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『レベルジャスティス』から。再び。

「ちょっと、ドクター!」
 午後の休憩の一時。ヴァルキル本部地下の研究室で、優雅にティータイムを過ごしている
私の元へ、キリッサが怒鳴り込んできた。
 まったくもって騒々しい。お茶に、埃が入るではないか。
「あの怪人、少しは大人しくさせなさいよ!」
 あの怪人とは、私が人との対話によるコミュニケーション可能な怪人第三号として、
作り上げた怪人のことだ。学習環境にネットを与えてみたら、あるひとつのサイトによって、
極めて個性的に育て上げられてしまった。
 ちなみに、その怪人は、私があらかじめ名前を与えていたのだが、気に入らず、
無理矢理「ナナシサソ」と呼べと言い張った。あまりに呼びにくいので、みんな「ナナシ」と
省略して呼んでいる。
「どうした。また、ナナシがなにかやったのか?」
「ええ。やったわよ! 私の命令もないのに、勝手に街にでて騒ぎを起こしてくれたわ!」
「それで被害はどうなってます? シアシア様」
 キリッサより遅れて、キリッサとは対照的に静かに研究室に入ってきたシアに、被害の状況を
確認する。
「はい。今回は、商店街における牛丼屋でのトラブルです」
 傍らに持っていた報告書に目を通すシア。

「まず、牛丼屋に来ていた親子連れ一家四人に対して、百五十円を渡し、無理矢理席から
 どかせようとした被害が一件」
「さらに、Uの字テーブルの向かいに座っていたお客と、喧嘩を起こしています」
「加えて、大盛りつゆだくを注文した隣りのお客に対して、ぶち切れたそうです」
「最後に、大盛りねぎだくギョクを注文して、店員にマークされたようです」
 シアの報告が終わる。
「なんだ。可愛いものじゃないか。そのぐらい多めに見てやる度量も、上に立つ人間には
 必要だぞ」
「アナタは直接あいつを管理してないからそんなこと言えるのよっ! 少しは、管理職の苦労を
 理解してよねっ!」
「判った判った。ナナシに言っておこう」
「言っただけじゃ利かないでしょ!」
「まあ、待て。一度、会議で諮って、あいつを実践で使ってみてから、また、その後を
 相談しよう」


 というわけでナナシを使うための作戦会議。
「それでは、これより、臨時会議を始めたいと思います」
「うむ。今回は、あの怪人、ナナシの出撃についてだな」
「はい。私は、あまり気が進みませんが」
「まぁ、キリッサ。そう言わないで。あの怪人の能力を、量っておくことも大事なのでは
 なくて?」
「……はい」
「ドクター。あの怪人は、変た……変身能力があるのだろう」
「はい」
「ならば、やはり、ここは、その能力を活かした作戦がよいのではないだろうか」
 もっともな意見を発するヘルオー様。なにかもう既に考えがあるのだろう。だって、やけに
そわそわしてるから。まるで、なにかを楽しみにする子供のように。
「ヘルオー様、それはたしかに良い案なのですが、あのナナシの変身能力が如何ほどのものか、
 我々は全然把握していません。本番で全く役に立たないとあっては……」
 キリッサが当然の不安を表明する。
 それもそうだ。ナナシは、まだ、一回もちゃんとした「なりすまし」を見せていない。
だから、今回、会議を開いた理由には、そのことも含まれている。ナナシの能力の一端を
見せるという目的が。
「では、キリッサ。こうしてはどうかしら? ナナシに、我々の中の誰かに変身してもらって、
 実際に騙されるかどうかを、実験するというのは?」
「は、はい。それはいいと思いますが、あらかじめ誰に化けるか判っていると、先入観が
 生じるのでは?」
 流石に作戦部部長をやっているだけはある。評価する側にとっては、それは当然考慮すべき
問題である。どちらかと言えば天才の私には及ばないが、キリッサも結構よく頭が回る。
「そうね。でも、この実験方法そのものに対しては、有効性を認めるかしら? キリッサ」
「はい。実験そのものは」
「では、実験は成功ね」
 シアがニッコリと微笑む。

「え?」
「チャイナщ(゚ロ゚щ)カマン!!」
 突然、本人に似つかわしくない言葉を発するシア。
 それと同時に、会議室の扉が開き、『本物の』シアが現れる。
「え……? シ、シアシア様!?」
「ど、どうなっておる!? シアが二人いるぞ!?」
 驚きの表情を見せる二人。このことは、私とシアしか知らなかったことだ。ヘルオー様と
キリッサに、ナナシの変身能力の性能を見せるために、シアにだけ協力を仰ぎ、きょう一日
隠れていてもらっていた。
 いままで、シアの姿をしていたナナシの姿が、従来の「ねこ」型にもどる。
「ヘルオー様、キリッサ、ふたりがきょう接していたのは、私に変装した『ナナシ』です」
「この怪人の変身能力、ご理解いただけましたか? ヘルオー様」
「う、うむ。素晴らしい! 私は、シアシアと付き合い長いのに、全然気づかなかったぞ!
 きょうもしっかり朝から小言をくらっていたぞ」
「ヘ、ヘルオー様……」
 ヘルオー様の自分に対する認識に、すこし凹むシア。
「そ、そんな……」
 信じられない、と言いたげなキリッサ。あの怪人が、ここまでできるとは思っても
いなかったし、思いたくもないのだろう。まあ、その気持ちは、少し判らんでもないが。
 そんな呆然とするキリッサに向かって、
「m9(^Д^)プギャー 釣られてやんのw」
 『いつもどおり』のナナシ。
「…………」
「ぉぅ……」
 こちらもいつもどおりに戻って、震える握り拳で、腹を殴りつける。なぜか私の。
机の下から見えないように。
 本気で痛い。
 その後、ナナシがクマの格好で、釣り糸を咥えて会議室をずり回るというトラブルがあったが、
なんとか作戦会議は無事終了した。


 作戦決行の日。
 ナナシとヴァルキルの構成員であるコゾーン隊を従え出撃するキリッサに、当然ながら私も
同行した。
 今回の作戦では、セーフスターを誘き寄せることが目的なので、なるべく派手に、
目立つように、活動するよう命令が出ている。
 セーフスターは、予備も含めた犯罪を取り締まる政府の秘密組織『SAFE』が、新たに設けた
広報と犯罪検挙を兼ねた部隊である。
 ……まあ、ぶっちゃけると、戦隊ヒーローだ。いや、この場合女性なので、ヒロインか。
とにかく、我々悪の組織ヴァルキルにとって、厄介なことこの上ない。
「どうだ、キリッサ、状況は?」
「ええ。これだけ派手に行動すれば、敵にもなにかしらの動きはあるわ。ただ、それで、
 セーフスターが誘き寄せられるかどうかは判らないけれど」
「いや、奴らはヴァルキルを目の敵にしてる。きっと来るさ」
 作戦会議では、シアたち情報部が事前にSAFE側に、こちらの情報を意図的に流すという案も
出た。しかし、ヘタを打った場合、つまり、意図的に流された情報だと気づかれた場合、
それを逆手にとられる危険性があったので、取りやめになった。黙っていてもセーフスターが
出張ってくる確率は高いので、わざわざ余計な小細工を弄する必要はない。

「でもねぇ。でてきたらでてきたで、また、心配なのよね……」
 傍らで、自分は一切行動せず、周囲を煽動しているナナシを、見やるキリッサ。
 アナタも行動しなさいよ、と命令したところ、「(゚Д゚)ハァ? 口だけで行動が伴わない
ところが、漏れの特徴だろうが! ヴォケ!」と返されたらしい。逆切れもいいとこだ。
「しかし、こいつの能力の高さの一端は、見ただろう?」
「ええ。それは、たしかに認めるけど。でも、もの凄く博打性の高い賭けに、自分の全財産を
 つぎ込むような気分だわ」
 ある意味言いえて妙だ。鬼がでるか蛇がでるか。
 苦笑を浮かべたそのとき。
「キ、キリッサ様! ヘルナイト様!」
 コゾーンのひとりが、こちらに駆け寄ってきた。
 周囲に流れる空気が、変わる。不穏の色を帯びる。

「ふふふふふふふふふっ……」
「はははははははははっ……」
「くすくすくすくすくす……」
「あーっはっはっはっはっ……」
 街中に高らかに響き渡る四つの笑い声。キリッサの顔にわずかに緊張が走る。
「この笑い声は……」

「 .\  イチ ! ニ ! サン !     アイン ツバイ ドライ    ./
   \   .  ∧∧  .∧∧  .∧∧         /
     \   (,,゚Д゚) (,,゚Д゚) (,,゚Д゚)       ./
      \ と  つ.と  つ.と  つ  .∧∧  /
ナ、ナカデダセ !\(_つノ〜(_つノ〜(_つノ  (;´Д`)./ _  ∩
コノヘンタイヤロウ !.\し'   し'   し'   ダメポ…./( ゚∀゚)彡 オハナ ! オハナ ! 
  ∧_∧∩__∩ \ アン ! ドゥ ! トロア !     ./ (  ⊂彡
 ( `∀´)´Д`;) .\   ∧∧∧∧∧   /  |   | 
 ノ   へつ⊂ノ   \<     セ >./  し ⌒J
(_(⌒)へ_ノ      <     | >
――――――――――< の   .フ >――――――――――――
  _  ∩          .< 予   .ス >   ∧_∧_∧ 
( ゚∀゚)彡 オカネ ! オカネ !< 感    タ >  (`∀(;..´Д`) ダレカキタラ
(  ⊂彡         /<  !!  . | >  (つ⊂  .(⌒) ミセツケレバ
.|   |         ./  .∨∨∨∨∨\  /.ゝ 〉,'__,,ノ   イイノヨ……
.し ⌒J         /ヨニンソロッテ、      \(_(__)_) 
             /  セ、セーフスター……   \
           ./     ∧∧∩∧∧     \
           /    ∩゚Д゚,,)ノ(゚д゚,,)  ∧∧ \
        .  /∩∧∧.ヽ   | ヽ   つ (゚д゚,,)  \
         / .ヽ(゚д゚,,)⊂_  ノ   ヽ  ⊂   ⊃   .\
        ./  .ヽ   つ し    し`J | _. |      \
        /    O-、つ         (/ J     . \       」

「言われなくても判ってるわよ――って、アナタいま、もの凄い変形しなかった?」
「(゚ε゚)キニシナイ!!」
「ま、まあ、いいわ……。それよりも、いまはアイツらよ!」
 小さな建物の屋上。傾きかけた太陽と青空を背景に。
 お決まりのコスチュームに身を包んだセーフスターこと葉月たちが、いくらか慣れたように
颯爽とポーズをとりながら叫ぶ。
「愛と希望の公務員戦士! ラブリーホワイトスター!」
 青を基調とした葉月。
「愛と勇気の公務員戦士! ラブリーレッドスター!」
 赤い巫女服をモデルにしたような神代美香。
「愛と安らぎの公務員戦士! ラブリーグリーンスター!」
 緑を基調に、花をイメージさせる衣装の涼屋綾奈。
「愛と正義の公務員戦士! ラブリーピンクスター!」
 派手なピンクの衣装を纏う間崎千早。
「愛と肉欲のガシャポン戦士! バブリーリンゴスター!」
 …………。
「五人揃って――え? 五人?」
「五人揃って! デーブ・スペクター!!」
 余計なのがひとりいた。ついでに隊の名前まで変わっていた。
 っていうか、いつのまに移動したんだ、ナナシよ。

「ちょ、ちょっと貴方! なんなのよ! 貴方、いまなにをしたか判ってるの!? 戦隊モノの
 お約束をぶち壊したのよ。正義の味方の変身中や、登場シーンでは、敵は黙って指を咥えて
 見てる! 一切攻撃しないっ! 邪魔しないっ! それをあろうことか、貴方は、
 大事な登場シーンを汚したのよ!」
 ものすごい剣幕でナナシに喰ってかかる間崎千早。ナナシの襟元を掴んで、がくがくと。
「そうですよー。危険なところに、少しは伏字を使ったほうがいいと思いますよ?」
「ちょっとグリーンスター! 追及すべきは、そんなところじゃないでしょ」
「間崎さん。もう、そんなことどうでもいいじゃない。それよりも、この怪人、ひとりで
 いきなり私たちのところに飛び込んでくるとはいい度胸じゃない! 私が、一刀両断に――」
「どうでもよくない! それに、わたしは、いまはピンクスター! 正義の味方は、本名で
 呼んじゃいけないの!」
「うわー。オタク……」
 小声でぼそっと呟く、神代美香。あからさまに引いている。
「それに、貴方たち、自分たちの登場シーンを汚されて、どうしてそう平然としてられるの!?」
「だって……ねぇ?」
 頷きあう葉月たち。
 ひとり正義の味方に熱を入れ揚げている間崎千早と、その他三人、という構図が
できてしまっている。
 作戦にはなかったことだが、早くもセーフスターのチームワークを分断してる。


「こうして改めてみると、恐ろしい怪人ね。ナナシ」
 私のとなりで呟くキリッサ。
「ああ。それよりも、キリッサ。そろそろ例の作戦、いけるんじゃないのか?」
「え? あ、ええ。そうね。コゾーン隊、準備はいい?」
 本来は、囮となるコゾーン隊の一部が、セーフスターの気を引いているうちに、
セーフスターの現れた場所に準備を完了させるはずだったが、ナナシの思わぬ活躍(?)により、
その手間が省けたらしい。
「はっ! 準備OKです」
 セーフスターの登場と同時に、キリッサが準備開始の合図を送ったコゾーン隊のひとりが
報告する。
「それじゃ、煙幕部隊いくわよ!」
 キリッサが、無線でセーフスターの建物に侵入した煙幕部隊に指示を送る。
「オペレーション、スタート!」
 その合図と同時に、建物の屋上にいる葉月たちの四方から、煙幕用の煙がものすごい勢いで
噴出し、葉月たちを包み込む。
「な、なによこれ!」
「くっ! しまった。敵の罠よっ! 視界を奪って、奇襲するつもりよ! みんな、構えて!」
 葉月の号令とともに、戦闘体制に入るセーフスターの面々。
 だが、そのときにはもう煙幕が屋上全体をほぼ覆い、彼女たちの視界は、限りなくゼロだ。
 それに、この作戦は、煙幕に乗じた奇襲ではない。

 煙の噴出と同時に、我々は、彼女たちの位置が見渡せるビルの屋上へと急ぐ。
 彼女たちの視界を奪って、約二分。ビルの屋上到着後、隣で時間をカウントしていた
キリッサが無線を通し命令を下す。
「三……二……一……。煙幕解除!」
 屋上の煙が風に流されていく。
「ドクター。本当に大丈夫なんでしょうね」
 作戦の行き先を心配するキリッサ。たしかに、この作戦は、ナナシが巧く動いてくれないと
お話にならない。ナナシに作戦の成否がかかっている。ナナシに。
 …………。
 先程の、大博打というキリッサの言葉も頷けるというものだ。
「うむ。奴も乗り気だったから、それに期待しよう。おお、ここからなら、奴らの状況が
 よく見えるぞ」
「……はぁ」
 葉月たちがいる建物の屋上の視界が戻る。
「あっ……」
 キリッサが、隣りで小さく声をあげる。彼方の屋上の状況を把握したらしい。
「ふっ……」
 とりあえず、第一段階は成功といったところか。


「みんな、無事?」
 向こうでは、視界の戻った葉月が、他のメンバーの無事を確認していた。
「ええ。私は、攻撃を受けなかったわ」
「私も」
「私もです」
「え? どういうこと? あいつらは、なんのために煙幕を……?」
「とにかく全員無事なのね? ホワイトスター、レッドスター、グリーンスター、
 ホワイトスター……、うん、全員いるわね? って、え?」
 驚愕の声を洩らす、間崎千早。
「え? 葉月ちゃん……?」
「ふたり……?」
 そう、煙の晴れた屋上には、ホワイトスターこと唐紅葉月が、ふたりいた。ひとりは、
ナナシが変態した偽モノである。
 これぞ、戦隊モノのお約束、「偽ヒーロー作戦」である。
「な、な、な、あ、貴方、誰よっ!」
 もうひとりの唐紅葉月をプルプル震える声と指でさす葉月。
「唐紅葉月ですが、なにか?」
「貴方、偽モノねっ!」
 間崎千早が、偽葉月に向かって、攻撃態勢をとる。
 顔も声も姿形も、そっくりなのに、たった一言でばれるナナシ。流石だ。
「まあ、もちつけ。簡単に疑うの(・A・)イクナイ!! 」
「……アンタ、私に成りすます気あるの?」
 俯き加減で、必死に怒りを抑えようとしているように見える葉月。
 まぁ、いろいろと怒りたくなるような気持ちは判るが。自分の偽モノが現れて「やばい!」と
思った途端、これだからな。

 偽葉月ことナナシは、それを全く意に介さないように、神代美香のもとに歩み寄る。
「ああ、そうだ。美香、これ普段お世話になってるお礼、十万円、受け取ってくれるかな?」
「あ、あなた葉月ちゃんねっ!」
 買収にかかっていた。
「こらぁっ! 美香っ!」
「綾奈。私ね、急にお花のことに目覚めたの。こんど一緒に語り合ってくれるかな?」
「あら? あなた、もしかして葉月さん?」
「あ、綾奈っ!」
「間崎さん。こんど一緒にコスプレパーティに行かない?」
「ええ、行きましょう。葉月さん」
「ア、アンタたちねぇ……って、え?」
 怒り心頭、爆発寸前の葉月を他所に、口調とは裏腹に、それぞれの獲物(ぶき)を持って、
ナナシのそれぞれ三方取り囲む三人。
「あら? 皆さん。どうして、武器なんか? 偽モノはあちらですよ?」
「キミ、姿形はそっくりだけど、本当に変装が下手糞だね。葉月ちゃんは、ケチだから、
 そんなに気前よくないよ」
「それに、お花を慈しむよな慈愛の心も持ち合わせていません」
「そうそう。おまけに、人付き合いも悪いしねー。なんてったって、私の歓迎会、『宿題が
 あるからパス』だもんね」
「……ア、アナタたち、私に喧嘩売ってるわけ?」
「それよりも、こいつを片付けるわよ。 ホワイトスター」

「え、ええ……ん?」
 なにかの気配に気づく葉月。流石に、頭がよく、勘が鋭い。
「ま、まずい。そいつよりも先に、先刻の煙幕装置をっ――」
 破壊しろ。その言葉よりも早く、再び屋上に煙が吹きだされる。ナナシを取り囲んだ三人は、
一端、装置の破壊に向かおうとして、手遅れなことに気づく。
 煙幕装置の稼動に気づかずに、あの時点で同時に攻撃を仕掛ければ、最悪、ナナシを始末する
ことはできたかもしれない。機転の良さが逆にアダになったようだ。
「くっ、そいつを捕まえてっ! 逃げる気よっ!」
 自分の周りを取り囲む三人から解放されたナナシが、葉月の姿のまま煙の噴出す方向へ走る。
 わざと葉月の横を抜けて。
「くっ、逃がさないからっ!」
 ナナシを追って、走り出す葉月。
「待って。ホワイトスター! 深入りしたら……」
 その言葉と同時に煙の中に見えなくなる葉月。
「きゃっ」
 葉月の悲鳴。
「葉月ちゃん!?」
 それきりなんの音も聞こえなくなる。
「は、葉月さん?」
 この煙の中、どんな罠があるか判らない三人。無闇に動けないらしい。
 その煙が三人を取り囲む前に、煙幕の噴出は止まり、屋上の煙が風に流れだす。
「え? どういうこと?」

 煙の晴れてゆく屋上、そこに現れたのは、床に座り込む葉月ひとりだった。
「大丈夫!? 葉月ちゃん!」
 葉月に駆け寄る三人。
「ええ。躓いただけ。大丈夫だけど、あの偽モノは?」
「逃げたみたいね。結局、あいつ、なにしにでてきたのかしら? こんな大掛かりな装置まで
 用意して」
「ほーんと。あんな下手糞な演技で私たちを騙せると思ったのかな?」
「でも、わたしたちのチームワークにヒビを入れることに成功したのではないでしょうか?」
 冷静に判断を下す涼屋綾奈。的確だ。
「…………」
 沈黙する間崎千早と、葉月。心当たりがあるらしい。
「ま、まあ、みんな無事でよかった。それに、あいつ演技は下手糞だったけど、姿形は
 私にそっくりだった。それだけ、あいつらの技術力の高さを表しているのだから、
 油断はならないわね」
「そうね。ヴァルキルの奴らもいなくなった見たいだし。とりあえず、私たちも撤退しましょう」
 引き上げていく、セーフスターの四人。
 いや、三人と一体と言うべきか。


「んーっ! んーっ!」
 彼女たちから見えないように私たちが潜む屋上。その私の傍らで、冥獣ネトに拘束された
葉月が、呻き声を上げる。
 そう。あの三人と一緒に帰還していったのは、葉月ではなく、ナナシだ。
 二回目の煙噴出と同時に、その煙に身を隠しながら、ゲル状の怪人ネトが、煙幕の中に
飛び込んできた葉月を、その体全体で拘束し、ここまで運んできた。
「ネト」
 セーフスターたちが完全に見えなくなったのを確認した私は、ネトに葉月の口だけを
解放してやるよう合図をする。
「あっ、貴方っ!」
「よう。いい格好だな。思わず抱きたくなるぞ」
「くぅ! 初めから、罠だったのねっ! あの下手糞な演技すらもっ!」
「ああ。そうだ。相変わらず、頭の回転が速いな。人は、一度空だと確認した箱の中身を、
 もう一度確かめようとはしないものだ」
 そう。一度、あの怪人の演技は、下手糞だ、と先入観を持ったあとで、本物らしい葉月を
見れば、偽モノと疑うことは、まずしない。
 SAFE中枢部へのスパイの潜入と、邪魔なSAFEの人間の拘束、これが今回の作戦の目的だ。

「ふん。いつまでも騙しきれるかしら? いつか、正体が露見するに決まってるんだから!」
「露見しなかったら?」
「え?」
「そうしたら、本物の唐紅葉月はいらないってことにならないか?」
「…………」
 口の端を吊り上げて、悪役らしく笑みを浮かべる私を、憎悪と若干の怯えを含めた表情で
睨みつける葉月。
「その場合、私のペットにでもなるか? 私は、頭の切れる人間は嫌いではない」
「誰がっ……!」
「ほう。ならば、誰が、偽モノを見抜いてくれると思う? 唐紅葉月という『存在』ではなく、
 唐紅葉月『そのもの』を求めてくれる人間はいるのか? おまえに周りに?」
「…………」
 黙りこむ葉月。
「ドクター! 私たちも引き上げるわよ!」
 作戦の後始末の指揮をしていたキリッサが、こちらに呼びかけてくる。
「まあ、よく考えておくのだな。SAFEにおまえが求めるほどの価値があるのか」


 その三日後。
 不本意ながら、葉月はあっさり解放された。
 ナナシの正体がばれたのではない。ナナシ自身が葉月のなりきりに飽きて、ヴァルキル本部に
戻ってきて、あろうことか、こんどは、ヴァルキルに拘束されている葉月のふりをしようとした。
そのときに、勝手に葉月を解放してしまった。
 流石に、どちらかと言えば天才な私は、ナナシに騙されなかったが。決して、葉月を
抱こうとしたときの「ウホッ」という台詞で、初めて気づいたなんてことない。絶対無い。

「作戦、成……功……でしょうか?」
「う、ううむ」
「……はぁ」
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