 双七の説明を受けたすずは暫し考えてから妙に自信満々の表情を浮かべ、ふふんと笑った。


「双七君が寧ろ…姉ってシスターよね…えぇと、シスターコンプレックスよ!」
 ざわざわざわざわ。いつの間にか集まっていたギャラリーの間を「如月 双七はシスコンである」という情報が駆け巡る。
「だぁぁ誤解! それは誤解だぁぁ!?」
「そうです! 双七さんはシスコンなんかではありません!」
 毅然とした様子で刀子が一喝。即座に静まる一同。
 視線が集まるのを感じながら刀子はポッと頬を赤らめて両手を添えた。

「私に依存しているんです」
 あ、勿論私もですよ? キャッ。

 いや。キャッ、じゃなくて。

「如月てめぇぇぇぇぇーーー!!」
「ふざけんなよお前よぉぉ!」
 突如ギャラリー(主に男子生徒)から怒りの声が上がった。双七に掴みかかり捻りあげギリギリと血の涙を流しながら叫ぶ。
「ち、違う! それも誤解なんだよぉ!」
 両手をわたわたと振って慌てる双七。そんな様子を見て刀子がぐっと涙ぐんだ。視線はちょっと下。
「誤解…なんですか?」
「いえそういう意味でなくてですね」
 その言葉にパッと華の咲くような笑みを浮かべる刀子と対照的に、今度はすずが切れた。
「双七君!? それってどういう意味!?」
「だぁぁぁもう何をどうすればいいんだよぉぉぉー!?」
 とりあえずその場は双七が大分いじられる事で多少の決着はついた。
 帰宅時。夕食時共に当たり前のようについてきた刀子とすずが常に言い争っていたのは此処だけの秘密である。

「っていう事があったんですよ、加藤教諭」
「お前も苦労してるなぁ」
 何故か慈愛に満ちた表情で肩を叩かれた。
 その後とりあえず麻雀でもやって気を晴らそう、な? と言われた。
 丁重にお断りしておいた。

「どうすればいいんでしょうか九鬼先生」
『ほう…涼一、お前も随分と成長したな』
「は?」
『一乃谷 刀子と如月 すずか…ふむ、いい事を教えてやろう、涼一』
「ほ、本当ですか九鬼先生!」
『両方とも手篭めに』
 電話を切った。
 またかかってきたので加藤教諭が麻雀の面子を探してることを話しておいた。
 少し弾んだ声で九鬼先生は面白い、と言っていた。

「来たぞ、虎」
「来たか、鬼」

 そんな会話が何処からともなく聞こえた気がしたが双七はスルーしておいた。


 ちなみに結局刀子は双七の家に泊まることになった。土曜日と日曜日である。
 何があったか詳細はあえて書かないが月曜日の双七はそれはそれはやつれ、刀子はとてもとてもつやつやしてたという。
 そんな日常。如月 双七が望んだ何処にでも在る暖かい日常の一幕である。

     ――無駄に綺麗に終わる――
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