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嘘予告「火星の狐」または「今日逢難がはじめて火星についたよ」

――目が覚めた。
あれよりどれほどの月日が流れたのだろう?
十年ということは無い。では、百年?
いや、躯の回復状態から見てそこまでは経っていない。
いかな神域に封じ込められようとこの世に人の悪心が尽きるはずが無い。
百年経っているならばもう少しばかりの回復は見込めるだろう。

「まあ、良い」

今があの日より何年後であろうと、あの憎き鴉と静珠の娘は生きているだろうし
いまいましいが、如月双七と一乃谷刀子の関係を考えれば血が続いてもいるだろう。
いや、この目覚めの速さなら、ひょっとすれば本人が生き残っているかもしれない。

「楽しみだ」

この身を否定した如月双七、この身を封じる原因となった一乃谷刀子。
再びこの身を封じた鴉共、目の前にありながら壊せなかった静珠の娘。

「犯して、壊す、殺して、喰らう、壊して、殺す、喰らって、犯す……」

解放の喜悦に身をゆだねながら、ふと違和感を覚える。

「人の臭いがない?」

目が覚めたばかりとはいえ、この身は人の悪意を食らうもの。
餌である人の臭いにはことさら敏感な鼻がある。
たとえ人が立ちいらぬ未開の聖地に封印されようとも
封じた者の残り香をまったく感じぬことなどありはしない。
しかし、

――嗅ぎ取れるのは如月双七の中で嗅いだものと似た濃い赤錆の匂いだけ。

「おかしい」

どいうことだ?考えれば考えるほどおかしい。
鴉はなんといっていた?

「安心しなよ。逢難。今度の封印は物理的なものだから。
君、っていうか世界中のどんな生物でも絶対に解けないも
のにするから、さ」

仮にも神鳥と呼ばれた鴉がそういった。
ならば何故。こんなにあっさりとこの身が自由を取り戻す?

体を震わせ瘴気を放つ。この身を封じる枷を壊す。

あせる。

前回の封印を破るのに九百年を費やした。
なのに今回は。今回は……

「何故こんなあっさりと封印が壊れる!?」

封印が破れる。
気が急くに任せて動こうとして、やけに軽い躯に体勢を崩す。
今までとまったく違う感覚に、あせりがさらに加速してゆく。
どうにか体勢を立て直し、今や遅しとこの身を封じていた箱より
外の世界へと這いずり出す。

――目に入った世界は赤く、何も無かった。
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