Twins meet twins

戻る
 南雲家の朝は……早すぎもせず遅すぎることもない。
「おはよう、夷月」
「おう。おはよ」
 眠たげな顔に、ボサボサの髪で白兎が下りてきた。
 夷月はというと既に身支度を終え、新聞を広げている。
「とっとと朝飯食え」
「うん」
 夷月が先に起きているのは、今日が朝食当番だからである。
 ちなみに白兎を急かすのは、当番は後片付けまでも含んでいるためである。
 ノンビリされると、それだけ後片付けが遅くなる。
「朝ごはんは……まあ、わかってはいたけど……」
 チラッとテーブルを見て、何とも切なげな顔になる。
「うるせえなぁ。文句があるなら食うな」
 所謂、シリアルなフレークと牛乳が無造作に置かれているだけなわけで。
 白兎は深い深い溜息をついた。
「たまにはちゃんとした朝ごはんが食べたい……」
 それに対する夷月の返事。
「自分が出来ない事を人に勧めるものじゃないな」
「う……」
 白兎とて真っ当な料理なんぞ作れないのである。
「無駄話してないで、とっとと済ませてくれ。
 それとも片付けはお前がしてくれるのか?」
「ああ、分かった分かったって」
 白兎が慌てて洗面所に向かう。
 やれやれ、と夷月がインスタントコーヒーを啜った。
 白兎が身支度から朝食までを終え、夷月が後片付けを終えるまで二十分と少し。
 時計を見れば家を出るのにちょうどいい時間。
「行くか」
「そうだね」
 白兎が少しだけ未練そうに読みかけの新聞を見つめたが、夷月とともに席を立った。
 玄関にはすでに、執事のロベルトが控えていた。
「では坊ちゃま方、いってらっしゃいませ。
 ……ところで、例のお話の件ですが」
「分かってるよ」
「……ああ、約束の時間には戻る」
 そう言って、二人が家を出た。
 冬の日差し、そして刺す様な冷たい空気。
 夷月が寒そうに顔を顰めた。
「走るか? 白兎」
「え? ……え、ちょっと!?」
 白兎の答えも聞かず、夷月は走りだした。
「もう、夷月ってば」
 苦笑しつつ、白兎も走りだす。
 走るといってもジョギング程度の速さ。
 大体、夷月が全力で走ったら白兎なんぞ置いてけぼりである。
 息を弾ませながら並んで走る二人。
「……今日、来るんだよね」
「そうだな」
「どうしよう……やっぱ歓迎の準備とかした方がいいのかな?」
「ロベルトは普通で良いっていってたぞ」
「で、でもさあ、女の子が来るんだから……」
「ふうん……良い格好見せてモノにしたい、と……」
「夷月っ!!」
 白兎が顔を真っ赤にして怒った。
 夷月がニマニマと笑っている。
「そんなんじゃないってばっ!
 大体僕は本当の事言うと反対なんだからねっ!!
 そもそも、同い年の女の子と一緒にくらすだなんて……」
 言いながら、あらぬ妄想でも浮かんできたのか白兎の顔が真っ赤になっていく。
「んな、赤い顔で言っても説得力ねえよ」
 よっぽどそう言ってやりたかった。
 だが、口をついて出てきた言葉は
「そうだな。家にはむっつりすけべぇがいるから、危なっかしくて仕方ないな」
 よりひどいモノだった。
「い、夷月ぃっ!!」
「おや? オレはお前のことだなんて一言も言ってないが?」
「う……うわあああああああああああああああああんっっ!!」
 白兎が涙目で腕を振り回す。それを片手でヒョイヒョイとあしらう夷月。
 ジョギングしながらそんな事をしているのだから二人とも器用なもんである。


 先週のことである。
 夕食を終え、二人がリビングでくつろいでいると、ロベルトが真面目な顔で言った。
「坊ちゃま方にお話があります」
 と。
 南雲家で女の子を預かる、と。
「え、えっとぉ……幾らなんでもそれはマズイんじゃ……?」
 血縁でも何でもない、その上年の変わらぬ女の子と同居というのは……
 と、白兎が常識論を口にした。
 ただ、表情が言葉を思いっきり裏切ってはいたが……。
「これはすでに、決定したことでありますので」
 こうなると、ロベルトは頑固である。
「……」
 夷月は沈黙している。
 ロベルトの様子で、変更はすでに不可能と悟ったからだろう。
 一通り話を聞いてから、真面目な口調で言った。
「ロベルト、一つ良いか?」
「なんでございましょう?」
 夷月は、重々しげに問いた。
「……美人か?」
「美人でございます」
 即答だった。
「夷月っ、それにロベルトも!」
 呆れと怒りが半々の白兎。
「何だよ。白兎はブスの方が良いのか?」
「それは嫌だけど……ってそうじゃなくって。
 今はそういう話をしてるんじゃないだろっ!」
 夷月は肩を竦めた。
「諦めたほうが良いみたいだぞ、白兎。
 まあ、未来永劫ここで暮すと決まったわけじゃないし、
 どうしても気に食わなければアパートなり世話して移ってもらえば良いじゃねえか」
「……夷月様」
 言いかけるロベルトに
「それぐらい言う権利はオレ達にだってあるぞ。……まあ、その判断は白兎に任すけど」
「僕がっ!?」
「当たり前だ、南雲家家長。
 ……まあ、オレとしては相手が美人で、あと家事能力も完備してくれてたら無問題だが」


 と、そんな事があった。
 結局のところ拒否権は無いわけであった。
 そういう次第なものだから『もう、なるようになれ』というのが白兎と夷月の結論だった。
「「はあ……」」
 同時に溜息をついた。
 今は、身体も程よく暖まったので歩いている。
「……気だるい吐息ね、お二人さん♪」

 途端、白兎の顔が引きつり、夷月が心底嫌ぁ〜な顔をした。
 キラ〜ンという効果音が何処からともなく聞こえ、腐れ縁の飛鳥凛が現れた。
「おはよう、白兎君に夷月君」
「おはよう、凛ちゃん」
「うっす」
 凛の、何とも言えぬイヤラシイ舐めるような視線。
 どうやらセクハラモード全開のスイッチが入ったっぽい。
「うふふ……二人とも、とうとう一線越えた?」
「おい!」
「越えるって何をさ!!」
 凛の瞳が爛々と輝いている。
「こんな朝も早いうちから、二人して頬を火照らせて、息なんてハアハアしちゃって……
 よっぽど昨夜はお楽しみだったのね。
 で、で? 攻守はどっち? お姉さんに話してみ♪」
 ものすごく嬉しそうである。
 何となく冗談だけではない成分が含まれてるよーな気がしてならないくらい。
「白兎……前から思ってたんだが……コイツ、一遍殺そうぜ。
 絶対一度、完全消去したほうが良いって」
 夷月、かなり本気が入っている。
 白兎はというと、疲れた口調で言った。
「ダメだよ、ダメだよ夷月。
 絶対枕元に立たれるよ。
 毎夜毎夜、エゲツナイ祟りをしてくるよ、凛ちゃんのことだから……」
「うあぁ……」
 その様を想像したのか、夷月は頭を抱えた。
「……二人とも、言うようになったわね。お姉さん嬉しいわ〜」
 きら〜ん、と挑戦的に笑う凛。
 そして
「ま、朝のお茶目なスキンシップはこの程度にして」
「「……」」
 どこらへんがお茶目なのか突っ込みたかった。
 まあ、凛にそんな二人の心の声が届くわけもなく
「女の子と一緒に暮らすってどういうこと? 詳し〜く教えて♪」
「……凛ちゃん、どこら辺から聞いてたの?」
「え? 二人の回想シーンのところからよ」
「妖怪サトリか、お前はっ」


「おい、お前ら。女の子と同棲するって本当か?」
 席で読書をしていた夷月が、『やっぱり来やがった』という顔をした。
 朝に絡んできた飛鳥凛と同じ腐れ縁、葉山雄基である。
「おはよう雄基。やっぱり凛ちゃんに聞いたんだね」
 ため息混じりに応対する白兎。
 HRの始まらない時刻、教室に入って二人の姿を認めるや
 挨拶もそこそこにこんな台詞を吐かれたのではため息も出る。
「こんな羨ましい話を黙ってるなんて、ったく水臭えなぁ」
「オレも白兎も、ちょっと前に聞かされたばかりだよ」
 本に視線を向けたまま、夷月が言った。
「そ、本当ロベルトって突然なんだから……」
 白兎が、苦笑いを浮かべている。
「そうでもしねえと、拒絶されるって思ったんじゃねえの?
 ロベルトのおっちゃんのことだし。
 ……ところでさ、その女の子って美人?」
「し、知らないよ。写真も何も無いんだから……」
「ロベルトの言を信じるなら美人だ」
「……」
 雄基、しばしの沈黙の後、窓を開けて
「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
 吠えた。
 つくづく馬鹿である。
 白兎と夷月と合わせて馬鹿トリオ(命名者、凛)と言われるだけある。
 当人たちはそう呼ばれることを力一杯否定してるが。
「お、おおお、お前らぁっ! この歳でもう人生の勝ち組たぁどういう料簡だっ! この裏切り者ぉ!!」
 南雲兄弟、もう言われ放題である。
「お、落ち着いてよ、ロベルトがそう言ってるだけで……」
「いいや、ロベルトのおっちゃんが言うからには間違いねえ!
 お前らなんて呪ってやるううううううううううううううっっ!!」
 やれやれと夷月が本を閉じて、吠える雄基に応じた。
「そうだな、本当にすげえ美人だったらお前の耳元で高笑いして自慢してやるよ」
「夷月!」
 何だってこう、火に油をドバドバ注ぐような事をいうのだろうか。
 暴れる雄基を抑えながら、そんな事を思う白兎。
「白兎ぉっ! お前、もっと、ちゃんと、こいつを躾けろ!」
「あ、あははは……」
「ふん」
 この三人、いつもこんなノリである。
 夷月と雄基がポンポン言い合いをして、白兎がその間でオロオロして
 でも決して仲が悪くなる事は無い、そんな三人だった。
 ……………………………
「ったくよぉ。この分なら心配はいらねえか」
 しばしのじゃれ合い(?)から一転、雄基の口調がふっと真面目なものになる。
「……心配、してくれたんだ」
「まな。俺だっていきなり、今日から知らねえ奴と一緒に暮らせ、
 なんて言われたらブルーっていうか不安入るわ。
 相手の女の子もそうなんじゃね?」
 雄基の何気ない一言にはっとなった。
「……そっか、そうだね。相手だって不安なんだよね」
 こういう時、自分はまだまだ未熟だと思い知らされる。
「お前の方はどうなんだよ、大丈夫なのか? 夷月?」
 雄基は夷月に話しかけた。
「別に。顔も何も知らない相手に不安になったってしょうがない。
 来て見て、それから考えればいい」
「……お前らしいわ」
 夷月はクールというか現実的だった。


 放課後。
「夷月、それじゃあ帰ろっか」
「悪い、白兎。ちと人と会う約束がある。先、帰っててくれ」
「え〜」
 白兎の顔が不安げに揺れた。
「ホント、悪い。先方が今日じゃないと都合つかないって言うもんだから。
 約束の時間には必ず家に着くから」
「ちょ、ちょっと夷月」
「用事はすぐ済むから。じゃな」
 白兎の返事も聞かず、ものすごい勢いで夷月は教室を飛び出していった。
「……はあ」
 白兎が溜息をついた。
「……時々あいつ、鉄砲玉みたいなとこあるよな」
 いつの間にか雄基が隣にいた。
「あの勢いは見習いたいって時々思う……」
 そういう白兎の目は、どこか優しげだった。
「夷月の奴、用事があるってことだし、どうだ、ゲーセンでもよってかね?」
「えっと……そこまで時間に余裕があるわけじゃ……」
「まあまあ、一戦だけだって」
「わ、たっ、ちょっと雄基っ……」
 そうして、強引に白兎は引きずられていった。
 夷月の向かった先。学園の裏門の脇。
 あまり人通りの無いそこに、目的の人物がいた。
「よ」
 かなりの美形である。
「来たか、南雲夷月」
 ただし、男だが。
 夷月が挨拶も無く、いきなり用件を切り出す。
「つーわけで、早く約束のブツよこせ、賢治」
「……」
 不機嫌そうだった男の顔がさらに不機嫌なものになった。
「貴様……年長者に対する言葉遣いというものを……」
 付属校生徒である夷月に対し、目の前の男は本校の制服である。
 要するに、同じ学園の先輩に夷月は平然とタメ口をしてるのである。
 夷月は臆した風も無くニヤリと意地悪げに笑った。
「守るさ、年長者に相応しい相手に対してはちゃんと……」
「ぐっ」
 男が言葉を詰まらせた。


 この男の名は榊賢治。
 この二人の奇妙な関係のそもそもの原因は、出会った経緯にある。


 その日
「うっわ、ヤバ」
 夷月がゲーセンを出ると、結構な時間だった。
「白兎の説教かな、こりゃ」
 夷月の肩が落ちた。
 今日はつくづくついてない。
 ゲーセンでとんでもなく強いゲーマーにかち合い、つい意地になって挑戦し続けた。
 で、結果は惨澹たるもの。
 こづかいの大半はパア。
 その上時間も、良い子ならば決して出歩かない時間。
(今日の夕食当番、オレなんだよな〜……)
 白兎のことだから自分が帰るまで律儀に待つか、それとも代わりに用意してくれているか……。
「はあ……」
 溜息をつきつつ、足取りも重く歩き出し……
「……」
 立ち止まった。
 何度か身に覚えのある物音が聞こえた。
「……」
 チラッと路地を覗き見ると案の定、複数の人間に取り囲まれてる何者か。
 カツアゲというやつだった。
「……」
 いつもなら相手にしないのだが、その日は違った。
 散々な目にあって機嫌が悪かったのかもしれない。
『人助けをしてた』という口実を作って白兎の説教をかわす
 という下心もちょっとあったのかもしれない。
 気付いたら
「おい、お前ら」
 声を掛けていた。
 ……………………………
 結論を述べると、夷月の圧勝だった。
 三分もかけずにチンピラ達を追い散らすと、蹲って呻いている男に声をかけた。
「だいじょぶか、おい」
「……」
 そのヘタレが、この榊賢治だった……。


 出会い方がそんなものだったから、夷月は全然恐れ入らない。
 不機嫌そうにチッと賢治は舌打ちすると、鞄から紙袋を取り出した。
「ほらよ」
「ども」
 夷月のいつものクールな顔が、年相応の『悪ガキ』な顔になっていた。
 中身はまあ……男なら誰もが一度は目を通すメディア、と言えばお分かりだろう。
 いそいそと鞄にブツをしまう夷月に、賢治が腹立たしげに言った。
「危うく姉さんに見つかるところだったんだからなっ! もし見つかっていたら何て言えば……」
「それはそれは……」
 面白いことになってただろうなぁ、とは流石に言わなかった。
「こんなろくでもねえ物を頼みやがって」
「良いじゃねえか。友達の頼み、なんだから」
 夷月がニヤニヤ笑い
「けっ!」
 賢治が吐き捨てた。
 言うまでも無いが、二人とも互いにお友達だとはこれっぽっちも思っちゃいない。
 利用し合う相手、としか認識していない。
 あの日以来奇妙に縁があり、何かあった時力を貸しあう関係になっているのである。
 このブツも、賢治の依頼に応えた報酬である。
 依頼と言うのは

『友達のフリをしてくれ』

 だった。
「はあ?」
 夷月は耳を疑った、というか引いた。
 賢治が苦しげな表情をして言った。
「姉さんが……その、な……」
 友達はいないわ、女遊びは激しいわ、の賢治を滅茶苦茶心配してる、と言うのである。
 で、せめて友達はいることにしたい、と。
「お前が真っ当に生きればすむことじゃねえか。
 ……つか、友達いねえのかよ」
 夷月の返事は至極当然のものだった。……夷月も友達少ないほうだが。
 結局、賢治が物凄い気迫で頼み込むものだから、頷かざるを得なかった。
 で、ついこの間、榊家に夷月はお邪魔した。
 賢治の姉、円華はどエライ美人だった。
 その上、賢治と血が繋がってるとは思えないほど人の良い少女だった。
 それはともかく、その報酬として賢治のツテを利用してのエロメディア、なわけである。
 別に雄基に頼むと言う手もあるのだが、そっちは白兎が使っている。
 雄基の事だから頼めば都合してくれるだろうが……
 兄弟そろって同じ男にエロ本を頼む、というのは凄く嫌なものがあった……。
「んじゃ、毎度」
「もう、こんなモノの調達は二度とごめんだからな」
 女遊びがヒドイ、というわりに変な奴である。
 それとも、姉に見つかりそうになったのが気になってるのだろうか?
「じゃあな、シスコン重症者」
「消えろ、女顔」
 ろくでもない挨拶を交わし、二人は別れた。


 急いでいた夷月がチラッと時計を見た。
 約束の時間に十分間に合う。だから歩くことにした。
「やれやれ」
 鞄を軽く揺さぶった。
 これから女の子との待ち合わせ(?)を前にしてエロ本を手にする。
 はっきり言って良い気分ではない。
 本当を言うならばもう少し先延ばししたかったのだが……。
「あの野郎……」
 賢治がすぐ取りに来い、と強行に主張したのである

『今日中に来ないと、焼却炉にコレをぶちこむぞ、ゴルァッ!!』

 とまで言われたのでは行かざるを得ない。
 あの男、姉に見つかることをそれほど恐れているようだった。
「そんなにお姉ちゃんの前では良い弟でいたいのかねぇ……」
 呟いてから夷月が顔を少ししかめた。何となく自分と重なるものを感じてしまったのだ。
 ただ……あの男、賢治の場合、それだけではない何やら病的なモノも感じるのだが……。
 と、考え事をしていたせいだろうか。
「あ……」
 すぐ近くで、そんな柔らかな声がして、そして衝撃がきた。
「うおっ!?」
 そのまま、縺れるように倒れてしまう。
 どうやら人にぶつかり、そのまま一緒に倒れてしまった、そう気付くのに三十秒ほどかかった。
「てて……おい」
 夷月が不機嫌そうに、自分を押し倒したままである人物に顔を向けると、
「……」
 美人だった。いや、まだ幼い風貌からすると美少女、というべきか。
 異国人なのか、青いリボンで二つに分けられた金髪が、夕陽を受けて輝いている。
 少女はキョトンとした表情で夷月を見下ろしている。
「どいてくれ」
「ぁ……」
 言っても、一向に少女は動く気配が無い。
 言葉が通じないのか? そう思いつつ、夷月は何気なく視線を下げた。
「……げっ!?」
 自分の手が、思いっきり少女の胸を掴んでいた。
 道理でさっきから、妙な感触を感じていたわけである。
 フニョッと今まで触れたことのない、何ともいえぬ極上な感触……
「って、違う違うっ! これじゃ、変態痴漢野郎じゃねえかっ!!」
 思わず夷月はそう叫んでしまい、
「……ん?」
 その言葉と夷月の視線に、少女も視線を下げて……
「……え」
「あ、ああ、その……」
 少女の顔が見る見ると涙目に歪み
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「違うっ、落ち着けっ!!」
 弁解しようとした夷月の背後から
「莉織に何するかああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
「なぅぁっ!?」
 別の声が聞こえたかと思うと、夷月の後頭部に衝撃が走り、そのまま気を失ってしまった……。


 ……………………………………
「……あれ?」
 目が覚めたら、そこは自室であった。
「……夢遊病のケなんて、あったっけ?」
 妙に頭がズキズキする。
 軽く首を振って身体を起こすと、机の上に書置きがあるのを見つけた。

『リビングでお待ちしております』

 ロベルトからだった。
「やれやれ」
 まだ痛む後頭部を擦りながら、夷月は部屋を出た。
 夷月がリビングの前に立つと
「……ん?」
 中からは、聞いた覚えの無い複数の女性の声。
 ちなみに、先に帰っているはずの白兎の声は聞こえない。
「預かるのは一人じゃなかったのか?」
 夷月はそっとドアを開けた。

「「……あ」」

 中には見知った人と、見知らぬ人達。
 見知った人というのは当然
「お目覚めですか、夷月様」
 執事のロベルト。
 見知らぬ人達は三人。
「……」(にこ♪)
 一人はメイド服を着た女性だった。
 このご時世にそんな物を着るのがいるのもかなりの驚きなのだが
 あとの二人。
「……あの、先程はすみません」
「……さっきはごめんね」

 双子だった。
 その上着ているものから髪型までそっくりという、同じ人間が二人いるとしか思えない。
 区別がつくのは、髪を結んでいるリボンの色が青と赤で違う、それだけだった。
「……」
 部屋を見渡したが、やはり白兎の姿は無かった。
 とりあえず客を無視して、夷月はロベルトに訊いた。
「白兎は?」
「まだ帰られてはおりませんが……ご一緒ではなかったのですか?」
「ちと野暮用があったんで別行動をしたんだが……」
 夷月は三人の客人たちを見つめ、渋い顔になった。

 夷月は人見知りが少し強いのである。
 初対面の人とはまず、円滑なコミュニケーションが取れない。
 で、どうすれば良いか分からず不機嫌そうな顔で黙り込んでしまうため、
 他人から誤解されやすいのである。
 こういう時、人当たりの良い白兎や雄基、凛がフォローしてくれるのだが、
 その彼らがいないと、夷月はまったくの役立たずである。

「……」
 不機嫌そうに(実は途方に暮れて)ソファーに座る夷月。
 部屋の空気がちょっと重くなった気がする。
 ジロリ、と視線を向けると、少女たちがビクリと身体を震わせた。

「……どうも、初めまして」

「「……え?」」
 少女たちが目を丸くした。
「……な、何だよ」
「あ、あの、えっと……さっき……」
 青いリボンの方が何か言いかけ……
「さっき? そういやお前らさっきから何か言いかけてたが……何だ?」
「そ、それは〜……」
 夷月、本気で先程の加害者達の顔を覚えていないらしい。
 強く殴られたショックで記憶が一部、吹っ飛んだっぽい。
「ううんっ、何でもないよ〜。こちらこそ初めまして♪」
 赤いリボンの方がニコヤカに言い切った。
「ちょっ、玲亜!?」
 何やら二人が揉めはじめた。
 覚えてないみたいだしだの、そういう問題では……だの、何やら不穏当な発言が聞こえてくる。
「……おい?」
 夷月が怪訝な表情で二人に問いかけようと思ったその時

 ドアベルが鳴った。

「おや?」
 ロベルトが対応し、それが白兎だとすぐに分かった。
「白兎君、帰ってきたんだっ! 久遠、行こっ♪」
「かしこまりました」
「ちょっと玲亜っ。話はまだ……」
 あっという間も無く、赤いリボン、玲亜というのが玄関へと走り去っていった。
 その後を、先程から静かに控えていたメイドがついて行く。
「……」
「……」
 部屋には夷月と少女と、ロベルトが残された。
 何とはなしに気まずい雰囲気。はっきり言って間が持たない。
「あの……」
 少女がおずおずと話しかけてきた。
「自己紹介とかなら、全員そろってからまとめてやる。
 その方が面倒で無くていい」
 そう言って夷月は目を閉じてしまった。
「あ……」
 何となく少女がシュンとしたように見える。
 と、夷月が目を開けて、まじまじと少女を見つめだした。
「……初対面、だよな?」
「……え?」
「他で会ったこと、無いよな?」
 夷月はどうも引っかかるものがあるらしく、訝しげに少女を見ている。
「……」
 少女の背に、冷や汗が流れた。
「ナイデスヨ」
 思わずこういってしまった。
「……そうだよな、そのはずだよな……」
 釈然としないものの、夷月は納得した。


 ―――――神様、ごめんなさい。私は嘘つきです―――――


「何か言ったか?」
「いえっ」
 そんな漫才空間になっているリビングの外から、賑やかな一団の声が聞こえてきた。
「やっと来たか……」
 夷月が呟いた。内心、相当にホッとしている。
 そして合わせ鏡のように瓜二つの兄、白兎と例の二人がリビングに入ってきた。
「ただいまっ!」
 挨拶もそこそこに、部屋に入った白兎は真っ先に夷月に向かい
「夷月、ごめんっ!!」
 手を合わせて謝った。
「……何で用事のあったオレより遅くなるんだよ」
 睨みつける夷月。
 ちなみに、この怒りは相当に心細かったことの裏返しである。
 白兎はそれが分かるものだから
「ああ〜、ごめん。本当ごめんっ! 必ずお詫びするから……」
「……ふん」
 夷月はそっぽを向いた。
 というか、客人たちの前で恥ずかしいことこの上ない。
 メイドが何やらニヤニヤしながら見てるし、双子少女達は興味深げに見てるし……。
「もう、いいから座れ。……恥ずかしいじゃねえか」
「あ、うん……あれ?」
 やっと、白兎は夷月の前に座る青いリボンの少女に気付いた。
「あれ? あれ……?」
 で、自分の隣にいる玲亜を見た。
 交互に少女達を見つめ
「え? えええええっっ!?!?」
 実に白兎らしい反応であった。


 そして、とりあえず自己紹介。
「えっと……改めて初めまして。南雲白兎です。で、こっちが……」
 肘で夷月を突っついた。
「ん、ああ。南雲夷月」
 夷月は本当に素っ気無い。
「こっちも改めて、あたしは御子柴玲亜。二人ともヨロシクね♪」
 で、玲亜の後を受けて青いリボンの少女が
「玲亜の姉で、莉織と申します」
 かたや明るく朗らかに、かたや柔らかな微笑みを浮かべて。
 顔立ちは瓜二つなのに、中身はかなり違う少女達だった。
 それから歓談というか雑談になったのだが、
 白兎とて初対面の女の子と楽しくお話できるほど器用ではない。
 器用ではないのだが、夷月がそれ以上にダメダメなのだから白兎がやるしかないのである。
 で、お互いに一卵性双生児なのだとか、御子柴姉妹はハーフでロシアから来日したのだとか、
 そんな他愛も無い事を話していると
「……」
 夷月がすーっと席をはずした。
 白兎はチラッと見ただけで別に何も言わなかった。
 夷月がリビングを出ると、その後を音も立てずに、メイドも出ていった。


 数歩歩いて、夷月は振り返った。
「……別に、トイレに行くだけだが……」
「ええ、分かってますよ」
 だから白兎は何も言わなかったのである。
 で、メイドは表情の読みづらい笑顔を浮かべたままである。
 なぜだか気圧されるものを感じる夷月。
「……な、何か用か?」
「夷月さんにはまだ、自己紹介してませんでしたから」
「……」
「本日付けで、この家に配属されました乃木坂久遠、と申します。
 食事を含む、この家の家事全般はこれより私の担当となりますので」
「……そっか」
 夷月の顔に喜びと安堵が混じったものが浮かぶ。
「そっか……それはすごく助かる。よろしく頼む」
 これで白兎と交代で家事をやる必要が無くなるのだ。
 嬉しくないわけが無い。
 何せ二人とも、どういうわけか家事能力だけは低いものだから……。
「ええ、こちらこそ」
 にっこりと久遠が笑った。
「それだけか?」
「ええ」
「じゃ」
 夷月が歩きだすと
「夷月さん」
「ん」
 振り返ると、久遠がニヤリとからかうような笑みを浮かべている。
「意外と、恥ずかしがりやなんですね」
 人見知りの事を言ってるらしい。
「……うるせえよ」
 夷月が睨んだ。顔が少し赤い。
 クスリと久遠が危険な笑みを浮かべた。
「……弄りがいがありそう……」
「……」
 ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
「冗談よ、冗談♪」
 そういうと、流れるような歩みで音も立てずに、久遠はリビングに戻っていった。
「……」
 暫くして、夷月は一言。
「何者だよ、アイツ」


 一方リビング。
 夷月が静かに出て行くのを
「あの……」
 莉織が躊躇いがちに訊いた。
「夷月ならたぶんトイレだよ」
 白兎は何でもない口調で言った。
「はあ……」
 自分達が気に入らなくて出て行ったのではないか、と莉織は思ったようだ。
 先程からほとんど喋らず、機嫌悪そうだった夷月の態度を見てれば、そう思ったとしても無理は無い。
「う〜……何だか白兎と夷月って性格が全然違うね」
 玲亜が不満気に言う。
「玲亜」
 莉織が窘めるのだが
「……」
 白兎は苦笑している。
 どう考えてもその点はお互い様だと思うのだが。
「何だか夷月って……その、感じ悪い……」
「こらっ、玲亜!!」
 流石に莉織が、妹の非礼を叱りつけた。
「だ、だってぇ〜」
 玲亜が泣きそうな顔をしている。
 白兎が苦笑混じりに言った。
「夷月は、いい奴だよ。
 ただちょっと人見知りが強くて
 初対面の人には大体いつもあんな感じになっちゃうんだけど……。
 それで嫌な気分になったならごめん」
 白兎が頭を下げた。
「いえ、そんな」
「は、白兎が謝る事じゃないよっ」
「うん、まあ……でも夷月は本当にいい奴だから。
 慣れてくれば普通に接してくれるはずだから、
 だからその……気長に見てくれると助かるんだけど……」
 そう言って頭を下げる白兎を玲亜と莉織はじっと見つめ、
「うん、分かった。白兎がそういうなら信じる」
「良いお兄さんなんですね、白兎さん」
 莉織が目を細めて微笑んだ。
「そう、かな? ダメなアニキだよ、僕は」
 白兎が照れくさそうにしている。
「夷月は僕と違ってすごく器用だし、そんな夷月にいつも助けてもらってばっかで……。
 あいつがいないと僕は何にもできないんじゃないかな。この間だって……」
 白兎は物凄く喜々として夷月の事を話し出したのだが、急に口をつぐんだ。
「「……?」」
 玲亜と莉織が不審に思う間もなく、
「……」
 夷月が出たときと同じように、すーっと入ってきた。
「「……」」
 顔を見合す少女達。
 夷月の足音、というか気配を全然感じなかった……。

 からである。
「……なぁ」
「なに?」
 ソファーに座るなり、夷月が初めて自分から口を開いた。
「……何の話をしてたんだ?」
「ん? 世間話だよ」
 平然と答える白兎。
 夷月は疑わしげに訊いた。
「……オレの名が聞こえた気がしたんだが?」
「空耳だよ」
 涼しい顔で答える白兎。
 玲亜と莉織が何か言いかけたのだが、
 先程からずっと黙って控えているロベルトが目顔で制するので、結局何もいわなかった。

 後になって、
 夷月は、白兎の手放しで弟自慢をする兄バカっぷりにすごく閉口しているのだ
 という事をロベルトから聞かされることになる。
「ですから、夷月様の前ではそういう話はなさらないのですよ」
「……でもそれって……あまり意味が無いんじゃ……」
 他所で弟自慢を散々してたら嫌でも当人の耳に入ると思うのだが……
「まったくですな」
 何て、ロベルトは言ったものである。

 それはともかく、
「ふーん」
 夷月はそれ以上訊くことはしなかった。
「はいはい、皆さん。そろそろ夕ご飯ができますよ」
 何時の間にやら久遠がキッチンにいた。
「あれ、もうそんな時間? っていうか、何時の間にご飯作ってたんです?」
「下拵えでしたら白兎さんたちが帰られる前にすでに」
 美味しそうな匂いがほのかに漂ってきた。
「それじゃあ……」
「一旦、部屋に戻るか?」
 夷月が伸びをしつつ言った。
「そうだね……そういえば、彼女たちの部屋って、どうなってるの?」
 白兎が執事であるロベルトを見た。
「皆様が来られる前に、大方の荷物は業者に運んでもらいました」
 さすがロベルト、手際が良い。
「じゃあ、部屋割りとかはもう済んでるんだね」
「さようでございます」
 玲亜と莉織も同じくソファーから立った。
「えへー、実はまだ、あたし達も自分の部屋見てないんだよ」
 何が嬉しいのか、玲亜はにこにこしている
 たぶん、どんな事にでも楽しみを見出すタイプなのだろう。
「そうなんだ。部屋の整理とか、僕たちで手伝える事があったらなんでも言ってね」
「うんっ」
「あの……よろしいのですか?」
 莉織が、何故か夷月に訊いた。
「別に、オレで出来る事なら構わんが」
 夷月はあっさりと答えた。
 そうして、双子たちがリビングを出ようとしたとき、
「あ、そうだ」
 ドアに手を掛けた白兎が、何かを思い出したように言った。
「二人に、言い忘れてた事があった」
「なに?」
「何でしょう?」
 白兎が玲亜と莉織を交互に見つめ、
「……まあ、こんな広いだけでたいして取り柄のある家じゃないんだけど……」
 白兎が微笑んで

「ようこそ、南雲家へ」

「……」
「……」
 しばしの無言の後、
「うんっ」
「はいっ」
 満面の笑顔を浮かべて、少女たちは答えた。
戻る

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル