別れと再開

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雲一つない爽やかな青空、どこからか小鳥の囀りでも聞こえてきそうだ。
しかし、雲がないことを恨めしく思うものもいる。
何故なら今はコサトの月、ちょうど現実世界でいう夏にあたる時期だ。
照り付ける太陽、まだ午前だというのにそれなりの気温である。
ただ、洗濯日和なのはいうまでもない。
現にここ―――第二詰め所の庭にも幾つもの白いシーツが風になびいている。
そんな庭の片隅、樹齢何百年ともなろう大樹の下に暑さとは関係なしにダレている者がいる。
ラキオススピリット一の面倒くさがり屋『曙光』のニムントールだ。
木で作られたイスに座り、同じく木で作られたテーブルに上半身を投げ出している。
つい、先程『大樹』のハリオンに御使いを頼まれたのだ。
しかし、別に急ぐことではないのでこうやって涼しい所でダレているわけだが、
「はぁ・・・・面倒」
最早、彼女の決まり文句となった言葉を放つとゆったりとした動作で顔をあげる。
腕を交差させ、その上に顎を乗せる。そんな彼女の視線は一人の人物に注がれている。
白いシーツの波間を軽やかな動きで移動している影―――『月光』のファーレーンだ。
「〜〜〜〜♪」
鼻歌を歌いながら次々と洗濯物を干していく。
誰にでも優しく、そして親切であり義理人情に厚く戦闘能力も高い。
ニムの憧れであり、姉のような存在であり、そして唯一慕い、心を開いている相手でもある。
「〜〜〜〜〜〜〜♪・・・キャッ!!」
――――――ただ、ドジな所がたまにキズである。
ニムは小さく溜息をつくと洗濯物籠に躓き、転んだ姉の下に向かおうとした。
だが、それよりも先にファーレーンの下へと駆け寄る悠人の姿があった。
この大樹の下からは大分距離が離れているせいか詳しい会話はわからないが、
悠人は二声、三声掛けるとファーレーンの手を取って立ち上がらせ散らばった洗濯物を拾い始めた。
最初は悠人を止めようとしていた彼女だったが最後には諦め、手伝い始めた。
ふと、気付けば姉の下へ向かうはずだった足取りも止まってしまっている。
それどころか何時の間にか体は回れ右をして二人から離れていく方を選んでいた。

嬉しそうな顔が目に焼き付いている。
手を取られた時の紅潮した表情、洗濯物を拾っている最中に何度も視線を向けては頬を緩めていた。
(分かってた・・・お姉ちゃんがユートに向けてる感情くらい)
ニムとて一応は年頃の少女、気付かないはずはない。
それは決して自分には向けられることのない、また向けられているのとは違った感情。
ずっと一緒だった、何をするのも、何をするにも。
(自分が後をついて行っていただけで、会話はほとんどなかったけど)
それでも良かった、お姉ちゃんと一緒にいられるなら。
でもユートが来てから一人の時間が多くなった気がする。
もっと甘えていたかった。もっと甘えさせて欲しかった。
もしかしたらお姉ちゃんには迷惑だったのかもしれない。
お姉ちゃんの心の中にはもうニムはいないのかもしれない、そんな焦燥感に囚われる。
だから、お姉ちゃんの視線がユートに向いているのがたまらなく嫌だった。
(別にユートのことが嫌いなわけじゃない)
ただ、お姉ちゃんにはずっとこっちを見ていて欲しかった。
子供じみた独占欲、大人げないのは分かっている。

だけど、納得できない。納得したくない。

(ユートなんかのどこがいいのだろ・・・お姉ちゃんは)
優柔不断、場に流されやすい、妖精趣味、ハリガネ頭、シスコン、etc,etc
エスペリアがいれば目くじらを立てそうな事からウルカがいれば、
「ほう、ユート殿の事をよく見ておられる」と感心されそうなことまで、
挙げ始めればキリがない。確かに優しいところもあるけど、でも――――

(なんか・・・・ムカツク)

ハリオンの頼まれた御使いの途中での考え事だがさすがはプロか体は着実に御使いを済ませていく。
だが、苛立ち紛れに御使いとは関係のないリクェムを大量購入している。
後にこのリクェムはエスペリアへと流されたという――――――――アーメン、悠人。
そうして御使いを終えて帰路についた頃には先程考えていたことなどすっかり忘れているニムであった。

悠人達スピリット隊に召集が掛かったのは午後になって間もなくの事だった。
しかし、謁見の間に集まったスピリット隊は悠人、ニム、ファーレーンの三名のみであった。
他の隊員はそれぞれ別の任務があり手が空いており直ぐに行動できるのは彼等だけだったのである。
玉座に鎮座するレスティーナは集まりの悪さを気にした様子もなく口を開く。
「最近、リクディウスの森近辺で正体不明のスピリットによる被害が相次いでいます。
 できれば正体を確認後、敵であるならば速やかに迎撃を。三名しかいませんがエトランジェがいれば
 ある程度の事態には対処できるでしょう。」
貴族達が見ている中レスティーナはあくまでも事務的に告げる。
ラキオス王が死にレスティーナが政権を握って以来、待遇は比べ物にならないほど良くなった。
だが、まだ貴族の中には少数ではあるがそれを面白く思わない輩もいる。
それ故、王族としての威厳を見せる為貴族がいる時は事務的に命令するのであった。
こちらも事務的に頭を下げ「ハッ!承知しました」と返し謁見の間を後にする。
と、謁見の間を出たところでばったりとヨーティアと出くわした。
「ヨーティア、レスティーナに用事か?なら今は止めておいたほうがいいぞ」
そのまま謁見の間に突っ込んで行きそうなヨーティアを呼び止める。が、
「なぁに、貴族連中なんざ追い出してやるよ。それよりもう少しで世紀の大発明が完成しそうなんだよ。
 レスティーナに後少しエーテルを回してもらわないとねぇ〜。」
止まりもせずに重々しいドアを開けツカツカと謁見の間へと踏み込んでいく。が、ふと立ち止まりドアの隙間から顔を出すと、
「完成したらボンクラで人体実験させてもらうからね〜。感謝するんだよ」と不吉な事を言う。
悠人が唖然としている姿を見ると満足したのかニヤニヤ笑いながらドアの向こう側へと消えていった。
「ユ・・・ユート様、大丈夫ですか?顔色が・・・・」
ファーレーンの困惑気味な声に我に返る悠人。背中には嫌な汗が流れている。
とりあえず「だ・・・大丈夫」とだけ答えると覚束無い足取りで進み始めた。
その後を心配そうにしながらもついて行くファーレーン。
そんな二人を少しだけ後方から見つめているニムントール。
少しだけ嬉しそうな顔と不機嫌そうな顔が対照的であった。

張り詰める空気、刺すようなプレッシャー、神剣の気配。
ちょうどリクディウスの森の中心部辺りで出くわした。
『求め』を通して神剣の気配は伝わってくる。かなり近い、数は三。
『この力・・・何かおかしい。『誓い』の下にもこれほどの力を持つものはいないであろう』
言葉と共に困惑した『求め』の気配が伝わってくる。確かに何か異常だ。
ニムントールとファーレーンも気付いているのか身体を硬くしている。
と、感じていた気配の三つのうち一つが唐突に消える。
(退いたのか?)と思った瞬間、いきなり頭上に気配が現れる。
顔も上げずに瞬間的に横に飛ぶ。同時に先程まで立っていた場所に黒い影が降り立つ。
が、影は着地した瞬間には一瞬の淀みもなくこちらへと踏み込んでいる。速過ぎる踏み込みだ。
目の前に死の影が迫る、が運良く足が石に引っかかりバランスを崩した為肩を掠る程度で済んだ。
傷は大して深くないのか血もあまり出ていない。先程の影は少し開けた平地に悠然と佇んでいる。
鞘に納まっている細身の神剣、漆黒の髪、黒ずくめの服装、そして先程の神速の居合いを考えれば当然ブラックスピリットだ。
信じがたいことに一度『求め』の索敵範囲を離れた後瞬間的に間合いを詰めたとしか考えられない。
とすれば、尋常ではない速さということになる。ウルカかそれ以上か・・・・・。
言い知れぬ戦慄を感じている中、ファーレーンが無謀にも飛び出す。
敵は悠然と佇み刀を構える素振りすら見せない。一気に間合いを詰めたファーレーンの神速の銀光が敵の首筋へと迫る。
が、キンッ!と言う甲高い金属音と共に流れは止まる。銀光を纏いし刀を受け止めたのは一条の槍。
ちょうど首筋と刀との間に滑り込むように地面へと突き立っている。
一瞬の停滞。と同時に槍の下へと降り立つ緑の影。降り立った勢いのまま槍を掴みそのままファーレーンの方へと神速で突き出す。
瞬間的に刃を戻し防いだが勢いを殺しきれずそのまま後ろへと吹き飛ばされ木へと背中から激突する。
肺の空気を押し出され苦悶の表情で喘いでいるファーレーンの下へ
すぐさま駆け寄ると瞬時にレジストオーラを展開する。
ほぼ展開し終わったのと同時に特大の火弾が炸裂した。
嫌な音共にドーム状に展開したレジストオーラにヒビが入る。

が、辛うじて火弾が先に威力を失った。
展開した一帯は草木が残っているが周辺は焼け野原へと変貌を遂げている。
荒い息を尽きながら敵を見据える。最早、荒地と化した平野部。
先程のブラックスピリットに加え、二つの影が佇んでいる。
青緑の髪、緑の戦闘服、そして一条の槍、グリーンスピリット。
燃える様な真紅の髪、紅の戦闘服、そして一振りの双剣、レッドスピリット。
どちらからも共に有り得ないほどの力の奔流を感じる。
だがそれよりも三人のスピリット達に共通することがあった
――――――――――――――――――瞳に光がないのだ・・・・・

イースペリアで起きたエーテル変換施設の暴走、それにより引き起こされたマナ消失。
元来、神剣は宿主のマナ、そして周辺のマナを少量取り込むことによって機能している。
だがマナ消失により一帯のマナが消えた。これにより神剣はマナ枯渇状態に陥る。
そして神剣のマナ枯渇のしわ寄せは――――――全て宿主へと向かう。
神剣による急激なマナの吸い上げ、それに耐えられなかったスピリットは消滅。
耐えられたとしても待っているのは神剣に取り込まれ自我を喪失した人形。
もちろん神剣も急激にマナを吸収したことにより許容量限界まで逝き臨界状態となる。
しかし、それでも神剣のマナ枯渇は収まらない。他者を殺し、マナを奪え。この世の全てを破壊しつくせ。
自我を失った彼女達は神剣の声に従って行動する。ただ殺戮の為だけに―――

『ふむ・・・契約者よ。妖精達の神剣は暴走状態にある、並のスピリットとは比べ物にならないぞ。気をつけることだ・・・』
「言われなくても分かってる・・・ッ!!」
言葉を返すのと同時に、飛んできた槍を『求め』で弾き返す。
丸腰の敵に駆け寄ろうとするが突如上がった火柱により断念させられてしまう。
先程からずっとこの調子だ。一方ニムは後方で神剣魔法による援護に徹している。
復帰したファーレーンは上空で敵のブラックスピリットと斬り結んでいる。
断続的に響く鋭い金属音、それと共に振ってくる紅い血。もちろんファーレーンの傷から滴り落ちたものだ。
斬り結ぶたびに傷を負っている。なんとか一進一退の攻防を続けているが明らかにこちらが不利だ。
こちらは満身創痍なのに対し敵はほぼ無傷、力の差が歴然としている。疲労した様子もない。

(このままじゃまずいな・・・・)
悠人は疲労した体で打開策を考える。絶望にも似た焦燥感に囚われる。そして焦りはいつも隙を生み出す・・・。
それは一瞬の事、目の前の火柱を潜り抜け緑の影が突如飛び出してくる。
疲れた体は咄嗟には反応できない。驚きに見開らかれた眼が映すのは感情のない人形の顔。
そして、突き出された槍。ズレもなく心臓に狙いが定められている。世界がひどくゆっくりに感じられる・・・。
肉を貫く音と共に顔に掛かる血飛沫。が、次に眼に飛び込んできた光景に絶句する―――
「ニム・・・・・ッ!」
辛うじて絞り出した声はひどく掠れていた。
ニムの『曙光』は寸分違わず敵のスピリットの心臓を貫いている。
しかし、ニムの脇腹から突き出た鈍く輝く刀身が最悪の状況を物語っていた・・・・

金色のマナの霧へと変わって逝くスピリット、同じく溜め込んでいたマナを放出し消えて逝く永遠神剣。
崩れ落ちるニム、地面に激突する前に慌てて支える。
開いた傷口からはおびただしい量の出血、一瞬にして緑の衣を真紅へと染め上げてゆく。
か細い呼吸のニムに「どうして・・・どうしてだ」と最早言葉にならない質問を投げかける悠人。
軽く咳き込むと血の塊が喉にせり上がって来る、けれど少し表情を崩して笑うニム。
「スピリットが・・・主人を守るのに理由がいる?」
スピリットらしい言葉を聞き思わず激昂しそうになる悠人だが、次の言葉で困惑することなる。
「・・・なんてね・・・だってユートが死ぬと・・・お姉ちゃんが悲しむ・・・もの・・・・・・」
「ファーレーンが・・・?」
「うん・・・だから、お姉ちゃんのこともっと見てあげて・・・」
わけが分からないといった悠人に小悪魔のような微笑を投げかけるニム。
だが、その顔色は刻一刻と悪くなって逝く、既に脇腹の傷からは金色のマナの霧が立ち昇り始めていた。
極力、それを視界に入れないようにしながら口を開こうとしているニムを制する。
「もういい、喋るな」
悠人の言葉を聞きながらニムは思い出の中を駆け巡っていた。
死ぬ間際に見ると言われている走馬灯、その中でふと気付いたことがある。
もしかしたら自分はユートをお姉ちゃんに取られるのが嫌だったのではないかということに。


今まではお姉ちゃんをユートに取られるのが嫌なんだと思っていたけど逆も有り得るのだ。
しかし、意識的に考えないようにしてきた気がする。お姉ちゃんの幸せの為に・・・・
優しい姉は自分を犠牲にしてしまう所がある。自分がユートの事を好きだと分かれば諦めようするだろう。
(いつだってお姉ちゃんはニムの為に色々してくれた・・・)
けど、そろそろ自分の幸せを見つけて欲しい。だからあのことを考えないようにしてきたのかもしれない。
でも、本当に自分はユートに恋心を抱いていたのか、もう少し考えていたかった。
だけど、もうあまり時間は残されていないみたいだった。薄れ逝く意識、ぼやける視界。
(ごめんね、お姉ちゃん・・・最後くらい素直になるよ・・・)
気力を振り絞ってユートに眼差しを合わせると精一杯の笑顔を作る。

「でも・・・本当はね、ニム・・・ユートのこと・・・お姉ちゃんと同じくらい・・・・・好き・・・だっ・・・たよ―――」

始めて自然に笑えた気がする、そうしてニムの意識は白一色に塗り潰された・・・・

弾けるようにして消えた身体、カランという音共に地面に転がるのは主を失った『曙光』
重さの無くなった腕を呆然と見つめる悠人、不思議と涙は出てこなかった。
それはまだ現実を受け入れられないからかもしれない。と、悠人の肩に手が載せられた。
「ユート様・・・戦闘中です・・・・」
普段と変わらないファーレーンの声が聞こえる。思わず激昂しそうになり振り向くが絶句してしまう。
プロテクターのせいで表情は分からないが、頬を伝う雫を見れば分かる。
必死に哀しみを押さえ込んでいるその姿はさすがとも言える。止めど無く溢れる涙は止まらない。
そう、目の前の敵を倒さなければ哀しむ暇すらないのだ。
だが、ふとおかしな事に気付く。ニムとの会話の最中、絶好の機会だと言うのに全く攻撃がなかったのだ。
しかし、敵に眼を向けた瞬間その疑問もすぐに解決することとなった。
散った仲間の神剣から放出されたマナを貪るようにして吸収しているのだ。
空中を漂う金色のマナの霧が神剣へと吸い込まれてゆく。それと共に膨れ上がる力の奔流。
(まずい・・・このままじゃ負ける・・・)
撤退しようとしても逃がしてはくれないだろう、絶体絶命。だがそんな中『求め』の声が響く。

『契約者よ・・・まずいことになった・・・・』
珍しく『求め』の焦っている気配が伝わってくる。
「まずいことって、十分今もまずい――」
『いや、そうではない・・・妖精達の神剣が完全な暴走を始めた』
困惑している悠人だが、肉を貫く音が聞こえ思わず振り向く。そしてその光景に我が眼を疑う。
新たなマナを得た神剣はさらにマナを欲しがる。そしてあろうことか宿主を突き刺したのだ。
自らの神剣に自らの肉体を貫かれたというのに人形たちの顔には驚愕も苦痛も浮かんでいない。
そして、立ち昇るはずのマナの霧は全て神剣に吸収されている。それと共に金色に輝く神剣。
宿主のマナを完全に吸収し切った神剣は金色の光を纏いつつその場に浮かんでいる。
有り得ないほど膨れ上がる神剣の気配、そして背筋を流れる嫌な感覚。
「この感覚・・・・まさか――」
『そう、マナ消失がくるぞ・・・・』
『求め』の声に瞬時にオーラを展開する。だがこの程度では防げはしないだろう。
「おい!バカ剣、力を貸せ!!!!」
その言葉と同時に何かが割れる甲高い音と共にどす黒い力の奔流が流れ込んでくる。
そして、臨界を迎えた神剣は完全なる破壊を開始する。
辺りは白い光に包まれた―――――。


手足の感覚はある、手には『求め』の質感、一時的に支配されたせいか少し頭が重い。
なんとか生きているようだ、吹き飛ばされたのか頬に地面の感覚。目の前は真っ白で何も見えない。
だが、しばらく休んでいるうちに目も慣れて来たのか徐々に視界が戻ってくる。
まず、目に入ったのは半径数百Mに渡り抉れて赤黒い土を露出させている地面、木々は残らず吹き飛んでいる。
そして自分の傍らで倒れているファーレーン、その胸元には『曙光』が大事そうに抱かれている。
ほぼクレーターの中心地にいた。二本の永遠神剣の暴走でこの程度で済んだのは幸いだったのかもしれない。
周辺のマナがかなり希薄になっているせいか節々が痛み、傷も治癒しづらい。
いつまでもこんな所にいるわけにもいかず、まだ起きぬファーレーンを担ぐと歩み始めた。
吉報と凶報、それをラキオスへと届ける為に―――。

王座に鎮座しているレスティーナの前に跪いて報告を終える。
「―――――――――となりました」
「ご苦労でした、後の処置はこちらでやっておきましょう」
本来ならばこの後は謁見の間を退室するだけなのだがまだ伝えていないことがある。
「女王陛下・・・・」
「どうしたのです?」
首を傾げたレスティーナに少し言い辛そうにしながら報告する悠人。
「我が隊の・・・『曙光』のニムントールが戦死しました・・・」
その言葉と共に傍らのファーレーンが『曙光』を強く握り締める。思い出さないように。
だが、レスティーナは少し表情を和らげると意外なことを言う。
「その事なら心配いりません。後でヨーティアの研究室によって御覧なさい」
思わず「は?」と素で返してしまう。困惑しているのは横のファーレーンも同じなようだ。
だが、レスティーナは軽く頷いただけで何も詳しいことは話してくれない。
仕方なく、憮然とした表情のまま謁見の間を後にする。
そのまま言われた通りに二人でヨーティアの研究室に向かうが疑問は付きまとう。
言葉にならない疑問、だがそれもヨーティアの研究室に入るとおのずと解決した。
唖然とした二人が眼差しを向けているのはニヤニヤ笑いのヨーティアでなく、お茶を入れているイオでもない。
片隅に申し訳程度に置かれたベッドの上で焼き立てのヨフアルを頬張る人物――――――ニムにであった。

「で、どういうことなんだ?」

プロテクターを外し素の表情で安堵の為ニムに抱きつき泣きじゃくるファーレーン。
そんな姉のセルリアンブルーの髪を撫でながら面倒くさそうに、けれど嬉しそうにあやしているニム。
そんな二人を視界の隅に収めながら目の前のヨーティアに質問をぶつける。
「なんだい、そんな事もわからないのかい、さすがボンクラだね〜。新発明の実験に使ってやるっていったじゃないか
 まあ、いいよ。説明してやるから良く聞くんだよ。従来の物よりさらに小型のエーテルジャンプ装置の研究をしててね
 ちょうど完成したわけだ。まあ、今の所、対象を強制的にこちらに戻すぐらいしかできないけどね。将来的にはクライ
 アントなしで自由に飛べるようにするつもりだよ」

「ちょっと待て、対象って俺は飛ばされてないぞ」
部屋の隅に置かれているガラクタらしき物を指差しながら語るヨーティアに素朴な疑問を尋ねる。
「ま・・・まあ、天才にも失敗は付き物さ。ボンクラを飛ばすつもりが間違ってあの子を飛ばしちまったんだよ。」
頬に一筋の汗を流しながら乾いた笑いでなんとか場をしのごうとするヨーティア。
しかし、またもや別の疑問が湧いてくる。
「けど、ニムはなんで・・・・?あの傷は致命傷だったと思うけどマナの霧も昇ってたぞ」
「はぁ、やっぱりボンクラはボンクラだねぇ。死なない限りマナの霧にはならない。大方傷口に敵の返り血が着いたんだ
ろ。それに急所は外れてた、出血で一時は危なかったみたいだけど命に別状はないよ」
「それなら良かった。って、ニムの傷もう治ってるみたいだけど・・・」
「あ〜・・・転送された時、再構成するマナの比率が狂って通常より多く取り込んじまったんだ。
で、傷はほぼ完治ってわけだ。ちなみに、神剣はマナの構成が違うせいで転送できなかったんだよ」
大まかな説明を終えたヨーティアは目の下の隈を擦りながら奥の部屋へと消えていった。
後に残されたのは未だに泣いているファーレーンと眠そうなニムントール、そして微妙な表情の悠人。
(ま、とりあえずここは二人だけにしてあげるか・・・)
悠人らしからぬ考え、気をきかせてそっとドアを開け出て行く。

その背後から聞こえる小さな「ありがとう」の声は悠人に向けられたものかは定かではない。


後にこの装置はレスティーナによって研究中止となる。
理由は隊を混乱させるためだが、ちょうどこの時期にあの装置はレスティーナが悠人を独り占めするために
作られたとかいう噂が流れていたとかいないとか・・・・・
                                        
                                               続く?


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